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3A.M.  作者: 如月 望深
46/106

未明 01-1

登場する姓は雰囲気で書いておりますので、実在のものとは関係ないフィクションとしてお読みください。




 自由を求める籠の鳥。


 空を仰ぎ、羽ばたく鳥の白い羽根。


 籠から逃げた鳥は、幸せになれるのだろうか?




 大きな門の向こう側、花と緑の生い茂る手入れのされた広い庭園のその向こうに建つ瀟洒しょうしゃなレンガ造りの邸宅。

 大きな門の前に自動車が現れ、邸宅の門番が門を開いた。自動車は低い音を立てて開いた門の中へと消え、近所の人々の好奇の目から隠れた。

 文明開化いうものがやってきてからこっち、世には外国から新しいものがたくさん入ってきたが、自動車という乗り物は、最近やっと入ってきた乗り物だった。ハイカラな乗り物は希少で貴重であり、ごく一部の限られた人間にのみ所有される乗り物であった。

 屋敷の所有者の名は水神といい、辺りでは一番の名士である。近く長男が貴族の令嬢と婚約するともっぱらの噂だ。水神家は資産には恵まれているが、身分は今ひとつで、長男の総一郎が由緒正しき貴族の令嬢と婚約すれば、水神家は箔がつくというものだった。



「羽鳥さん、羽鳥さん!?」

「何です、母様」

 何度も名前を呼ばれ、聞こえていますよと言いたげに少年は顔を出した。まだ十代のあどけなさの残る少年だが、麗しい美貌の持ち主であった。

「総一郎さんはまだ戻ってらっしゃらないの?」

 母に聞かれ、羽鳥は首を傾げた。

都子みやこ様のところにいらしたのではないのですか?」

 婚約者である令嬢の名前を口にする息子に、母は首を振った。

「私もそう思っていたのだけれど、万里小路までのこうじ様がお見えになって」

 万里小路は総一郎の婚約者になる予定である都子の家だ。婚約発表の式の相談に都子嬢とその母上がお見えになったとのことだった。

「では、兄様はどちらに?」

 それがわからないのよ、と母は困惑したように言った。

 とりあえず僕がお相手をしておきます、と羽鳥は答え、都子嬢と母君の待つ部屋へと向かった。

「あら、羽鳥様」

 ソファに座って母親と話をしていた都子が顔を上げた。

「兄がお待たせして申し訳ありません。ただ今所要で外出しておりまして」

 羽鳥が謝罪すると都子は微笑んだ。

「では、総一郎様がお戻りになるまで、お相手をしていただけませんか?」

「僕で宜しければ」

 羽鳥は微笑して答え、都子達の向かいに座った。

 見目麗しく礼儀正しい総一郎の弟を、万里小路家の人々は好いていた。都子の母は上機嫌で羽鳥とおしゃべりを始めた。都子嬢も、興味深い話題をいつでも提供してくれる自分と同じ年の羽鳥の方が、五つ年上で堅苦しい話しかしない総一郎よりも、実は話しやすかった。

 暫らく都子と母君が羽鳥との他愛ない話を楽しんでいると、にわかに玄関が騒がしくなり、小間使いの者が羽鳥に耳打ちに来た。それを聞いて羽鳥は「ちょっと失礼します」と挨拶して席を外した。


