stray sheep 01
1972年、勤労婦人福祉法
1986年、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律
1997年、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女性労働者の福祉の増進に関する法律
1999年、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律
通称、男女雇用機会均等法。
2007年4月には、また改正されるらしい。その改正により、男女の性差による差別は減るはずだ。
1980年、女子差別撤廃条約。
世界的にも、女性差別をやめようという動きは既に20年以上前からあったはずだ。
そう、今の世の中、「女だから」という理由で、仕事上の不利益を受けないことになっているはずだ。
女性の社会的地位は向上したはずで、女性の社会進出は今さら驚くべきことではなくて、男も女も同じ条件のもとで仕事ができるはすだ。
それなのに、法律は現実を救ってはくれない。
「女だから」という性別だけの理由で与えられるお茶汲みや片付けなどの雑務。
喉が渇いたら勝手に自分でお茶を淹れて飲めばいいし、淹れるのが面倒なら買ってくればいい。片付けだって、自分の散らかしたものは自分でもとに戻せばいい。なぜそれをいちいち、散らかしてもいない女が片付けなければならないのか。
女にだって男と同じだけの量の仕事がある。女の仕事がお茶汲みやコピーや片付けだけなら、それが仕事だ。でも、女にも男と同じように仕事が与えられているのに、なぜ、女だからという理由で男より多くの雑務をこなさなければいけないのか。
「女のくせに」と蔑まれる理不尽。
男と同じように仕事をこなすことを求めるくせに、ちょっと意見を言うと女のくせに生意気だと男は言う。同じ仕事を求めるなら、意見を言う権利だって与えられていいはずだ。文句を言わずに与えられたことだけをやっていればいいなんて、とんだ男の傲慢だ。
「女には任せられない」という偏見のために取引を渋る頭の古い取引先のオヤジ。担当者は私なのだから、私が説明して当然だし、私が一番そのことについてよく知っている。ほかの男性社員に聞いたって、担当者でないその男が、私よりも上手く説明できるわけがない。女には大きな仕事は任せられないって、どれだけ時代遅れな考えだ。
世の中は、男女平等になったんじゃないの?
それなのに、なぜ、私は「女だから」という理由で仕事上の不利益を受けなければいけないの?
会社で遭った嫌なことを思い出して、思わず早足になる。歩調に合わせてハイヒールのコツコツという音が早くなる。テンポの速い甲高い音を連れて、繁華街を進む。
こういう日は、一人でお酒を飲みたい気分だ。
でも、女が一人酒などをしていると、寂しい女のナンパ待ちと勘違いされることもある。男が一人で酒を飲むことは何てことはないのに、なぜ女が一人で酒を飲むのはいけないんだろう。
ふと、繁華街をそれた路地に、柔らかな光が見えた。近付くと、地下へ続く階段があり、黒いドアの脇に小さな灯りがともされている。階段を降りると、黒いドアには「OPEN」のプレートが掛けられ、静かな佇まいだった。
ここなら、女一人でも飲めるようなバーかもしれない。そう思ってドアを開けた。
暗い店内に走る光と、大音量で流れる音楽に驚いて目を丸くした。
想像していたのと全然違う。静かでも何でもない忙しない店内には、多くの若者が賑やかに集まっていた。
「いらっしゃいませ」
帰ろうと振り向きかけると声を掛けられた。声の方を見遣れば、背の高い店員が口元だけに笑みを浮かべてこちらを見ている。
その挑発的な目に、一瞬たじろいだ。このまま帰れば、この目に負けた気がする。
私は階段を降りて、店員と同じフロアに立った。
店員はトレーを軽々と片手に乗せて、店の奥のフロアーへ歩いていった。フロアーではたくさんの若者が踊っている。
入り口のドアの正面には、バーカウンターがあった。落ち着いた雰囲気の綺麗な顔のバーテンダーがカウンターを切り盛りしていた。こっちなら、まあ、いられそうだ。そう思ってカウンター席に着いた。
