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3A.M.  作者: 如月 望深
34/106

nerves of steel 01


 僕は知っている。

 永遠などこの世にないことを。



 兄貴の彼女を好きになるなんて、ベタな展開だ。

 度々家に遊びに来ていた彼女は、勿論俺より大人で、その綺麗な仕種に見惚れるほどだった。栗色の長い髪にすっと伸びた手足。笑顔を向けられるたび、ドキドキして、兄貴に心臓の音を悟られるのではないかと心配するほどだった。

 兄貴の彼女を好きになっても報われないことは判っている。でも、それでフラれるのは構わない。納得がいくから。彼女は兄貴の恋人で、兄貴を好きなわけで、俺の兄貴なんだからイイ奴に決まっていて、そんな兄貴を選んだ彼女はやっぱりイイ女なんだと自分を納得させられる。


 なのに、ある日突然、兄貴は彼女と別れたと告げた。


 母親が最近遊びに来ない彼女のことを訊いた時だ。兄貴はあっさり答えた。

「ああ、別れたから」

 休みになるとデートで家を空けることの多かった兄貴が家に居ることが多いなとは俺も思っていた。でもそれはお互いに忙しいとかそういう理由があるのだと深く考えもしなかった。

 二人が別れたのなら、彼女と兄貴がデートをしないのも、彼女が家に遊びに来ないのも当然だ。兄貴が別の彼女を作ったというわけでもなさそうで、兄貴は他の女と出掛けたりはしていないみたいだ。

 それなら何故、二人は別れてしまったんだろう? 彼女に別に好きな人でもできたのだろうか? 俺には二人はお似合いに見えて、だからこそ彼女へのこのよこしまな気持ちを隠し通すことを決めていたのに。

「なんで?」

 とは訊けなかった。口を開こうとした俺に兄貴が厭そうな視線を向けて、それ以上の詮索を拒んだからだ。いっそのこと、兄弟じゃなければよかった。そうすれば、相手の気持ちをこんなに簡単に察することもなく、もっと不躾ぶしつけに理由を問いただせたのに。

 俺は口をつぐみ、母親もそれ以上何も詮索しなかった。家では暗黙の了解で彼女のことは禁句になった。



 納得いかないまま、俺は彼女が家に来なくなれば会えなくなるのだということに気付いて勝手に落ち込んでいた。そんな俺の様子を察したわけではないだろうけど、学校のクラスメイトが遊びに誘ってくれ、俺はそれに乗って気晴らしをすることにした。

 夜間の繁華街への立ち入りは、勿論校則では禁止されている。けれど、それを破るスリルと快感に、校則を素直に守っている生徒は少なかった。俺もそんなグループの一人で、いつもではないけれど、時々は友達と夜中まで遊んでいる。

 その日、友達に連れて行かれたのは、繁華街から少し外れた路地の脇にあるアヤシゲな店だった。地下へと続く黒いドアには小さなライトに照らされているが、店名を示す文字は浮かんでいない。ドアを開ければ暗い店内に響く低音の効いた音楽が鼓膜と腹の中を振動させる。色とりどりの光が時々辺りを照らし、ある種の異様な空間を作り上げている。

 店内には様々な人がいて、サラリーマンやOL風の大人たちに、いかにも遊んでるっぽい二十歳そこそこの一団、大学生らしきグループや、俺達と同じような高校生と思われる集団もいた。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

 俺達とそう年の変わらなさそうな店員に声をかけられた。店員は手にトレーを持ってフロアーの方へ消えていった。多くの人がひしめき合って踊っているフロアーへと俺達は足を向けた。美形のバーテンダーが仕切るバーカウンターは、俺達には少し大人すぎたからだ。

 フロアーへ向かう俺達の背後に話し声が聞こえて振り向くと、開いたドアから何人かの男女が入ってきた。大学生風の男女は、既に酔っているようで少し声が大きかった。

「どう? 久々の合コンは?」

 先を歩く男に聞こえないように声をひそめたつもりらしい女が隣の女に訊いた。

「久し振りすぎて、何していいのかわかんない」

「何、気弱なこと言ってんのよ。あんたが彼氏と別れたっていうから、こうして合コンしてやってんのに」

 女に続けて別の女が言う。

「そうよ。早く別れた男のことなんて忘れて新しい恋を見つけなさいよ」

 どうやら彼氏と別れたばかりの女のために合コンを開催している女達の会話らしい。

 ちらりと女の顔を盗み見れば、一人見知った顔がいた。暗がりの中でも判る。見間違えるはずがない。

「…若菜さん」

 思わず口にした彼女の名に、彼女がこちらに視線を向けた。

「カズくん」

 一瞬驚いた顔をしてから、彼女が微笑んで手を振った。どうしてそんな大人な笑顔を向けるんだろう? 別れた男の弟なんて無視したいんじゃないんだろうか? 俺は思わず彼女の名前を声に出したことを後悔した。俺と彼女の接点は兄貴だけで、兄貴の彼女だからこそ彼女は俺にもよくしてくれていただけのはずで、兄貴という接点がなくなった今、どう接したらいいのか判らなかった。無邪気に声をかけられるほどには俺は子どもじゃないし、でも彼女のように微笑んで見せられるほど大人でもなかった。

「どうしてこんなところに…?」

 そのまま黙っているのは不自然だったので、何とか言葉を探した。それに、気になることもある。さっきの会話から推測するに、今日の合コンは彼女のために開催されたものだ。彼女が兄貴を早く忘れられるように。そんなに兄貴を忘れたいのだろうか? あんなに仲が良かったのに。兄貴と彼女との間に、一体何があったというんだろう?

「そう言うカズくんこそ、高校生がこんなところにいていいの?」

 その物言いに、彼女との年の差を痛感させられる。大学生の彼女は二十歳を超えていて、酒もOKだしこういう所への出入りも制限がない。未成年の俺は制限ばかりで、ハメを外すくらいのことしかできない。

「何? 若菜、知り合い?」

 コーコーセーだ、カワイーなどと連れの女達が俺を物珍しげに見ている。仲間達は既にフロアーに行ってしまっていて逃げ場もなく、ひどく居心地が悪い思いをした。

「うん、ちょっとね」

 彼女は友人達から俺を庇うようにして立ち、先に席に行っていてくれと言った。女達は既にフロアー席に着いた男達を見やり、了承した。背の高い店員が彼女の連れ達をフロアー席へ案内し、俺達はその場に取り残された。彼女は微笑んで俺をカウンター席に誘った。俺一人では大人過ぎて近づけなかった空間に、年上の彼女に連れられて俺は足を踏み入れた。

2005年初出。

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