一章8 第三都市の雇われ
昼食を終えて、さて午後からの授業はどうすっかな──という辺りで、茜谷からお呼びがかかった。僕の元作業場に紙切れが置いてあって、屋上に来いとだけ書いてあった。一昔前の呼び出し方法だ。
「──で。何?愛の告白?」
「……単刀直入に話すよ。きっと君は、周りくどいのは嫌いだと思うから」
茜谷は堂々と授業をサボって屋上にいた。いや──茜谷のことだから、きっとサボっても問題のないようにしてあるのだろう。成果を出している人間というのはお得だな。
振り返って茜谷は言い放った。
鋭い相貌が僕を射止める。
「傭兵になっちゃいけない。戦うな、浦凪玲花」
聞こえた言葉は、予想だにしない一言だった。僕は思わず茜谷を見つめて、言葉の意味を探る。
──どういう意味だろうか?
「すぐに知らされるだろうから、私が先に話すよ。あのね──君の心臓の横には、特大のマナリアが埋まっているんだ」
「……?」
さっぱり訳が分からない。
僕の心臓の横に、特大のマナリア──?マナリアはレギオンの核だろう?なんで?
疑問が胸の中を埋め尽くした。思考が止まらない。僕を他所に茜谷は捲し立てた。
「危険だ。それは──ただのマナリアじゃない、未知の部分が多すぎる!それは傭兵団も学園機関も分かっているはずなの、でもそれを全部無視して君の未来を使い潰そうとしている!このままじゃ本当に何が起きるか分からないの、訳の分からない原因で死ぬリスクだって計り知れない!その上今都市で何が起きているか分かってるの⁉︎」
「ま、待て待て!話に着いていけない……。一から説明してくれ、そしてどうして茜谷がそれを知っているかも含めてね」
「……ごめん、急に言い過ぎたね。あのね、私の家には情報が集まってくるって話したよね。そこに君の名前が出てきたから──お父さんの書斎に忍び込んで、こっそり見ちゃった」
「おてんば娘だな。おっさんも大変だ」
「──君が一ヶ月も眠っている間に、お父さんたちはとっくに皮算用を始めていたの。君をどう使うか、どこに配属するかとか。バカだよ、そもそも──君が本当に目覚める保証なんてどこにも無かったのに」
茜谷は吐き捨てた。
──半ば憎悪すら滲ませるその様子に、僕は心配されていたことに気がついた。
「君はどうやら、レギオンに襲われた際に戦術級レギオンのマナリア、バーストコアを取り込んだらしいね」
「……らしいね。正直記憶があいまいなんだ。そもそも戦術級レギオン……って、なんだっけ」
「強力なレギオンの個体についての分類だよ。彼らの核たるマナリアはバーストコアと呼ばれていて、強い固有能力を持つという特徴があるの」
「はぁ。で、それがなんだって?」
「戦術級レギオンの討伐は簡単じゃない。凄腕の傭兵が数十人で挑みかかっても、常に数人の犠牲は必ず生まれて、それでも討伐出来ない場合も多いの。だからこそバーストコアの価値はすごい高い。値段に直せば数十億はするだろうね」
それはすごいだろうな。
──入江四季は、先日強力なレギオンの個体との戦闘があったと言っていた。それと古布里の負傷の時期は重なる。だとすれば逆白古布里は、戦術級レギオンとの戦闘で左手を喪失し、さらに体に再起不能なダメージを負ったと推測できる。
それは一旦置いておこう、この話とは関係がない。
「そのバーストコアが君の体内から発見されたんだ」
「……なるほど、さっぱり分からんが──話が見えてきたな」
「結果があるなら原因は必ずある。君の中にバーストコアがあるなら、それは自然なことじゃないはず。少なくとも、入学時の身体検査の時にはまだ存在していなかった。もし見つかっていたなら、学園機関にはなんらかのリアクションがあったはずだからね」
「──たしかに僕は襲われた時、透明の水晶玉を見た。でもそのバーストコア?ってのはあくまでマナリアなんだろ?色がついてなきゃおかしい」
