一章6 未成年だと普通に犯罪、二十歳になってから
「奈良坂さん」
「……なに、どしたのハルカちゃん。俺に惚れてくれた?」
「いえ、そういえば奈良坂さんのお仕事、まだ教えてもらっていないなって思って。私、もっと奈良坂さんのこと、知りたいですから」
「──もう無理、女神かよ……。周りの連中に見習わせてやりたいよ、俺……。俺、一応──あー、都市の市役所に勤めてんだ、今更だけどな。けどトラブルとか、優秀な人の退職とか重なってさ、もうヤバくて……」
──嘘だな。こいつは嘘をついている上に下手くそだ。
目をあからさまに逸らし過ぎだし──そもそもこいつの大体の職業の検討はついてる。そもそも酔いすぎだろ。
さて仕上げだ。落としにかかろう。
「奈良坂さん」
あくまで優しく、ジョッキを握る奈良坂の手を両手で包み込んで微笑む。
「ここでは、もういいんですよ。もう私にまで嘘をつく必要はないんです。奈良坂さんは立派です。だからこそ、あなたはもう、誰かにごまかしたりしなくていいんです。ね?」
それっぽいことを微笑みながら、お前のことわかってますよーって感じで話すと大抵の奴は勝手に勘違いしてもうベラベラと話し出す。人は分かってもらうことの嬉しさに抗うことは出来ない。
「──ハルカちゃん……。このことは、ほかの誰にも言わないで欲しいんだけどさ……」
はい来た。勝ち確のセリフだ。わざわざ興味のない人間のことをクソほど分かってやった甲斐があったってもんだぜ。
「俺は、傭兵なんだ……」
「え──」
ハルカちゃんは驚くが、僕はちっとも驚かない。そりゃそうだろ、僕は友好関係なんかゴミだ。そんな僕に用があるのは限られるだろ、衣刃に会ったばっかりだったしな。
「そう……なんですね」
「そうだ。もうこの際全部ぶっちゃけるけど、俺の上司っつーか、俺の分隊のリーダーが、一ヶ月ぐらい前に死んじまったんだ。正直、当時の詳しい調査は出来てねえ。ウチのリーダーが最後に助けたのが件の浦凪玲花って奴で、今日目が覚めたってウチの隊長から話があって、俺はそいつに会いに来たってのが、今日の本当の話だ」
──。
まあ。──うん、そんなところだろうと思ってた。
奈良宮も傭兵だったって訳だ。衣刃と同じ所属か? 多分そうなんだろうけどな。
「……その、ごめんなさい」
「はは、何がだよ。ハルカちゃんは謝るようなことなんて何にもしてねえだろ」
「そんなに浦凪さんのことが、その、重要だとは思っていなくて、ごめんなさい、居酒屋に行ってみたいなんてお願いしてしまって」
「それこそ余計なお世話だろ? 箱入りで病院生活が長かったんだ、何かしてやりたいと俺が勝手に思ってやっただけだ、謝るなって。それに──」
奈良宮は運ばれてきた焼酎のお湯割りをぐっと呷った。さっきから顔は真っ赤で、呂律が怪しい。
「俺、浦凪玲花に会って何をしたら良いのか分からねえんだよ、実際のとこ」
「──え、そうなんですか? 話があるんじゃ無かったんですか?」
「俺もそのつもりだったんだけどさ──こうやってハルカちゃんと話してたら、もう分かんなくなっちまった。もうハルカちゃんに話したいこと全部聞いてもらったから」
「その、亡くなったリーダーさんとの関係は、どのようなものだったのでしょう」
「──俺にとっての英雄だ。逆白さんは」
奈良宮の言葉は、居酒屋のむせ返るようなアルコールの臭いと喧騒に紛れて、僕の耳にだけ届いて、後は消えた。
奈良坂は悔やんでいるようにも、誇っている様にも見える。普通に見ればただの酔っ払いだ。
「だからこそ、ショックだった。俺はあの人に希望を見てた。あの人がいれば、全部何とかなるって本気で信じてた。でもそのバチが当たったんだな、あの人は一足早く天国にバカンスに行ったっきり戻らねえ。それでも俺たちは戦わなきゃいけねえんだ」
「……奈良宮さん」
「希望が欲しいんだ……。俺たちはあの人ほど強く在れねえよ、結局殺し合いに耐え続けられるほど人の精神は強度がねえんだ……。みんなそうだ、俺たちは希望が欲しい……。いつかは戦いが終わるって信じさせて欲しい……」
奈良宮はアルコールの効果を持ってどんどんぶちまけていく。やべえな傭兵、闇が深い。
「迷ってる、ずっと迷っている……。別れ道があるような気がするんだよ……。それには、案内板も何も書いてなくて、先にどんな道が続いているか分からない……。それでも歩く限りは、必ず選ばなきゃいけない……」
奈良宮は、もはや誰かに話を聞いてもらうというよりは、ただ自分の中にある何かを一人で呟いているだけのようにも見える。
「事実じゃなくたっていい、まやかしでもいいから、頼む──信じさせてくれ、希望を、いつか戦いのなくなるはずの未来をくれよ……」
「……奈良坂さん。何も知らないわたしに、こんなことを言う資格はないかもしれませんが──大丈夫。『あなたの人生はいつか報われます』。大丈夫です──」
奈良宮はハッとして僕を見た。
僕の中に誰かを見るように。
「……タバコ、吸ってもいいか?」
「はい、お構いなく」
珍しい──。喫煙者とは、なかなかこいつ趣味がニッチだな。
タバコってかなり貴重なんだよな、このご時世。日本じゃ栽培出来ないし──。
