一章4 人間の八割は顔
──今更ながら、隣に人がいることに気がついた。
黒い服を着た女だ。若い、僕と同年代程度だろうか。
──右肩にはエンブレムらしい模様が刺繍してある。あのマークは……まさか。
鋭い雰囲気をなんとなく纏っているが、なんか驚いている。そしてルックスのレベルがかなり高い。ここは重要なポイントだ。
「あ、ああ悪い。気がつかなかった……。僕になんか用?」
「いや、いいんだ。風も強いし……。君が浦凪玲花でいいのか?」
「違うけど?」
「なに、違うのか⁉︎ ……すまない、人違いだったようだ。本当にすまないな」
反射的に嘘をついた。
あっはははは! 信じちゃったよコイツ! 普通に騙されてやんの!
おもしろ、このまま貫こう。
「いや、いいよ。間違いは誰にだってあるからね。急ぎの用だったの?」
「急ぎではないのだが……。実は、その人が目を覚ましたと情報が入ったのでな」
「へえ、事故にでも遭ってたの?」
「事故──と言えば、事故かもしれない。実は、又聞きでな。だからこそ、その人に話を聞きたかったんだ」
「そうなんだ。ちなみに、その人は友達か何かなの?」
そいつは内心の大笑いを堪えきれない僕を訝しんだのか、ムッとして言い返した。
「……あまり人のプライベートを詮索しないほうがいい。私は気が難しいほうだという自覚がある」
「それは……ごめん。病院生活って……結構退屈でさ、誰かと話すの割と久しぶりな気がして、つい楽しくなっちゃった。ほら、『女の子同士』だから、尚更テンション上がっちゃっただけなんだ。……ほんとごめん、僕もう行くね、じゃあ」
僕の容姿と声は、どこからどう見ても女の子のそれだ。これを使って騙しきる。
ペルソナを被るようにスイッチを入れる。今から僕は女の子──。
僕が悲しそうな顔をして手すりから手を離し、踵を返そうとすると──。
「待ってくれ、違うんだ、私はそんなつもりでは無かった! 別に、君のことが気に食わなかったとか、そういう訳じゃない!」
──かかった。マジでちょろいなコイツ。
いやしかし、僕もやるもんだぜ。外見ってのは人間の評価の八割を占めるって与太話は真実だったって訳だ。
「本当? でも、怖い顔してたからさ。あんまり触れられたくないのかなって」
「それは、その……私自身も、その人のことをどう思っていいか、分からなかったんだ……」
ほう、僕のことを?
てかコイツ──その肩のマークは間違いなく……。
「……そうなんだね。──ねえ、よかったら僕に話してみない? 人に聞いてもらうことって結構考えの整理になったりするし、悩んでるんだったら楽になると思う。いきなりこんなこと言われてびっくりするかもしれないけど……どうかな」
「──いや。……ありがとう、君の親切に甘えさせてもらおうか」
「うん。僕は……ハルカって言うんだ。キミは何て名前なの?」
「──私は…………衣刃だ。その、よろしく……」
遠慮がちに出された手をすかさず掴みとる。握手、つまり友情ごっこの始まりだ。
「うん! よろしくね、衣刃! じゃあ早速話を聞かせてよ!」
「あ、ああ……その、テンション高いな」
「えーだって衣刃みたいな可愛い子とお話しできるんだもん、普通だよ」
「か、かわ……⁉︎ い、いやいや、ハルカのほうがずっと可愛いだろう! 私など!」
ケッ……。
なーにいい子ちゃんぶってんだ、こういうやつに限って自分可愛いくないって言って謙遜してる私偉くてかわいいとか思ってんだろ。わかってんだよ僕には。僕の方が可愛いね。絶対。
「ほらほらそんなこといっちゃってー! うりうり〜!」
「や、やめろ! どこを触っている! ちょ、や、やめっ……!」
「えーめっちゃ初心じゃん! 彼氏とか居ないの? ほっとかれないでしょ、衣刃みたいな子」
「居ない居ない! それはまあ、告白……とか、されたことはあるが、なんていうか、想像つかなかったし、そもそも私はその人のこと何も知らなかったことが多かったし……」
「えー勿体無いなー。じゃあもう僕が貰っちゃおうかな!」
など──と。
よくもまあこんなにベラベラと回る舌だと、我ながら感心するわ。誰だこいつ。ガワがいいとセクハラも合法化できていいな。
つか勘違いすんじゃねえぞてめえ、僕はそもそも僕より身長高い女は嫌だし、てめえみたいに外面はよくても可愛げのねえやつはこっちから願い下げだ。いい気になってんじゃねえぞマジ。
