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3A.M.  作者: 如月 望深
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long & winding 02

 ギターリフに心がかき乱される。

 何だ、この迫り来る狂気じみた情熱は。音に魂が乗るって、こういうことなのか。

 熱狂するフロアーを通り越して、ギタリストに茫然と見入った。


 ギターだけじゃない。ヴォーカルもベースもドラムも、こいつらは、巧い。技術的にも、音楽的にも長けている。客を圧倒して、巻き込む力を持っている。


 こいつらは、ダントツに、上手い。


 食い入るようにバンドの演奏を見ていた。その時間があっという間に過ぎるほど、圧倒されていた。



 数曲演奏したところで、バンドは舞台袖に消えた。

 ふう、と一息ついて、俺は温くなったビールを飲んだ。演奏に夢中で一口も飲んでいなかったのだ。


「リヒト、今の、メジャーバンド?」

「いえ、まだアマチュアだそうですよ」

 俺の質問にリヒトは微笑して答えた。

「もうすぐバックステージからこちらに来ますから、話しかけてみたらいかがですか?」

 リヒトは相変わらず穏やかな表情でそう言って、別の客に呼ばれて俺に背を向けた。

 少しすると、バックステージからバンドメンバーがカウンターにやって来た。リヒトが用意していたコースターの上に烏龍茶の入ったグラスを置く。メンバーはカウンターに座り、出された烏龍茶を一気に飲み干した。

「ああ、美味い!」

 俺の隣の席に座ったギタリストが満足そうに言った。ステージでギターを弾いている時より子どもっぽく見える。俺とそう年は違わないんじゃないだろうか。

 じっと見ていたら、視線が合った。

「彼が、君たちのファンになったみたいですよ」

 リヒトの言葉に、え、マジ?とバンドメンバーがこちらを向いた。八つの目にジロジロと見られて、対応に困る。

「あ、えと、ステージ、めっちゃ良かった」

 思わず感想を述べた俺に、ギタリストはにこりと笑って「ありがとう」と答えた。

「巧いね」

「そう? でもまだ、ただのアマチュアだよ」

 なかなかメジャーからは声が掛からなくてさー。今度コンテストに出てみようかと思ってるんだけど。

 と、バンド仲間たちと顔を見合わせて苦笑いした。

「俺、ライヴハウスでいろんなバンドを見てきたけど、巧いと思うよ。ダントツに、上手い」

 さらに笑顔で「ありがとう」と礼を言ったギタリストは、リヒトから2杯目の烏龍茶を受け取った。

「もしかして、バンドやってる人?」

 訊かれて、何と答えるべきか迷った。

「あ、昔、ちょっとやってて。今はやってないんだけど」

「そうなんだ」


 聞けば、年は俺と同じなのだと言う。高校の同級生で組まれたスリーピースバンドで、ドラムは助っ人らしい。

 メジャーデビューを目指して上京して3年になるそうだ。様々なライヴハウスに出てはいるが、まだメジャーデビューは決まっていないという。

 でも、まだ諦めてはいない。そう簡単に諦められない。チャンスを掴むんだと、彼らは力強く語った。

 その熱を、羨ましいと思った。

 それは、刹那的な衝動なのかもしれない。無計画で夢見がちで現実的ではないのかもしれない。

 だけど、俺にはない未来を見つめる強い眼差しを、羨ましく思った。



 俺にだって夢を追っていた時期があった。

 高校生の頃。毎日が楽しくて、その夢を追いかけていれば、金も幸せも手に入ると思っていた。

 毎日のように学校の音楽室で練習して、バイトして貯めた金でスタジオを借りて練習して、そしてライヴハウスに出て。それがすべてだった。


 音楽を生業にしていけると、どこかで期待していた。

 大好きなギターを持っていれば、生きていけると思っていた。


 けど、現実は厳しくて、そう簡単にはいかなかった。

 受験を理由にバンド仲間が一人辞め二人辞め、結局、俺もそれに便乗してバンドを辞めた。親の望むとおり受験勉強して大学に合格した。

 大学に入ればバンドを再開できるかと思っていたけど、もう昔のメンバーは集まらなかった。皆新しい生活に進みだしていた。音楽を捨てたと言う奴さえいた。

 新しいメンバーを募ってまでバンドを続ける気力が俺にはなくて、何となく楽しい大学生活を送っていた。そこまでして音楽に懸けることもないと。もう一度諦めた夢は追うのは無理だと。自分を納得させていた。


