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3A.M.  作者: 如月 望深
16/106

desire 01

 神頼みしなきゃならないような願い事なんてなくて。

 誰かに叶えてもらいたい願いなんて本当の願いじゃなくて。


 この手に、願いが叶えられる力があるわけじゃなくて───。



 日常に不満なんてない。

 職場はそれなりの会社だし、仕事はそれなりに順調だし、女にもモテない訳じゃない。彼女とは最近別れたけど、それほど未練はない。次を探せばいい。友達だってちゃんといるし、飲みに行けば楽しいし。

 平凡なサラリーマンの日常が起伏に富んでいるわけもなく、波乱万丈とは程遠い世界に住んでいるけど、それでいいと思う。

 当たり前じゃないから波乱万丈なんて言われるわけで、大方の人間は普通にそれなりに生きている。

 地に足を着けて仕事して、可もなく不可もなく、ごくごく平凡。

 それ以上、一体何を望むっていうんだ?



 俺達のチームが中心になって進めた企画が成功し、褒美にと課長が仕事帰りに飲みに連れてきてくれていた。

 課長は終始上機嫌で、部下達を褒めちぎった。

「お前達あっての会社だからな!」

「ありがとうございます」

「さ、飲め、高木!」

「あ、ども」

 笑顔でお酌されながら応えるけど、本当は解っている。その言葉に嘘がなくても、その言葉が偽りだということを。

 会社が大きくなればなるほど、社員は会社の持つ駒でしかない。いつかは捨て駒にされるのかもしれない。

 本当に優秀な人はほんの一握りで、それ以外はその他大勢で、それなりしか期待できない。

 時にはその『それなり』すら褒めて欲しいけれど、こうして褒められれば充分だった。


「よーし、二次会行くぞ!」

 上機嫌な課長は俺達を女の子がいる店に連れて行った。いわゆるキャバクラというやつだ。俺も男だから嫌いじゃない。

 課長がプロジェクト成功のお祝いだという話をすると、女の子達は「スゴーイ」と口々に言った。相手が営業トークなのだろうということは冷静な頭では解るけど、可愛い女の子に褒められればやっぱり嬉しい。


 女の子達に褒められて乗せられてイイ気分で店を出た俺達は、「よーし、もう一軒」と三次会へ向かった。俺もほろ酔い気分で皆の後に続いた。



 途中、ふと脇の道に入った所にある店が目に入った。

 地下へ降りる階段の先にある黒いドアが、ほの明るいライトに照らされ浮かんでいた。

 足が勝手にそっちへ向かった。


 階段を降りて、そのドアを押し開ける。

 暗い店内から音の波が押し寄せる。

 時折走る閃光が視界を支配する。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 その声にいざなわれるように俺は店内に足を踏み入れ、ドアを閉めた。


 まだ十代くらいの若い店員が俺をフロアーの隅の席へ案内した。入り口近くのカウンターは既に客で埋まっていた。

 俺は若い店員にビールを注文し、席に座った。

 フロアーでは人々が曲に合わせて踊っている。一瞬、自分が場違いな気がしたけど、カウンターやフロアーにOL風の女やサラリーマン風の男もいることに気付いて少し安心した。


「リヒトさん、あまーいヤツ作って」

「かしこまりました」

 カウンターでは、俺と同じくらいの歳に見える綺麗な顔のバーテンダーが客と談笑しながら手早くカクテルを作っていた。

「カザキ!」

 声のする方に目を向けると、背の高い目を惹く店員がフロアーの客に囲まれていた。


「お待たせしました」

 さっきの女の子みたいに可愛い顔の若い店員がビールを運んできた。

「ハトリくん、こっち来てー!」

 客に呼ばれて若い店員はテーブルにビールを置くと去って行った。


 きっと、彼等は駒の一つなどではなくて、ここにはなくてはならない存在で、強烈な存在感を放つ一握りの人間なのだろう。



 ───羨ましい?


 ───いや、そういうことじゃない。


 そういう人間もいて、そうじゃない人間もいて、俺はそうじゃない人間の方だというだけのことだ。

 俺はあくまで平凡。それ以下じゃない。可もなく不可もなく、それでいい。


「退屈そうな顔」

 突然、背後から声がした。

 振り向くと、ハトリと呼ばれていた店員が立っていた。

「何か不満でもあるの?」

「別に、不満なんかない」

 思いがけないハトリの言葉に俺は強い口調で答えた。

「そう? ここに来る人は少なからず『何か』を抱えた人だけど」

 ハトリが口の両端を吊り上げて笑顔を作った。


「ねぇ、たとえば、もしも願い事がたった一つだけ叶えられるとしたら、アナタは何を望む?」


 何の脈略もないハトリの質問に俺は沈黙した。



 望むもの?


 出世か? 金か? 地位や名誉か? 去って行った女か? 絶世の美女か?


 それとも───。



 答えられずにいる俺に向けられたハトリの天使みたいな笑顔が、何処か悪魔の影を帯びているような気がした…。

2004年初出。

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