すぱ──っと煙を味わって、奈良宮はうなだれたまま煙を吐き出した。
ニコチンとタールが蔓延して臭うが、僕はあまり気にならない。一応個室だし、周りの人の迷惑にもなってない。社会人だ。
何となく、奈良宮は懺悔するように語り出した。
「タバコは逆白さんに教えてもらった。……ああ、悪い、逆白さんっつっても、誰だか分かんねえよな。死んだ俺の分隊のリーダーの名前だよ」
僕は唐揚げをつまみながら黙って続きを促した。
……なんか話し出したぞ? てか喫煙者なのかあの人、もしかして僕の心臓にもニコチンがたっぷり染み込んでいたりして──。
「もう何処にも売ってねえと思ってたんだけどな──。なんでか、あの人は知ってて、俺に教えてくれた。アングラなとこでは他の都市から密輸してたりしてな──って、ハルカちゃんにはどうでもいい話だよな」
「──いえ、タバコなんて珍しいです。あの、一本もらえませんか?」
実際──珍しい。僕も数えるほどしか見たことない。
興味がある。どういうものかってのは当然知ってるけど──このご時世、嗜好品は結構珍しくて、高級品であることが多い。酒とかも少ないし高いし、こういう居酒屋で出すのは基本的にかなり雑に作った安酒であることが多い。まだ昔の技術に追いついていないから──。
奈良宮はかなり苦い顔をした。
ハルカちゃんの健康に気を遣っているらしい、だったら最初から吸うなよ。
「……ええ。やめとけといたほうがいいよ? それこそ日本崩壊前から続く嫌煙ブームで流行りじゃない。まあ、もう存在を知らない若者も結構いるんだろうけどな」
「いいじゃないですか」
なだめながら箱を手に取る。
銘柄は──「REAPER」というらしい。リーパー……。
「──死神、ですか。洒落てますね」
「はは、気が合うな。あの人もこれが好きだった。まあ、他の傭兵仲間からは不吉だ、やめろとか散々言われたんだが──不思議なことに、逆白さんが吸ってると不思議と文句は少なかったな。不公平だと思ったが──逆白さんが吸ってる姿はちょっとかっこよすぎて……。それで俺も逆白さんを真似て吸いはじめた。銘柄をリーパーに変えたのは最近だけどな」
逆白古布里は喫煙者だった。意外すぎる。
チラッと右手を見る。……喫煙者の手だ。いや見た目からじゃ全くわからないけど。
「……これって、どうやって吸うんですか?」
箱から取り出して一本咥えた。奈良宮がライターを差し出す。それと携帯灰皿も。
「はあぁ、いいよ。もう好きにしてくれ……。いきなり吸うなよ、煙を口の中に溜めて、冷やしてから吸うんだ。それで吐き出せ。じゃないとむせる」
「すぅ──げほっ、げほっ! うえ、何ですかこれ!」
吸えたもんじゃない──。なんだってこんな不味いんだ。
分からない、こんなもん吸えないだろ。興味あったけど、僕はやめておくことにした。
火を消して灰皿へ突っ込んだ。
「はは、まあハマっちまうよりマシだろ。それに、誰だって一回はそうなって、不味いって思うんだよなあ。そっからなんか吸いたくなるやつもいるし、もういいってなるやつもいる」
「信じられない……こんなの、誰が好んで吸うもんですか」
「目の前にいるけどな。……あの人と一緒に吸うのが好きだった。俺はあの人と一回も飲みに行ったこともなければ、プライベートで遊んだこともなかった。だけどなんでか──あの人が死んだ時、すげえ悲しくて、辛くて、寂しかったんだよなぁ。みんなどうしても対処の方法が分からねえ。あの人は特別だったから──」
懐かしげに奈良宮は目を細めてタバコをふかした。
後悔しているようにも、誇っているようにも見える。両方ともなんだろう。
古布里を誇って、古布里を失ったことを悔やんでいる。
すでに奈良宮は出来上がりきっている。酔う前は存在した距離感とか、一定のストッパーがすでに外れて、思うがままに言葉を吐き出す。
「全部あの人に教えてもらった。第一部隊の連中はみんなそうだ。ウチの隊長は逆白さんの親友だったし、第一はあの人が支えてた。……もう、どうしていいか分からねえ。みんなずっと迷ってる。どっちにしろ俺たちはもう傭兵を辞められねえ……。辞めたって行く当てもねえ、それに辞めたら誰がレギオンと戦える。俺たちを欠けば都市は思う以上にあっさり終わっちまう。みんなそのプレッシャーと、先の見えない未来に苦しんでる──」
「奈良宮さん……」
「だからかもしれねえ──浦凪玲花に会いてえ。会って、あの人が守ったものが何なのか、何の意味を持つのか、確かめてぇ……情けねえよ、出会ったばっかの女の子にこんなこと……聞いてもらうなんて──」
「いいえ。きっとこれは、あなたが前を向くために必要なステップなんだと思います。大丈夫です、大丈夫……」
「……ありがとう、な。お前さん、やっぱり、逆白さんに、似てる、よ……」
タバコを吸いきらないまま奈良宮は寝落ちした。
時刻は十一時を回っている、僕も眠くない訳じゃない。
あ、てかやべえ、奈良宮に払ってもらうつもりだったのに、こいつ寝ちまったよ。
それに今夜の寝床のことも考えてなかった。今手持ちがない、病院は遠いし、家も遠い。交通機関を使う金がねえ──! つか家の鍵とか、てかデバイスだ! それもねえ! やべえええええ!
