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三章 演説

三章 演説



 初陣から数か月後、咲和は二人の姉と十一の獣を会議室に集めていた。会議室は中央に長いテーブルのある小さな部屋だ。そこに十三人が集まっている。

「我らが王。ココに十一の獣、御身の前に」

 十一の獣は右手を左胸に当てて首を垂れる。

「「頑張りなさい」

 二人はぼそりと溢した。これから咲和が何をしようとしているのか分かっているようだ。しかし十一の獣は誰一人理解できていない。

 心臓はバクバクと鳴って煩い。しかし、これは必要なことだ。皆と私の気持ちは同じはずだ。と言い聞かせ、深呼吸をする。

「皆、集まってくれてありがとうございます」



******



 それは昨晩のことだった。

 咲和はラフムとラハムの部屋を訪れていた。

「どうしたの?」

「眠れないの?」

 二人は口々に咲和を気に掛ける。

「いえ…………えっと、あ、あの………少し相談があって」

 ピッタリとくっついてベッドに座る二人に俯きがちに言う。

 二人は顔を見合わせて、間を開けてぽんぽんとそこを叩いた。

「「いいわよ、聞かせて」」

「ありがとうございます」

 咲和は叩かれた場所、二人の間に礼を言って座った。

「「それで、どうしたの?」」

「えっと………私にも力がついてきました」

 咲和は確かに力を付けていた。先の初陣でも怪我も一切なく三人の人間を屠り、魔術も問題なく扱うことができていた。その後やって来た人間たちも問題なく屠ることが出来ていた。人間相手になら後れを取ることはまずないだろう。

「「そうね。確かに貴女は十分な力をつけたわ」」

「そこで、「ウェールス・ムンドゥス」へ侵攻をしようと思っています」

「「え?」」

 それは、二人にとって聞き間違いかと思うほどのことだった。

 確かに「ウェールス・ムンドゥス」への侵攻はラフムとラハムや十一の獣にとって悲願達成の為に必要不可欠だ。しかし、それはラフムとラハムが言い出すことであって、咲和が言い出すとは思っていなかったのだ。

 咲和が自分たちと同じ感情を人類に抱いていることはわかっていた二人だが、殺しや戦闘に対してストレスと恐怖を抱いていることはわかっていた。だから、咲和が「ウェールス・ムンドゥス」へ侵攻しようと言い出すとは考えられなかったのだ。

「ですが、私一人では絶対に無理です……。力がついたと言っても、まだ姉さんや皆よりは弱いでしょう。だから、私ひとりじゃなくて、皆でなら、できると思うんです………。正直、人を殺したり、ましてや世界を殺すなんて、嫌と思うこともあります。でも、それが皆の為で、母さんの敵討ちになるというなら、そんな軟なこと言ってられません」

 咲和の瞳には確かに強い決意の色があった。二人はそんな咲和の瞳を見て何も言えなくなった。

「姉さん……私に協力してくれませんか?」

 決意の色は失われ、そこには懇願を示す色が灯る。姉さんたちの協力がなくては私は何もできません。と、言わんばかりの不安すら宿す色だった。

「「………ええ、協力するわ。私達にできることがあれば何でも言いなさい。貴女の願いは、私達の願い。そして、「ウェールス・ムンドゥス」への侵攻は我々の悲願なのだから」」

「ありがとう、ございます」

 咲和は二人の手を取って、感謝を伝えるようにぎゅっと握る。それに二人も咲和の背中に腕を回して抱きしめることで応えた。



******



「突然ですが、私達は「ウェールス・ムンドゥス」へと侵攻を開始します」

 咲和の発言に集められた十一の獣は動揺する。ラフムとラハム同様に、誰もが咲和の口からその言葉を聞くとは思っていなかったのだ。誰もが、咲和のことを自らの王だと分かっていても、どこかで幼い少女だと思っていたから。どこかで、妹の様に感じていたから。

「では、えーっと………まず、「ウェールス・ムンドゥス」の状況を確認します。バシュムさん、お願いできますか?」

 扉から最も近い位置に座った白面を被ったの少女へ声を掛けた。

 十一の獣が十女、バシュム。黒いロングストレートの髪に、頭頂からは小さな二本の角が生えている。基本的に白面を被っている為、表情は分かりづらい。真っ黒な迷彩服のような出で立ち。服装の為に体格は分かりづらいが、身長は百七十近い。

