表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3A.M.  作者: 如月 望深
17/106

desire 02

 ───もしも、願い事がたった一つだけ叶えられるとしたら、何を望む?


 三つの願いとか言うならともかく、たった一つだけじゃ慎重になりすぎてなおさら決められない。


 金か? 地位か? 名誉か? 愛か?


 たった一つを選ぶのは難しいし、たった一つの願いさえも見つからない。


 順風満帆の人生というわけじゃないけど、大きな挫折も特になく、努力した分くらいは報われてきた。


 いまさら、何をそんなに強く願う?


 運命を犠牲にしてまで強く願うことなど、ない───…。




 翌日、会社で同僚に昨日はどうしたのかと聞かれて適当にごまかした。同僚は深く追求せず、その会話は終わった。

 その日の昼休み、同僚と昼飯に近くの蕎麦屋に行った。

「なあ、たった一つだけ願い事が叶うなら、何を願う?」

 俺はハトリに訊かれたことを同僚に訊いてみた。俺が答えられなかったことを、他人はどう答えるのだろうと思った。

 蕎麦をすすっていた同僚は上目遣いに俺を見やり、蕎麦を飲み込んでから「うーん」と考え込んだ。

「突然難しいこと訊くな」

 同僚は蕎麦をつつき、それから答えた。

「やっぱ、あれだな、願いがたくさん叶いますように、とかだろ。ドラ〇もんの四次元ポケットが欲しいとか」

「それってアリなのかな?」

 俺の疑問に、むしろ俺の疑問の方が不思議だと言わんばかりに同僚は返した。

「アリだろ。だって、どうせ叶いっこないんだから、答えだってありえないことでいいはずだし」


 確かに、願いが一つ叶うなら何を望むかと訊かれただけで、それを叶えられるわけじゃない。昨日のハトリの質問は脈絡もないし、その続きもないものだった。だけど、何故だか俺は適当な答えを返してはいけない気がしていた。


「で、今の質問は昨日トンズラこいたことと関係あるわけ?」

 朝の話をぶり返されて一瞬俺は迷ってから答えた。

「うーん、まあ。昨日聞かれて、俺、答えられなくて」

 曖昧な返事を気にする様子もなく、同僚は言った。

「何で? お前、願い事ないの?」

「ないこともないけど…、たった一つって限定されたら、何か、叶えたい夢とかじゃないとダメなのかなぁって」

「夢ねぇ」

 既に懐かしい言葉だよな、と同僚は笑った。


 俺にだって全く夢がなかったわけじゃない。でも、それは夢でしかなかった。大人になるにつれ、自分の力量を知ってしまった。出来ることと出来ないことの判断がつくようになって、出来ないことを選択肢の中から削除してしまった。

 今の自分に不満はない。つつましやかに、でもそれなりに幸せには暮らしていると思う。そこまで高望みするほど、俺は子どもじゃないし、欲張りでもない。


「でも、夢って言ったって、そんなデカい夢じゃなくてもいいんじゃない? 俺の目下の夢はベンツに乗ることだし。その程度の夢ならあるだろ?」

 同僚は蕎麦つゆにわさびを混ぜながら訊いた。

「俺の夢は…将来可愛い嫁さん貰って可愛い子どもと幸せに暮らすこと、かなぁ」

 小さな夢だ。

 それは、誰かに叶えてもらうようなものじゃなくて、自力で手に入れるものだ。

「いい夢じゃん」

 同僚が少し笑いながら言った。

「お前、意外とマイホームパパになるタイプかもな」

 笑いながら言う同僚に「うるせ」と返して、俺は蕎麦をすすった。



 仕事帰りにあの店に寄った。

「いらっしゃい。来ると思ってたよ」

 ハトリが俺を昨日と同じ席に案内した。

「答えは出た?」

 昨日の質問の答えを求められた。俺は首を横に振った。

「願い事がないわけじゃないでしょ?」

 同僚と同じようなことをハトリは言った。

「ないわけじゃないけど…」

 同僚に答えた時と同じように俺は言葉を濁した。


 今まで、それなりに望みは叶ってきた。叶わなかった望みもあるけど、それはそういう運命なんだと思うし、俺はそれを受け入れてきた。


「今さら、願い事なんて言われても、思いつかない」


 何を望むかと訊かれて、あれこれ思いつきつつ、どれも選べなかったのは、結局、俺にはそれほど強い願いがないということだろう。


「大体、あんなこと訊いて、どうするわけ?」

 俺の質問に、ハトリはあの天使みたいな笑顔で答えた。


「返答しだいでは、願いを叶えてあげようと思って」


 その言葉に、俺はすぐに反応できなかった。やっと口を出た台詞は、ありがちなものだった。

「…何言って…」

 願いを叶えるだって?

 一体どうやって?

「お前にそんなこと出来るのか?」

「さあ?」

 天使のような悪魔の笑顔でハトリは答えた。


 ───からかわれている。


 多分、俺は思いっきり遊ばれてるんだ。

 こいつの退屈しのぎのオモチャみたいなもんだ。

 こいつにからかわれているだけなんだ。


 そう思ったら、バカバカしくて、腹立たしくて、俺は席を立った。

「帰る」

 ハトリの前を横切ってドアへ向かう。

「あ、カズヒロ」

 背中にハトリの声が掛けられ、思わず俺は振り向いた。

「帰り、気を付けて」

 俺はハトリを無視してドアへ再び足を向けた。

 店の外に出ると、俺は早足で歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