ど、どうしよう……。それにこの酔っ払い、この後どうすればいいんだ……。
や、やべえ……。放っておいて逃げようかな……。
冷や汗全開で思考していると、個室に入ってくる人が居た。
「おい結弦、何して────いや。……何してんだ?」
黒スーツの女性、凛々しい顔立ち。
「お、お前は昼間の──! ええと、そうだ、入江四季!」
「おう、そうだ。四季ちゃんだぜ。いやそうじゃなくて、え、マジでなんだこれ」
「入江、これには訳があるんだ」
「四季って呼べ、名字呼びは慣れねえ。で、何だって……?」
四季は奈良宮の横に座った。それから奈良坂が指に挟んでいる、火のついたままのタバコを取って、ポイッと携帯灰皿につっこんで向き直った。
僕が言い訳を考えていると、割と本気で困惑しているらしい四季が話を促した。
「まずお前がここにいる理由から、正直に、話してもらおうか?」
肌がピリつくような、これまで感じたことのない、殺気を四季は放った。
僕が誤魔化そうとする気配を感じたらしい。誤魔化すな、ということらしい。
い、いやしかし、おたくの人員を女の子の演技して騙して、居酒屋で潰したなんて、どうやって説明したもんかな──。
かくかくしかじか。もごもごもぐもぐ。人の金で食う飯はうまい。
実質一ヶ月振りだもんな。しゃあねえな。
説明し終えた時、四季は「マジかコイツ」みたいな、狩猟ライフルを向けられた鳩のような顔で僕を見た。
それから額を抑えながら口を開く。
「はじめお前、屋上に居たと言ったな。その辺り、説明がぼんやりしていたと思うんだが。何か隠していないか?」
「え──、いやいや、隠してるって、何を隠すことがあると思うんですか、逆に。単に黄昏てただけですよ」
「嘘下手か。動揺しすぎだろ幾らなんでも……。──さては、衣刃に出会ったな」
な──⁉︎ 鋭すぎるだろう⁉︎
表情に出してしまった僕の負けだ。
僕は大体衣刃にも似たようなことをしたと白状した。
「お前はウチのカウンセラーか……。今のはカマ掛けただけだ。今後は用心した方がいい……はぁぁ──」
四季は大人が本気でつくタイプのため息をついた。
それから奈良宮の冷めてしまったお湯割りを飲み干した。
「なあ、今更だけどなんでここに?」
「ここはコイツの行きつけの店でな。電話に出ねえ時は必ずここにいる。病院行ったきり連絡ねえから、どうせここだろうって当たりつけて来ただけだ」
「はー……」
十一時を回ればそろそろ僕も眠たい。どっか帰って寝たい。
四季に任せるか……。
「つか、病院から抜け出して来たのかお前。しかも未成年。上にバレたら面倒なんだ、これ使ってタクシーかなんか使って帰れ。こいつ──結弦は私が適当にやっておく」
四季はちょっと渋めのおじさまの書かれたお札を取り出すと僕に渡した。受け取る。
「お、あざっす! さっすが話がわかる人は違えなあ! いやっほう!」
と、席を立って抜け出そうとしたら、四季に呼び止められた。
「おい」
「なんだよ?」
四季は頬をポリポリとかいて、微妙に顔を逸らしながら呟いた。
「その、こいつらのこと、ありがとうな。──そんだけだ! ガキはとっとと帰れ!」
「……。ああ。へいへい、じゃあな!」
颯爽と踵を返して僕は帰った。
四季はじっとリーパーを眺めていた。
──なんだよ、結構可愛いとこあんだな、あの人。