一章14 花
浦凪玲花と連絡が取れなくなった。
報告を受けて、第一防衛部隊長の入江四季は歯噛みした。それから感情を押さえて、それでも口に出さずにはいられない。
「やられた……ッ! 間違いない、花の連中……! 出し抜きやがったなッ!」
四季がいる事務所には、四季の他に二人の隊員がいた。
──黒髪の、まだ少女と呼ばれる年齢にしては、あまりに甘さの排除された顔つき。浦凪玲花という名前を聞いて、ピクリと眉を動かした。
名を──十咲衣刃といった。
それから無表情の中に、隠しきれない心配と怒りを込めて呟く。
「玲花……。四季、すぐにでも」
「落ち着けよ、衣刃。連中の目的はおそらく例の浦凪玲花の調査だ。今すぐ殺されるわけでもねえだろ?」
あくまで冷静。衣刃を制したのは精悍な顔つきをした青年だ。防衛隊の隊服──黒を基準にした、あくまで動きやすさと耐久力を重視した服だが、それがよく似合っている。
青年──奈良宮結弦はあくまで落ち着いていた。
「結弦、こいつはどういうことだ?」
四季が奈良宮を強烈に睨んだ。
「隊長の言うとおり、やられちまった……ってことみたいだな」
花。
その組織について、判明している事実はあまり多くはない。
ごく少数、三人程度からなる小さな組織であろうこと。
本拠地や、メンバーの素性は明らかになっていないこと。
数ヶ月前から、奇妙なレギオンの出現が相次いでいた。
レーダーに突如現れるレギオン。レギオン自体はあっさりと討伐が完了したのだが、レーダーの故障ではないことが判明して以来、現れるレギオンと戦うだけだった現状にさらに暗雲が立ち込めた。
レーダーで観測出来ないレギオンは、都市の安全を大きく損なう。これは他の部隊──第二、第三でも同様のようで、調査を進めているが、今のところなにも分かっていない。
ただ突然前兆もなく突然レーダーに観測され、その場所は不規則であること。都市の防衛ラインの内側に現れたことも何度かあり、非常に危ない場面が多々あった。
その中で最悪だったケースは、完全に都市の内側に出現したレギオン。
レギオンは深夜に出歩いていた男子学生を襲い、駆けつけた防衛隊員がレギオンを討伐したものの、隊員は学生を助けるために命を落とした──。
「はやり、ウチの都市に敵対するなんらかの組織か──。あんとき邪魔してきた連中だろうな」
花。
ある日哨戒任務に当たっていた隊員が突如襲ってくる何者かとの交戦状態に入った。
襲撃者は単体であったものの、ツーマンセルを組んでいた隊員達と互角に渡り合う実力を持っていた。二人を相手取り、その上余裕まであったという話は、襲撃者がかなりの脅威であることを意味していた。
だが、それだけでは大して問題ではない。二人で互角ならば三人で当たればいいだけだ。その理由のために襲撃者の素性の調査はされたが、上層部にはあまり問題視されていなかった。
なぜなら、そんなことをする理由が分からなかったためだ。
第一だけでなく、他部隊も同様に哨戒任務中に襲撃を受け、ある程度交戦が続いたら突如去っていく。追跡しようとした瞬間レギオンが発見され、隊員はそちらを対応しなければならなくなり、逃走を許す結果となる。
それも、毎回そうだ。襲撃者が去ろうとした瞬間に、あまりにも都合のいいタイミングでレギオンが出現する。
襲撃者が名乗った名前。それが花。
覆面などで顔までは分からなかったが、襲撃者の戦い方が三パターンに分けられ、そこから三人の人物がいる可能性が高いとされた。
レギオンの出現を操ることができるとしか思えず、花は現場の隊員達にとっては十分な脅威となり得ている。
何より目的が一切不明なのである。
およそ一ヶ月と少し前にあった戦術級レギオンとの会戦の際、援護に駆けつけようとした四季の前に謎の女が現れ、武力による妨害を受けた。結果的に四季は間に合わず、親友は大きな負傷を負うことになった。その女は花の人間である可能性が考えられている。
「隊長。その話はもう結論が出たでしょう。それしかありえないですよ。で──浦凪の反応が消失したってどういうことっすか」
「うちの団員のデバイスには、有事の際のためにGPSが仕込まれているの、忘れたのか? その反応が消失したためアラームが鳴ったんだ」
