一章15 復讐を
「なー。進捗どーよ。なんか分かったのか?」
「ちょっとやめて、今集中してるの」
「暇なんだよ。話しかけられたくなかったら解放しろよ。もしくは僕の話相手になれよ」
「ほんと攫われたヤツの態度とは思えないわ。あなたの命は私が握っていると言ってもいいのよ?」
「知るか。殺したけりゃ殺せよ。ただ、それが出来るもんならな。傷一つつけちゃいけねえんじゃねえの? 実は」
あーこのクソガキ、とリーダーは苛立って叫んだ。
リーダーはずっとパソコンで作業してる。僕は未だに機械に縛られて、変な光とか当てられてる。病院の設備みたいだ。人間ドックみたいな感じ。でも普通人間ドックは縛られねえよな。
「いいわ。ちょっと疲れたし、話し相手になってあげようじゃないの」
「お、さっすがリーダー。話が分かるね」
「といっても私があんたに話すことなんてなにもないわ、今日の天気の話題もダメよ」
「はーん。彼氏いる?」
「……あなたね。話聞いてた?」
「いんのかって。そんぐらいいいじゃん。あんたら自分らのやってること正しいって思ってんだろ? じゃあいいじゃん、ちょっとぐらい話しても、正しいんだったらバチなんて当たんねえって」
「敵同士よ? ありえないわ」
「知るかよ。そもそもなんで敵なんだ? 僕は思い当たる節なんてないぜ。少なくとも傭兵団のみんなは明日を生きるためにレギオンと戦ってるだけだ。それとも、あんたらはレギオンの味方なのか?」
「それも違うわ。私は人間。まあいいわ、大体八割方あなたの核の解析は済んでるし、無駄話しても構わないか。ああ、私一回こういうネタバラシ、やってみたかったのよね」
意味のわからないことをリーダーは楽しむように言って笑った。
僕が怪訝な表情を浮かべると、リーダーは哀れむような瞳を向けて、衝撃の事実を口にした。
「あなた、一ヶ月ほど前にレギオンに襲われているでしょう。あれ、私たちの仕業なのよね」
「……。なに正義ヅラしてんだブス。てめえらはよっぽど悪の組織じゃねえか。早く死ねよ」
「それでも仕方のないことでもあったのよ。それに偶然と運の要素も強かった。鋼を穿つには、一筋縄じゃいかないと思っていたけど」
「何言ってる? 鋼?」
「あら、知らないの? その心臓と右手を持ってる癖に?」
息を飲んだ。リーダーを睨む。
「……てめえら何だ。一体何が目的なんだよ」
「鋼の女と呼ばれて、恐れられていたのよね。逆白古布里の話よ」
「……。てめえらがハメたのか?」
「本当ならもっと都市の中心部で大騒ぎになる予定だったのだけれど。誰かさんが酔っ払って帰り道を間違えるせいで、被害は小さくなっちゃったわ」
「……! んだよ、どういうことだ」
「偶然でもあり、幸運でもあったのよ。本来なら、都市で騒ぎを起こしているスキに鋼を三人がかりでちょちょいとやってしまう予定だったんだけど。まさか一般人を庇っちゃうなんてねぇ。さらにイレギュラーだったのは、あなたがコアを食べちゃったこと。犬じゃないんだからって大笑いしたわよ。それにあの女もバカねぇ、そんなバカ助けるために命まで賭けたなんて……。とんだ誤算だったわ。嬉しい誤算だったけど」
急激に湧き上がってくる怒りへの対処の方法が分からない。
初めてかもしれない。人間に対してこんなに怒ったのはこれが初めてかもしれない。心臓
熱を持って鼓動するかのような、一周回って気が遠くなるほど感情が湧き上がって来たのは。
今は──こいつを殺したい、と心から思った。
「侮辱するな、アバズレが。てめえみてえな下衆が、あの人のことを侮辱するな。お前は必ず僕が殺してやる」
「……あは。やってみなさいよ。出来るものなら、ね。それにあなた、適正者の癖に力がないのよねぇ。どういうこと? なんて、原因は分かってるのよね、実は」
「……」
「あなたの内側にあるバーストコア……報告ではリバースコアと言うのだったかしら? なんらかの要因によってあなたの中の因子が活動状態ではなくなっているために、あなたは極上の因子を二種類も持つと言うのにその力を発揮できずにいる」
「だったらなんだってんだ……そんなもんが無くたって、てめえは殺す」
「あらあら、可愛らしい犬ねぇ。そんなにあの女が大切なら、むしろ私の話をちゃんと聞いて、理解したほうがいいんじゃないかしら? まあ、理解したところでどうにもならないのでしょうけどね」
僕は激情を押し込めて黙った。
……落ち着け、吠えたってどうにもならないのは確かだ。今するべきなのは、この拘束をどうにかして解いて、脱出して外部へ連絡することだ……。
だから落ち着け、落ち着け。いいから落ち着けよ。落ち着けつってんだろ、なあ。落ち着けよ。
