long & winding 03
なあ、教えてくれよ Mr.Windy
この道はどこに続いているのか
答えて曰く Mr.Windy
自分の両の目で見なけりゃ
どこへも辿り着けないさ
店の黒いドアを開けると、既にライブが始まっていた。
大学の友達が希望していた会社の1次選考に落ちて、かなり落ち込んでいたので友達数人で慰める会を催し、俺はそれを途中で抜けてきたのだった。残りの奴らはみんなで別の店をはしごしているのだろう。
どんなに憧れた道があっても、その道に行けるとは限らない。
目標がある分、俺より先を行っていたその友達が、目標に辿り着けない状況になった今、俺と同じもしくは辛い気持ちがある分俺より後ろに下がってしまったのではないかとさえ思えた。
進むべき道を見つけることも困難だが、その道に真っ直ぐ進むこともまた困難なのだと思い知らされた。
こうなると、ますます自分の行く先を決めるのが面倒になる。
どこでもいいや、行ける先なら。でも、その程度の考えでは道は開けないらしい。
「いらっしゃいませ」
カウンターに座ると、いつものようにリヒトが笑顔で挨拶をした。
「ビール」
いつもどおりに注文を済ませ、ステージに目を遣る。
Good luck !
歩き出したのはいいけれど
俺の行くべき道はどれなのか
迷うばかりで
ナビがなければ不安な時代さ
助けてくれよ
ブロンドのAngel
さあ どっちに行けばいい?
Left or Right ?
相変わらず、パワフルなステージだ。友達のヘコみ具合にこっちまで落ち込みかけていたけれど、少しは気分が上がった気がする。
「彼ら、コンテスト出場が決まったそうですよ」
リヒトがステージに目を遣って言った。
何でも、この店にレコード会社の人が客で来ていて彼らのステージを見たらしく、その人の誘いでコンテストに出ることになったという。
あいつらは、確実に自分達の道を歩き出している。目指した場所を見つめて、一心に。
「なあ、リヒトは何でこの仕事してんの?」
なあ、囁いてくれよ oh Angel
その翼で俺を導いてくれよ
答えもせずに ブロンドのAngel
颯爽と髪をなびかせ
どこかへ飛び去っていく
「そうですね、一番の理由は、面白そうだったから、ですかね」
意外と拍子抜けする答えが返ってきた。
「そんな理由?」
「はい。自分が楽しめることで生きる糧を得られるなら、いいかなと思いまして」
なんだ、意外と単純な理由なんだな。こんな夜の世界を仕事にしている人間は、みんな深い事情を抱えているのかと思っていた。「面白そうだから」という理由で、リヒトは今ここにいるのだ。
「仕事、楽しい? 辛いこととかない?」
「まあ、楽しいだけではありませんけど」
リヒトは微笑してカクテルを作り始めた。
「どんな仕事も、それを職業とした時点で楽しいだけでは成立しないのでしょう」
憧れの職業であったり、夢をかなえるためであったり、自己実現のため、社会的アイデンティティーのため、達成感のため、食い扶持を稼ぐため。その職に就く理由は様々でも、『楽しい』だけで成立する仕事はない。
それは、確かにそうだと思う。
「でもそれなら、できるだけ楽しいことを仕事にしたいですよね」
カクテルを作り終えたリヒトは、それを注文した女性客へと出した。
The way is long and winding
but I know It's my way
「就職活動の方はどうですか?」
戻ってきたリヒトが訊いた。
「うーん、まあ、ぼちぼち。いろいろセミナーとか説明会とかは出てるけど。どうも、これっていうのがなくて」
今までずっと適当に将来のことも考えずに生きてきて、今すぐにこれっていう職業を見つけたいっていうのが、たぶん図々しいんだろうけど。会社説明会とかに行くと、本気で本当にその会社に入りたいってことを全身で言ってる奴がいて、結局そういう奴に気圧されて帰ってくることになる。大手になればなるほど、そういう奴の数は多い。奴らの目的が会社の仕事内容なのか会社のネームバリューなのか、その辺のことは判らないけれど、少なくとも俺よりはやる気に満ちているということだ。
先輩や就職課の職員の言うことには、嫌いじゃない職種なら説明会に行って、いくつかはとりあえず就職試験を受けてみろ、って感じらしい。数打てば当たるだろうし、試験慣れした方がいいとも言う。でも、そこまで思い入れのない会社相手に、動機や志望理由を訊かれて、その答えを用意していくのも大変だ。
でも、まあ、就職活動サイトなんかも充実しているし、興味あることなら何でもトライしてみるべきなのかもしれない。まだ道すら見つけられていない俺には、まず進むべき道を探すことから始めなくちゃならない。
あいつらみたいに、真っ直ぐに進む道を見つめて一歩ずつ前進していけるように。
Stay or Go ?
背中に羽根なんかなくても
進めるはずだよ
キミの足で 一歩ずつ
Steady Go !
熱のこもったステージに、フロアーの客の盛り上がりは最高潮に達していた。ジンのベースにハルのギターが重なり合って音が広がっていく。パワフルなナオキのヴォーカルが伸びやかに音を紡いで、客を巻き込んでいく。
ああ、こんな熱いステージを、俺も作ってみたい。
「あ、ひとつ思いついた。なりたい職業」
「それは、良かったです」
俺の独り言を聞き漏らさなかったリヒトが笑顔で言った。リヒトに頷いて、再び俺はステージに顔を向けた。
いつか、メジャーになったあいつらと、仕事ができるようになったらいい。
それが、小さい頃に夢見た道と違っても。
憧れの道ではなかったとしても。
歩き出したその未来に、道は開ける。
過ぎ去った夜の名残を、空がまだ西の果てに残している時間。
黒いドアに掛かったプレートが「CLOSED」に裏返される。
今日も、昼に溜め込んだ様々な想いを吐き出された夜の余韻を残して店内は静まり返っていた。
「さあ、片付けてしまいましょうか」
理人の声を合図に風生と羽鳥は動き出す。カウンターの奥からモップを取り出した理人が羽鳥にモップを渡す。
「で、結局どうなった、彼?」
モップを受け取って羽鳥が尋ねた。
「どうやら、道を見つけられたみたいですよ」
「へえ、そりゃ良かった」
羽鳥からモップを受け取った風生が理人の答えに相槌を打った。
「でも、リヒト何にもしてないよなぁ?」
「自分で解決したんじゃねえの。ていうか、バンドメンバーのお陰?」
羽鳥と風生の問いに理人は優美に微笑んだ。
「何もしなくても糧が得られて解決するなんて、いいことじゃありませんか。これも、すべて僕の徳がなせる業ですね」
「あーあ、何か言ってる」
理人の話を聞き流して二人はフロアーの掃除へ向かった。二人の様子を気にした風でもなく、理人はカウンターの片づけを始めた。
夜になれば、また吐き出される想いを受け止め、糧とする。それが、彼らの仕事であり、生きる術。