なおこの内面とは裏腹に女の子ムーブは続く。仕方ないな、だって勝手に喋っちまうんだもん。
「そ、それはつつつ、付き合うって意味か⁉︎ そんな、私たちまだ会ったばっかりだし、それに私たちは女同士だろう⁉︎ そ、そんなの……分からない、から……」
「──ふふ。分からないなら、教えてあげる。ねえ、衣刃……キミのこと、もっと知りたいな」
いや誰だよお前。マジ誰だよお前、見たことねえよ。僕が僕のことをもっと知りたくなってきたわ。はじめましてだわ。誰だよ。僕だったわ。
「わ、私は……! だ、ダメだ、話せない……! すまないが、私のことについてはあまり他人に話せないんだ……」
「ふぅん……。話せないんだ? じゃあ僕が当ててあげる──衣刃、キミ、傭兵じゃないかな?」
「な、なんでそのことを! ハルカ、なんでわかった⁉︎」
「ほら、その肩のマーク。どうして分かんないと思ったのか不思議だよね」
肩のエンブレムはこの都市の傭兵団、パンドラのマーク。有名ってほどではないが、分かる人は分かる。パンドラを知らない人間は、この都市にはいない。
つーかこいつ、マジで抜けてんな。思いっきりヒント出してるじゃねえか。
「し、しまった──!」
「……衣刃、キミってもしかして」
「やめろ、そんな目で私を見ないでくれ! これは、ちょっとうっかりしていただけなんだ!」
「んー……。まあ、そういうことにしておくよ」
「本当なんだ! 信じてくれハルカ! なんだその残念な人を見る目は!」
「見てない見てない。それで、続きは? 誰にも言わないよ、友達なんだから」
「と、友達……か。仕方ない、本当に誰にも言うんじゃないぞ?」
ちょろい。ちょろすぎて心配になる。
ま、もう僕も傭兵団だし情報漏洩ってことにはならないよね。
「私の所属している部隊で、先日一体の戦術級レギオンと戦闘があった。ああ、戦術級レギオンというのは、強力な個体という意味でな。とにかく、私達の部隊総がかりで戦闘になった」
これは──入江四季の話と少し一致する。
「……そこでなにか、あったの? 悲しそうな顔してるよ。僕に話してみてよ、ほんの少しだけかもしれないけど、楽になれると思う」
「……そうかな」
「うん。いつも僕たちを守ってくれてるんだよね、だから。僕はキミの力になりたい」
「……ありがとう、ハルカ。ちょっと長くなる」
よっし落ちた。さって──鬼が出るか蛇が出るか。
ものすごい今更になるが、病院の屋上には誰もいない。夏の夕方はまだ少し蒸し暑いが、このぐらいなら風情があっていいと思う。
フェンスの向こうには果てしない地平線が広がっている。
衣刃は語り出した。
フェンスの向こうに、誰かを投影するように遠くを見つめながら。
「機密事項も混ざるから、ぼんやりとした話し方になるが、許してくれ。──私には、先生がいたんだ」
「うん」
アホか、機密事項は機密事項があるって知られちまったらそれ自体が情報漏洩じゃねえのか。それに……先生、ね。
おそらくそいつが──。
「先生は私にいろいろなことを教えてくれてな。戦闘訓練とかはもちろんそうだったんだが──先生は私を助けてくれたんだ。私は移民の親を持っていて、生活は苦しかった。それにまだ精神的に幼かったから、当時の世の中への検討違いな怒りとか、そういうので荒れてたんだ。たまたま適正を持っていたから傭兵団──当時は特殊陸軍戦闘部隊だったか──に入ることが出来たのは、幸運だった」
「うん」
「いろんなところに当たり散らしてた時──先生に出会ったんだ。先生はいろんなことを教えてくれた。そのなかで一番心に残ったのは、『君の身は君自身が守らなければならないよ』って言葉だったかな。誰も私を守ってくれないって思ってたし、そのことを恨むばっかりの私には結構な衝撃だった。だってそんなこと言うか? 大人なら『私が守ってやる』だろう?」
「あはは、それはそうだね」
「ああ。本当に……厳しい人だったし、それ以上に優しい人だった。あの人は私に自分を守るための手段として戦いを教えてくれた。とても強い人だった。人間じゃないんじゃないかって思うくらい、レギオンよりあの人のほうがずっと化け物だったと思う」
「……うん」
衣刃は懐かしそうに話している。
軽く目を細めて懐かしむ様は、本当にその人のことが好きだったんだと心からわかる。
つか大体文脈から読み取れるな。
その人と僕に、何か関係がある──。それはもう一択では?
