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現代文明崩壊世界のチート活用方法について  作者: 文部一升
一章 夏と死神の戦争ごっこ
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一章11 雇われの根城

「浦凪玲花です。もろもろあって当分戦えそうにはないけどおなしゃーす!」

 世間を舐め腐った様な挨拶は、案外軽い調子で受け入れられた。


 ──だだっ広い場所は、どうやら訓練所らしい。いろいろヤバそうな器具が転がっている。重りとかめっちゃ落ちてる。


 何十人かに囲まれてわちゃわちゃとしている。


「えーめっちゃ可愛いじゃん、世の中ナメてる感じいいー!」

「うそ、男って話じゃなかったの? 完璧に女の子じゃん、すごーい!」

「よろしくねー! え、今何才? 中学生?」

「なめんな十六だ。ちゃんと男だよ。ここで訓練してんのか?」

「ええ。大体みんないつもここで鍛えてるわ」

「マジかよ。もしかしてキツいヤツか?」


 女性隊員はげんなりしながら頷いた。


「ええ。残念ながら、ね」

「マジそれ、キツ過ぎ」

「死ぬ、マジ死ぬ。助けてほしい」

「いやほんとにね。いやほんとにね」


 ──大変らしい。マジかよ。確かに見回してみたら大体みんな死んでる感じある。


 死んでいる傭兵の中に、知っている顔がある。


 あれ──。


 集団から抜け出してそっちに歩み寄る。お前──。


 男は地面に倒れ伏して、洗い息を整えようとしていた。僕はそいつの横に屈み込んで顔を覗き込んだ。声をかける。


「……ああ、あんたが浦凪玲花か。よろしく、俺は──」


 男は閉じていた瞳をゆっくりと開け、緩慢な動きでこちらを見た。


「奈良宮、だろ。知ってる」

「──⁉︎ は、ハルカちゃん⁉︎ なんで、まさか──そうか。お前だったのかよ、浦凪玲花……人が悪いな、信じられねえ」

「騙される方も問題だろ? 彼女いんのにハルカちゃんにホイホイ連れ出されるバカが悪い」

「それが素かよ……。ギャップやべえなお前、そのナリで男は無理があるだろ……」

「ほっとけ。女の子には事情と理由がちゃんとあんだよ」


 周りが集まってくる。


「えー、結弦ってば何? 玲花ちゃんと知り合いなの?」

「あ! そういえばこいつまた酔いつぶれて寝てたって! 隊長が言ってた」

「あーその話私も聞かされた! なんでも玲花ちゃん連れて居酒屋行って、勝手に潰れて寝たって」

「ちょっと待て、なんだその話。俺の話を聞け──」

「大体事実だろ?」

「う、ぐ──まあ、そうだ……が。そもそも浦凪よ、お前も悪い。騙したな」

「ああ騙したね。──奈良宮。僕はお前の思いはある程度理解したつもりだ。ただ僕はやるようにやるだけだ、お前が僕に何を見出そうが知ったこっちゃ無いが──ちゃんとあの人に恥じない行動はするつもりだから」

「ま、全部聞かれちまったし──仕方ねえ。もう戦えんのか?」

「無理。なんか分かんねえけど、まだ」

「──ま、状況が特殊なのは聞いてる。お前と一緒に戦うの、楽しみにしてるぜ」


 ちょっと奈良宮、あんた彼女いんでしょ──と詰め寄られる奈良宮。こいつ結構立場弱いな。その間に他の傭兵にも挨拶しておく。傭兵の平均年齢は三十代入ってない印象だ。とても若い。


