四章 侵攻
四章 侵攻
「では、最終確認です。戦場に着き次第、周りにいる者は皆殺しです。躊躇う必要はありません。今までの鬱憤を晴らしてください。集合場所は、帝都の皇帝が住む城です。ですので、前線から後退していく形になります」
門まで移動してきた十一の獣へ咲和が告げる。
「かしこまりました。では、ご武運を」
ムシュマッヘの言葉と共に、十一の獣が傅く。
「皆もね―――――――――――――――よし、行きましょう」
全員が立ち上がり、魔術陣の彫られた青色の水晶を手に持った。
「「頑張って……私達が祈っているわ」」
「はい、姉さんたちも気を付けて」
一度だけ、二人の姉と抱擁を交わす。二人は、咲和の頬に優しい口づけをした。
「我は時駆けの獣。我が前には万里の門。砕き、綻び、割け、世界を晒す。我らが道は、栄光へと続いている―――――――――世界繋ぐ獣の門」
咲和の詠唱の終了と共に、青色の水晶は淡く光を纏う。
その光は次第に大きくなっていき、留守番組を除く全員を包み込んだ。光の強さに咲和は腕で顔を覆った。
光は徐々に弱くなっていく。
(さぁ、始めましょう)
顔を覆っていた腕を下し、咲和は目の前の光景を見据える。
怒号、銃声、爆発音、硝煙、呻き、嘆き、汚泥に塗れた亡骸。ありとあらゆる、悪意の咆哮。それが、咲和とギルタブリルの前には広がっている。
彼女らは遂に戦場へと赴いたのだ。
(我らの復讐を)
咲和とギルタブリルは帝国兵が向かってくる方向―帝国領土―へと歩みを進める。出発前の発言通り、戦線を後退し帝都へと向かう。
「では、ギルタブリルさん。お願いします」
一度、首を傾げたギルタブリルだが、意図を察したのか、瞳の色を変えた。
「わかったよ――――――――――――はい、これでいいな?」
一瞬、ギルタブリルの足元に青白い光が灯った。しかしそれはすぐに消える。
「ありがとうございます。進みましょうか」
「うん、行こう」
二人は戦線を後退していく。
その後ろから一人の帝国兵が迫っていた。
******
咲和とギルタブリルはかなりの距離を歩いていた。そこはもうすでに、戦場ですらない。
しかして、行く道の先からは戦闘車両―咲和の知識とは大きくかけ離れた外見の戦車―が三台戦場へ向かっていた。
そして、その戦車が急停止する。
「壁越しでも発揮するんですね。すごい」
「当然だ。あたしのスキルだからな。すごくて当然だ」
戦場に移動してすぐに、咲和がギルタブリルに頼んだのはスキルの発動だった。
ギルタブリルのスキル『天冥の番』は自身に注意、特に敵意を集中させるものだ。いわゆるヘイト集中のスキルで、他の者を守ることに特化している。その上、自身の耐久を上昇させることが出来る。しかし、ギルタブリルは人間に対すれば決して弱くはないが、十一の獣の中では戦闘能力が低い部類に入る。その為、このスキルは使う機会は決して多くない。
だが、咲和がギルタブリルを同行させたのは、このスキル故である。
このスキルはヘイト集中であり、あるだけで効果範囲の敵を呼び寄せる。つまり、自分たちは帝都へ向かいつつも、効率的に人間を刈り取ることが出来るのだ。
戦車の砲塔がギルタブリルに向けられた。それに構うことなく、二人は歩みを進める。
「止まれ!」
戦車から顔を出した帝国兵が声を上げた。その背後には、赤黒い影のような物が揺らめている。
その声に返すことなく二人は進む。
「くっ…… 止まらないか!」
帝国兵は戦車の中へ戻っていく。すると、すぐさま砲塔は火を噴いた。砲弾と言うには口径が小さいそれは機関銃の様だ。
鉄の塊から細い砲塔が伸びている様は、些か不格好である。
ギルタブリルの前に出た咲和は、
「底深き混沌の器、敬虔なる獣の信徒。否定、拒絶、反発、削り、崩壊を齎す。壁を成す蛇の群れ。その瞳は映した全てを凍らせる――――魔眼の獣は王護る盾とならん」
瞬きも許さぬ間に、衝怒の絲剣で魔術陣を描き、詠唱を完了させる。
咲和の前には、黒白の渦巻いた膜が現れる。機関銃より放たれた無数の弾丸がその膜によって阻まれ、動きを完全に止める。
弾丸の停止を確認した咲和は、指を鳴らした。すると、弾丸は時間を巻き戻したかのように、戦車へと放たれた。
しかし口径の小さい弾丸では戦車の装甲を貫きには値しなかった。
「ダメですか―――」
と、溢した咲和は衝怒の絲剣を手に戦車へ駆けた。
「―――でも思ったより柔いですね」
それは、まるでリンゴの皮むきのようだった。
戦車の装甲は剥かれ、中にいた二人の帝国兵もまたその体を剥かれた。
後には、バラバラになった戦車と、むき身となった二人の帝国兵が残った。
