desire 02
───もしも、願い事がたった一つだけ叶えられるとしたら、何を望む?
三つの願いとか言うならともかく、たった一つだけじゃ慎重になりすぎてなおさら決められない。
金か? 地位か? 名誉か? 愛か?
たった一つを選ぶのは難しいし、たった一つの願いさえも見つからない。
順風満帆の人生というわけじゃないけど、大きな挫折も特になく、努力した分くらいは報われてきた。
いまさら、何をそんなに強く願う?
運命を犠牲にしてまで強く願うことなど、ない───…。
翌日、会社で同僚に昨日はどうしたのかと聞かれて適当にごまかした。同僚は深く追求せず、その会話は終わった。
その日の昼休み、同僚と昼飯に近くの蕎麦屋に行った。
「なあ、たった一つだけ願い事が叶うなら、何を願う?」
俺はハトリに訊かれたことを同僚に訊いてみた。俺が答えられなかったことを、他人はどう答えるのだろうと思った。
蕎麦をすすっていた同僚は上目遣いに俺を見やり、蕎麦を飲み込んでから「うーん」と考え込んだ。
「突然難しいこと訊くな」
同僚は蕎麦をつつき、それから答えた。
「やっぱ、あれだな、願いがたくさん叶いますように、とかだろ。ドラ〇もんの四次元ポケットが欲しいとか」
「それってアリなのかな?」
俺の疑問に、むしろ俺の疑問の方が不思議だと言わんばかりに同僚は返した。
「アリだろ。だって、どうせ叶いっこないんだから、答えだってありえないことでいいはずだし」
確かに、願いが一つ叶うなら何を望むかと訊かれただけで、それを叶えられるわけじゃない。昨日のハトリの質問は脈絡もないし、その続きもないものだった。だけど、何故だか俺は適当な答えを返してはいけない気がしていた。
「で、今の質問は昨日トンズラこいたことと関係あるわけ?」
朝の話をぶり返されて一瞬俺は迷ってから答えた。
「うーん、まあ。昨日聞かれて、俺、答えられなくて」
曖昧な返事を気にする様子もなく、同僚は言った。
「何で? お前、願い事ないの?」
「ないこともないけど…、たった一つって限定されたら、何か、叶えたい夢とかじゃないとダメなのかなぁって」
「夢ねぇ」
既に懐かしい言葉だよな、と同僚は笑った。
俺にだって全く夢がなかったわけじゃない。でも、それは夢でしかなかった。大人になるにつれ、自分の力量を知ってしまった。出来ることと出来ないことの判断がつくようになって、出来ないことを選択肢の中から削除してしまった。
今の自分に不満はない。つつましやかに、でもそれなりに幸せには暮らしていると思う。そこまで高望みするほど、俺は子どもじゃないし、欲張りでもない。
「でも、夢って言ったって、そんなデカい夢じゃなくてもいいんじゃない? 俺の目下の夢はベンツに乗ることだし。その程度の夢ならあるだろ?」
同僚は蕎麦つゆにわさびを混ぜながら訊いた。
「俺の夢は…将来可愛い嫁さん貰って可愛い子どもと幸せに暮らすこと、かなぁ」
小さな夢だ。
それは、誰かに叶えてもらうようなものじゃなくて、自力で手に入れるものだ。
「いい夢じゃん」
同僚が少し笑いながら言った。
「お前、意外とマイホームパパになるタイプかもな」
笑いながら言う同僚に「うるせ」と返して、俺は蕎麦をすすった。
仕事帰りにあの店に寄った。
「いらっしゃい。来ると思ってたよ」
ハトリが俺を昨日と同じ席に案内した。
「答えは出た?」
昨日の質問の答えを求められた。俺は首を横に振った。
「願い事がないわけじゃないでしょ?」
同僚と同じようなことをハトリは言った。
「ないわけじゃないけど…」
同僚に答えた時と同じように俺は言葉を濁した。
今まで、それなりに望みは叶ってきた。叶わなかった望みもあるけど、それはそういう運命なんだと思うし、俺はそれを受け入れてきた。
「今さら、願い事なんて言われても、思いつかない」
何を望むかと訊かれて、あれこれ思いつきつつ、どれも選べなかったのは、結局、俺にはそれほど強い願いがないということだろう。
「大体、あんなこと訊いて、どうするわけ?」
俺の質問に、ハトリはあの天使みたいな笑顔で答えた。
「返答しだいでは、願いを叶えてあげようと思って」
その言葉に、俺はすぐに反応できなかった。やっと口を出た台詞は、ありがちなものだった。
「…何言って…」
願いを叶えるだって?
一体どうやって?
「お前にそんなこと出来るのか?」
「さあ?」
天使のような悪魔の笑顔でハトリは答えた。
───からかわれている。
多分、俺は思いっきり遊ばれてるんだ。
こいつの退屈しのぎのオモチャみたいなもんだ。
こいつにからかわれているだけなんだ。
そう思ったら、バカバカしくて、腹立たしくて、俺は席を立った。
「帰る」
ハトリの前を横切ってドアへ向かう。
「あ、カズヒロ」
背中にハトリの声が掛けられ、思わず俺は振り向いた。
「帰り、気を付けて」
俺はハトリを無視してドアへ再び足を向けた。
店の外に出ると、俺は早足で歩き出した。




