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3A.M.  作者: 如月 望深
15/106

step 03

 翌日、よくわからないまま、カザキに言われた通り、私は店に行った。

「お、来たな」

 店に入ると、私に気付いたカザキが声をかけた。

 カザキは私をカウンター席に案内した。

「とりあえず、ここ座っとけ」

 言われた通りに私はカウンターの隅の席に座った。背中側はついたてがあって、その向こうにフロアー席がある。

 カザキは私を座らせると、自分の仕事をするためにフロアーに出て行ってしまった。

「どうぞ」

 カウンターの中からリヒトさんがカクテルを出してくれた。ロンググラスに入ったカシスオレンジだ。

「すみませんねぇ。カザキのヤツ、何か企んでるみたいで」

 そう言ってリヒトさんが微笑みかけた。

 キレイな人。こんなイイ男が世の中にはいるのに、どうして私はあんな男にこだわっているんだろう。


「ようこそ、いらっしゃいませ」

 入り口でハトリくんの声がした。

「…え!?」

 ハトリくんが声をかけた客を見て私は驚いた。マサが男友達と現れたのだ。

「あんまり露骨に見るな。バレる」

 いつの間にか私の隣に立っていたカザキが小声で言った。カザキが壁になってマサからは私が見えない。

 ハトリくんがマサ達を席に案内した。私の背後のフロアー席だ。ついたて一つ隔てただけの至近距離。

「面白いモン…って、コレ!?」

 私は小声でカザキに訊いた。この男は、昨日、面白いモンが見られるから店に来いと言ったのだ。

 カザキは言葉では答えず、ニヤリと笑った。


 ビールやらカクテルやらの乗ったトレーを手に、カザキはフロアーに行ってしまった。一人取り残された私は、思わず後ろの会話に聞き耳を立てる。

「…で、その女が、納得いかないとか言い出しやがって」

 マサの声が聞こえる。久し振りに聞いた。

「何度も電話よこしてウゼェから着信拒否してやった」

「マサ、ひでー」

 マサの話に男友達が笑う。「ひでー」と言うのは相槌のようなもので、本気で酷いとは思っていないことが声から判る。

「女の愚痴なんか聞いてられるかよ」

 …ああ、この会話の女って、私のことか。

 男の情けなくてどうでもいい愚痴を聞いてた女の努力はわからない訳ね。この男は。

「女はやっぱ、優しくて、何でも言うこと聞いてくれて、好きな時にヤらせてくれる子がいいよな」

 何それ!? すっごい自分勝手! バカ男の理論!

「朋子なんて、なかなかヤらせてくれないし、そのくせ俺にバイトの愚痴なんてこぼしてきたんだぜ。やってられっかよ」


 ───ブチ切れた!


 私は立ち上がって振り向き、ついたて越しにマサの頭の上でカクテルグラスをひっくり返した。

 まだ殆ど口をつけてなかった甘い香りのカクテルはマサにかかって、髪の毛から服から濡らしていた。

「…ッ何すんだよッ!?」

 怒ったようにマサが振り向いて叫んだ。

「そりゃ、こっちの台詞よ」

 空になったカクテルグラスを逆さに持ったまま冷たい声で返してやった。

「…と、朋子…?」

 私の出現に驚いたようにマサが言う。

「なぁにが、女はやっぱ優しくて言うこと聞いてくれる子がいい、よ!? フザケたことぬかしんてんじゃないわよ!」

 マサに対して大きな声を出したことのなかった私が大きな声を出していることに、マサは驚いているようだ。

「女の愚痴の一つも聞けないクセに、自分ばっかり愚痴聞いて貰おうなんて考えが甘いわよ! そんなに甘えたきゃママにでも甘えてろ!」

 周りが驚いてこっちを見てるのがわかったけど、今更やめられない。

「その上、別れ話もマトモに出来ないクセに、いろんな女に手ぇ出してんじゃないわよ! それでまた別れ話でモメたら着信拒否!? あんた何人着信拒否するつもりよ!? いっそのことケータイなんか捨てちまえ!」

 私はマサに貰った指輪を外してマサに投げつけた。

「こんな安物で私を囲って、いい気になってたんでしょうね! 文句も言わずにあんたの浮気も黙認して! ああ、バカバカしい! あんたみたいなアホ男、こっちから願い下げよ!」

 言い返すことも出来ずにマサは私を見上げている。

「あんたみたいな男、この世にいる価値なんてないわ! てゆーか、私は認めない!」

「…なっ…!」

 さすがにそこまで言われてマサは立ち上がって反論しようとした。だけど、私はそんなの認めない。 

「今スグ私の前から消えて!」

 口を開きかけたマサを無視してきつい口調で言い放ち、勢いよくドアを指差す。

「お客様、出口はあちらです」

 すっとカザキがマサに歩み寄って、おそらくマサから見たら憎らしいほどであろう爽やかな笑顔でドアを指し示した。

 マサは不満そうな表情のまま、皆の視線を受けることに耐えられないみたいに足早に去っていった。男友達も慌ててその後を追う。

 ドアが閉まると、私は自分が晒した醜態に今更ながらに気付いて恥ずかしくなった。

「…ぷっ。ぶあーはっは!」

 突然、カザキが大声で笑い出した。

「…イイ! いいよ、お前! 最高!」

 おなかを抱えて大笑いしている。

「あれだけ言えば、スッキリするだろ」

 笑いを少し収めてカザキが片目をつぶった。

「…スッキリ、したかも」

 私は呟いた。

 すると、何故だか周りから拍手が起きた。歓声を上げてる人もいる。「何かスカッとしたー。男への不満を代弁してくれた感じ?」と、同性からは賞賛の声が。「威勢良くていいぞー、姉ちゃん!」と異性からは誉められたりして。

「まあ、一杯」

 カザキがビールを差し出した。

 周りから声が上がる。飲み屋みたいなノリだ。

 私はグイッと一気に飲み干した。


 丁度、バンドの演奏が始まった。

 バンドの歌に合わせて皆が踊りだし、店は異様な興奮に包まれた。



 充分騒いだ後、私は店を出た。

 地下からの階段を昇りきって、空を見上げた。

 空にはいくつか星が見えた。星なんて久し振りに見た。ここ最近、空を見上げたりしてなかったから。

 私は足を踏み出した。

 前に進むため、一歩ずつ、確実に。






 閉店後の店で、理人、風生、羽鳥は片付けをしていた。

「今日はだいぶ盛り上がってたね」

 羽鳥に理人が答える。

「カザキが連れてきた彼女のお陰じゃないですか?」

「だろ?」

 自慢げに風生が言う。

「わざわざあの男連れてきたワケ?」

「だって、言う相手がいなきゃ面白くないだろ」

 呆れたように言う羽鳥に、風生は片目をつぶって答えた。

「あの男が自力でここに来るなんて、ありえないだろうし、ちょっと細工をね」

 人の悪い笑顔で風生は言った。

「まあ、あんな男じゃ、ここには来られないだろうね」

 羽鳥の言葉に理人が頷いた。

「ここは、彼女のような人のためにある場所ですからね」

 風生と羽鳥が頷いた。

「ここは、普段は隠している狂気を曝す場所」

 風生が店内を見回して呟いた。

「そして俺達はその狂気を喰らって糧としてるわけだ」

 羽鳥が言う。

「そう。だから、狂気を持て余した人がこの店には集まってくるんですよ」

 そう言って、理人は拭き終わった最後のグラスをしまった。

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