no time this time 02
中に入ると手前にカウンター席がある。何人かがそこでバーテンダーと話をしながら酒を飲んでいる。
フロアーの奥のステージではバンドが歌を歌っている。フロアーの人々はそれに合わせて踊っている。
クリスマスだというのに、店は結構賑わっていた。いや、クリスマスだからこそ、と言うべきなのか?
客は様々な人がいた。恋人同士らしき男女。友達らしいグループ。ノリが大学のサークル仲間らしい一団。俺のように一人で来ている客もいるようだ。
皆、薄暗いこの地下の空間で、バンドの歌に包まれながらクリスマスを過ごしている。
だが、店内にはクリスマスらしい装飾は何一つなく、バンドもクリスマスソングを歌っているわけではない。
ここは、クリスマスとは隔絶された空間のような気がした。
俺はクリスマスを忘れたくて、フロアーの中に入っていった。壁際に置かれている席に座る。
店に入った時に俺に声を掛けた若い店員がトレーにいくつかグラスを乗せてこちらへやってきた。
「ハトリくーん」
フロアーにいた女性客に呼び止められて店員は立ち止まった。
「ねーねー、ハトリくん、彼女いないの?」
「別にいないけど、何でですか?」
突然の質問にハトリは首を傾げる。
「だって、クリスマスに仕事してるから」
あたし達クリスマスに女二人でこんなとこにいて寂しいよねー、と彼女達は顔を見合わせて言った。
「いたとしてもクリスマスとか関係ないから」
ハトリの返答に女性客は眉根を寄せる。
「えー?」
「この店はクリスマスとは関係なく営業してるからね」
女性客は「じゃあ彼女と一緒に過ごせないね」と残念そうに言い、「そうだね」と微笑してハトリは答えた。女性客は「カワイソー」と声を揃えて言ったが、俺にはハトリはクリスマスを彼女と過ごせなくても全然構わないと言っているように聞こえた。
ハトリは女性客にグラスを渡して、俺の方にやってきた。
「当店からのサービスです」
俺の目の前にグラスを置いてハトリは言った。
「サービス?」
見上げるとハトリは天使のような微笑みで返した。
「クリスマスなんで」
ああ、やっぱりここでもクリスマスか。
一瞬、嫌気がさした。
街は何処もかしこもクリスマスで、やっとクリスマスに染まっていない場所を見つけたと思ったら、ここにもクリスマスは浸透していやがった。
恋人がいれば、恋人と過ごすための聖なる夜で。
恋人がいなければ、寂しい夜で。
家族がいれば、家族と共に祝う日で。
ここは日本で、キリスト教の国ではないのに、
クリスマスのプレッシャーから逃れる方法はないのだろうか?
「今日この店に来てるのは、クリスマスを祝ってる人もそうでない人もいて、そんなの俺達には関係ないから、店はクリスマスとは関係ないんだけど」
露骨に嫌な顔をした俺にハトリが言った。
「クリスマスって人に何かを貰いたいものだから、これくらいはサービスをね、ってオーナーが」
ハトリはテーブルに置いたサービスのシャンパングラスを持ち上げて俺に差し出した。
確かに、クリスマスは人に何かを期待する。
俺はグラスを受け取ってシャンパンを一気に飲み干した。口の中で炭酸がはじけて喉を刺激する。
「クリスマスって、どうして人と過ごさなきゃいけないんだ?」
思わず俺はこんな疑問をこぼしてしまっていた。
「さあ?」
俺の質問にハトリは天使みたいな顔で首を傾げた。
「俺は他人の誕生日に興味ないし、他人の誕生日に人と一緒に過ごさないといけない必要性が見出せないけどね」
天使みたいな顔をしているくせに、ハトリの意見は現実的だった。
「大体、日本はキリスト教徒の数も少ないし、クリスマスだって平日と変わらないし、クリスマスなんて制度は合ってないんだよ」
ハトリの意見に乗っかって俺は愚痴を吐き出す。
今まで散々クリスマスを楽しんできたクセして、よく考えれば、まあ何とも自分勝手な愚痴だ。
「クリスマスを祝う正当な理由をくれよ」
クリスマスだからって仕事が減るわけじゃない。
誰かが仕事を肩代わりしてくれるわけじゃない。
クリスマスは誰にも平等に訪れるのに、楽しんでる奴とそうでない奴とがいるんじゃ、不公平じゃないか。
「第一、クリスマスだからって皆人に期待しすぎなんだよ。一緒に過ごすとか、プレゼントとか」
子ども達はプレゼントを持ってサンタが来ることを期待し、女はプレゼントを持って男がやってくることを期待する。
「そんなに俺に期待されてもさぁ」
無理な場合だって、あるだろ。
「今までクリスマスを楽しんできたクチなのに、そこまでクリスマスを嫌がるなんて、重症だね」
そう言ってハトリは俺の隣に座った。
「クリスマスを楽しめる奴はいいけど、そうじゃない奴にはクリスマスって、結構プレッシャーだよ」
『早く帰ってきて。イブが終わっちゃう』
彼女の切実な怒りの声が耳に蘇る。
「…そもそも、なんでイブは一緒に過ごさないといけないんだよ?」
思わず漏らした疑問に思わぬ返答があった。
「それは、世の中の多くが幸せを感じてる時に、自分も幸せだって実感が欲しいからでしょ」