「もしかしたら単にデバイスを紛失しているだけかもしれねえぞ?」
「いいや、無くなるにしては突然すぎる。最後のポイントが都内の──梨花の住んでるマンションの近くだ、不自然だろう。そもそもあいつ、昨日は隊員誘って馬鹿みたいに呑んでたらしい、そもそも衣刃、奈良宮、お前たちも居たそうじゃないか? あたしも誘えよ」
「……。うぅん……まだ寝てるとか」
「梨花から連絡があったが、しっかり今日の朝、梨花の家から帰っていったとのことだ」
「梨花ちゃんの? 俺も一部記憶ねえし、何があったんだか……」
呆れる奈良宮と対称に、衣刃はショックを受けた。嫌な想像をしてしまったからだ。
衣刃が話した浦凪玲花と行動のイメージがかけ離れすぎていたからである。それともう少し別の理由も──。こんなことなら、私も二次会に行っておくべきだった──と衣刃は後悔した。あのとき止められなかったために……。
「状況を整理しようぜ。玲花が消息を絶った。そもそもこれは確実か?」
白衣に丸メガネ、無精髭を面倒くさがって剃らない男、ドクターが慌てて入室してきて叫んだ。
「ヤバイのである! ヤツ、浦凪の反応が消失したのである! ヤバイであるぅぅぅぅ!」
「……確定、だな。レーダーの性能は確か、十メートル以上の厚さを持つコンクリ、もしくは厚さ五十センチ以上の鉄板を挟めば捉えられなくなる程度だったな?」
「そんな分厚い建物なんてあるわけないのである! しかも浦凪のレギオン因子はかなり巨大なのである! 見失うなんてそんなことが──いや、なんでそんな落ち着いてるであるか?」
「ドクター落ち着け。浦凪は”花”の連中に何かされたかもしれねえ」
「……そうであるか、ついに尻尾を出しやがったのであるな!」
「ドクター、レーダーのログを漁れるか? GPSが切れていてもレーダーなら関係ねえだろ」
四季が思案を巡らせながら聞いた。掌を額に当て、花の居所、並びに玲花の居場所を探る方法を考えた。
「ウチのレーダーにログ機能はないのである」
ドクターがぴしゃりと言い切った。
「はあ⁉︎ なんでねえんだよ! ふざけんじゃねえぞ、前まであっただろうが!」
「ちょ、四季、落ち着け、落ち着け」
キレて立ち上がった四季を衣刃が宥めた。ドクターはやはり、へんてこな口調のまま至って真面目に話す。
「前使ってたやつはぶっ壊れて修理中である。しかし隊長、貴様が代替品の購入予算をケチってくれたおかげでログ機能のない安物を購入する羽目になったのであった」
「うるせぇ! 予算はいっつもカツカツだっての! クソが、上のクソじじい共が、金持ってる癖によぉ……ッ! 大体ドクター、てめえいつ気がついた!」
「さっき」
「さっきじゃねえよ! 見張っとけよ!」
「理不尽である……。我輩研究者である、監視官でもあるまいし」
「クソッ、おいなんかアイデア出せ!」
乱暴に椅子に座り直した四季が額を抑えながら命令した。
「レーダーの有効範囲から、都市内部である程度絞れるんじゃないか? その、なんだったかコンクリートだと十メートルとか」
「都市の外だったらどうする。絞りきれんぞ」
「その心配は無用っす。都市外に出入りするときには検閲を貼ってんじゃないすか。今日出入りしてんのはどこも信頼できる貿易業者なんで」
「じゃあ都市内部で確定か。衣刃、奈良宮、ドクター。その条件で絞り込め」
「おっと、じゃあ隊長はなにすんすか?」
「いい加減花の連中にはイラついてんだよ……。どこの工作員か知らねえけど、ちょっかい出してきやがって。お前らが絞り込んだとこにあたしが片っ端から突撃する。あたり引くまでな」
「おいおい、隊長自らっすか? それでやられちまったらどうすんすか」
四季は凄惨に笑った。
四季の瞳は、獲物を前にした狩人のそれだった。
「あたしがオリジナルだってこと忘れたのかよ。この都市であたしより強かったのは──あいつぐらいさ。まず負けねえよ。ほら、動くぞ。花の連中をとっちめて地獄の釜に突き落としてやんだよ」
そして、あの女がいた場合には──。
第三都市千呉雇われ、傭兵団「パンドラ」第一部隊任務開始。