一章17 戦争の始まり
第三都市は速やかに第十二都市に降伏し、都市における全ての戦力、設備、権利を譲り渡すものとする。これを受け入れない場合、第三都市には全面攻撃が加えられる。
そういうメッセージが司令部のディスプレイに表示されたのは、つい数十秒前の出来事だ。そしてそれを拒否するメッセージを送ったのは、数秒前だ。
──ふざけてくれる。第十二都市だと? 正体が明らかになったと思ったら全面攻撃? 何をするつもりだ?
そう鼻で笑った衣刃は、レギオン因子を感知するレーダーに目を遣り──レーダーに移るおびただしい数の反応を見て、流石に固まった。
すぐに通信。
「四季ッ! すぐに戻ってくれ、非常事態だ!」
『どうした、今玲花を回収して戻っているところだが』
「都市全体がレギオンに囲われているッ! 何千体ものレギオンがこの都市を目指して集まっているんだ!」
『……はあ? おいおい待て待て、どういう──おい玲花、お前何か知ってんのか? 』
『やっべえ、間違いなくアレだ……。すまん四季、言い忘れてたけど僕の体内にあったコア奪われたわ。絶対これでしょ……』
『絶対それだな……』
通信の向こう側から玲花の声。無事だったことを喜ぶ暇もない。奪われた──?
変質したバーストコア、それは未知数で──何が起こるか全くわからない……。ということは、これもあり得るのか?
「それと第十二都市から宣戦布告だ! 奴ら、戦争を仕掛けて来たッ」
『──花の正体は第十二都市の鉄砲玉だったって訳か。やってくれるな……! すぐに戻る、その間にウチの連中を戦線に配置しろ! 防衛線を張れ、他のの部隊はどうしてる? 』
「第四はすでにラインを構築して戦闘が始まっている、第二、第三部隊も行動を開始しているらしい」
『それだけが救いだな……。今回ばかりはいがみ合ってる場合じゃねえ、連携して事に当たるぞ』
「了解だ」
『なぁ──そのレギオンって、限りありそうか? 』
通信の向こうで玲花が聞いた。それは──。
『どういう意味だ? 』
『いや、レギオンが無限湧きだとするなら無理ゲーじゃねって思って』
「可能性はある。少なくとも今表示されている分を倒せば終わりと考えるのは都合が良すぎる」
『だな、その想定で当たるべきだろうな。解決策は──』
『花の連中を探そう。あいつらが絶対に何かやっているはず』
「だがどうやって? 手がかりはあるのか?」
『──分からん! さっぱりだよ、何も手がかりがないし』
『花の持つデバイスの位置情報から辿れないか? 』
「……ダメだ、そもそもどのデバイスか特定できないと意味がない」
『じゃあ現状手掛かりは無いってことか?』
「少なくとも今はそうなる。一刻も早く何か掴まないと──」
レギオンの数は加速度的に増えていく。外周が破られる想定が浮かんだ。都市が崩壊するかもしれない。
焦る──通信と並行して第一部隊に指令を出して行く。厳しい戦いになる。かつて無いほどの数のレギオンを相手取ることになる。
『衣刃、予定変更だ。レギオンに限りがない想定であたしは動く。直接外周へ行くぞ』
「……分かった。玲花は」
『僕も行くに決まってんだろ。あの女は僕がぶん殴る』
『だそうだ。てか玲花、お前コア抜かれたばっかりだろ? 大丈夫なのか、そもそもお前今戦えないだろ』
『ここで僕が動かなきゃ今僕が生きている意味はねえ』
「……気を付けろよ。レギオンが相手だ、まともに相対しようとするな」
『四季がお守りしてくれるから大丈夫だ』
『やれやれ……。衣刃、司令部は任せた』
「了解。では」
通信を切る。
──傭兵部隊配置完了。レギオンとの交戦を開始。
「みんな、頼むぞ……」
司令部を離れるわけにもいかない。それが歯痒かった。
*
「──で、アテはあるんだろうな。ただのお荷物じゃ困るぜ、あたしだって」
「心配すんなって。考え無しじゃないさ」
