daydream 01
金さえあれば何でも手に入ると思っていた。
金さえあれば幸せさえも買えると思っていた。
ぶっちゃけ、世の中 金だ。
どんなに綺麗事を並べても、どんなに大きな夢を語っても、先立つものがなければただの妄想だ。
金より愛が大事だと言いながら、愛で腹が膨れるわけじゃないことを皆知っている。夢がある人ってステキと言いながら、その経済力のなさに失望し計画性のなさに幻滅する。
世の中なんて、そんなものだ。
上京してから約十年。最初から愛だの夢だのでは腹の足しにはならないことを知っていた俺は、懐を温める術をひたすら身につけてきた。
偏差値の高い大学に入学し、それと同時にバイトを始めた。そこで社会とかビジネスというものに片足をつっこみながら金を稼ぐということを体感してきた。
大学を卒業すると一流といわれる企業に就職した。都心に超高層自社ビルを構えるその会社は、企業ブランドとしても全国的に通用するだろう。その会社の第一線で働き、三十前にしてそれなりに責任あるポストを任せられている俺は、まあエリートと言って差し支えないと自負している。
ポストに見合った収入は、同年代の普通のサラリーマンよりはだいぶ多いだろう。ブランド物の服にブランド物の装飾品を何のためらいもなく身に付けられる。高級外車に乗り、都心のマンションに住居を構える。ジムで鍛えた体は適度に引き締まり、多分、ファッションセンスも悪くない方だ。
仕事は出来る方だと思う。だからこそ今のポジションが与えられているのだし。だからといって仕事人間というわけでもない。ちゃんと適度に遊んでいる。
女にだって困っていない。こちらから口説かなくても向こうから寄って来る。相手の好意が俺に対してなのか、俺の持つものに対してなのかなんて興味はなかった。楽しませてくれれば、それでいい。心をほんの少し、満たしてくれれば、それでいい。それは、例えば、部屋に一人で居たくない時に俺を独りにしないという程度の心遣いで済むことだ。
恋愛の類に過剰な期待はしていない。それは女を信用していないとか、女を見下しているとか、そういうことじゃない。相手が男だって同じことだ。信頼関係なんて、いつまで続くか判ったもんじゃない。金の切れ目が縁の切れ目なんてよくあることだ。
所詮、人間は、金銭に価値を見出したその時から、金銭という媒体なしには何物にも価値を与えられなくなったのだ。
例えば、お金より愛が大事よと言う女が、そのプレゼントの金額で男の愛情を量るように。
大学時代の友人に合コンに誘われた。何でも、俺の会社の企業ブランドのお陰で女の食いつきがいいらしい。そういう奴等だって、結構な肩書きを持った奴ばかりなのだけど。相手はフライトアテンダントだそうだ。
誘われるまま参加した俺は、それなりに楽しんだ。一緒に飲んで飯食って、適当に仲良くなって、連絡先を教えあい、気に入った相手の中から落ちそうな女を誘えばいい。
友人の一人が二次会を提案し、そいつの気に入っている店へと場所を変えた。
繁華街を脇道に少し入ったところ。階段を降りた先の地下の店。
黒いドアが印象的な店だった。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
カウンターの中からバーテンダーが声を掛けた。
背の高い店員が近付いてきて俺達をフロアーへと促した。俺達はバーカウンターの前を通り、奥へ広がるフロアーへと向かった。フロアーでは多くの人が音楽に合わせて踊っている。俺達は壁際に設けられたフロアー席の一角へ案内された。そのソファに座り、酒をオーダーした。すぐにまだ十代みたいな可愛い顔をした店員が酒を運んできて二次会が始まった。
途中、俺はトイレへと席を立った。盛り上がっている友人達の席へ戻ろうとフロアーを横切ると、誰かにぶつかった。「すみません」と謝って見やると華奢な女の子が鼻を押さえて立っていた。どうやら俺にぶつかった時に鼻をぶつけたらしい。
「すみません、大丈夫ですか?」
もう一度謝って尋ねると、
「大丈夫です。こちらこそ、すみませんでした」
彼女はふわりと微笑んだ。こんな騒がしい場所にはそぐわない、花のような微笑だった。
よく見れば、彼女はこの場にはそぐわないほどの綺麗さだった。純真とか清純とかいう言葉がピッタリくる容姿だ。少し童顔で白い肌は陶器のように滑らかで、黒い髪がよく映える。可愛らしい色使いの服装は彼女によく似合っていて、どこぞのお嬢様が退屈な日常から逃げ出すためにこんな場所に紛れ込んでいる──とかいった映画のようなシチュエーションを思わず想像してしまった。
こういう愛らしい感じの女は久し振りに見た。
勿論、世の中の女の大半はそれなりに可愛いと思うし、合コンで会う女は結構レベルが高い。今日のCAも美人揃いで、美人なだけでなく女として可愛いとも思う。けれど、自分に自信のある彼女等は、それ故にプライドも高く、プライドの高さが表面に滲み出ていた。
けれど彼女の愛らしさは、どこか心を和ませた。まるで天使のようだと形容するに相応しい微笑だった。
彼女はぺこりと頭を下げて、カウンターの方へ歩いていった。カウンターのスツールに座り、バーテンダーと言葉を交わす。その様子を見ていたらバーテンダーの視線がこちらへ向けられた。
バーテンダーが微笑を差し向ける。
何故だかその笑顔と視線に耐え切れなくなって目を背けた。振り向いた先で友人達が手招きした。それに頷いて俺は席に戻った。
2005年初出。