「では、行きましょうか」
「そうだな」
また二人は歩き出す。
帝都は、まだ遠い。
******
「そういえば」
帝都へ向かう中、ギルタブリルが切り出した。
「あたしを同行させた理由がスキルだってことは納得してる。でもだ、サナ様ならあれくらい魔術で出来たんじゃないのか?」
ギルタブリルには自身のスキルが魔術でも再現が困難なものだという自負があった。それは妹であり、咲和の魔術の先生でもあるクサリクの言葉を裏付けとしているものだった。しかし、いくら姉妹たちにすら再現が困難なものだとしても、「魔王」となれば話は変わってくる。
「いえいえ、流石にできませんよ。私がクサリクさんに教えていただいた魔術はそのほとんどが、戦闘向けの物でしたから。あ、もちろん後から自分で調べて少しは扱えるようになりましたよ? でもやっぱり、皆さんのスキルを模倣するようなものはできません。技術と経験が足りませんからね」
と、困ったような笑みを浮かべて咲和は言う。
「そうなんだな。てっきり、母上の使っていた魔術すらも使うことが出来るのかと思っていた」
杞憂だったと胸を撫でおろすギルタブリル。その一方で咲和には疑問が残った。
「母さんの魔術、ですか?」
「あ? ああ、そうだぞ。母上の魔術は誰も使えない。だから、魔王であるサナ様なら使えるんじゃないか、って思ったんだ」
十一の獣の母たる「ティアマト」の使用していた魔術はギルタブリルの言葉通り、現状、「トラウェル・モリス」に扱えるものは存在しない。その魔術は全てが最大ランクであるEXを誇っていた。その気になれば国一つ滅ぼすなど造作もない。
「いつか、私にも使えるようになるのでしょうか?」
「んー。どうだろうな。あたしには判断付かない。クサリクや姉さんたちなら何かわかるんじゃないか? それかあの二人なら」
顎に手を当てて答えるギルタブリル。それに、咲和は少しだけ気持ちを沈ませた。
「サナ様はそのままでも十分強い。自分で言ってたじゃないか「今の私にとって、人間など敵ではありません。」ってさ」
それは咲和の演説時の言葉だった。
「それにあたしたちもいる。別にサナ様一人でどうこうする必要はないんだ。十一の獣はいつだってサナ様の手足であり、味方であり、なにより、家族だからな」
咲和の頭を乱暴に撫でてニカッと笑む。その微笑みに沈んでいた咲和の気持ちも上がってくる。
「ありがとうございます。はい、大丈夫ですよね。私は強くなった。塵蟲どもなぞ敵ではありません」
「その調子だ、サナ様」
******
「いよいよですね」
「そうだな」
遂に、咲和とギルタブリルの二人は帝都を囲む外壁の前まで辿り着いた。戦時中の為か、行き交う人の姿はない。
帝都を取り囲む外壁は、登ることが到底不可能な高さがあり、その上には複数の帝国兵が巡回している。唯一見える正門の前にも、左右に二人ずつ、合計四人の帝国兵が配置されていた。そして何よりも、門番である帝国兵が開けない限り閉め切られた巨大な門が最大の難関だった。
ギルタブリルはその瞳の色を変え、『天冥の番』を発動させた。
すると、門番である四人と、外壁の上を巡回していた複数の帝国兵が急に慌ただしくなる。
「止まれ!」
槍斧を持った門番の一人が、咲和たちに歩み寄った。
「…………」
「…………」
二人は答えない。
「貴様ら何者だ? ………良いところ従者って感じだな………にしても」
と、舌なめずりをする門番。その瞳はギルタブリルの体を嘗め回す。残りの三人の門番も槍斧を持ったまま、咲和たちを取り囲んだ。
「いいか――――」
一人がギルタブリルに詰め寄った瞬間のことだった。その体が腹部で横にずれた。それを合図と言わんばかりに、咲和は腰から下げた衝怒の絲剣を引き抜き、勢いを殺すことなく薙いだ。
煌くほどに美しいその一閃に、血が流れることもなく三人の門番は地に伏した。
「――――ふぅ」
「よくやったぞ」
「ありがとうございます――――と、まだいましたね」
外壁の上を巡回していた帝国兵が駆けてくる。その数、十人。
正門の前まで行き見上げると、咲和は気を引き締め、ギルタブリルは力なく口を開けた。
「我は万象の鍵。汝解き放つ自由の輩。世界を見よ。己が手で確かめよ。己が足で踏みしめよ。さすれば、真なる己が見えてくる。我はそうして成った―――万象開く束縛の鍵」
詠唱を完了し衝怒の絲剣で魔術陣を描いた。
描かれた鍵のような魔術陣に衝怒の絲剣を通し、回す。ガチャン、と言う音と共に正門は静かに動いた。正門は音なくその口を開いた。
十人の屍を築き、咲和とギルタブリルは遂に、帝都へと侵入を果たした。