「今解析が終わったわ。これは推測だけれどね、あなたには未だに適正は存在しないわ。免疫反応はあるもの。性質上、適正がある、外側からはそう見えていただけなのよ」
女が何かを話す。内容を理解しながら聞き流す。女はそんな僕の様子を面白がって続けた。
「考えられるのは、あの女の対抗因子がバーストコアの因子の活動を休止させ、その上で自分の因子も休止することで、あなたが拒絶反応で死なないようにしたこと。でもそんな話きいたことないけど、この結果からはそうとしか考えられないのよねぇ。だってそうしなきゃ、あなた死んでたものねぇ」
不思議よね、と女は笑った。
「あなた、勘違いしていたのね。免疫が壊れて、適正を得たと思っていたのね。でも違うのよ、あなたの体は確かにレギオン体よ? けれど、決定的に違うのは未だに因子に対する免疫が生きているということ。何かの拍子に因子が動き出した瞬間、多分死ぬわ、あなた」
本当か嘘かは分からない。
だが本当だとしたら、あの人は死んだ後も僕を守っている……。
「でも皮肉なものね。これはあの女の、あなたを生かそうとする意志。でもそのおかげであなたに戦う力は宿らなかった。だから今こうやって捕らえられている」
「……どうしてこんなことをする?」
「危険だからよ。もしもレギオンが居なくなって、世界が平和になった時、あの女は驚異になった」
言っている意味が分からなかった。
「なんだ、それ」
「だってそうじゃない? あの女、もしも五体満足だったら歴戦の傭兵十人で挑みかかっても全く足りないわよ。って、あんたはそんなこと知らないか。鋼って言われてもピンとこないものね」
「違う、そうじゃない……。そんな、たらればの可能性のせいで、あの人は殺されたのか?」
「リスクは可能な限り排除するべきよ。そうなってからでは遅いの」
「……お前は、この都市の人間じゃないな」
「ええそうよ。私は他都市の人間。でもそれは、あなたとて同じでしょう? 浦凪、という苗字だったのね、知らなかったわ、玲花。久しぶりねぇ、覚えているかしら?」
一瞬何を言われているのか分からなくなった。──どうして知っている? 僕をもともと知っていたのか? 覚えているか?
「……お前、お前は──」
「あなた──第十二都市若葉の出身でしょう? 私と同じ、あのクズのような場所に居たのよねぇ」
……! こいつ、なんで知ってる。知ってるはずがない、学園機関との契約書にだって書いちゃいないんだぞ。この都市でそれを知っているのは誰も居ないはずなのに……。
そうだ。僕は六歳程度の頃、あの最悪の場所から逃げ出してここに来たんだ。
「小さな痩せっぽっちのガキに、秘密裏に走っていた不法輸送車両の存在を教えたのは私だったわね。懐かしいわ、本当に忍び込んで移動したなんて」
第十二都市から第三都市へ移住したい人々は大量に居た。それはまあ、情報社会が崩壊したのちの第十二都市──若葉は最悪の場所だったため、風の噂で聞こえてくる千呉という場所へ希望を求めた。だが──レギオンに襲われる危険があったし、都市とて人が移住して減って行けば都合が悪い。それに労働力が必要だったため、都市間の移動は危険であるためという理由で都市は封鎖された。
だがそれでもよりよい場所を求めて移動しようとする人々はいるもので、それに乗って新天地を目指そうとした。第十二都市に未来はないと、子供の僕でも分かったくらいだから相当だ。
そんな人々を対象にした商売が、違法都市間移動の業者だ。危険を承知で、法外な値段で移送を請け負う命知らず達。僕はそれの荷台に忍び込んで移動したんだ。なんせそんな金も、
代わりになるような対価など到底用意出来るはずが無かったから。途中でバレたが、レギオンに襲われた際の囮としてギリギリ許された。
──第十二都市からどうにか逃げ出そうとしていた僕にその都市間移動車両の存在を教えてくれたのは──目の前の女だ。名前は知らなかったが……。
「よかったじゃない、無事に生き延びていたのね。安心したわ、本心よ。実はずっと気がかりだったの」
「……なんで、あのとき僕に声をかけた?」
「気まぐれよ。すでに私は若葉の傭兵として囲い込まれていて、心臓には爆弾が埋め込まれていたわ。他の都市に行かないようにね。信じられる? そこまでするのよ、若葉の連中は」
そうだ、そういう場所だった。不正や横領、癒着。安全と金と食料を人々から奪い取れるだけ奪い取り、自分たちだけが助かろうとしていた若葉の臨時政府。傭兵達はロクに人々を守ろうとしなかった。街中にレギオンが入ってきたことは何度も何度もあった。そういう場所だった。だからこそ、この都市で生きていたらいずれ死ぬと分かった。
