drive me (crazy) 03
私は有頂天だった。
もうすぐリヒトに会える。
私を「綾香」と呼んだリヒトに。
早く、早く会いたい。
会えない時もリヒトのことばかり考えている。
狂おしいほどに、リヒトに溺れている──…。
「いらっしゃい、綾香さん」
店に入ってカウンターに着くと、いつもと変わらぬ笑顔で、いつものようにリヒトが言った。
リヒトは、拍子抜けするほどに、いつもどおりだった。
私にカクテルを出して少し話して、他のお客さんの相手をして、声をかけるとやってきて、話をしながらカクテルを出す。
他の誰かに話しかけられれば、あっさり私から離れていく。
キスだけじゃ足りない。
あの人は私のもにならない。
狂おしい想いは募る。
私はカウンターに座って、ひたすらリヒトを見つめていた。彼が私に構おうと構わなかろうと。
何人もの客の入れ替わりを見送って、人もまばらになりつつあった。
閉店時間になると、残っていた客も帰っていった。彼らを笑顔で見送って、リヒトは私に目を向けた。
「綾香さん、あなたも帰りなさい」
優しい口調で話しかける。
私は黙ってリヒトを見上げた。
「送ります」
リヒトは外で待つように言って店の奥に消えた。
言われた通り店の外に出た。外はまだ暗かった。車の音がして、私の前で停まった。運転席からリヒトが降りる。
助手席のドアを開け、私を促す。私が乗るとドアを閉め、再び運転席に乗り込んだ。
車は静かに走り出した。
リヒトは仕事中、一切アルコールを口にしない。私を車で送ってくれることに何ら問題はなかった。
助手席から運転席を見やると、まだ暗い街を照らす灯りがリヒトの横顔に射し込んで、キレイな顔を映し出していた。
何てキレイ…。
私はリヒトに見とれていた。
視線がその唇に固定される。
私が奪った唇。
私がキスした唇。
…キスしたい…。
私はリヒトを見つめていた。
信号で車が停まって、リヒトが私の方を向いた。急に顔を近づけられて、私はドキッとした。
「どうしました?」
私の顔を覗き込んでリヒトが訊いた。
「え?」
リヒトは顔を引いて元の位置に戻った。
「何だかボーッとしてたから。気分でも悪いですか?」
「…そんなこと、全然…」
私は少しがっかりして答えた。私の気持ちが伝わったのかと期待したのに…。
信号が青になり、再び車は走り出した。
「こんな時間まで起きていて、学校は大丈夫ですか?」
前を向いたままリヒトが訊いた。
「明日、休みだから…」
丁度授業が休講になって、明日は一日空いているのだった。
「そうですか」
それだけ答えると、リヒトは黙った。私も何を話していいのかわからなくて、車内に沈黙が流れた。
マンションに着くと、リヒトは部屋まで送ってくれた。
「じゃあ、おやすみなさい」
そう言って去ろうとするリヒトの腕を掴んだ。振り向いたリヒトの腕を引っ張って家に引き込む。
リヒトの腕を掴んだまま私は靴を脱いで家に上がった。それにつられてリヒトも家に上がる。
ドアの鍵はオートロックなので勝手に閉まっている。
ワンルームのマンションは、玄関から数歩で寝室に着く。押し込むようにリヒトを寝室に連れ込んで、狭い部屋のすぐそこにあるベッドに押し倒した。体重をかけるようにのしかかっても、リヒトは抵抗しなかった。
覆いかぶさって見下ろせば、どこか氷点下を思わせる目が私を見上げていた。
彼を手に入れたくて、欲望を抑えられなかった。
この人を、私だけのものにしてしまいたい。
私はリヒトに跨って、手を首筋から胸元に這わせ、リヒトのシャツのボタンを一つずつ外していった。
顕わになったリヒトの胸に、唇を押し当てる。
リヒトの手が、私の手首を掴んだ。
「…あなたの、望むままに」
リヒトは私の手首を掴んだまま、体の位置を入れ替えて私を組み敷いた。首筋を這う舌先に、うっとりと目を閉じる。
クラクラする、甘い、快楽。
沈み込んだベッドとともに、奈落の底まで落ちていきそう。
「綾香」
そうリヒトが耳元で囁くのを聞いた気がした。
甘美な感覚。頭が真っ白になって、クラクラする。
このまま、狂喜に溺れてしまいたい…。
───どうしたら、この人を手に入れることが出来ますか?
私がすべてこの人のものになったら、彼は私のものになる──…?
明け方、店に戻った理人を風生と羽鳥が迎えた。
「お帰り、色男」
風生が茶化すと理人は微笑した。
「彼女は?」
「まだ夢の中でしょう」
羽鳥の問いに理人は微笑したまま答えた。
「記憶は?」
今度は風生が訊く。
「面倒なので、消しておきました」
理人はカウンターの中に入った。
「どうせ、僕を手に入れて満足した彼女が、ここに来ることは、もう出来ませんけど、後腐れがない方がいいですから」
「うわー、鬼畜ッ!」
理人の台詞に羽鳥は驚いてみせる。
「それは君達も同類でしょう」
理人は妖艶な微笑を二人に向けた。
「何しろ僕達は、人間の狂気を喰らい、それを糧とする、鬼なんですから」
その言葉に答えるように、風生と羽鳥は微笑した。