 意外だな。多少僕に対するなんというか──複雑な感情があってもいいと思っていたし、まあまあ覚悟していたのだが、想像よりずっと当たり前に迎え入れられた。


 適当に談話しながら顔を覚えていく。どうやら訓練の途中に来てしまったようで、皆さん死にそうなくらい汗でびっしょりだ。


 程なくして、彼らは訓練に戻っていった。見るからにやばいトレーニングだ、僕もあんなんやることになるのか……死ぬな、僕。


 四季はここに僕を連れてきてすぐどっか行ったので、手持ち無沙汰だ。このまま彼らの訓練を眺めてみてもいいのだが──。


 と、肩を軽くちょんちょんと叩かれて、僕はそちらを振り向いた。


「こんにちは、玲花。一昨日振りだな」


 十咲衣刃が軽く笑って立っていた。






「──うま。やはりジャンクフードは最高だぜ。なあ?」

「概ね同意しよう。何より効率がいい」


 衣刃はいくらか乱雑にハンバーガーに噛み付いた。ワイルドで、妙に様になっている。


 ってか食べるスピードが僕より早い……。男として僅かに残ったプライドが砕けた。悲しい。


 店内は騒がしい。様々な職業の人々で賑わう。だがその中に傭兵が混じっているとは誰も想像出来ないだろう。


「効率?」

「ああ。出てくるまでが早いし、食べやすい。それに旨いからな。私は好きだ」

「気が合うね。そこに安い、ってポイントも追加で」

「──ああ。気にしたことも無かったな。値段か」

「あー。傭兵って金持ちだもんな。金持ちなのにこんなとこ来るんだな」

「──ああ。いや、高級店は嫌いなんだ。慣れないし──あの感じはどうにも」

「へー。勿体無いねぇ」

「そうかもしれないな。ただ、金などいくらあっても無駄なだけさ。金で人は守れない──先生だって、そうだった」

「……ああ。そうだね──」


 もぐ、と一口。相変わらず旨い。馴染みのある味だ。だって安いし、安いし。


「なあ。衣刃はどうして傭兵をやってるんだ?」

「んー、まあ、そうだな……。運が良かったからか」

「どういうこと?」

「私の生い立ちが関係する。長いぞ?」

「いいよ、話を聞くのは慣れてる」


 騒がしい店内に紛れて衣刃は話し出した。


「私は第十二都市からの移民の子だ。第十二都市『若葉』はそれはもうなかなか酷い場所でな。今はどうかは分からんが、レギオン大戦の直後は酷いものだった。だから両親は私を連れて第三都市へ移住したんだ」


 ──第十二都市。ここの北に位置していて、幾らか近い場所にある第二級都市。若葉という名前があり、都市についての情報はあまりない。ネットにも転がってない、まあ後ろ暗そうな都市だ。旧名は岐阜市と言う。一応ここの衛星都市だ。


「知っているかもしれないが、第三都市千呉でも暮らしは対して変わらなかった。ただ、ある程度命の保証がされていたあたり、若葉よりはマシだったが」


 都市の中にいても、レギオンに襲われていた時代は確かにあった。黎明期は酷いものであったと、今を生きる人々は身を持って知っている。当然、僕も。


「両親は必死に働いたが、日々の暮らしは厳しかった。私は子供ながらに荒れた。必死に働いてくれていた両親に感謝することもせず、不満と辛さをぶちまけるばかりの私に、それでも両親は優しかった」


 懐かしむように話す衣刃。鋭い目が緩められ、過去を眺めていた。


 ──一応同年代だと思うのだが、衣刃は相当大人びている……と思う。僕より少し短い髪が緩く揺れた。はっきりとした顔立ちは一般分類で可愛いと綺麗の中間に位置する。大人と子供の中間に立ち、ほんの少しずつ大人になろうとしている。


「貧しい暮らしだった。だが両親はちゃんと小学校に通わせてくれたよ。といっても小学校とは名前だけで、レギオン出現前のそれとは比較にはならなかったらしいが……。ある日、私に適性が存在することが分かった。そして小学校を卒業して、私は傭兵になった」

「ってことは中学に入ってないのか?」

「ああ──そういえば玲花は学園機関にいたのだったな。珍しいか?」

「いいや。僕と同じヤツ、初めて見たから。僕も中学行ってないんだよね」

「そうなのか? 意外だ、学園機関はエリート学校だろう」

「まあ、いろいろね。運が良かったのは、衣刃と一緒かな。話を戻そう」

「ああ。傭兵になったのは、はっきり言えば成り行きと運だ。両親は私に戦えとは言わなかったが──それを期待されていたことは、ちゃんと分かっていたからな。はっきり言って、両親は私に収入源を期待していた。ほんの僅かでもな」