 バシュムは城にいることは少なく、「ウェールス・ムンドゥス」へと赴いて諜報活動を主に(、、)している。

「御意」

 短く返事をし、立ち上がって、胸ポケットから魔術陣の彫られた真っ赤な水晶を取り出す。

「あ、すみません、状況説明の前に面を外してもらってもいいですか? 顔を見てお話が聞きたいです」

「……………………御意」

 少しの間があって、バシュムは白面を外す。中からは、年若い少女の顔が現れた。琥珀色の瞳の釣り目に白い肌、薄桃色の唇。少し赤くなった頬。その視線は机へと落とされていた。

「ありがとうございます。相変わらず可愛らしいですね。では、お願いします」

「………もったいなきお言葉」

 羞恥心を隠すための堅苦しい言葉に、苦笑いを返す咲和。十一の獣の中でも、バシュムはかなりの恥ずかしがり屋だった。

「汝に残された記憶の海――――混ざり、(ふさ)がり、己が体を満たすがいい。ココに母なる海の顕現を―――――――記憶の顕現(マーテル・メモーリア)

 バシュムの手の中の真っ赤な水晶は淡く光始め、バシュムの手を離れて机の真ん中で空中に停止する。

 咲和がその様子を訝しげに見つめていると、何の前触れもなく、水晶から幾枚もの光の板が飛び出した。そして、そこにはココとは別のどこかの風景が映されている。多数の人間同士が争っている。片方は鎧を着こみ片手に剣を片手に盾。もう一方は、鎧に比べれば軽装な迷彩服を着て、その手には銃を構えている。それはどこかの戦争の風景を映し出していた。

 つまり、水晶から飛び出した光の板は、どこかと中継を繋げているスクリーンのようだ。

 水晶が無事起動したのを確認したバシュムは説明を始める。

「現状、「ナンナイ・クルウ帝国」と「アリシア王国」間で戦争が起きております。主に、帝国が王国へと侵攻しているのが原因と思われます。軍事力においては、帝国が有利かと思われますが、王国には我らが怨敵となる勇者と「リシュヌ法国」のバックアップがありますので、現在、戦線は拮抗状態にございます」

「ナンナイ・クルウ帝国」は皇帝「イシュ・アッガシェル」が率いる機械化先進国。「ウェールス・ムンドゥス」において二番目に大きな国土を誇っており、軍事力においては最強。だが、機械化に特化した為に他国の有利とする魔術において数歩及んでいない。しかし、噂程度ではあるが、帝国には高等な魔術師が一人いるらしい。そして、噂はもう一つ……。

「アリシア王国」は「エンリル・ベル・アヌンナキ」が率いる小国である。帝国と法国に挟まれており、軍事力に関しても「ウェールス・ムンドゥス」で最も低く最弱。しかし、王国には勇者がおり、その上法国との協力関係にある為、現在は魔術を用いて帝国の侵略を押しとどめている状況である。

「リシュヌ法国」は教皇「ムンム」が率いる魔術に特化した国で、創世神話である「始まりの神話」を信仰している国である。「ウェールス・ムンドゥス」随一の魔術力を誇り、その魔術は帝国の機械たちすらも凌駕する軍事力となっている。現在は勇者をバックアップする目的として、王国のバックアップを行っている。

「………戦争ですか」

 困りましたね、と言いそうになって、それを呑み込んだ。

(これは使えるのでは?)

 戦争しているということは、互いに国力を削り合っている状態。ならば、咲和たちにとって好都合であった。

「了解しました。ありがとうございます」

 バシュムはすぐに席についた。それと同時にスクリーンは水晶の中に戻っていき、水晶もまたバシュムの下へと帰っていった。

「二国が戦争をしているのは、私達にとって実に好都合です。この機を逃すことなく、漁夫の利を狙いましょう。

まず、私達は戦線境界線へと移動し、そこで、帝国を潰します」

 帝国を狙うには当然理由があった。

 帝国は機械国家。つまり、「フィクティ・ムンドゥス」にない技術を保有していることになる。先に王国を潰した場合、咲和たちの動向が帝国にバレることになる。そうなれば、帝国は咲和たちに対抗するために軍事力を強化するだろう。そうなった場合、保有していない知らない技術を使われれば、少なくとも咲和たちの不利から戦闘が始まってしまう。スクリーンの映像からは第一次世界大戦期と同等の兵器が行使されているように見えた。第一次世界大戦の兵器となれば、「ティアマト」の尖兵たる十一の獣とて後れを取る可能性がないとは言い切れなかった。その為、帝国を早々に潰す。そして、その技術を奪取し、そのまま王国を陥落させようと考えた。

