a fighter 03
…あいつ…木場とは、会社の新採研修で出会った。同郷ということもあってすぐに仲良くなった。入社して、同じ部署に配属された。やりがいのある仕事に、俺もあいつも一生懸命だった。
俺達は仕事仲間であり、お互い切磋琢磨するライバルでもあった。
その木場が、仕事を辞めて田舎に帰る。
戦いのリングから去ってしまう。
「ここじゃなくても、俺はやりたいことを見つけられる」
あいつのその言葉に感じたのは憤り。
そして焦燥感。
置いて行かれてしまう。
あいつは俺を置いて行ってしまう。
俺一人を残して、どんどん先へ進んでしまう。
あいつは、俺が居なくても、ライバルが居なくても、
高みへ飛んでいける。
そんなあいつを羨ましいと思った。妬ましくもあった。
そしてそんなあいつに憧れた。
あいつとは、離れても友情は続けられるだろう。
だけど、ライバルではなくなる。
俺は、新たなライバルを見つけなければならないのだろうか?
バンドの歌が鼓膜の奥に響く。
もしも世界が 敵味方なく
平和に手をつないで
争うこともしないなら
誰と戦えばいい?
「あいつがいなくなったら、俺は誰と競えばいい?」
お前なんかに解るわけないと言っておきながら、何故だか俺はカザキに思いをぶちまけてしまっていた。曝け出してぶつけた想いを、こいつなら昇華してくれる気がした。
「何だ、そんなこと」
カザキは言った。
「随分辛気臭い顔してるから、どんな深刻なことかと思ったら、そんなくだらないことだったわけ?」
「くだらない?」
人が真剣に悩んでいるというのに、カザキは「くだらない」の一言で片付けようとしていた。所詮他人事だ。他人から見たら、くだらないことなのかもしれない。
「同じ仕事じゃなきゃライバルになれないのかよ?」
「そりゃ、そうだろ。競うことがなければライバルじゃないんだし」
スポーツの世界を例に見たって、マラソンランナーと水泳選手がライバルなんてありえない。マラソンランナーはマラソンランナー同士、水泳選手は水泳選手同士ライバルなはずだ。
「そんなのさぁ、考え方次第だろ?」
カザキは緩慢な口調で言った。
「別の場所で全く違うことやってたって、ライバルにはなれんじゃねーの?」
その言葉の意図を掴み切れずにいる俺にカザキは続けた。
「例えば、どっちがいい人生を送るか、とかさ」
随分と大きいテーマを掲げられて俺は沈黙していた。
「人生のライバルって意味だよ」
「人生のライバル?」
考えもしなかった。
今まで俺の競うものは目の前のことで。
テストの順位とか成績とか、スポーツの順位とか、仕事の業績とか、割と短いスパンで結果の出ることばかりで。
そんなデカいスケールで争うなんて思いつきもしなかった。
独りでも高みへ飛んでいけるあいつに憧れたように、俺も独りで高く飛べるようになれるだろうか?
I'm a fighter
So dangerous fighter
I'll be the Number ONE
I'm a fighter
So beautiful fighter
I wanna...
I wanna be the ONE
「元」
急に名前を呼ばれて驚いた。
教えていないはずの俺の名前を口にした当の本人は、俺の驚いた顔など気にした様子もなく俺の前に置かれたビールを指差した。
「それ飲んだら帰れよ」
しかも、店員のクセに客に帰れと言う。
「…言われなくても、帰るよ」
俺は残りのビールを一気に飲み干した。
それから席を立って歩き出す。
「まあ、頑張ってみれば?」
カザキの声に振り向いて俺は拳を少し上げた。
店を出て行く俺の背中を、バンドの歌が押した。
I'm an Invincible fighter!
これからあいつの所に行って今後の話でもしようかと考えながら、俺は店を出て歩き出した。
朝陽が東の空から昇り出す頃、黒いドアの向こうでは、いつものように理人、風生、羽鳥の三人が片づけをしていた。
閉店間際まで熱狂していた店内も今は冷め、静かな朝に時を委ねていた。
「ライバルがいなくなることに不安を感じる──なんて、若々しくていいですねぇ」
理人が苦笑して言った。
「そうだよなー。俺達にはあんまり関係ない話題だもんな」
羽鳥が理人に賛同する。
「カザキはライバルっています?」
理人の質問に風生は一瞬沈黙してから答えた。
「…今は、いない」
「じゃあ、昔はいたんだ」
羽鳥の言葉に風生は微笑する。
「大昔はね」
「大昔って、どれくらい前だよ?」
「さあ?」
忘れた、と風生は言った。訊いた羽鳥も別に深く追及しようと思っていたわけではないので、あっさりそこで会話は終了した。
「さあ、片付けを終わらせてしまいましょうか」
理人が微笑して二人を促し、二人はその言葉に従って片付けの仕上げに入った。
そしてまた夜になれば賑やかな時間が始まる…。