「いらっしゃいませ、ようこそ当店へ」
綺麗な笑顔でバーテンダーは言い、注文を促した。
「何かお勧めある?」
「はい。今だけの特別なカクテルがありますよ」
「じゃあ、それを」
「かしこまりました」
バーテンダーはカクテルを作り始め、私は店内を見回した。カウンターには私と同じくらいの年の人が結構いるみたいだった。連れとおしゃべりしたり、バーテンダーと会話を楽しんだり、フロアーの若者たちを眺めたりしている。
フロアーには多くの若者が踊っていて、ちょっとそのテンションの高さにはもうついていけそうになかったけれど、楽しそうでこちらの心も沈まずに済む。フロアーにも、私とあまり年の変わらなさそうな人もいるみたいだ。
「お待たせしました」
バーテンダーが私の前にコースターを差し出し、その上にタンブラーに入ったカクテルを置いた。背の高いグラスの中には澄んだリンゴジュースの底に赤ピンクという感じの濁った色が沈んでいる。それから氷と赤い実がいくつか浮かんでいる。グラスに立てられたストローを回せば、氷がくるくると回った。赤い実は氷に閉じ込められているようだ。
飲んでみると林檎の炭酸の爽やかな味と、底に沈んだ甘いシロップの味が混じって口に広がる。
「おいしい。これ、何のカクテル?」
「ウォッカにリンゴジュースと、底に沈んでいるのがイチジクのシロップです」
「カクテル名は?」
「ストレイシープ」
「どういう由来?」
「さあ、作ったのは僕ではありませんから」
バーテンダーは苦笑して、「彼が作ったんです」とフロアーの方を指し示した。その先には、先程私に声を掛けた背の高い店員がいた。フロアーで踊る人たちの間を悠々と歩いている。
「リヒト」
カウンターのバーテンダーに向かって、店員らしき男の子が声を掛けた。まだ高校生くらいの可愛い顔立ちの子だ。空になったグラスを乗せたトレーを持っている。
カウンターの端にはトレーを受け渡すスペースが設けられているようで、リヒトと呼ばれたバーテンダーが若い店員からトレーを受け取った。
「ハトリ、これお願いします」
リヒトは今度はビールやいくつものカクテルグラスの乗ったトレーを若い店員に渡した。トレーを受け取ったハトリは、フロアーへ向かった。
ハトリと入れ替わるように、今度はあの背の高い店員がフロアーからカウンターへやってきた。下げたグラスを乗せたトレーをリヒトに渡す。
「カザキ、カクテル好評ですよ」
リヒトは私へ視線を遣し、それに合わせてカザキと呼ばれた背の高い店員も私を見下ろした。二人の視線を受けて、思わず動揺する。
カザキは一瞬笑みを口元にたたえ、それからすぐに新たなトレーを受け取ってフロアーへ戻っていった。
カザキからカクテルへ視線を戻すと、融けた氷から赤い実が放たれグラスに浮いていた。ストローを回すと沈んだ赤い実がくるくるとグラスの中を回る。
炭酸の泡の中をふわふわと浮遊する赤い実を眺めてストローを回した。小さな赤い実はストローでも吸えそうだったので一粒ストローに含んで吸い込んでみた。口の中で弾けた実は、甘さよりも酸っぱさの方が先に立ち、ベリー類特有のえぐみも含んでいた。
「酸っぱい。何これ?」
顔をしかめた私に、リヒトは微笑んで答えた。
「レッドカラント。和名は房すぐり。赤すぐりとも呼ばれます。お酒やジャムにされることが多いですが、洋菓子のデコレーションなどに使われて生食もされていますよ」
甘いカクテルで舌を直す私にリヒトは説明した。そういえば、お気に入りの店のベリーのタルトにも乗っていたかもしれない。
可愛らしいカクテルなのに、赤い実は酸っぱくて、こんなカクテルを作るカザキは、性格が悪いに違いないと決め付けた。
フロアーを見遣れば、誰にも霞まないカザキはどこにいてもわかる。彼は、少し異質だ。
この店の店員は3人。リヒトとカザキとハトリ。3人とも綺麗な顔立ちをしているけれど、中性的なリヒトとハトリに比べると、カザキは男性的だ。男っぽいという言葉が似合う。男であることを、その存在だけで見せつけられる。
2007年初出。




