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現代文明崩壊世界のチート活用方法について  作者: 文部一升
一章 夏と死神の戦争ごっこ
12/23

一章12 歓迎会の夜に

この作品は未成年の飲酒を推奨するものではありません。この物語はフィクションです!

お酒は二十歳になってから!

 

 夜。


 僕の歓迎会が開催されていた。嬉しい。


 訓練を終えた傭兵達は酒と飯を求め、僕はちょうどいい口実としてそこにいたように見えたのだが、体裁は歓迎会だ。ちょっとビールの影が見えてもまあ歓迎会は歓迎会だ。


 僕は適当な女性傭兵と話していた。


「……え、すげーな。さすが傭兵」

「高級マンションなんて金が掛かるだけよ。最近引っ越しを考えてるの、あんまり趣味に合わないし……」

「へぇ。りっちゃんは一緒に暮らしている家族とか彼氏とか居ないのか?」

「家族は別で暮らしているわ。仲はいいけど、私あんまり家族からごちゃごちゃ言われたくないし、傭兵の家族っていろいろ複雑だから、一緒には住んでいないの」

「そういう苦労もあるんだな。僕は羨ましいな、高級マンションで一人暮らし」

「そんなにいいものじゃないわよ? たまーにすっごい寂しくなる時とかあるのよねぇ……」


 りっちゃんは憂いのこもった視線を騒がしい店内にやった。広い座敷を借り切っていて、数十人の傭兵達がビール片手に談笑している。


 ──視線の先に男性傭兵。確か名前は──。


「次郎が気になってるのか?」

「……別に、そんなんじゃないわ。けど、何ていうのか……ちょっとほっとけないのよ。逆白さんが死んでから、ずっと元気ないっているか……いえ、みんなそうなんだけど」

「なありっちゃん、本気で答えて欲しいんだが──僕に対して、何か思うことはあるか」

「突然なに? 言っておくけど、私たちに対して後ろめたさを感じているならそれは間違いよ?」

「じゃあ僕に対してよそよそしいのも間違いじゃないか?」


 りっちゃんに対してビール瓶を突きつけた。


 りっちゃんは驚いた顔をして僕を見つめた。


「飲もうぜ。酒は嫌いか?」

「──いいえ。でも未成年はダメ。いつか玲花ちゃんが成人したら、一緒に飲みましょう。約束よ」

「固いこと言うなよ、僕だって酒の味くらいは分かるつもりだよ。でもまあ──約束、だな」


 拳を軽く打ち合って笑った。りっちゃんには大人の女性ムーブが非常に似合う。次郎は幸せものだな。


「正直に話すけど……分からないの。私たち第一部隊の人は全員がそうよ。全てあの人に教えてもらったの。すごい人だったわ。だからこそ……迷っているのかも知れないわ。どうしてかしらね、逆白さんが居なくなって、最初に感じたのは困惑よ。進むべき道標が見えなくなってしまったような感覚がして、ずっとそう。だからかしら、涙も出ないのよ。すごく悲しいはずなのに……」


 まだ、心が受け入れられていないのかもしれないわ、と。


 りっちゃんはビール瓶を眺めてそう言った。


 僕はそれを聞いて立ち上がり、次郎の方にりっちゃんを連れて歩き出した。


「ちょっと、玲花ちゃん?」


 無言で腕を掴み、りっちゃんは困惑しながらついてくる。


「で──さあ、そいつ信じらんねえんだぞ⁉︎ おい修二、聞いてんのか⁉︎」

「はいはい聞いてるよ──」

「悪い中山、ちょっと次郎借りるよ」

「? あ、ああ。好きにしてくれ、もう出来上がってるけど、それでよければ」

「悪いね」


 中山は席を立って別の溜まり場に去っていった。空気を読める人間だ。


 僕は次郎の隣に座った。りっちゃんは所在無さげに反対に座った。


「よう次郎。調子はどう?」


 僕はビール瓶をつかんで、空いている次郎のグラスに酒をゴボゴボと突っ込んだ。


「浦凪、お前……めっちゃ可愛いな! 付き合ってくんね⁉︎」

「ごめんけど僕男だから。悪いね。彼女居ないのか?」


 りっちゃんはどういうつもりだ、という顔で無言の抗議をしている。僕は任せておけ、とアイコンタクト。


「いねえよ……。出会いがねえ。金ばっかりあっても、これじゃ意味ねえよ……」


 ……本当か? 


