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一章 召喚

一章 召喚



 死んでしまったはずの咲和はゆったりと瞼を持ち上げた。揺らめく炎が深い藍色の瞳に飛び込んでくる。気が付けば咲和は薄暗いホールのような場所に寝ていた。

「成功、なのか?」

 低めのアルトボイスが耳に届いた。咲和は体を起こし、そちらの方を見る。そこにはシンプルな漆黒のドレスを身に纏った長身の女性と、ボンテージのような危ういドレスを身に纏う、黄金色の髪をエアウェーブにした二人の少女がいた。二人の少女の両目は赤色の帯で覆われていた。一見して咲和のことが見えているようには見えない。

「「そのようね」」

 重なったソプラノボイスが同じことを言う。

「おはようございます。ワタシはムシュマッヘと申します。気分はいかがですか? キングゥ様」

 ムシュマッヘと名乗った低めのアルトボイスの言葉に咲和は、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 と、頭を両腕で庇う。

「―――おい、これは本当に成功なのか? 明らかに生前の記憶が残っているじゃないか」

「そのようね」

「問題ないわ」

 狼狽するムシュマッヘに対して、二つのソプラノボイスが抑揚なく返した。少女たちは腰を折り、それぞれ手を差し出した。

「「おはよう。そして、お久しぶり。我らが王、キングゥ。母様の唯一の子よ」」

 咲和にとって意味の解らないそのセリフは、彼女をより一層混乱させた。頭を庇う両腕の力はより強くなる。そんな様子を見た少女たちは互いに顔を見合わせて、小さく溜息を吐いた。

「私達は、ラフム」

「私達は、ラハム」

「「貴女の姉にあたるモノよ」」

 二人はたったそれだけの自己紹介を終えて、自らの両手で咲和の両手を優しく包みこむ。咲和はそれを嫌だという様に払おうとするが、彼女たちがそれをさせてくれない。彼女たちの力で咲和は立ち上がらされる。

「「さぁ、貴女の真名を聞かせてくれない? キングゥはあくまでも我々が付けた呼び名だもの。貴女にも生前の名があるのでしょう?」」

 ラフムとラハムは母が子に話しかけるかのように、ゆったりと咲和に話しかけた。そんな声色に咲和の混乱は多少ながら和らぐ。

「…………暁月(あきつき)咲和(さな)といいます」

「「アキツキ・サナ。わかったわ。では、我々は貴女のことを「サナ」と呼ぶわ。それでいいかしら?」」

 二人は一言一句ぶれることなく咲和に確認する。咲和は小さくそれに頷いた。未だに頭の中は混乱しているが、ラフムとラハムの優しさの含まれた声色に少しばかりか心が開きつつある。

「………サナ様」

 黙っていたムシュマッヘが小さく口を開いた。ムシュマッヘの声に、咲和はビクリと肩を震わせた。

「サナ様……申し訳ございません。ワタシの声がサナ様を恐怖させるとは思ってもなかったのです。ワタシの認識不足でございました。以降、サナ様の世話係は他の者が担当することになるでしょう。ですので、ワタシの処遇につきましては、その者より伺うとします。この度は、大変申し訳ございませんでした」

 声を震わせながらムシュマッヘは傅いた。そして、咲和の手を取って、その甲に軽く口づけをする。

「では、失礼します」

 立ち上がり、踵を返す。その腰からは艶かしく光を反射する太い蛇の尾が伸びていた。

「あ、あの……」

 背中を見せたムシュマッヘへ手を伸ばす咲和。しかしそれは、ラフムとラハムによって阻まれる。

「「あの仔は固い性格だから、今追っても意味ないわ。後で、別の者から言伝を頼みなさい。その方が、あの仔も納得するわ」」

 彼女のことを全く知らない咲和はラフムとラハムの言葉を信じるほかなかった。



******



「「此処は私達が住む「フィクティ・ムンドゥス」の中心にある、湖に浮かぶ(アルキス・メモリア)よ。つまり、これから貴女が住む城と言うことね」」

 先ほどのホールから移動中、咲和は歩きながらラフムとラハムから自身の置かれている状況について説明を受けていた。


 現在、咲和がいるのは「トラウェル・モリス」と呼ばれる、咲和が住んでいた世界とは別の、いわゆる異世界だ。その中でも「フィクティ・ムンドゥス」と呼ばれる場所の、十一の獣が根城とする湖に浮かぶ城(アルキス・メモリア)。そして、咲和は元居た世界で死に、ラフムとラハムを中心とした十一の獣によってその魂を召喚された。

