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3A.M.  作者: 如月 望深
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long & winding 01

 俺って、からっぽ。



 潔く諦めの言葉を口にして、ビールを煽った。

 空っぽの体がビールで満たされるわけもなく、ただ腹が膨れるだけだった。


 俺には、何もない。


 小さい頃に夢見たことを叶える力もバイタリティーも、身近な目標を見据える現実的な目も、新たな一歩を踏み出す勇気も。


 なにも、ない。


 空になったビール瓶をつついて、溜め息を繰り返す。何もないと嘆いて何かが手に入るなら、安いもんだ。もちろん、世の中そんなに甘いわけがない。なにもない俺にはなにもないままで、バイトで稼いだ金をこんなところに落としていくだけなんだろう。


 大人が言うには、俺達には無限の可能性が広がっている、らしい。だけどそれは、無限に広がる海原に放り出されるのと同じこと。行き先も定まらないままじゃ、不安なだけだ。

 早く目標を定めろと、大人は言う。でも、じゃあ聞くけど、あんたはそんなに簡単に行き先を決められたのかよ? その職に就くことに何の迷いもなかったと? 最初から決めてました!と言い切れたとでも?

 たぶん、そうじゃないだろう。いくつも無限にあった可能性から選択肢を作って、そこで振り落とされて、残ったとこから選んだ道を、今歩いているということだろう。

 今は間違いじゃないと思える選択も、当時はいくつもの選択肢に迷っただろう? そもそも、今間違いじゃないと言い切れるかどうかも怪しいところだ。他にもっといい道があったんじゃないかと思う時だってあるはずだ。

 でも、彼らは、どうにかして道を決めて、歩いている。


 迷ったまま、何も答えを出せないでいる俺は、からっぽなんだと、思った。


 友人達は、すでに目標を定めて動き出している。

 この波に乗り遅れたら、はずれクジしか残っていないかもしれない。残り物に福があることに賭けるのは、冒険過ぎるだろう。でも、定まらない行き先のままじゃ、舵をとるのは不可能だ。

 早く行き先を決めなけりゃいけない。


 はあ、と大げさな溜め息をもう一度ついて、空の瓶を指先で押す。押しやられて倒れ掛かった瓶は、戻ってきてカタカタと回った。

 カウンターに腕を投げ出してごろりとその上に頭を乗せる。上目遣いにカウンターの向こうを見遣ればキレーな顔したバーテンダーが見えた。そいつを見上げて俺は考えた。こいつは何で、ここにいるんだろう。望めば他に道はいくらでもあっただろうに。

「リヒト」

 名を呼べば、はいと微笑んでこちらを向いた。

「ビールもう一本」

 腕から顔を上げて注文した。

「かしこまりました」

 微笑して答えたリヒトの白い手が伸びて、俺の前から空き瓶を持ち去った。

 俺に背を向けたリヒトは、程なくして新しいビールを持ってきた。目の前に置かれたビールを眺め、また溜め息をついた。

「溜め息ばかりついていると、幸せが逃げるといいますよ」

 リヒトの忠告に、視線を上げる。

「幸せって、なに?」

 何をどうすりゃ幸せになれるの?

「これはまた、ずいぶんと哲学的な質問ですね」

 訊いた俺に、そうくるとは思いませんでした、と少し困惑気味にリヒトが言った。

「それは、人それぞれでしょうから、一概には言えませんが」

 微笑してリヒトは答えを濁す。

 ほら、幸せに定義がないなら、それを目指すのは難しくて、幸せになるように道を選ぶなんて、そう簡単にできっこない。

 ビールを一口飲んで、面倒臭ェなぁと心の中で呟いた。



 大学三年生にもなると、就職セミナーが始まる。

 進学校の高校では大学受験は二年の三学期から、三年(ゼロ)学期と言って始めるのと似たようなもんか。

 というか、就職活動自体、大学三年が本番みたいなもんだからな。大学受験は、高校卒業後の三月半ばに進学先が決まるのが普通だけど(私立ならもっと早いけど)、就職の場合は四年の秋前には内定が出てないとヤバイという。早いところは三年の12月にもう決まっていたりする。

 受験戦争を勝ち抜いてきた大学生たちは、今度は就職活動戦線に出て行かなきゃならない。

 正直、面倒臭ぇというのが本音だ。

 大学を決めるとこまでは、自分の学力の範囲で行ける大学から選べばよかったから、そう難しくはなかった。もちろん受験自体は大変だったけど、行き先はほぼ決まっていたから、そんなに悩みはしなかった。

 就職となると、話は別だ。

 将来の夢なんていうのも特になくて、今の大学だって、ちょっと面白そうと思った分野の授業があったから入っただけで、職業スキルを得るような学部じゃない。

 友達の中には教師を目指して教職を取っている奴もいるが、俺は教師になる気はない。当然、教職の授業も取っていない。職業訓練的な授業が何一つない今の授業で、一体何を目指せというのだろう。

 バイトだって、手軽に高収入が稼げるという理由で家庭教師をしているけど、家庭教師を職業にするつもりはない。大学生のバイトだから気楽な今のバイトだが、受験請負人みたいな本職にはなりたくない。

 じゃあ、俺の目指すべきところは何処なのだろう?

 好きな会社を選べと言われても、例えば自分の好きな酒を作っているメーカーに入りたいかと問われれば、別にそうでもないし。

 そもそも、なりたい職業がない。

 仕事をしなければいけないことは、もちろん判っている。じゃあ、何を仕事にするのかといえば、「これ」というものがない。



 ああ、だから、俺は何てからっぽなんだろう。



 半分ほどビールを飲んで、どうしようかと思案した。面倒臭いことは後回しにして、とりあえず今悩んでいるのは、帰るかどうするかだった。金曜日の深夜、店の客は帰る気配はなくて、このままうだうだここにいるか、でも家に帰っても同じようにうだうだするだけだなぁ、とぼんやり考えていた。

 カウンターの中のリヒトは忙しそうに働いていた。あちこちの客から声を掛けられたり、空のグラスを運んできたカザキやハトリからトレーを受け取って、新しいトレーを渡したり。

 カザキとハトリも忙しなくフロアーを行き来している。

 不意に、大音量で流れていた音楽が消えた。途端にフロアーの客のざわつきが耳に流れ込んでくる。

 低いアンプの音がして、フロアーの奥へと視線を向けた。ステージに何人かの影が見える。フロアーの客は今か今かとステージを見つめている。

 ステージに照明が当てられて薄暗い店内が明るさを増す。

 かき鳴らされたギターにフロアーの客から歓声があがった。ギター、ベース、ドラムと演奏が始まって、ヴォーカルが歌い出す。



  Ready?


  行く先なんて決めてない

  ギター担いで バイクに跨り

  風を切って行く


  辿り着いた先が 目的地さ

  不敵に笑う

  Mr.Windy


  さあ 君はどうする


  Stay or Go ?



 まるで、起爆剤だ。

 フロアー客のテンションが一気に上がる。

「すげぇ…」

 思わず呟いた。何度かこの店に来たことはあったけど、バンドのライヴをやっているのは見たことがなかった。

「リヒト、これ、いつもやってるの?」

 訊くと、週末の深夜だけバンドの生演奏が行われるのだと教えられた。週末に来たことはあったが、場所を変えてしまったり帰ってしまったりして、深夜までこの店にいたことがなかったから知らなかったのだ。


 自然と、体がリズムを刻み出す。

 懐かしい衝動が蘇る。

2007年初出。

今とは就活事情が異なるかもしれません。



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