 ジローはビールを煽った。


「そうか? こんなにいい男なのにな。歳は幾つだ? 二十代っぽいが」

「今年で二十四歳だよ……。傭兵団に入って二年、俺はかなり頑張ってきた……。そうだ、一つ先輩からのアドバイスだけど、割と戦いってすぐ慣れるんだよな」


 ここでりっちゃんが口を挟んだ。


「馬鹿言わないで。そんな訳がないでしょ? 逆白さんにしごかれたから、戦えるようになったんでしょ?」

「あー、そうだったよ、うん……。思い出したくない……。地獄の訓練教師だったな……」


 懐かしむジローだが、すぐに気まずくなる。


「逆白さん、か──」

「あの人のことを、どう思っている?」


 りっちゃんとジローは、ふっ、と僕を見た。


 その一言は部屋にいやに響いて、気づけば全員が僕を見ていた。


「……いくつか言いたいことがある。別に僕はあの人の代わりじゃない。あのさ、もしかして僕の中に逆白古布里を見ているんじゃないだろうな。それになんだ、不自然だよお前たちは。さっきからお前らの会話は聞こえていたけどさ──一個もあの人についての話がないのは、なんでだ? りっちゃん、質問いい?」

「え、何?」

「第一部隊では、今までどれくらいの人が死んでいったの?」

「……大戦が終結して、傭兵団がちゃんとした形で編成されたのが八年ほど前。それから第一で殉職したのは二人だけよ」

「詳しく」

「私が部隊に入ったのは四年前だから、詳しくは知らないけど、編成したての時、一人の新人が死んだらしいわ。それ以来逆白さんは新人への訓練を見直させて、自分が率先して訓練を始めたの。それから常に新人は第一部隊に配属されて、逆白さんの教育を受けるようになったのよ」

「……二人目が古布里か。それでか。お前ら、死んだやつへの向き合い方が分かってないのか。それだけは教えようがないもんな」


 沈黙が空間を包んでいた。静寂。


 ──古布里はそれを教えなかった。教えたくなかったのだろう。僕は知っている。死んだ人間への向き合い方は、ちゃんと分かっているつもりだ。ただこれは理論じゃない。


「弔いってのは、死んだ人間のためにするものじゃない。生きている人間が、死んだ人間とちゃんと別れるためにするもんだ。死んだ人間を思い出して、自分の中で整理付けて、ちゃんと過去にするんだ。思い出せ──あの人がどういう人だったか」


 全員が、誰かを見るような目で僕を見つめている。その中には衣刃や奈良宮が混ざっていて、二人は少し笑みを浮かべていた。なんだあいつら。ほっとこ、あの二人に限っては攻略済みだ。


 静寂はまだ止まない。座敷の外から聞こえてくる喧騒がどこか空々しい。


 ──まだ響かない。


「あの人が伝えてきたことがあるはずだ。僕に教えてみろよ、あの人は一体どんな人だったか」


 ──まだ、まだ誰も口を開かない。口を塞がれたように、誰も声を出さない。


 ちょっと止めろこの空気、なんか僕が白けたみたいじゃねえか。


 くっそこの空気どうすっかな、言葉間違えたか──と考えて、僕の口は自然と、誰かが勝手に僕の口で喋るように動いた。


『しっかりしなさい。前を向くのよ』


 全員の目が見開かれた。幽霊でも見たかのような表情をどいつもこいつも揃って浮かべ、わなわなと震えている。ほわっつ、なんぞ? 


「あの人は──厳しい人だったな」


 最初に衣刃が呟いた。優しい声で懐かしんだ。


 ──でかした。何かしらの流れを作ったぞ、衣刃ぁ! 