 その目的は、「フィクティ・ムンドゥス」の裏側にある「ウェールス・ムンドゥス」を滅ぼし、大いなる母を殺した勇者に復讐を果たすことである。


「「そして、その体は私達が作成した魔力駆動式戦闘騎兵。いわゆる人形よ。と言っても、どこにでもあるような粗悪品と一緒にしないことね。原初第一の仔である私たちの魔力を注ぎ込んで作成したオリジナルよ。滅多なことでは壊れないわ。でも、首を取られたり血を流し過ぎたりすれば、流石に魂が体から抜けて死んでしまうわ。まぁ、私達や十一の獣たちがそんなことさせないだろうけれど。

それと、我々の言葉が貴女の世界の貴女の国の言葉に聞こえ、我々と意思の疎通が図れているのは、我々の魔術によるところよ」」

 そこで振り返り、ラフムとラハムはニカッと少女らしい笑みを浮かべた。しかしその笑みが咲和の心を逆撫でた。生前の記憶から少女の笑みに良い思い出などない。

「「貴女はこれからココで暮らし、キングゥとしての素養を付けてもらうわ」」

「………?」

 咲和の頭の中には疑問符が乱立した。

キングゥはバビロニア神話の創世叙事詩である「エヌマ・エリシュ」に登場し、「マルドゥク神」によって滅ぼされた神である。

そんな神としての素養を自身が付けなければならない理由が一切理解できなかった。

「「貴女が我々に召喚された目的は話したと思うのだけれど……。つまり、貴女にはキングゥ――指揮者として十一の獣(我々)を指揮してほしいのよ」」

 そんなことを言われても、咲和は困るだけだった。

 今まで自身が表立って何かをするなんてしてこなかったし、そもそも目立つことなんて嫌いだった。ましてや、指揮をとるなんて考えただけで許容量を超えている。

 咲和が返答を渋っていると、

「「とりあえず、召喚された以上は最低限のことはやってもらうわ」」

 先ほどの少女らしい笑みとは正反対に、ラフムとラハムは冷たく人間味の欠けた声色で言った。

「………はい」

 そう、咲和は小さく返事を返しかなかった。

 未だ、頭の中は乱気流のような混乱が渦巻いていた。



******



 二人の案内でたどり着いたのは、明らかに人間用ではない巨大な扉――扉と言うよりも門と呼べるサイズ――の前だった。

「「さぁ、皆が待っているわ」」

 二人が扉を押す。その巨大さとは裏腹に二人の小さな手で簡単にその口を開けた。

 扉の先は、教会のような縦長の部屋だった。中央には赤色の絨毯が敷かれ、それが部屋の奥まで続いている。天井から延びる支柱には、蛇が口を開けたような意匠が施されている。見上げれば幾枚ものステンドグラスから、静かに月光が差している。そのステンドグラスにすら大蛇が描かれていた。不気味なステンドグラスから目を背け、咲和は奥へと目を向けた。そこには玉座があり、ココが玉座の間であることが分かった。そして玉座の前には十個の人影が見える。月光を受け、その全てに深い影が落ちている。玉座の奥の壁には、白銀の髪を二つに結った少女の巨大な肖像画が掛けられていた。

「「さぁ、行きなさい」」

 ラフムとラハムが咲和の腰を押す。

「「己が従者に名乗りを上げてくるのよ」」

 咲和は不安げに二人を振り返る。しかし、二人は小さく首を振る。

「「大丈夫。貴女なら受け入れられるわ。だって、私達が受け入れたのですもの」」

 その声は、少女の様でも人間味の欠けたものでもなく、母さん(、、、)の声に似ていた。自分のことを愛しいと言ってくれた、あの母さんの声だ。咲和の頭に渦巻いていた混乱が紐解けていく。そして、凪の海の静けさのような冷静さが訪れた。

(――――キングゥ。十一の獣の指揮者にして、母さんの唯一の子)