「あのね、マナリアの色はエネルギーの密度を表しているんだよ。確かに市場に出回るのは青とか赤とか、はっきりした色が主流だけど理論上は真っ黒なマナリアや、透き通るほど透明なマナリアはちゃんと存在する。事実レギオンの幼体から採取されるマナリアは茶色とか、黒に近い色をしていんだよ。弱くて幼い個体は力がないから」
どうやらただの僕の勉強不足らしい。すみませんでした。
──そういうことなら、バーストコアというのが透明だったのも納得だ。透明になればなるほどエネルギーの密度が高まるというのなら、確かにバーストコアというのはめっちゃ強いエネルギーを持ち合わせているのだろう。
「だけど次の問題が問題だ。あの時、僕はバーストコアを噛み砕いて飲み込んだ。けど、どしてそんな貴重なものがそこにあったんだよ。心当たりはない」
「──まさにそこが問題なの。まず君がバーストコアを取り込んだ理由だけど──」
「腹減ってたからね」
「違うよ。まあ言ってしまえば分からないの一言に尽きる。覚えてないのなら仕方ないことかもしれないけど、正気の人間はまず無機物を食べようとは思わないよね。まあレギオンに襲われて、大怪我を負った状態の精神状態なら恐慌のあまり何をしても不思議じゃないって考えればそこまでだけど──さっきバーストコアには固有能力があるって言ったよね」
「ああ、まあ……」
「バーストコアには未だに解明できない謎が多くある。発見されている中で主なものを挙げると、自然現象を起こしたり、精神に働きかけるような能力がある」
「……イメージがつかない。もう少し具体的に頼める?」
「コアに特定のエネルギーを流すと、自然現象が起きるんだよ。例えば強風が吹いたり、発火したり、いろいろ。コアによってはもっと特殊で、研究員が幻覚を見たり、突然失神したケースもあるの。一つとして同じコアはなくて、バーストコアって一括りにしても能力の幅は広すぎるの。分かった?」
──非現実すぎて想像は付かないが、フィクションを理解する感覚でいくと割と分かった。
つまりなんでもありってことだな。
「──それが、君の精神になんらかの影響を及ぼして、君にコアを食べさせたという可能性があるの。もちろん、可能性の話に過ぎないけどね」
「……ぞっとしない話だ。つまり、ただの無機物に心が操られたっていうのか?」
「平たく言えば、そうなるね。でもこんなのは大した問題じゃないの。問題は──どうして、バーストコアはそこにあったかということ」
それは僕もずっと考えていた。
あんなものに見覚えはない。心当たりもない。全く分からない。
もしかしたら、あれがあったせいで僕はレギオンに襲われたのかもしれないとも考えた。
「最初に結論を話すよ。あれはね──第三者によるものと見て間違いないよ」
「……理由は聞くまでもないか。そりゃそうだよな、そんな貴重なもんが普通に転がってる訳がないもんな」
「まずあれはね、第三都市にもともとあったバーストコアじゃないの。バーストコアの持ち主は所持していることを都市に申告して、その現在位置と使い道を常に都市に報告しなければならないっていう法律があって、第三都市のバーストコアは移動していなかったの」
「……じゃあ、どこから来たんだ?何の目的で?」
茜谷はそこで一旦言葉を区切った。
次の言葉を探して迷って、諦めたように告げた。
「──戦争を始めるためだよ」
そこまで話して茜谷は言い直した。
「いや、訂正するね。もう始まってる。すでに人間同士の戦争は始まってるの」
少なくとも、茜谷に冗談の気配は一切ない。本気だ。
本気で──戦争が始まっていると言いたいらしい。
悲しいのは、これまで茜谷の発言が間違ったことは一度もないということ。僕は認識した。戦争は、確かに始まっているらしい。
「──君が取り込んだバーストコアの能力は、レギオンに作用するものである可能性が高いの」
「どういうことだ?」
「もっと言えば、レギオンを操る能力である可能性が、少なからずあるの」
──。それ、やばくね?
