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3A.M.  作者: 如月 望深
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incomplete 02

「ここにいる連中は、みんな自分のことに手一杯だから、人のことなんて気にしてない。だからあんたも、人目を気にせず、思うように、楽しめばいい」

 勝手なこと、言うなよ。

「だから、俺は踊らないって言っただろ」

 席に座ろうとする俺の腕を、カザキが掴む。

「休むのは、後でだってできる。でも、踊るのは、今じゃないとできないんだ」

「何を言っているのか、わからない」

 不機嫌を隠しもせずに、俺はカザキを見上げた。

「リヒトがあんたに踊るよう勧めたのは、自分の心と向き合う時間を与えたかったからだ。俺にも、あんたは、まだ迷っているように見える」

「迷うって、何に?」

 俺のことを知っているのか? いや、赤の他人に、俺の何がわかるというんだ? わかるわけない。自分でだってわからないのに。

「そんなこと、俺が知るかよ」

 あっさりと、カザキは答えを放棄した。

「だけど俺には、あんたが満たされていないように見える」

 カザキの黒い瞳が、ひたと俺を見据えた。

「今の状態が、悪いものではなくて、それはそれでいいと思っているのに、何かが足りない、満たされない。このままでいいのか、わからない。───そういうことが、前に俺もあったんだよ」

「……俺は、これでいいと思ってる」

 そう言いながらも、カザキの目を見返すことはできなかった。

「俺は、できる限りのことはやった。やって、あの結果だったんだから、あれが俺の実力なんだ。後輩だって育ってるし、いつまでも俺が居座ってたら、後輩は煙たいだろ」

 若い奴らに道を譲ったほうが、いいに決まっている。周りのそういう空気も何となく感じていた。もう俺は終わったと見限られたのもわかることもあった。それでも、先輩が切り開き、俺が拡げてきた道を、後輩たちが歩いてくる。そういう自負があってやってきた。

「俺の役目は、果たせたと思ってる」

「…役目、ねえ。後輩がいい結果を出すのをお膳立てするのが?」

 嫌なことを、さらりと言う。

「おキレイな理屈はいいよ。ここにはそんなもの要らない」

 カザキの黒い眼が俺を射抜く。ドキリとする。それは、俺が押し隠してきたものを、あっさりと引きずり出そうとする。

 深い、深い黒い眼差しが、俺から反論を奪う。

「俺は、自分の浅はかな欲望を認めたくなくて、目を逸らして、綺麗事を並べ立てて、そうして、結局───後悔したんだ」

 重く響くその声に、真摯なものも感じ取れた。だからこそ、こいつは本気で俺の本音を曝そうとしているのだとわかった。こいつなら、俺が抗っても、結局どんな手段を使っても、俺の汚くて醜い本音を暴いてしまいそうな気がした。

 だから、やけくそ気味に吐き出した。

「疲れたんだよ、もう」

 頑張ることも、先頭に立つことも。この背中を、追い掛けさせることも。もう、俺より前に立つ奴がいるのだから、それでいいじゃないか。

 カザキの手を振り払って、俺はソファにどかりと座る。カザキは意外なほどあっさりと俺の腕を離したけど、その場からはいなくならなかった。

「俺よりいい成績を残す後輩がいるんだ。俺がいる必要も、もうない」

 そう、だから、もういいだろう。

「やっと、少し本音を出したな」

 カザキがニッと笑った。その黒い瞳が、見透かすように俺を見下ろす。

「でも、それだけじゃないだろう?」

 俺は少しためらって、でも結局やけっぱちで続けた。

「俺を超える奴がいることはいいことだって、頭ではわかってる。だけど、悔しい。悔しくて仕方がない。俺が死に物狂いで、先輩から受け継いだその道を、必死でかきわけてきたっていうのに、あいつらは軽々とその道を走って行く。俺より先に行ってしまった奴だっている」

