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現代文明崩壊世界のチート活用方法について  作者: 文部一升
一章 夏と死神の戦争ごっこ
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一章9 説明回

説明回である。

 

 ──薄暗い、怪しい場所だった。照明は消え、コンピューターから漏れ出すディスプレイの光だけが室内を照らしていた。部屋にはいくつもの配線が絡まり合って、床に踏み場所はないと言ってもいい。


 壁は全てコンクリで、窓はなく、人によっては息苦しさを覚える。ただ換気用のファンの静かな音と、キーボードを叩く音だけが反響していた。


 キーボードを叩くのは女だ。


 肩まで伸びた髪は滑らかで、ディスプレイを見る目は鋭く、対面する人間には厳しさを連想させるだろう。美人と呼んで差し支えない容姿だ。その中でも、氷柱のように鋭い印象を受ける女だ。


 女は自らのデバイスを手に取り、メッセージアプリである人物に電話を掛けた。すぐに応答がある。


「マスク。例の、浦凪玲花の件についていくつか情報を寄越しなさい」


 電話の向こうからは、一切の音声は聞こえない。いつもそうだ、そもそもマスクという人物がなにか話したことは一度もない。


 程なくして、女の求めている情報がメッセージアプリで送られてきた。


 ディスプレイに情報が同期され、浦凪玲花についての情報がほぼ全て明らかになっていた。


 年齢、経歴、人間関係、性格に始まり、学園機関における成績など全て。そして──出身地まで。浦凪玲花は、少々特殊な来歴をしている。


 その全てを確認して、女は鋭い視線を、ほんの少しだけ緩め、驚いたように口を少し開け──またすぐに戻した。


 それから背後に顔を向けて話した。


「──あら、マスク。情報ありがとう、いい仕事よ。流石はユダ」


 どこにでもいる、一般的な男性のするカジュアルな服装に──仮面。真っ白で、穴が一つとして開いていない。一応仮面として目と鼻と口は描いてあるが、実際にはどこにも穴などは開いていない。そして男からは、一切の言葉はおろか、呼吸音すら聞こえたことがない。ロボットと見紛う雰囲気を纏いながらも、その動作はしっかりとした人間のそれだ。


 マスクは片脇に抱えていたスケッチブックを取り出すと、胸ポケットからネームペンを取り出して書き込んだ。数秒で描き終え、そのページを女に見せた。


『お礼にプリン買ってほしいんだが。今めっちゃ食べたい』


 内容と字の丸っこさがいろいろシュールなギャップを生んでいた。女は顔をしかめた。


「嫌よ。自分で買いなさいよそのくらい。コンビニすぐそこじゃない」

『えー。店員さんに怪しまれるじゃん。やだ』

「あなたね。ていうか、食べる時にはそれ外さないといけないんじゃないの? 」


 マスクは女の発言を受けて固まった。表情は一切分からないが、何故だかやけに間抜けに見える。マスクは大袈裟に崩れ落ちた。


「本当に、こんなんでも仕事だけは一丁前なのよねぇ……」

『フロウ……。俺、どうすればいいのかな』

「知らないわよ……。私たちの居ないところでこっそりそれ外して食べればいいんじゃないの? 」


 女──フロウは呆れて対応が適当だ。マスクはその発言に天啓を感じ感動したような動作をした。やはり表情は見えず、不気味な仮面だけが目立つ。


「それよりマスク、明日あたりに例の浦凪玲花を攫うわ。準備しておいて」

『攫ってどうするんだ? 』

「何って、取り返すのよ──私たちのバーストコア。それに、マナリアを取り込んで生存している貴重な事例よ。上のクソジジイ共がデータを欲しがってる──それに」


 フロウはそこで言葉を区切った。思いを馳せるように続ける。


「──浦凪玲花にも、個人的な興味があるのよ」


 フロウは懐かしむように笑った。


 マスクはやはり表情の読めない顔で首を傾げた。


 フロウは、笑みを引っ込めると顔つきを変え、今度は全く違う笑い方をした。凄惨な、歯を剥き出すような野性の笑い方。


「全てがようやく動き出すわ。私たち"花"が、世界を変えて見せる。マスク、あなたにも見せてあげる──世界が変わる瞬間を」


 都市の裏で暗躍する者たちは、未だ未来を知らない。


 だからこそ──彼女は未来を望むのである。


 フロウは決意を込めるように、それはマスクに対しての宣言というよりは、自らへの誓いのように聞こえた。


 ──第三都市の裏切り者たるマスクは、やはり間抜けに片手を握って挙げた。えいえいおーとでも言いたそうに。





 *





 四季の運転する車で移動すること数十分。都市の外周に傭兵団の本拠地はあった。高い有刺鉄線付きの柵に囲まれただだっ広い土地に、いくつもの黒いテントのような建物と、大きなコンクリの無骨なビル。