「だけどな、あの人も人間だったみたいでな。その戦術級レギオンと私たちは戦って──先生は左腕を失くした上に内蔵系に強いダメージを負って、もう治らないと言われた。戦うことはおろか、生活にも強い影響が出るって。わ、私は──」
「──うん。……悔しかったの?」
「ああ、そうだ。そうなんだ! あ──あの人は私を庇ったんだ! みんなから一人前だって認められて私は調子に乗っていた! だから、先生に並んで戦えるって、やっと先生に並べるって、過信して、それで、それで、先生は……!」
先生とやらが負傷したのは、衣刃を庇ったせいである、と。話が見えてきた。
「うん。うん。悔しかったね。辛かったね」
僕は衣刃を抱きしめて背中をポンポンと叩いてやった。
衣刃の声にはさっきから涙が混ざっている。当時を思い出しているのだろう。
「私のせいだぁっ! 私が、あの時退却していれば、先生が私を庇うことなんてなかった! ただの足手まといで、先生の足引っ張るだけで! 私が居なければ、先生が怪我するなんてありえなかったのにッ! 私なんか、先生が庇うような人間じゃなかった! 私が、私が先生の人生を奪ったんだッ! でも、でも先生は、私のせいじゃないって、私のことを守りたかっただけだったって、私のこと、責めなくて、私、私は、ぁあ、う、ううぅ……」
「うん。うん。悲しかったね。優しくされて、辛かったんだね」
「なんで……なんで私は、こんなバカなんだって、考えなしで、いっつも裏目に出て、迷惑ばっかり掛けて、弱くて、そればっかり考えてて! ──なんでなんでってずっと考えてたら、先生は、先生は!」
「うん。……うん。先生は?」
ここまで泣きじゃくってれば誰だってわかる。
その先生とやらは──。
「先生はいつのまにか死んでて……! 私、止められなかった……。私が、代わりに行けばよかったのに、ずっとうじうじ悩んでたから、先生は、体ぼろぼろだったのに、誰よりも早く駆けつけて、命を懸けてレギオンに襲われてた人を助けたって! 私、全部終わってからそのこと聞いて! 私、なんにも出来なかった! 私は先生のこと傷つけて、勝手に悩んで、そのくせ私が先生のためにしてあげられたことは一つだって無かった! 私は、私は、自分のことが、嫌いだ! 大嫌いだ! 私は──私はぁっ!」
「うん。うん……。ねえ、衣刃。先生に、なにをしてあげたかったの?」
ここまで来れば僕だって途中で放り出したりしない。
積み上げられた感情はちゃんと誰かが受け止めてやらなくてはいけないと思った。
もしくは、その先生の心臓と右腕がそう思わせるのかもしれない。
「なにを、してあげたかった、か……?」
「うん。先生に何をしてあげていれば、キミはキミを許すことが出来たのかな」
「あ……わ、私、は……。もっと、もっと──先生のこと、助けたかった。先生の代わりになって戦いたかった。それでもう先生が戦わなくていいようにしたかった! 先生が私にしてくれたこと、私は全部先生に返したかった! もっとちゃんとありがとうって伝えたかった! 先生が苦手だった料理をもっとちゃんと教えたかった! 不器用な先生の足りない部分を補いたかった! もっとずっと一緒に居たかった! もっと先生と話してたかった! もっと、私は、もっと先生と……」
「うん。うん……。衣刃」
「先生……会いたいよ、先生……」
僕は衣刃を抱きしめながら、驚く程自然に囁いた。僕じゃない誰かが代わりに口を動かした。
『キミの心は、キミが許してやらないといけないよ』
衣刃は、まるで信じられないものを見るように僕を見つめた後、僕を力強く抱きしめて大粒の涙を流して泣いた。
「先生、せんせぇ! うわあああああああああああああああ──!」
僕は命人の大切な生徒を、出来る限り優しく抱きしめた。
衣刃はしばらく大泣きした。