 俺には追いかけられなかった夢を追いかけている奴らが、目の前にいる。

 強い羨望と軽い嫉妬を覚えた。どこにそんなバイタリティーがあるのかと、スリムなその体を見遣った。


「変なこと訊くけど、将来に不安とかはないわけ?」

 メジャーデビューも決まらないままで、二十代前半のうちはいい。でも、それが二十代半ばを過ぎたとしたら? 三十になるまで、夢を追い続けられるのか? 仮にデビューできたとして、売れる保証なんてどこにもない。もし売れたとしても、第一線で活躍し続けるのは至難の業だ。俺の好きなバンドだって、もう充分売れているのに、そういうことを口にしている。

「あるよ」

 あっさりと認められて、どう語を継いでいいものかと迷う。

「でも、諦めるわけにはいかない」

 どうして、とは訊かなかった。理由など、聞かなくてもいいことだ。その瞳に強い意志が見えたから。未来への強い眼差しが見えたから。


 少し親しくなり彼らの話を聞いていたら、なぜ彼らがスリーピースなのかが判った。

 ヴォーカル、ギター、ベースのスリーピース構成は、アマチュアバンドでは不利だ。バンドといえば、ヴォーカル以外に最低でもドラム、ギター、ベースが必要だ。なのに、肝心のドラムがいない。ライヴをするにも誰かに助っ人を頼まないとならない。すでに活躍しているバンドでそういう構成のバンドはあるが、アマチュアでは活動しにくいはずだ。

 その理由を問うと、ギターのハルが答えた。

「もとはドラムもいたんだよ」

 でも、とヴォーカルのナオキが続ける。

「上京してくる時に、辞めたんだ」

 もともと、ドラムも同級生だったのだという。高校卒業と同時に上京を考えていた三人とは違って、彼は地元の大学への進学を選んだのだという。

 メジャーデビューは、夢はあるが、現実味はない話だと思う。高校生が夢見がちに口にする夢としてはカッコイイが、それを実現するのは困難だ。現に、俺はすでに手を引いてしまった。

 今でも夢を追いかける彼らの仲間とはいえ、それに付き合いきれなかった奴がいるのは理解できることだった。思わず、その辞めたドラムに過去の自分を重ねた。

「それ以来、このバンドにはドラムがいなくて」

 ベースのジンが付け加えた。

 ドラムの新加入も考えたが、未だ決まっていないのだという。今日の助っ人は仲のいい他のバンドから借りてきたのだという。募集していないわけではないが、決めかねていると。

「別に、そいつを待っているわけじゃないんだ」

 そんな感傷的な理由でドラムがいないわけじゃない。ただ、音楽性だとか、メジャーデビューの夢だとか、そういうことですぐに気の合う仲間を見つけるのは困難なのだとハルが言った。

「そいつは、教師になりたいってさ」

 ハルが補足する。ドラムをやっていた奴は地元の大学に受かって、今では教師を目指して勉強中とのことだった。

「目指す夢を違えたとはいえ、今でもいい友達だよ」

 違う道を目指したからといって、友達じゃなくなるわけじゃない。だけど、そいつがもうバンドに戻ってこないことは判っている。今は、もう、違う道を歩いている。


 まだ、誰も、未来は見えない。

 誰も、触れたことのない未来に、確固たる自信なんてない。

 願ったことのいくつが叶うかも、まだ知らない。


 メジャーデビューを目指す彼らも、教師を目指す彼も、まだ、この先どうなるかは判らない。


 俺も、まだ、何も見つけられてはいないが、まだ何も見えないのは、彼らも同じだと思った。

 ただ、目指す先が見えている分、彼らの方が俺よりも少し先を歩いている。


「もうワンステージ、お願いしますね」

 リヒトが声を掛けて、彼らは顔を上げた。

「よし、行くか」

 ナオキが言ってハル、ジン、そして助っ人のドラムと席を立った。




  さあ 君はどうする


  Stay or Go ?


  見えない世界に怯えながらでも

  行くしかないよ

  自分の足で 一歩ずつ


  Ready GO !

  Step by Step

  Steady Go !

  Little by Little

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