desire 01
神頼みしなきゃならないような願い事なんてなくて。
誰かに叶えてもらいたい願いなんて本当の願いじゃなくて。
この手に、願いが叶えられる力があるわけじゃなくて───。
日常に不満なんてない。
職場はそれなりの会社だし、仕事はそれなりに順調だし、女にもモテない訳じゃない。彼女とは最近別れたけど、それほど未練はない。次を探せばいい。友達だってちゃんといるし、飲みに行けば楽しいし。
平凡なサラリーマンの日常が起伏に富んでいるわけもなく、波乱万丈とは程遠い世界に住んでいるけど、それでいいと思う。
当たり前じゃないから波乱万丈なんて言われるわけで、大方の人間は普通にそれなりに生きている。
地に足を着けて仕事して、可もなく不可もなく、ごくごく平凡。
それ以上、一体何を望むっていうんだ?
俺達のチームが中心になって進めた企画が成功し、褒美にと課長が仕事帰りに飲みに連れてきてくれていた。
課長は終始上機嫌で、部下達を褒めちぎった。
「お前達あっての会社だからな!」
「ありがとうございます」
「さ、飲め、高木!」
「あ、ども」
笑顔でお酌されながら応えるけど、本当は解っている。その言葉に嘘がなくても、その言葉が偽りだということを。
会社が大きくなればなるほど、社員は会社の持つ駒でしかない。いつかは捨て駒にされるのかもしれない。
本当に優秀な人はほんの一握りで、それ以外はその他大勢で、それなりしか期待できない。
時にはその『それなり』すら褒めて欲しいけれど、こうして褒められれば充分だった。
「よーし、二次会行くぞ!」
上機嫌な課長は俺達を女の子がいる店に連れて行った。いわゆるキャバクラというやつだ。俺も男だから嫌いじゃない。
課長がプロジェクト成功のお祝いだという話をすると、女の子達は「スゴーイ」と口々に言った。相手が営業トークなのだろうということは冷静な頭では解るけど、可愛い女の子に褒められればやっぱり嬉しい。
女の子達に褒められて乗せられてイイ気分で店を出た俺達は、「よーし、もう一軒」と三次会へ向かった。俺もほろ酔い気分で皆の後に続いた。
途中、ふと脇の道に入った所にある店が目に入った。
地下へ降りる階段の先にある黒いドアが、ほの明るいライトに照らされ浮かんでいた。
足が勝手にそっちへ向かった。
階段を降りて、そのドアを押し開ける。
暗い店内から音の波が押し寄せる。
時折走る閃光が視界を支配する。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
その声に誘われるように俺は店内に足を踏み入れ、ドアを閉めた。
まだ十代くらいの若い店員が俺をフロアーの隅の席へ案内した。入り口近くのカウンターは既に客で埋まっていた。
俺は若い店員にビールを注文し、席に座った。
フロアーでは人々が曲に合わせて踊っている。一瞬、自分が場違いな気がしたけど、カウンターやフロアーにOL風の女やサラリーマン風の男もいることに気付いて少し安心した。
「リヒトさん、あまーいヤツ作って」
「かしこまりました」
カウンターでは、俺と同じくらいの歳に見える綺麗な顔のバーテンダーが客と談笑しながら手早くカクテルを作っていた。
「カザキ!」
声のする方に目を向けると、背の高い目を惹く店員がフロアーの客に囲まれていた。
「お待たせしました」
さっきの女の子みたいに可愛い顔の若い店員がビールを運んできた。
「ハトリくん、こっち来てー!」
客に呼ばれて若い店員はテーブルにビールを置くと去って行った。
きっと、彼等は駒の一つなどではなくて、ここにはなくてはならない存在で、強烈な存在感を放つ一握りの人間なのだろう。
───羨ましい?
───いや、そういうことじゃない。
そういう人間もいて、そうじゃない人間もいて、俺はそうじゃない人間の方だというだけのことだ。
俺はあくまで平凡。それ以下じゃない。可もなく不可もなく、それでいい。
「退屈そうな顔」
突然、背後から声がした。
振り向くと、ハトリと呼ばれていた店員が立っていた。
「何か不満でもあるの?」
「別に、不満なんかない」
思いがけないハトリの言葉に俺は強い口調で答えた。
「そう? ここに来る人は少なからず『何か』を抱えた人だけど」
ハトリが口の両端を吊り上げて笑顔を作った。
「ねぇ、たとえば、もしも願い事がたった一つだけ叶えられるとしたら、アナタは何を望む?」
何の脈略もないハトリの質問に俺は沈黙した。
望むもの?
出世か? 金か? 地位や名誉か? 去って行った女か? 絶世の美女か?
それとも───。
答えられずにいる俺に向けられたハトリの天使みたいな笑顔が、何処か悪魔の影を帯びているような気がした…。
2004年初出。




