clean day 01
まったく 嫌になっちゃうね 毎日
思ったことの 半分も口に出来ないで
愛想笑いを浮かべてさ
それでキミは満足かい?
さあ 今夜は
理性なんか蹴飛ばして
踊り明かそう
アップビートに乗った言葉が、壁や天井や人込みに反響して店に籠もる。さほど広くはないフロアーの奥にあるステージで演奏するバンドの曲に乗ってフロアーの人々は踊る。
バンドの生の音に煽られるように、人々は踊り、騒ぎ、店内は異常なほどの熱気に満たされる。
「お疲れさまです」
ステージを終えてカウンターに座った俺に、リヒトが烏龍茶の入ったグラスを差し出した。俺は礼を言って一気に烏龍茶を飲み干した。
俺が置いた空のグラスを取り上げ、リヒトは新しいグラスを俺の前に置いた。
「もうワンステージお願いしますね」
そう言って、俺達を雇ったオーナーは微笑んだ。その辺の芸能人なんかより、ずっと綺麗な顔をしたこのオーナーは、年齢は聞いたことがないから正確にはわからないが、まだ二十代半ばほどだろうか。俺たちみたいな無名のバンドにぽんとギャラを出してくれて、その上ドリンク飲み放題という特典付きで雇ってくれる太っ腹だ。
もっとも、ステージ中は酒を飲むわけにはいかないから、もっぱらソフトドリンクなのが惜しいところだ。ステージ後に飲めると言っても、閉店時間とかもあるからビール一杯程度しか飲めないのが残念だ。
俺達はギターのアズマ、ベースのジン、そしてボーカルの俺、ナオキの、高校の同級生三人で組んだバンドだ。メジャーデビューを目指して上京し、ライブを中心に活動している。ライブハウスなんかじゃ、それなりの評価を受けている。でも、まだメジャーからのお声は掛からない。
ここでの仕事を紹介されたのは、まだ最近の話で、アズマの友達の兄貴の知り合いからだった。要するに他人なのだが、こんなに条件のいい仕事を紹介してくれて感謝している。
この店では、毎週末、金曜日と土曜日にバンドの生演奏をする趣向で、そのステージでの演奏だった。俺達は少しでも多く活動の場が欲しかったし、ギャラも悪くなかったから、二つ返事でやると言った。
試しに一度ステージをやらせてもらい、オーナーであるリヒトは、その日のうちに俺たちを採用してくれた。
店はそう広いわけではなく、地下の閉ざされた空間だったけど、どこか開放感があった。その空気に客の盛り上がりは熱狂的で、そんな雰囲気が俺は好きだった。
「リヒト、これ頼む」
背後から近付いてきたカザキが、カウンター越しに空のグラスの乗ったトレーをリヒトに渡した。
それを受け取ったリヒトは、ビールやカクテルが乗ったトレーをカザキに渡した。軽々と片手でトレーを持って、カザキは再びフロアーへ戻っていった。
カザキは、目立つ男だ。
フロアーの人込みに入ってもすぐに見つけられる。高い身長もその理由の一つだろうけど、それだけじゃない。その存在が人の目を惹く。
もう一人の店員のハトリは身軽に人の間をすり抜けて器用にフロアーを行き来しているけど、カザキはすり抜ける必要がない。カザキが歩けば自然と皆が道を開ける。そんな感じだ。
カザキは、ゆっくりとでも素早くでもなく、悠然とフロアーを行く。
再びステージが始まって、客の興奮のボルテージは次第に上がっていった。
俺達の歌に合わせて客は踊りまくる。曲に合わせて揺れる客をステージから見るのは気分がよかった。
ふと、カザキの姿が目に入った。
相変わらず悠然とフロアーを動いている。
カザキの周囲の人々の視線が、カザキに注がれているのが判る。
ステージ上の俺ではなくて、カザキに。
お前が目立ってどーする!?
歌いながら、思わず俺は心の中で叫んだ。
ステージに立ってるのは俺なのに。
歌ってるのは俺なのに。
今、一番注目されるのは俺のはずなのに。
人の視線はカザキに注ぐ。
俺の視線さえも──。
…ああ、ムカツク。
何がそんなにムカツクのかってくらいに。
その存在感が、強烈に嫉妬心を煽る。
2004年初出。