 自動センサーのついている門を抜け先へ。


「あのさ」

「なんだ?」

「悪かったね。四季の親友死なせちゃって」

「──そんなことは、あたしなんぞに話すことじゃないだろうさ。お前が謝るべきことなど何もない。謝るべきなのは、あたしたち大人なんだよ」


 四季は穏やかに話した。


「お前、まだ十六だろう? そんなガキんちょをこんな場所まで連れてきてよ、やれ戦えだのなんだの、情けないと分かっちゃいるが──それでも、戦わなくていいなんて言えねえ。すまないな、玲花。本来なら──守られるはずのガキんちょを守れねえこんな歪んだ社会は許されちゃいけねえ。こんな社会を作っちまったあたしらの不甲斐なさを好きなだけ恨んでくれたっていい。その上で、あたしはお前に戦えと命令する」

「いいよ。謝らなくていい。これは僕の人生だ。僕の人生の責任は、常に僕にある。他にどんな事情があって、どんな原因があっても、僕の人生に起きた全てのことは常に全て僕だけの責任だと思っている。だから謝るのは筋違いだ」

「はは、擦れてんな。その年で何様気取りだ? 」

「その代わり僕は他の人間がどうなろうと知ったこっちゃない。生きようが死のうがどうでもいい──けど。あの人、古布里だけは例外だ。きっとあの場所で死ぬべき人じゃなかった」


 衣刃や奈良宮と話してわかった。尊敬と感謝を集めていて、死んで人に泣かれるような人間は稀だ。死を惜しまれる──ならば、死ぬべきではないのだと思う。


 四季は頷いた。その上で、諦めたように言った。


「かもな──。だが、あいつが左手を無くして以来、あいつはずっと死に場所を探していた節があった。いつも何かを悟ったような顔してたが、死ぬ前の一ヶ月はそれが顕著だったな。そしてあいつは死に場所にお前を選んだ。他でもないお前を、あいつは選んだんだ」


 改めて変な人だ。出会ってすぐの人を命懸けで助けるか? 普通。


 遺言なんて残しても、マジで知らない人間だぞ。聞いてくれる保証がどこにあったんだろうか。一歩間違えばただの間抜けな死に方になってたんだぞ? 本当に、よくわからない人だと思う。だが。


 ──それでも、僕を信じてくれたことを誇りに思っている。


「そのことに何か意味があるんだって、あたしは信じているよ。……優しいな、お前は。あいつほどじゃないが」

「へえ。じゃあ古布里なら何て言ってた? 」

「──甘ったれるな、ちゃんとしろって……あたしを叱るだろうさ」

「そりゃ……優しいね。確かに」


 そして車が停まった。四季がドアを開け、僕もそれに倣って外へ出る。


「ついてこい。最初にやることがある」


 四季は歩き出し、僕はついて行った。キョロキョロと辺りを眺める。


 ──歩いている人は居ないが、車は何十台も停まっている。どれもこれも、無骨で洒落っ気がない。物々しいとも言える。


 四季はコンクリとガラスのビルに入ってき、事務の人に片手で挨拶して通り過ぎて廊下の奥へ。僕は軽く会釈をして通って行った。


 奥の扉をがちゃりと開け、四季は中に入る。僕も続く。


 中はごちゃりとした研究室のようだった。いろいろな手書きの紙が散乱した机の上にデバイスやディスプレイ、本などが重なって机のもともとあった肌が見えない。


 机の他には作業台によくわからない凄そうな機材、それにマナリアがいくつも散らばっている。床の配線もごちゃごちゃで──総合して、汚い。整理整頓に期待だが、こういう部屋にはロマンがある。こういうの大好き。