大戦以来、レギオンに関する研究は山ほど行われてきた。命に直結する研究だったから、それはもう山ほど、多岐に渡って長々と。
だが、それのどれもが辿り着けなかった。レギオンの生態を解析仕切り、レギオンを操る方法はついぞ見つけられなかった。曰く、一万の人間を自由自在に操ることが不可能なように、レギオンを操ることは不可能であると結論は出た。
「あの場所にレギオンが現れた原因。それはバーストコアが関係していると推測はつくよね。自然に現れる訳がないし、都市に入らせないための傭兵団だよ。でも──その網を潜り抜けた。彼らの目を潜り抜ける能力が君を襲ったレギオンにだけあったのか、それとも──あのバーストコア自体に、そういう能力が存在したか」
もしも後者だったら大変なことになるよね──と茜谷は言った。僕は同意した。
──そんなものが、僕の体内に?やばくね?僕やばくね?
かなり危うい立場にあるんじゃないか?マジで実験室送りになるんじゃないか、僕。こりゃいよいよ茜谷の言葉を聞く必要が出てきたかな。
「それが第三者の手によって第三都市に持ち込まれた。これはほぼ確実。重要なのはその目的なの。そんなコアがあることは分かってなかった。各都市の持っているコアの情報は秘匿中の秘匿。そんなコアがあるって分かってなかった、それは問題じゃない。でもね──その先は大問題。なんでか分かる?」
「まさか……それを上手く使って第三都市をレギオンに襲撃させようってのか?そんなバカな──」
「そんなバカなことが起こってるの。この都市に攻撃を加えようとする誰かがいるってこと。最悪、この都市を滅ぼそうとしているかもしれない」
……結構衝撃だ。それは確かに戦争だろうさ。
ってことは、僕はその戦争に巻き込まれたことになる。誰だか知らねえが、とんでもないことやってくれるなぁ。ぶっ殺してやりたいね。
「──その戦争の最初の被害者、それが君なんだ。浦凪」
「なるほどね。話は分かった、それで──それがなんだって?」
「結果的に、君は意図しない形でバーストコアを取り込んだ。君を助けた傭兵の心臓と右腕の作用もあってか、取り込んだ破片が体内で再構成されたんだと考えられる。そしてそれが一体コアにどんな影響を及ぼしているか、コアが君にどんな影響を与えているのか、分からないの。確かなのは、適正のなかったはずの君は適正を得た。現状分かることはそれだけ」
一応理解はした。つまりなんやかんやあって、ってことだということだけは分かった。だがそれは僕にとって対して意味を持つものじゃない。なぜ、なんて正直、本当にどうでもいい。少なくとも、僕にとっては。
「君の置かれている立場は不安定だ」
茜谷は何か、感情を抑えながら断言した。
「学園機関と傭兵団パンドラは最終的に君を戦わせる判断を下した。君の未知性に戦力としての期待をしているんだ。英雄の心臓と右手を受け継ぎ、その上未知のバーストコアを宿す、レギオンと、この戦争に対する一級の爆弾としてね」
「どのみち僕に決定権はない。金で買われちゃお仕舞いさ。入学時にそういう契約をしただろ?学園機関には拾ってもらった恩がある、その決定に逆らうつもりはないね」
「──ダメだ、ダメだよ。君はこの戦争に置いて、最も重要な人物の一人なんだ……。真っ先に狙われる立場にあるんだよ、なんせ敵のバーストコアを奪ったと言っても過言じゃない。それにコアの特性が特性だ、いい?浦凪。はっきり言うと、君はレギオンを操ることが可能なんじゃないかと期待されているの。それは敵対する人間にとっても同じことで、君が敵に捕われた場合、命があるかどうかは怪しいところだね」
「っつっても、もしその例のコアが都市の外側から敵対的な意思で持ち込まれていたとするなら、その敵は都市に潜んでるんじゃねえの?どっちにしろ、僕の安全性は変わらないんじゃないのか?」