「かしこまりました。では、どのように動きましょう?」

 ムシュマッヘが言う。

「えーっと、皆には数人のグループで行動してもらいます。まず、お留守番をお願いするのは、姉さんたちとクルールちゃんです」

 クルールは十一の獣が末っ子。ウェーブの掛けられた金色の髪、宝石のような碧眼、人間の耳のある位置からは、山椒魚のようなエラが生えている。変幻自在に姿を変えることができる人魚である。本来の姿では、下半身には金魚のような華やかな尾ひれが生えている。

「お留守番ですか? 戦闘能力がないから?」

 バシュムの左隣に座っているクルールが手を上げて発言した。

「それも一理はありますが、大きな理由は『王神の占星』です」

 『王神の占星』とはクルールの所持するスキル―魔術とは別に個体が所持する固有能力のこと―の一つだった。占星というはあまりにも高精度の未来予知能力。それは人類に知られるには余りにも危険なものだった。もし知られれば、真っ先にクルールが狙われることになる。人類と比べれば決して弱くなどないクルールだが、他の姉妹たちに比べれば戦闘能力では劣る部分がある。

「あー、それですか」

「それですよー。考えにくいですが、人類に渡ってしまった場合、間違いなく私達は敗北しますね」

「ですかー。ならわたしはお留守番ですね」

 うん、と一度頷いた。

「「私達が留守番なのにも、もちろん正当な理由があるのよね?」」

 咲和の両脇に座っている、二人の姉が詰め寄る。

「もちろんです。姉さんたちにはクルールちゃんと一緒にココを守ってもらいます。全員で出払って、ココがその隙に襲われては帰るべき家が無くなってしまいますからね」

「「……………それもそうね。わかったわ、私達もココに残りましょう」」

 二人は咲和の頭を優しく撫でて席に着く。

「ありがとうございます。えーっと、どこまでいきましたっけ?」

「留守番組が決まったところです」

 ウシュムガルが小さく言った。

「そうでしたね。では、グループを決めていきましょう。誰かと一緒じゃないと力を発揮できないー、って人がいたら教えてください。概ねの所は把握しているつもりですが――――って、いませんね」

 全員に目配せをしながら言うが、全員が頷いたのでこのまま決めることにした。

「では、グループを決めていきます。チームαはムシュマッヘさんとウシュムガルさん。チームβはウガルルムさんとウリちゃんとウムちゃん」

 チームβに配属されたウリディンムとウム・ダブルチュ。

 十一の獣が四女、ウリディンム。こげ茶色のストレートロングヘアーで、身長は小柄な咲和より低く、ラハムより少しだけ高い。黄色を基調としたゴシックドレスに身を包み、その脚がイヌ科の獣の物になっている獣人。桜色の瞳はどこか子犬を連想させる。

 十一の獣が五女、ウム・ダブルチュ。真っ白なストレートロングヘアーで、ウリディンムと同じく小柄な少女。背中の大きく開いた、淡い緑色を基調としたゴシックドレスに身を包んでいる。背中から大きな猛禽類の翼が生え、両腕はネコ科の獣の前肢の様に毛深く、その先から鋭い爪が伸びている。桜色の瞳は、ウリディンムと同じ色でもどこか子猫を思わせた。

「御意」とムシュマッヘ。

「かしこまりました」とウシュムガル。

「了解」とウガルルム。

「りょーかい!」とウリディンム。

「わかった」とウム・ダブルチュ。

「チームγはラハムちゃん、クサリクさんとバシュムさん。残ったギルタブリルさんは私と行動してください」

 咲和と行動を共にすることになったギルタブリルは、十一の獣が七女。アンダーフレームの眼鏡をかけた赤い瞳の、パンツスーツ姿の女性。ざっくばらんに切られた赤毛のセミショートで、腰からは蠍の尾が生えている。蠍の尾以外はいたって普通の女性だ。特筆すべき蠍の尾も普段は服の下で腰に巻かれているので、一見すれば本当に人間の女性のようだった。