「ドクターは居ないか……。まあいい、そこに座れ。私からお前の持つ適正やら、兵装に関しての説明をしよう。ドクターにやらせようと思ったが、居ないならいい」

「四季ってここで一番偉いんじゃないの? 大丈夫なん? 」

「ま、一番偉いのは私だが──何かあれば衣刃が対応する。問題ない」


 へえ、衣刃が……。あいつも大概偉いヤツなんだなぁ。知らんかった、すげー。


 四季は壁に置いてあったホワイトボードに近づき、何かごちゃごちゃと書いてあった内容を全て消し

てペンを手に取ってキャップを開いた。


「それで、兵装に関しての説明を行おう。いいか──まず、お前の適正だが、第三種兵装への適正が確認されている。一般的な兵装についてのイメージとは、どういうものだ? 」

「んー……。なんか、剣とか馬鹿でかい銃器とか? 」

「正解だな。ここから先は少し混み入った話になるが、兵装は三種類存在する。第一種、第二種、第三種。なぜこんな分類がされているかと言えば、そもそも適正についての話が必要になる」


 四季はホワイトボードに書き込んだ。適正とは。


 キャップを閉めて話を再開する。


「さて──適正者の何よりの特徴は、人間離れした身体能力だろう。それは自動車より速く走るなり、十メートル以上跳躍したり、素手でコンクリートを砕くような筋力、またそれに耐えられる筋肉や骨格。当然スタミナもそのようになる」


 それは世間一般の適正者、ひいては傭兵に対するイメージだ。僕もそんな感じのイメージを持っている。たまにネットに上がっている動画でも、合成としか思えないような動きをする。


「その原因は──やはりレギオンだ。もっと言えば、奴らのマナリアから抽出されるレギオンの因子──まあ縮めてレギオン因子だな。こいつを体内に取り込むことで、驚異的なこの力を得ている」


 ホワイトボードに書き込み。レギオン因子──。


 初めて聞く名前だ。


「先生質問です」

「なんだ、言ってみろ」

「てかさ、レギオン因子ってもんがあるとして、そんなもん体内に入れて大丈夫なん? レギオンの持ってるようなヤツだろ? 」

「そう、それこそが問題だった。それはな──」


 四季がそこから話し出そうとした瞬間、背後から大声が聞こえてきた。


 こう、変な男の声だ。振り向くと──汚れた白衣にサンダル、ボサボサ髪に丸メガネの明らかに変なヤツがいた。身長だけやけに高い。おまけにひょろっとしている。


「そこから先は、吾輩が説明するのである! 」


 一瞬意識を持っていかれた。僕はそっと四季の方を向いて、変人を指差した。あれなに? 四季は黙って顔を横に振った。うぅん……。


 変人はサンダルをペタペタ言わせながらホワイトボードの側に歩き、こちらに振り返った。白衣がバサッと翻る。


「……。ふむ、隊長よ。情報では、浦凪玲花というのは男ではなかったか? 女の子ではなかろうか」

「いいや合ってる。そいつ男だ」

「ども、浦凪でーす。てへ」

「……いやいや、そんなに可愛い子が男なはずがあるまい──マジ? え? ほんとに? 」


 変人は僕と四季を順番に見遣って、それからそれが本気であるということを理解したのち叫んだ。


「えええええええッ⁉︎ う、うそだろおおおおッ! 」


 叫んでいる間に四季が変人を紹介した。慣れているのか、表情に変化はない。


「こいつはうちの研究員、兵装に関しての研究をしているヤツだ。本名はあるが、分かりやすいのであたしらはドクターって読んでいる。こんなんでも優秀な人材だ」

「ふう、落ち着いたのである。吾輩は柳という。ドクター柳と呼びたまえ、浦凪よ」

「はーん。よろしくドクター。浦凪玲花だ」


 ドクターはドクター柳と呼ばれたかったのかちょっとしょんぼりした。それから立ち直り、人差し指を立てて説明を始めた。


「さて、話を戻すのであるが──そもそも、レギオンが現れた最初期、人類は割とマジで打つ手がなかったのである。レギオンの特徴はその個体の数と、一体一体が拳銃程度では倒せない程度の強さを持ち合わせていたことであったからであるな。よって、当時の自衛隊や軍隊も奮闘したそうだが……あまりの数に対応しきず、そもそも人々を守るところまでいけないパターンが大抵であった。そこに現れたのが──」


 ドクターはホワイトボードに書き込んだ。


 ──オリジナル、と。


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