幾らかの要素を組み合わせて反論してみたが──茜谷はついに本音を明らかにした。
「──余計なリスクを背負うべきじゃないって言ってるの!傭兵になれば、どうあっても組織に従わなきゃいけなくなる!一体何を命令されるか分かったものじゃないんだよ⁉︎傭兵団は綺麗な組織なんかじゃない、彼らの本質的な仕事はレギオンと戦うことじゃないの。彼らは本質的には警察なんだよ。この都市を守り、統治して支配する、秩序を維持する組織に、傭兵団はいつの間にかすり替わっていた。彼らに法律は通じない。傭兵団の一部は少なからず腐っている!より強い力を手に入れて、どうやって人々を支配しようかずっと考えているような組織なのッ!そんな場所に行っちゃいけない、浦凪が戦う必要なんてどこにだってないんだよ⁉︎」
茜谷は叫んだ。初めてそんな姿を見て僕は気がついた。
「──ああ、なんだ。心配してくれてるんだな、ありがとう」
「……君には恩がある。それを返す前に死なれちゃ困るの。それだけだよ、勘違いしないで」
「はは、なんだそのキャラ。珍しいな、茜谷。あれまだ気にしてたのか?」
二ヶ月ほど前、茜谷の家の騒動に巻き込まれたことがある。
ぶっちゃければ汚職事件で、茜谷の家のおっちゃんが濡れ衣を着せられかけたという事件で、最終的にはちゃんと解決して、犯人はあるべき判決を下された。
そのことに、僕が一枚噛むことになり、茜谷はなんかめっちゃ僕に恩を感じているらしい。だが僕は別に茜谷のためにやった訳じゃない、ほぼ成り行きでなったようにしかなっていないと思っている。だからその感情は何度も場違いだと言ったのだが──。
「……君が居なければ、私は今頃ここには居なかっただろうね。恩人がみすみす危険を犯すのを止めるのは、普通のことだよ」
「どっちにしろ、僕のやることは変わらない。いろいろ教えてくれてありがとな」
「──いいよ。いずれ知ることにはなっていただろうから……。学園機関との契約なんて、破っちゃえばいいのに」
「んなことしたら余計どうなるか分からねえだろ。まず住む場所が無くなる、家賃だって学園機関に出してもらってんだぞこっちは」
「だったらウチに来ればいいよ。別に、君が頼むなら君の生活費くらい出してあげるし、学園機関からのいろいろな干渉も防いであげられるよ。お金と権力の力で」
「いいよな、お金と権力って。僕もすげー欲しいけど──大丈夫だ。僕はちゃんと、自分の意思で戦うから」
あの人から受け継いだ命を、思いを持って、戦おう。あの人の遺言をちゃんと守りたい。それが今の僕の思い、それだけだ。今やるべきことは。
何より──自分を守れるのは、自分しかいない。この世界で生まれ落ちて生きている以上、自分の身は自分で守る。心配は無用だ。気持ちは嬉しいけどね。
「心配してくれてありがとうな。傭兵になってもたまに連絡する」
「……君はバカだね。ロジックを理解出来てない。感情だけで動く様じゃ、子供と同じだよ」
「いいさ。僕はどうせ、一生大人にはなれないだろうし、なりたくもないから」
踵を返して僕は屋上を去った。
茜谷は最後まで外を眺めていた。
「よう、迎えに来たぜ。準備はいいな?」
「ああ。浦凪玲花、本日より傭兵団パンドラに所属します、よろしく。頼むぜ隊長」
「あたしのことは四季でいい。隊長でも構わねえ。敬語も要らねえ、逆らってもいい。だが──死んでくれるな。それだけだ。行くぞ玲花」
「りょーかいッ」
初夏の風が服を揺らした。
ほんの少しの感傷。茜谷は僕のことを心配してくれていた。……まあ、守るべきものってヤツにカウントしてやってもいいのかな。戦う理由ってヤツに。
一歩を踏み出して、心臓は鼓動した。この命の行く末を示すように。