「そうだな、マジで厳しい人だったよな」


 続いて奈良宮が言った。


「ロクな記憶がねえなあ。訓練のことしか覚えてねえよ」

「そうだな、入りたての頃は殺されるっていっつも怯えてたな」

「マジな! 訓練マシーンだったし、サボってるのバレた時は半殺しにされたことあった」

「歯向かうと、文句があるならかかってきなさいっつってボコボコにされたし」


 わいのわいの。


 いや血も涙もねえな。そんな人だったのかよ、初めて知ったわ。


 ──でも、懐かしい。


 そう誰かが懐かしんだ。


 そして涙を流した。


「次郎、お前はどうだ?」

「正直、居なくなってほっとした。これでもう、訓練で殺されかけることもなくなるし、いろいろ口うるさいことも言われなくて済むって思った……。あの人と任務組むと、基本的に全部ボロクソに言われんだよなぁ。戦闘中の細かい部分とか、最終的に気の緩みまで完全に見透かされて全部注意されて訓練所行きだったなあ。思い出したくもない。だから体は無事でもメンタルはボロボロだったし……」

「そうよね、ほんとにあの人との思い出ってそれぐらいしかない。訓練、訓練、訓練、歯向かって半殺し、訓練……ぐらいのペースだったわね。新人の頃はいっつもそうだったし、死ぬ直前だってそんな感じだったし」


 でもなぁ──と、りっちゃんも次郎もいつの間にか泣いていた。ていうか部屋中の僕以外全員ボロボロ泣いていた。衣刃と奈良宮だけは、そうじゃなかったが。まあすでに通過済みか。


「何回あの人に助けてもらったか分からねえよ──。初任務の時なんて帰還してから抱きしめられたし、あの人、ずっと俺らを死なせないようにするのに必死になってくれてた──」

「ずっと優しかった。ずっと厳しかった。いっつも私達の心配ばっかりしてて──」

「それに死ぬほど強かったなぁ──。あの人が居ればっていう安心感がヤバかった、でもそうやって気を抜いてたらすぐ叱られた──」

「訓練だって、俺らを死なせないためにずっと厳しくしてたこと、ちゃんと分かってた……! あの人が好きだった……」

「だから私たち、あの人が居なくなって、どうしていいか分からなくて──怖くて──」


 たまらなく不安で、何も話せなかった──。


「──どうしていいかは、あいつがずっとお前らに教えてきただろ。忘れたのか?」

「……! そうね、そうだったわ。玲花ちゃん、やっぱりあなた、似てるわ──」


 りっちゃんが何か言っている。


 僕は勢いに任せて立ち上がって宣言した。片手にはビール。


「改めて自己紹介をさせてもらう。僕は浦凪玲花、あの人の心臓と右手を受け継いた! 男だ、間違えるなよ! 事情あって今は戦えないけど、すぐお前らに並んで戦うことになると思う。みんなグラスを持て、今は亡き鬼教官に──」


 乾杯。




 *




 男──マスクは夜を歩いていた。持ち歩いているスケッチブックは今は抱えていない。デバイスで何か文字を入力している。内容は──浦凪玲花の捕獲計画について。具体的な計画が入力されていく。


 第三都市の裏切り者たるマスクは、第十二都市からの依頼を受けて第三都市の敵対組織たる「花」への、第三都市の内情を知る案内人として協力をしていた。


 マスクは──自らの流す情報が、第三都市に対する明確な反逆で、大きな損害を与え──いずれはこの都市を崩壊させる可能性を十分に持つことを理解していた。


 マスクは背後の店から聞こえる喧騒を聞き流しながら、花のリーダーフロウへと情報を流していく。


 そのことに、店の中にいる傭兵は誰一人として気づかないまま。


 ──戦争が始まろうとしていた。


 レギオン大戦以来一度として起こっていなかった、人間同士の戦争が初めて始まろうとしていた。


 旧名古屋市第三都市「千呉」と、旧岐阜市第十二都市「若葉」による都市間戦争の引き金を、マスクは明確な意思で引いた。それが何をもたらし、何を変えるのか。まだ誰も知らない。


 ──今は、まだ。




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