 階下に降りると、兄が見知らぬ男と親しそうに話をしながらこちらへやってくるところだった。

「兄様」

 声をかけて、羽鳥は連れの男に会釈した。優美な面持ちの男は微笑を返した。

「羽鳥、こちら、冷泉れいぜん 理人りひと様だ」

 兄に紹介された男は、目礼して微笑んだ。兄より少し年長だろうか。品のよさで家柄が推測できた。

「弟の羽鳥です」

 兄が男に紹介した。羽鳥はお辞儀をして挨拶をした。

 それから、兄に小声で都子嬢とその母君が来ていることを告げた。

「万里小路様が…?」

 少し困惑したように兄は呟いた。ちらりと男を見遣る。

「どうぞ、私にはお構いなく。婚約者の令嬢でしょう」

 男は優美に微笑んで促した。

「私は今日は失礼しますよ」

 にこりと男は微笑み、兄に視線を向けた。

「では、お言葉に甘えまして」

 兄は一礼して、都子達の待つ部屋へと向かった。兄の背中を見送ってから、羽鳥は男を見上げた。男は優雅な微笑を返していとまを告げた。

 男の方がどう見ても水神家よりも格上の身分だったので、見送りを申し出た。羽鳥は、男の乗ってきた自動車まで男を送り、屋敷から出て行く車を見送った。



 婚約式の相談を終えた都子達を送り出した後、母は総一郎に尋ねた。

「先程いらしてた方はどなた?」

「冷泉様とおっしゃいます」

 兄が答えると、母はまあ、と目を丸くした。

「冷泉というと公家のお家柄かしら。総一郎さんたら、そんな方とお知り合いに?」

 うきうきと弾んだ声で母は兄に質問を重ねた。

「以前、舞踏会でお会いしたのです」

「婚約式にはご出席いただけそう?」

 兄は笑顔で母に答えた。

「婚約のことをお話したら、婚約式には是非ご招待下さいとおっしゃってくださいました」

 身分社会の世では、身分の高い客人を多く呼んだ方が婚約式の格が上がるというものである。由緒正しき家柄の人物を呼べることを確信し、兄は自信を深めたようである。

 両親の期待に応える兄を、羨ましいと羽鳥は思った。

 けれど、同時に、そんな兄のようにはなりたくないとも思った。


 この家は、まるで鳥籠だ。


 それなりの身分と資産を持ち、更に高みを目指すこの家で、自分にかけられた期待が高いことは自覚していた。

 兄が期待に応え、自分もそうすることが求められているのを知っている。

 けれど、大きな期待は鎖となって羽鳥の手足を縛る。



 籠の中の鳥は、まだ見ぬ空に憧れて羽ばたこうとする。



 羽鳥は、期待されてきた以上のことはしてきた。兄よりも美しい容姿を持つ羽鳥を、母は溺愛した。その愛にも応えてきた。学校での成績も常にトップを保ち、教師からの信頼も厚い。父の自慢の息子でもあった。

 羽鳥のために敷かれたレールは、真っ直ぐに兄の後に続いていて、兄のことを慕ってはいたが、しかし、兄と同じ道を望んだわけでもなかった。


 一つ溜め息をこぼして、羽鳥は家を抜け出した。

 兄と母は婚約式の話に取り掛かり、自分を気にかけることはないだろう。父は仕事で留守だ。行き先を告げずに外出することは認められてはいなかったが、羽鳥は執事に頼んで行き先を伏せていた。

 母達は、こういうところに出入りするのを嫌うだろう。

 羽鳥の行き着いた先は、街なかの小さな酒場だった。酒を飲みに来たのではない。羽鳥が店内に姿を見せると、数名の男達が軽く手を挙げた。

「おう、坊ちゃん」

 羽鳥は軽く手を挙げて挨拶を返した。

「ひと勝負するか?」

「いいですよ」

 羽鳥は男達のテーブルにつき、花札を始めた。

 男達とは、以前、家を抜け出して街を歩いている時に出会った。最初は身なりのいい羽鳥から金品を巻き上げようとした男達だったが、羽鳥にやり込められ、あげく花札での賭けに負け、なぜか羽鳥を気に入ってしまった。

 羽鳥の方でも、自分を水神家の次男坊と知りながら、気さくに接する男達を気に入っていた。いつでも気を遣われている羽鳥は、男達の気遣いのなさが逆に好ましかった。

 男達は粗野で柄がいいとは言えなかったが、人柄は決して悪くなかった。街のあちこちに仲間がいて、男達が紹介すれば、皆羽鳥を受け入れてくれた。彼等は皆、貧しくも生き生きとしていて、彼らの持つ陽気な雰囲気が羽鳥は好きだった。

 度々男達を訪ねるのは、息抜き──というか、男達の持つ自由な空気に触れたかったからだった。

「…また負けた…」

 男達は肩を落とし、羽鳥を見遣った。

「本当に、坊ちゃんは強いな」

 負け知らずの羽鳥に男達は感心した。

「で、今日のご希望は?」

 普通は金を賭けるのだが、金の代わりに街を案内して欲しいだの面白い話をしてくださいだのと、可愛らしいことを希望する羽鳥が、男達は可愛くて仕方なかった。

 羽鳥が何を頼もうか考えていると、ドアが開き、そちらに目を遣った男が名案だと言わんばかりに提案した。

「そうだ、坊ちゃん、面白い男を紹介してやるよ」

 そう言って男は入ってきた男に声を掛けた。

「旦那! 冷泉の旦那!」

 聞き覚えのあるその名に、羽鳥は男に声をかけられた人物に目を向けた。そこには、微笑をたたえた男がいた。羽鳥同様、酒場に不似合いな高級な仕立ての洋服を着て、洒落た帽子をかぶっている。

 帽子を取った男は、今日出会った兄の友人、冷泉理人であった。

「こんな所に出入りする金持ちは坊ちゃんくらいかと思っていたが、この旦那も面白い御仁でね」

 男達は理人に席を勧めた。

「最近、ここに来るようになったんだが、この旦那も花札が強くてね」

「坊ちゃん、ひとつ勝負してみてはどうだろう」

 羽鳥は思いがけない人物の登場に驚きつつも、男達に促されるまま理人と勝負をすることになった。


 初めて羽鳥に土をつけたのは、酒場に何とも不似合いな高貴な雰囲気の青年だった。それがあの堅物の兄の友人で、貴族だというのだから、世の中面白い、と羽鳥は思った。

 勝った理人は、お金を頂いても面白くありませんしねぇ、と前置きしてから羽鳥に言った。

「今度、私の家で舞踏会を開くのですが、是非それにご出席ください。都子嬢を誘って」

「え?」

 舞踏会に招待されること自体は構わなかったが、なぜ都子を誘えと言うのかがわからなかった。通常、そういった席は、都子の場合、婚約者である兄がエスコートすべきである。

「その舞踏会には都子嬢もお招きしているのですが、その日、総一郎くんは仕事で不在でしょう。だから、あなたが誘ってあげてください。きっと喜びますよ」

 確かに、言われた日付は兄が仕事で不在の日だった。しかし、何故そこまで知っているのだろうか。兄から聞いたのか…思案を巡らし、理人を見つめた。大きな目を向ける羽鳥に、理人は微笑み「約束ですよ」と言い置いて店を後にした。

2006年初出。

身分の表現を華族か貴族かで迷いましたが、貴族で統一しました。

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