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3A.M.  作者: 如月 望深
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bottom of a glass 01

 ケイタイの電源を切って、誰とも繋がらなくする。


 誰かと繋がっていないと寂しいから、ケイタイは手放せないけど、今日はサヨナラ。


 アイツからもあの子からも解放されて、今日は独り、ヤケ酒。



 夜になると明るいネオンが立ち並ぶ街を、一人で歩く。治安がいいようにはとても思えないから、自然と早足になる。

 明るい大通りから一本路地に入ると、だいぶ暗くなる。暗い道の脇に、下の方から照らされるほの明るい光が見えた。

 地下へ続く階段の先に、黒いドアと小さな灯り。

 一応、来たことはある街だけど、歩き慣れてはいない街で、来たことのない路地裏で、その階段を降りるのには勇気が必要だった。だけど、今日の私は機嫌が悪い。普段の自分ならばしないような行動ができてしまった。

 階段を下りてドアに近付く。

 灯りに照らされたドアには店名のようなものは読めない。けれど、ドアには「OPEN」というプレートがぶら下がっていて、何かの店が営業中であることはわかった。


 何の店なのか、わかりもしない。一見いちげんさんお断りとでもいうような不親切な店。

 だけど、引き込まれるように、そのドアを引いた。


 ドアの向こうには、にぎやかな声がさざめいている。

 暗く落とされた照明にアルコールの匂い。人の気配がざわついている。

 

 カウンターの奥にフロアーがあり、その先にステージがある。カウンターでは何人かの人がグラスを傾けている。フロアーには人がひしめいて踊っている。ステージでは彼等のために時々バンドがライブなんかをするのだろう。


 私は店に足を踏み入れ、ドアを閉めた。


「いらっしゃいませ」


 三方向から声を掛けられた。

 一人はカウンターの中から、残りの二人は私の両サイドで。

 両サイドの二人は私の前で交差して、それぞれ別の方へ歩いていった。

 店の様子を見て、それからカウンターに向かった。

「ようこそ、当店へ。ご利用は初めてですか?」

 不慣れなのをすぐに見抜いたのか、バーテンダーが話しかける。顔立ちの整ったキレイな男だ。

 頷くと、微笑して「それでは簡単にご案内しますね」と説明してくれた。

「当店では、入場料やチャージ料はいただいておりません。カウンター席も、フロアー席もテーブルチャージはございません」

 フロアーを見やると、壁に沿って席が設けられ、そこでお酒を楽しんでいる人たちがいた。ソファがある席も、背の高いテーブルだけで椅子がない席もある。席は自由で、その代わり早い者勝ちになってしまうとバーテンダーが説明する。

 荷物はカウンターやフロアー席にはテーブル下に入れられるようになっているけれど、踊りたい場合や席を離れる場合はフロアーに用意されたコインロッカーを使うようにと案内された。

「飲み物の注文はこのカウンターか、フロアーの店員にお申し付けください。お支払いはドリンクチケットでお願いいたします」

 そう言って、バーテンダーはカウンター席の後方左を指し示す。それに従って壁に設けられた自動販売機のようなところへ向かう。券売機みたいなものだろうか。お金を入れて、ドリンクチケットの枚数を選んでボタンを押すと、チャリンと音を立てて硬貨のようなものが吐き出された。

 手に取った銀色のコインには、クリスマスリースのような模様が描かれている。これがドリンクチケットなのだろう。そういえば、ワンドリンク制のライブハウスで、入場時にドリンク代を支払ったらコインを渡されて、それでドリンクと引き換えるシステムだったな、などと思った。

 カウンターに戻り、コインを差し出して言う。

「何でもいいから、強いヤツちょうだい」

「かしこまりました」

 バーテンダーは微笑して、ドリンクチケットは受け取らずに私に背を向けた。それから、少しして戻って来ると、私の座った席に置かれたコースターにグラスを置いた。

「どうぞ」

 どうしていいか分からなかったからそのままコースターの横に置いてあったドリンクチケットをバーテンダーの長い指先が拾っていった。品物と引き換えに渡せばいいシステムなのだろうか。

 彼が私の前に置いていったのは、シャンパンみたいな炭酸の弾けるカクテルだった。

 口に含むと、甘いけれど少し辛くて、炭酸が心地好かった。



「おかわり」

 飲み干したグラスをコースターに戻してバーテンダーに注文する。クセになりそうなカクテルの味に、ドリンクチケットを買い足さなければいけないかもしれないと考える。

「リヒト!」

 背後から声がした。

「ビール(ツー)

 さっきの店員の一人だ。背が高く、ワイルドなイメージの男だ。

 リヒトと呼ばれたバーテンダーは、瓶ビールをトレーに乗せてカウンター越しに渡した。

「カザキ、あそこの片付けをお願いします」

 リヒトの指した先には、フロアーの脇に置いてあるテーブルに、空になったグラスがあった。

「了解」

 軽々とトレーを片手で持ってカザキはフロアーに戻って行った。

 彼と入れ替わりに、もう一人の店員が空いたグラスをトレーに乗せてカウンターにやってきた。

 リヒトは彼からトレーを受け取ると、綺麗なブルーのカクテルと淡いピンクのカクテルの乗ったトレーを差し出した。

「ハトリ、これお願いします」

 トレーを受け取ってハトリは頷いた。女の子みたいに可愛い顔をしている。

 彼らが消えて行ったフロアーでは、皆狂ったように踊っていた。そのテンションにはとても付いていけそうになかった。特に今の私には。

 微笑んでおかわりの注文を受けたリヒトに「現金払いはダメなの?」と聞いてみる。ドリンクチケットの販売機はすぐ近くにあるのだけど、なんとなく席を立つのが億劫だった。

「スタッフが僕を入れて三人しかいないので、お支払いについてはお客様にチケット購入をご協力いただいているんです」

 そう言ってバーテンダーは新しいグラスを私の前に置いた。

 わずかに波打つ黄金色の液体の表面で、いくつもの泡が弾ける。

 こんなにたくさんの人がいるのに、店員が三人では大変だろうとフロアーに目を向けた。にぎやかな光と音楽に合わせてガヤガヤと騒がしい。

 あの中には入っていけないなぁ、と私はカウンターからぼんやり踊り狂う人たちを眺めていた。

「あなたも、隠している自分を曝け出してしまえば、楽になれるのに」

 そう言ってリヒトは私のグラスにチェリーを落とした。

「サービスです」

 赤いチェリーがグラスに沈む。

 チェリーの周りに白い泡が沸き起こった。

 黄金色の液体にいくつもの泡が昇って、弾ける。

 私は、泡が昇っては弾けて消えるグラスを見つめた…。

初出2004年。

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