四季は外周へと車を走らせ、乱暴に止めて外に出たが──ただの壁と街があるだけだ。民家やコンビニなんかが通常営業しているだけで、壁の出口があるわけじゃ無い。
四季は十メートルを越す壁を軽く見上げ、僕を小脇に抱えて──跳んだ。
鮮やかな手口。遠ざかる地上。掛かる重力に襲い掛かる浮遊感、風を感じる……。
「ほわああああああああ⁉︎」
「うるせえ、静かにしろ。舌噛むぞ」
「いぇぇえぇぇええええ、いやこれはむ──ッ」
言い切る前に着地した──外周を飛び越えて。強烈な負荷が体にかかる。うぉえっ。下ろしてもらって見たのは──襲い掛かるレギオンの爪と牙……が、血を吹いて地面に落ちて行く映像。
ボロボロになった外周の外に、数えるのも億劫なほどのレギオンが、全て僕と四季を見ていた。ぞっとするが──その一瞬後、視界に入っていた数十体のレギオンは全て一瞬で崩れ落ちた。まだその血が舞っていた。
「……ほわッ?」
「驚くなよ玲花。ま、あたしはちょっと強すぎるから仕方ねえか?」
四季が一瞬で数十体のレギオンを討伐した……のか? 信じられない、よっぽどこいつの方が化け物じゃないか。いつの間にか握っていたのは……標識の、鉄の棒の部分だ。真っ赤に染まっていた。
「傭兵ってさ……へ、兵装とか必要なんじゃ、なかったっけ?」
「あたしはオリジナルだ。必要ない……。まったく肩透かしばっかだ。さっきもあたしはお前助けるために走り回ってたのによ、ノコノコ歩いてんじゃねえよ。お陰でフラストレーションが溜っちまった……。玲花、手掛かりとやらはとっとと見つけろよ。首謀者を一刻も早く吊し上げろ」
「はい。おっけーです。すぐやります。殺さないでください」
四季の殺気がチリチリして怖い。血に染まって所々変形した鉄の棒が怖い。握っている場所とか手の形に潰れている。
「どうした……? まあいい、周辺のレギオンを全部片付けてくる。迂闊にここを動くなよ、死ぬぞ」
「はい」
四季の姿は掻き消えた。僕は本来の目的を思い出して──手頃なレギオンの死体に駆け寄った。耳を澄ます──。
り──────―り────―ぃ──。
微かに聞こえる。周りの戦闘音に紛れて聞こえづらいが……甲高い細い音が聞こえる。声を頼りにレギオンの死体を漁るが──しまったな。皮を剥げない……。
「四季! カモン!」
「──どうした?」
マジで来た……。来ると思わなかった。少なくとも僕の視界にはどこにもいなかったんだけど……。
四季のスーツに返り血が付いている。怖い。
「中身のマナリアを取り出したいんだ。刃物か何か持ってない?」
「なんだ、そんなことか」
四季はおもむろににレギオンの死体──首元のあたり、胸の毛皮を素手で突き破った。まだ死後間もないため、血が少し出ている。グロい。それから体の内側をゴソゴソと弄り、ぐちゅっと引き抜いた。血だらけの手には掴んでいるものがある。
「これでいいのか?」
「ああ。ちょっと静かにしてくれ」
ジェスチャーで静かにするよう指示して──音を聞く。
──り、りぃ、りりりぃぃぃいいい──ん──。
脳髄に直接聞こえるような甲高い音。耳鳴りの数倍うるさい──が。そのぐらいうるさいお陰でわかりやすくていい。
「玲花、こいつはなんだ?」
「ビンゴってことだよ。あの時も聞こえていた──この音だったんだ。レギオンの中にあったマナリアが鳴っていた。今も同じ」
「なるほどな。問題はこいつが一体なんなのかってことだ。分かるか」
「……推測だけど、共鳴しているんだと思う」
「共鳴だと? 何に……って、まさか」
「レギオンは間違いなく操られていると見ていいよね。だったら原因は僕の中にあったリバースコアが怪しい。コアには、レギオンを操る能力があるんじゃないの?」
「ま、現状それしかないだろうな。それが──これか?」
──り、りりりりりぃ、いぃぃぃいいい──。
うっせえ!
