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3A.M.  作者: 如月 望深
22/106

a fighter 01

 繁華街にある飲み屋を出て、一人路地をふらふらと歩いた。次第に繁華街の明かりは遠ざかっていき、広い道を脇にそれた所に小さな灯りが見えた。

 地下へ続く階段を下った先に、黒いドアがあり、灯りはそれを照らしていた。

 俺の足は何となくそちらへ向き、階段を降りた。

ドアには何も書かれていない。ただ、ドアに掛けられた札には「OPEN」の文字がある。

 俺はそのドアを押し開けた。

 ドアの向こうには賑やかな世界が広がっていた。カウンターで酒を飲む人、フロアーで踊る人々がせわしなく目に入る。

 フロアーの奥ではバンドが歌っている。


 今はこういう所に入る気分じゃない。

 そう思ってドアを閉めて引き返そうとした。


 その時、中からドアが開けられ、それにつられて店に入ってしまった。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 にこやかに店員に言われて、帰るとは言えなくなってしまった。仕方なく、一杯飲んだら帰ろうと席に案内された。

 フロアーの一番端にあるテーブル席に案内された。カウンターが一杯だったためだろう。

「とりあえずビール」

 席に座って俺は注文した。一杯飲んだら帰るつもりなのに、飲み屋のノリでとりあえずと言ってしまうのは悪い癖だ。

「かしこまりました」

 俺を席に案内した背の高い店員は、女からはキャーキャー言われるであろう笑顔で答えた。

 少しして、その店員はトレーにビールやらカクテルやらを乗せて戻ってきた。俺の前にビールを置いて、そのままフロアーに消えていく。とはいえ、背が高く目立つので、完全に消えてはいないのだが。




  I'm a fighter

  So dangerous fighter

  I'm looking for the Enemy


  You're a fighter

  So beautiful fighter

  Take me higher more and more




 店内に流れる大音量の歌を聞きながら、俺はビールに口をつけ、さっきのことを思い出していた。

 飲みに行こうと誘われ、同僚と飲み屋に入った。安いチェーン店で、よく利用している店だった。

 夕飯がわりにつまみをつつきながら俺達はいつものように飲んでいた。俺達は会社の同期で同僚であり、仕事上のライバルでもあったが、プライベートでは友人だった。


 そいつが、いきなり田舎に帰るなんて言うから驚いた。

「何で?」

 と問うと、親父が倒れたのだと言う。

「そうか」

 とだけ俺は答えた。一時的に帰って、親父さんの体調がよくなったら戻ってくるのだと勝手に解釈していた。

「実家に戻って家業を継ごうと思う」

「──え?」

 一瞬、耳を疑った。

「俺んち実家、農業やってんだよ。親父倒れちゃって人出が足りないし、俺長男だから母親は戻ってきて欲しいみたいなんだよね」

「…農家?」

「そう。実を言うと俺、農業好きだし、これを機に戻ってもいいかなって」

 …何を言ってるんだ? こいつは?

「農業なんて…」

 言いかけたところで遮られた。

「農業をバカにすんなよ。奥が深いし、大事な生産活動だぞ」

「…や、バカにはしてないけど…いや、俺が言いたいのは農業をやるかどうかじゃなくて、今の仕事、どうするんだよ?」

「辞めるよ」

 あっさりそいつは言った。

 

 辞める? 仕事を?

 やりがいがあるって楽しそうに言っていた仕事を?


 奴は仕事の出来る奴だった。細かい気配りが出来て円滑に仕事が進んでいく。俺はそんな奴にコンプレックスを感じていて、でも負けたくなくて、いつも競ってきた。ライバルだと思っていた。

 奴も、そう思ってくれていると思っていた。


 なのに、突然の戦線離脱。


 失望だ。

 実家に帰る? そんなの、負け犬のすることだろ?

 そんな情けない奴と競ってきたつもりはない。


「辞めるって、そんな、無責任な…。今進めてるプロジェクトはどうするんだよ!?」

「ああ、多分、お前に引き継がれると思うよ」

 どうやら上司には既に話してあるようだった。

「あれはお前の企画だろ!? それを俺にやらせるのか?」

「嫌か?」

「やるのが嫌だって言うんじゃない。お前の無責任さを責めてるんだよ」

 違う。本当は、無責任なことじゃなくて、居なくなることを責めている。


 ライバルのくせに居なくなるなよ!


「それは、悪いと思うけど、こっちだって切羽詰ってるし、上司も事情を話したら理解してくれたみたい。お前には苦労掛けるけど、頼むよ」

 だからこうして飲みに誘って話したんだし、と、奴は俺の気持ちなんか全く知らない様子で言った。

「…何、言ってんだよ!? お前、好きで就いた仕事だろ!? 就職試験で何人もの人間を蹴落として入った会社だろ!? そんな簡単に辞めるのかよ!?」

 思わず俺は声を荒げた。

「競争に勝ってここまで来たのに、今更実家に帰る? そんなの負けた奴のすることだろう!?」

 就職難の時代、俺達は競争を勝ち抜いて、所謂一流企業と呼ばれる今の会社に就職した。世間では『勝ち組』と言われる側の人間だ。実家に帰るなんて、就職口がない人間が妥協ですることじゃないのか? そんなの『負け』じゃないのか?

 俺が罵ると、奴は笑って答えた。

「何も東京で仕事するだけが『勝ち』じゃないよ。実際、俺はどこだって良かったんだ。仕事は面白かったし、お前みたいな仲間とも会えた」

 グラスの酒に口をつけてから、続きを口にする。

「でも、ここじゃなくても、俺はやりたいことを見つけられる」


 ──奴の方が、一枚上手だった。


 俺は、やりがいなんて簡単には見つけられない。


 学生の頃は、人に負けたくなくて勉強した。

 就職先も、誰かを蹴落として手に入れた。


 誰かと競って、初めて頑張るタイプだ。

 独りでなんて頑張れない。


 ──俺は、弱い人間だろうか?



  I'm a weak hearted fighter

2004年初出。

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