 俺が行きたくても行けなかった場所に、易々と届いてしまった。正直、羨ましい。素直にそれを称えようとは思うけど、妬ましくないと言えば、嘘になる。

「何より、肝心なところで自分の力を出せない自分が悔しい。俺は、もちろん手なんか抜いてないけど、でも、今できることをやるだけじゃ足りなかったんだ。俺の持てる全てを出し切りたかった」

 そのための準備が、俺にはできなかった。不運だと言ってくれる人もいた。タイミングが悪かっただけなのだと。でも、本当に強い奴はタイミングを外したりしない。怪我で力が出し切れないなんて、アスリートが聞いて笑う。

 何のための練習だったんだ? 苦しくて、辛くて、悔しくて、逃げ出したくて、それでも歯を食いしばってきたのは、その一瞬に全てを懸けるためじゃないのか。なのに、その一瞬を、取りこぼさないようにするのが精一杯なんて。

「悔しい悔しい悔しい!」

 あの後、いろんな人に心境を話す機会があったけど、どんな言葉で飾り立てても、結局行きつくところはそこだった。悔しいけど、仕方がない。そんな風に取り繕ってはみたけれど、本音のところでは仕方がないなんて思えない。

「情けなくて不甲斐なくて、もういっそ諦めてしまえばいいのに、心のどこかでまだできるんじゃないかって期待する自分が浅ましい。頑張って続けたら、いつかご褒美貰えるかなって思ったりする自分がアホらしい。そう思って散々続けてきた。潮時を見なかったふりして通り過ぎてここまで来た。じゃあ、あと何年続ければいいんだ?」

 自分の中に溜めこんでいた、とてもとても人様には見せられない自分勝手で身勝手で汚い本音が、堰を切ったように溢れ出す。

 一応、念のため言っておくけど、世間では、俺は親切で温厚な紳士で通っているんだからな。こんなことを、赤の他人に向かってぶちまけるようなキャラじゃないんだからな。

 だけど、話し始めてしまえば、やめどころがわからないくらいに、次から次へとこぼれ出てくる。

 ああ、俺は、悔しかったんだと、改めて思う。もちろんそれは人前で口にしたこともあるし、自分でも知っていた感情だったけど、こんなにも、根に持つみたいに悔しいと思っていたなんて、自分でも驚いた。

 俺は、たぶん、結構粘着質で、諦めが悪い。頑固で負けず嫌いだってことも、さすがに自分とは長年の付き合いだから知ってる。でもここまで来ると、さすがに自分でもちょっと引くくらい、往生際が悪い。

「悔しいってのはさ、まだ終わってない奴が言うことだよ」

 カザキの口調が優しくなる。

「いや、本当は、終わってんのかもしれない。だけど、終われてないだけなのかも」

 まだ終われないと、まだ終わりたくないと、まだ終わりにするわけにはいかないと、心の底では思っている。でも、引き際を間違えば、痛い目を見る。それもわかっている。去り際は潔く、なんて、カッコつけたがりの自分のことも理解しているつもりだ。

 カラン、とカクテルの中の氷が音を立てた。その拍子に、氷の中に閉じ込められていた赤い小さな実がふわりと浮く。それを眺めやって、結構長々としゃべったことを思い出して俺はカクテルに手を伸ばした。

 リンゴの甘酸っぱい爽やかな味と、炭酸が心地いい。口の中に入ってきた赤い実を噛んだら予想外に酸っぱかった。

 顔をしかめる俺を見て、カザキが笑う。

「まあ、旨いばかりじゃないよな。でも、だから人はあんたを見るんだろう」

 その言葉の意味を問うように視線を上げると、カザキは心得たように続けた。

「上手く行かなくて、くじけて、へこたれて、それでも、必死で前を向いてあがいて上がって行こうとするあんたを、人は応援したくなる」

 …それって、褒められてるのか?

「人はみんな、自分が強くないことを知っている。そして、あんたが強いわけじゃないこともわかってる。それでも、強くあろうとするあんたに憧れて、魅せられるんだ」

 …どうやら、褒められているらしいと、俺の頬は熱くなってきた。

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