僕はマナリアを手に取り握りしめて音量を減らそうと努力した。無理だった。分かったのは、マナリアが強烈に振動していること。
「レギオンを操ると言っても、複雑な命令が出来るもんなの?」
「──出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。リバースコアの詳細な解析は、お前の体内にあったせいで出来なかったんだ。取り出す訳にも行かなかったしな……」
「そりゃどうも。ただあの女は乱暴にもぎ取って行ってくれたけどね」
「災難だったな。──ただ、膨大なレギオンの全てに対して命令が出来るとは考えづらい。そうだな──精々、一点に集合させる程度が関の山だろう」
「一点ね。コアを目指してレギオンは集まっているってことはない?」
「──ま、そんなところか。こいつらはリバースコアを目指して集まっている……ってことになる。中心を特定するアイデアはあるか?」
「うーん。中心に近づけば近づくほど、共鳴の度合いは高くなるとかどうだろう」
「妥当だな。その線で当たるぞ」
四季は腕のデバイスを操作して通信を入れた。
「結弦! 下手人の場所を特定する目安が経った、適当なレギオンのマナリアを剥げ!」
『隊長⁉︎ どういう──』
「とっととしろ!」
『了解ッ。その後は』
四季は通信しながら僕を片手で抱えて──えマジでまた跳ぶの? やだなあ──跳んだ。高くなる視界に映るのは外周の外側に広がるぶっ壊れた街並みと数えるのが嫌になるほどのレギオンの群体、それと戦う傭兵の姿だった。
「マナリアの音が大きくなる方へ向かえ! そこにお前のベイビーがいるかもな」
『ッ! 隊長、やっぱり知ってて』
……! それは──それってもしかして。そういうことか。そういうことなのか?
「覚悟を決めろ結弦。お前が決めたのなら、ここであたしらを裏切る選択もある」
『俺は……』
ぐえ。ここらへんで地面に着地。傷が痛いが、着地の仕方に四季の気遣いを感じたのでそんなことを言い出せない。ここで降りられるかよ。
「どちらにせよ急げよ結弦。いざって時間に合いませんでしたじゃ死んでも死にきれんぞ」
『経験者は語りますか。了解、通信を切ります』
「ああ待て──玲花、何か伝えたいことはあるか?」
「え僕?」
『浦凪がいるんすか? 』
奈良宮の声。中心へ向けて恐ろしいスピードで走って行く四季に抱えられたまま顔を上げた。そうだな──。
「奈良宮。あの女はどうやらお前を振ったみたいだねぇ。ま、次の恋でも探したほうがいいんじゃない?」
『……余計なお世話だっての。じゃあ隊長、気をつけて』
「お互い様だ」
通信を切る。っていうかさっきから地面が恐ろしいスピードで後ろにぶっ飛んでいく。怖い……。余裕で時速百キロ越してるだろこれ……。怖い……死ぬ……。
「音の変化はあるか?」
「さっきからどんどん煩くなってるよ! 間違いない、こっちの方向だ!」
声を張り上げないと風の音で自分の声も聞こえない。だが──。
──り、りりりりりりりり、りぃ、いぃぃぃぃぃいぃいいいい────ん──!
落とさないように握って離さないようにしているマナリアがとんでもなく煩い。さっきの数倍増しだ。クソ煩え。
四季は都市の中心、高層建築物がいくつも立ち並ぶ中心の方向へ疾走していく。
浮遊感と共に地上が遠ざかる。飛行機にでも乗っているかのような重力の動きを感じる。そのまま建物の屋上に跳び、地上を走るのは面倒だとばかりに屋上から屋上へ恐ろしい速さで走り抜けて行く。
あ、やべついに四季さん地上を走ることやめちまったよ……。僕このまま死ぬんじゃねえかな……。怖えなぁ……。