「そっか。恨んでる?」

「いいや。普通の考えだろうな。なんせ当時の傭兵の価値は今と比較しても高かったからな、大人二人を養っても十分な給与は与えられていたし、第一都市への移住も可能かもしれないと考えても仕方のないことだ。責められることじゃないと、今なら思えるが……当時の私は、そんな大人たちへの不信感と、仄暗い満足感でいっぱいだった。それに何より、実際問題金はなかったからな。仕方なかった」


 子供にそんな期待をする親も、せざるを得ない社会状況も、全てが最悪の時代。それは確かに存在した。


「その時は、生きるために傭兵になったに過ぎなかったが──先生に出会って全て変わった」

「ああ。この前話してたね」

「……その、忘れてくれ。あの時のことは、思いだすと恥ずかしくて敵わない」


 ほおを赤らめ、顔を逸らして衣刃はボソボソと呟いた。うーん、それは無理だねぇ。


「で、先生に出会って矯正されたの?」

「ああ、平たく言えばそうなる。今の私があるのは、あの人に全て教えてもらったからだ。先生が居なかったらどうなっていたかと思うとぞっとするな。──もう会えないのは、とても悲しいが……君と話してみて、先生が君を助けた理由が分かる気がするよ。昔の私に、少し似ているような気がする」

「僕がか? どんなところが」

「言葉にはしづらいが……なんだろうな、君には──拠り所が無いだろう、玲花」


 衣刃の言葉は僕の核心を貫くものだ。驚いた、すごいな衣刃は。


「帰るべき場所とも表現しようか。私も幼い時はそういう心の拠り所が無かったから分かるんだが……不安定になる。心の土台が出来ていないからな」

「へぇ──確かに僕は孤児だ。五歳か六歳の頃に両親が死んでる。直接戦争が原因になったわけではないから、厳密には戦争孤児ではないんだけどね。だけど──一人でここまで生きてきた」

「……親の居ない子供は、そこで生きられず死んでいくと聞いていたが」

「ああ。だからこそ親の居ない子供は不幸さ。何より──そこで死ねずに生きる羽目になるのが、一番不幸だ。そこで死ねなかった……死神に嫌われちまうと、もうお終いさ。生き延びちまうと、死ねなくなる。苦しんで死にそうになってまで生き延びた記憶に意味が無くなるからな」

「死神、か。そういえば知っているか。先生はタバコを吸っていたんだが、その銘柄が最悪のセンスでな──」

「ああ、知ってる。REAPER──死神だろ? クソみたいなセンスだな、最高だ」

「知っているのか。酷いと思わないか? 先生のことは心底尊敬していたし、タバコ自体だってやめて欲しいと思ったことは無かったが──そのタバコだけは勘弁して欲しいと何度もお願いした。だがそれだけは聞いてくれなかったな」


 死神、確かに戦いを生業とする傭兵には最高に不吉だ。レギオンと戦おうってんのにそんなもん吸うとか縁起でもなさすぎる。


「より質が悪いのは奈良宮のヤツだ。あいつと来たら、吸っていた銘柄をリーパーに変えたんだぞ? ああ奈良宮というのはウチの傭兵でな」

「知ってるよ。さっき顔合わせたし──」


 ハルカちゃんに騙されたからな。衣刃、ちょうどお前みたいな感じで。よーく知ってる。口には出さないが。


「そうか、知ってるのか。質が悪いと言ったのは、明らかに先生のことを意識して銘柄を変えたからだ。それでは止めろと言えん……。不吉なのは変わりないから正直止めて欲しいが、かと言って先生の吸っていた銘柄だ、懐かしいし……」

「複雑だってことか。──そろそろ出るか?」

「ああ、そうだな。行こう」


 前払いの店だったから、僕たちはゴミを片付けて店を出た。それから駅に入って、傭兵団の駐屯地へ帰る。十分程度揺られればすぐだ。


 帰り際、衣刃は僕に言った。


「今の私は、先生の思いを受け継ぐために傭兵をしているよ。人々を守り、救うこと。きちんと自分の身を守った上で、出来る限りの人々を守ること。いつも先生が言っていたことだ。そのために戦っているよ」


 ──衣刃は儚く、しかしその夢を守る強さを滲ませて笑った。


 なんだ……強いな。こいつ。




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