「オッケー」とラハム。

「かしこまりました」とクサリク。

「御意」とバシュム。

「わかったよ」とギルタブリル。

「侵攻は二日後。戦争が終わる前に片付けてしまいましょう」



******



 二日後。侵攻の日。

 咲和を含めた十三名は、玉座の間に集まっていた。

 二人の姉と十一の獣を前に、咲和は深呼吸をし、口を開いた。

「これから、私達は「ウェールス・ムンドゥス」へ侵攻します。

 私が召喚されて幾百年。長い時が経ち、その間、私たちは守りに徹してきました。それも私の無知と無力によるものです。ですが、それも今日この時を以て終わります。

 皆の協力の下、私は力を手にすることができました。今の私にとって、人類など敵ではありません。それは皆とて、同じことだと思います。誰もが人類――――いや、塵蟲どもなんかに後れを取るわけがない。だって、母さんが生んだ、私の尊い家族ですから。

 でも、皆のような、尊くて、かけがえのない者の為であっても、私は戦争なんて嫌いです。

 戦いが嫌い。

 争いが嫌い。

 ありとあらゆる戦闘行為が嫌いです。

 

 誰かが殺されるのなんて見たくない。

 誰かの死にざまなんて見たくない。

 誰かの腕が吹き飛ぶのなんて見たくない。

 誰かの脚が消し飛ぶのなんて見たくない。

 誰かの臓腑がぶちまけられるのを見たくなんてない。

 誰かの頭を割りたくなんてない。

 誰かの脳漿を踏みしめたくなんてない。

 誰かの返り血を浴びたくなんてない。

 誰かの体を二つに割きたくなんてない

 誰かの生活を侵したくなんてない。

 誰かの尊厳を踏みにじりたくなんてない。

 誰かの家族を殺したくなんてない。

 誰かの守る者を冒したくなんてない。

 誰かの愛する人を蹂躙したくなんてない。

 だって、そんなことを私がされたら嫌だから。

 でも―――やられたのならば、やり返さなければなりません。

 過去、私が経験することのなかった神話の時代。皆はココに追いやられ、母さんはその体を割かれて世界の礎とされました。それを見てきた皆はわかっていると思います。話に聞いただけの私ですら思ったのだから。

 そんなこと、許していいはずがない。黙って見過ごしていいはずがない。

 ならば、報復するしかない。

 だから、私達は「ウェールス・ムンドゥス」へと侵攻します。

 そしてそこに住む者たちにとっての災厄となりましょう。

 誰かを殺しましょう。

 誰かの死にざまを見届けましょう。

 誰かの腕を吹き飛ばしましょう。

 誰かの脚を消し飛ばしましょう。

 誰かの臓腑をぶちまけましょう。

 誰かの脳漿を踏みしめましょう。

 誰かの返り血を浴びましょう。

 誰かの体を二つに割きましょう。

 誰かの生活を侵しましょう。

 誰かの尊厳を踏みにじりましょう。

 誰かの家族を殺しましょう。

 誰かの守る者を冒しましょう。

 誰かの愛する人を蹂躙しましょう。

 そうして、塵蟲どもにわからせてやりましょう。貴様らが誰を殺したのかを。誰の上に生活しているのかを。

 さぁ、十一の獣たち、私の尊い家族たち。私と共に来てください。

 貴女たちは何を望みますか?

 塵蟲ども消えた世界を望みますか?

 母さんの為の安然の世界を望みますか?」

『大いなる母の為の世界を!』

「わかりました。ならば蹂躙です!

 この常夜の世界で永劫の時を耐え続けてきた私達に必要なのは塵蟲どもの殲滅です!

 塵蟲ども一匹残らず駆逐しましょう!

 ココに誓います。

 我ら大いなる母「ティアマト」より生まれし家族たちが「トラウェル・モリス」を支配することを。

 「ウェールス・ムンドゥス」を滅ぼし、我らが大いなる母の仇を討ちましょう!

  わからせてあげましょう、人類に生き残る価値などないと! 我らが母の大いなる力を!

 我らが(Gloria)母に(matris)栄光あれ(nostrae)!」

我らが(Gloria)母に(matris)栄光あれ(nostrae)!」

 咲和の演説は終わり、十一の獣は拳を突き上げた。


 こうして、咲和は一人の少女から、十一の獣の指揮者である魔王(キングゥ)へと昇華した。

 世界を砕き、人類史を終わらせる魔王はここに誕生した。


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