「どっちにしろ私は傭兵だったから、自分の身は自分で守れたし、食料も十分に有ったわ、傭兵だったからね。けど、未来はないことくらい分かっていた。だからこそ、道端で寝っ転がっていた薄汚い子供に、逃げ出せるかもしれない手段を教えたのよ。あるいは私の代わりにって思いもあったかもしれないわ。本当にただの気まぐれ」
「……お前には、感謝している。確かにお前のおかげで僕は生き延びることが出来た。だが──なんでだ。なんでこんなことになった?」
女の言葉を聞き終えて、僕の中にあるのはただひたすらな疑問だった。
なぜ、なぜ。
「第十二都市では未だに一般市民へのネット環境がないの。外の世界を知られたとしたら、現政府への反感は高まり、いつ爆発するか分からなくなるもの。そういう世界よ、未だに」
「第三都市の、事実上の植民地だからか? 下らねえ、自分たちの自業自得じゃねえかよ。あのときもっと別の手段を選んでいれば、もっとマシになってた筈だろ」
「仕方ないでしょう? だってそれは一般市民の目線よ。上位層は裕福だから、そのままでいいのよ」
「なんだよ、それ……。クソが、じゃあてめえはあくまで命令でやったってのか? 若葉からの命令であの人を殺したってのかよ」
「そうねぇ。まあ、そうなるのかしら。周到よ? 若葉は、人を縛ることだけは上手だから。逆らえたかと言われれば、無理よ。そういう仕組みが出来上がっているの」
女は本気で考えて、本心からそう言ったように見えた。
「若葉は──第十二都市は、この都市と戦争がしたいのか?」
「いいえ? この都市を手に入れたいのよ。より大きな利権と富を得たいだけ。その第一歩として邪魔な逆白古布里を排除したの。そのために貴重なバーストコアを二つも与えられたんだから」
……怒りの方向がはっきりした。こいつじゃない。こいつだけど、こいつじゃない! だが──こいつも気に入らない。他人事のように語っているが、やったのはお前だろう?
「──。なあ。お前、家族はいるのか?」
「突然何かしら。まあ当然、いるけれど?」
「じゃあ彼氏とか、旦那とか、そういうのはいるのか?」
「……またそれ? 言っとくけど、私の彼氏はここの都市の人間よ?」
「そいつらは、お前にとって大切か?」
女はしばらく考えた後、悩みながら言った。
「まあ、そうよね。とても大切よ。私は家族たちを守る為に、こうやって汚れ仕事をしているんだから」
「じゃあ──さ。どうして疑問を感じないんだ? お前が殺したその人は、誰かにとっての大切な人かもしれないって、思わないのか?」
「……さあ。関係ないわ。私がやらなければ別の誰かがやっていただけよ。私を断罪してくれても結構だけどね、それで何が変わるわけじゃないって分からない? あの頃のような子供ではないんでしょう?」
分かった──。
こいつとは分かり合えないだろうってことが分かった。
「じゃあ僕が──教えてやるよ、お前にこれがどういうものか。彼氏、この都市の人間なんだって? 僕がそいつを殺す。そうすりゃわかるはずだ」
言い切った瞬間、僕の顔面には寸前で止められたナイフがあった。
女は一切の感情を削ぎ落とした無表情で僕に言い放った。
「やってみなさい。そしたら私があなたを殺すわ。もしくは、殺されるまえに先にここであなたを殺しておくほうがいいかしらね」
「ほー。そんな大切なんだな。そうかそうか」
「彼に手を出したら許さない。任務も全部投げ捨てて、お前を絶対に殺してやる」
分からない。その憎しみを持っているのに、自分がその憎しみを生み出していることにどうして気がつかない。
「僕がやろうとしていることは、お前が誰かにやったことと同じだ」
「かもしれないわ。それでも私は、私の守りたい人を守るだけよ」
「お前の行動は矛盾している。彼氏が大事なら、どうしてこの都市に攻撃する?」
「そうね、私が私であるためよ。それに彼は簡単には死なないわ」
「人が死なないなんて保証は何処にもない。彼とやらが死んだ時、お前はどうする?」
「変わらないわ。私はもう選んだ」
……もうこれ以上何かを言う必要はないだろう。
こいつをどうにかとっちめて、隊員のみんなの前に突き出して判決を下させよう。鉄砲玉にも罪はある。誰に命令されたとしても、その命令されることを選んだのはこいつ自身だ。その後に、第十二都市若葉の上層部を全員殺す。
衣刃は何を思うだろうか。
奈良坂は何を思うだろうか。
りっちゃんや次郎は何を思うだろうか。
例えこの女にとってその他の選択肢がなかったとしても──彼らはこの女を許すのだろうか。
それだけは、純粋に気になった。