clean day 02
ステージが終わって、片付けをして、リヒトがビールを一杯出してくれたけど、すぐに閉店時間になってしまうから、今日の反省会がてらバンドのメンバーとドラムの助っ人と飲み屋に寄った。飲み屋で電車の始発が動き出すまで、ああでもないこうでもないと、音楽のことや将来のこと、それから女や他愛もないことを話し合うのが日課だった。
家路につく頃には、東の空が明るくなり始めていた。
気分は冴えない。
…ああ、イライラする。
何にそんなにイライラするのかってくらいに。
あいつの存在感に?
それにかすんでしまいそうな自分に?
そんな自分に不安な自分自身に?
曖昧な未来のビジョンに?
不確か過ぎる明日に?
それとも──…。
うだうだ考えながら家に着いて、ドアを開けてブルーになった。
ライブやバイトで忙しくて、寝るか曲を作るかくらいしかしない俺の部屋は、ギターと譜面の場所として確保した一角以外は、雑誌の山に飲み終わったビールの缶、洗濯済みと未洗濯のものが混在した衣服類、インスタント食品の空容器などが散乱した酷い状態だった。
その惨状にげんなりする。
これだけのクズを溜め込んだのはむしろ凄いっていうか、ああ、でも、きっと、人間として恥ずかしいんだろうな。
そうは思ったけど、片付ける気もしなくて、俺はクズの山をまたいでベッドに辿りつくと、そのままベッドに突っ伏した。
だいぶ外が明るくなってから起き出した俺は、シャワーを浴びて着替えて、バイトに行く準備を始めた。寝る時間は完全に昼夜逆転した奴のそれなのに、本当に昼夜逆転した生活をしたら、生きていけない。
こんな気分の時にまでバイトに行かなきゃ食っていけない自分が情けない。
学生とかなら、こんな時は仮病でも使って休めばいいかもしれないが、今の俺がそれをやったら、バイトはクビで、バンドもクビかもしれない。ステージに穴を空けるアマチュアバンドなんて、見放されて終わりだ。
家を出てバイト先に向かっていると、ケイタイが鳴った。
「ナオキ? 私」
電話の向こうでリナが言った。リナは一応、彼女だ。
「今日、ひま?」
「忙しい」
俺は露骨に不機嫌な声で答えた。
「これからバイトだから」
そう言って俺は一方的に電話を切った。
彼女と会って遊ぶとか、そういう気分じゃなかった。どうせ今日会ってもリナを不機嫌にさせるだけだろう。
ケイタイをポケットに突っ込んで、ふと視線を上に向けた。
見上げれば、空は快晴。
それさえも何だかムカツク。
青い空が余計に気を滅入らせる。
こんなハズじゃない。
この前までの俺は、もっと鋭気に満ちていた。
こんな気分なのは、きっとあいつのせいだ──…。
バイト先のCDショップの制服に着替え、俺はレジに就いた。店内は、休日の昼間だけあって人が多い。
その中で、二つ向こうのレジにいる男に俺の視線は向いた。
今、一番会いたくない奴に…。
「あれ、ナオキ。何してんだよ?」
カザキは買ったCDを手に、俺に近付いてきた。
「何って、見て判るだろ。バイトだよ」
俺の不機嫌な声にお構いなしにカザキは笑顔で話を続ける。
「いつかここの棚に俺のCDを並べてやるぜ、とか思って始めたんだろ」
「お前には関係ないだろ」
図星だったのもあるし、バカにされたような気がして俺は更に不機嫌になった。
「何、怖い顔してんだよ?」
カザキが俺の顔を覗き込む。
そんな俺達のやり取りを周りの人が見ているのが判った。
こんな風に見られるのも、きっとこいつのせいだ。目立ちすぎるこの男の…。
「うるさい! 用がないなら帰れよ!」
店員としては客に対してあるまじき台詞を俺は口にした。
「…うん。店の準備もあるし、そろそろ帰るけど。…お前、あんまりカリカリしない方がいいぞ」
うるさい! 誰のせいだよ!?
俺の八つ当たり的な心の叫びを知る由もなく、カザキは軽く手を振って店を後にした。
「ね、ね、今の誰? ナオキくんの知り合い?」
バイトの女の子が訊いてきた。別にその子のことが好きなわけじゃないけど、何かムカついた。
「別に。知り合いって程じゃない」
それ以上の質問を拒絶するかのように、俺はレジを出て、CD棚のチェックに向かった。
それから、俺はライブとバイトで多忙な日々を送った。
嫌な気分を少しでも忘れたくて、頭の中から拭い去りたくて、多忙に紛れて誤魔化そうとした。
それでも、気分が晴れることはなかったけれど…。
疲れて帰った家は相変わらず汚くて、それだけで気持ちが沈んだ。なのに片付ける気力もない。
ベッドに倒れこんだ俺を、ケイタイの着信が寝かせてはくれなかった。
俺はポケットからケイタイを出し、電話に出た。
「ナオキ? 私」
リナの開口一番の台詞はいつも通りだった。
「ねえ、何で最近連絡くれないの?」
「ああ…ごめん。忙しくて」
「忙しくたって電話くらい出来るでしょ?」
リナの甲高い声が頭に響く。面倒臭くなって俺は
「ごめん」
とだけ言った。
「その様子じゃ、ナオキ、忘れてるみたいね」
「何を?」
半ば義務感だけで俺は訊いた。
「今日、私の誕生日よ」
「ああ…」
忘れてた。
「彼女の誕生日忘れるなんて、どういうつもり!?」
リナの甲高い声が俺を責める。リナの感情的な声に煽られるように、思わず俺は感情的に返した。
「俺はお前のことばっかり考えてるわけじゃない」
失言だった。
でも、気付いた時には、もう遅い。
「もういい! ナオキのバカッ!」
怒ったリナの声の後に電話を切る音が続いた。
ケイタイを放り投げて、俺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
…何やってんだ、俺は。
不安が募って、そんな自分が嫌で、イライラして。
イライラを人のせいにしたりして。
挙句に八つ当たりだ。
…リナは、もう許してくれないかもしれない。
ああ、でも、それでいいような気がした。
自分の弱さを認めることも出来ないくらい、俺は弱い。
もっと強くなれたら、あいつみたいに強烈なオーラを放つ存在感が手に入るんだろうか…?
2000年代初頭は、CDがまだ売れていた時代でしたね~(遠い目)