 ラフムとラハムの言葉を頭の中で反芻し、月光を受けて煌く白銀の髪を靡かせて、咲和は歩き出す。

 十個の影が振り返った。しかし影は濃く、その顔を窺うことはできない。一歩踏み出す。すると、十個の影は左右に道を開けた。咲和は気を引き締めるように手をぎゅっと握る。

 惨たらしく無意味に終わった人生が、新たなる世界で再スタートした。それは酷く滑稽で、理解しがたくて、馬鹿らしい。しかし、それでも、咲和はその人生を謳歌しようと思い始めていた。それは、母さんの言葉によるもので、ラフムとラハムの言葉によるものだ。

 自分を愛しいと言ってくれた、受け入れてくれると言ってくれた。生前、そんなことを言ってくれたのは、ただ一人しかいなかった。そして、咲和はその人の傍にいることができなかった。だから、今度こそは、そう言ってくれた人たちの傍に居たいと思った。

 仮にその言葉が偽りだったとしても、咲和には関係がなかった。


(だって、その言葉だけで私は――――――――――――――――幸せだったから)


 影たちの中央を通って玉座に辿り着く。そうしてやっと、影たちの顔を見ることができた。

 一人は、先ほどのホールにいたムシュマッヘだった。他の九人もすべて女性だ。

「我らが王。ココに十一の獣、御身(おんみ)の前に」

 ムシュマッヘが傅く。すると、他九名も一斉に傅いた。

(王って………私のこと、なんだよね? ………そもそも、この人たち)

 彼女たちを俯瞰する。

 ある者は背中から巨大な翼が生え、ある者は背中から太い触手が生え、ある者は両腕が獣の前肢のようになっていて、ある者は蠍の尾が生え、ある者は青白い大きな角が側頭から生えている。

 つまり、彼女たちは人間ではなく、文字通りの「獣」だった。

「………私は暁月、咲和です」

 俯きがちに自分の名前を口にする。

「「これから、我々の王となる者よ。我らがキングゥだと思いなさい」」

 遅れて、ラフムとラハムが咲和を挟む様に玉座の脇に立つ。

「「サナは目覚めて浅い。各々、名乗りを上げなさい」」

 その言葉に十名が顔を上げる。そして、傅いたまま名乗りを上げた。

「十一の獣が長女、ムシュマッヘ」

 長女ムシュマッヘは、漆黒のシンプルなドレスに身を包み、老若男女関係なく魅了する妖艶な肢体を持つ、長身の女性だ。その腰からは艶かしささえある光沢を持った、蛇の尾が垂れている。

「十一の獣が次女、ウシュムガル」

 次女ウシュムガルはムシュマッヘに比べると小柄で、黒いゴシックドレスに身を包み、背中からは巨大な竜翼、スカートの中からしなやかな竜の尾、その両腕は竜鱗で覆われていた。その瞳は炎のような緋色だ。見ているだけで、心を焼かれそうになる。

「十一の獣が三女、ウガルルム」

 ピシっとしたバーテン服に身を包む、三女ウガルルムは、頭頂は黒く、先に行くほどオレンジ色になっていく奇怪な長髪で、その毛量はかなり多い。その瞳は琥珀色に輝いている。奇怪な髪色も気になったが、何よりもムシュマッヘを超える身長は、生前の世界の成人男性でも中々見かけないほどだった――――――――――



 こうして十名の名乗りは終わり、咲和の前に傅いた。十一の獣は名の通り、全てが「ティアマト神」の作り上げた、十一体の魔獣の名を冠していた。が、一人足りない。咲和はその一人が誰なのかこの時はわからなかった。

(この人たちを私が指揮する?)

 自覚すると一気に不安が押し寄せる。それは、大海の大波の様に咲和の小さな心を飲み込んだ。耐え切れないほどの不安に吐き気がしてくる。

(今すぐにでも逃げ出したい。この人たちの上に立つなんて無理だ。絶対に無理だ。)

そう考えていた時だ。

「「さぁ、紹介は済んだ。各々持ち場に戻りなさい」」

 ラフムとラハムの言葉に、ムシュマッヘをはじめとする十一の獣は立ち上がり、部屋を出ていく。

 全員が出ていく中で、咲和のことをジっと見つめている者がいた。

 それは十一の獣が六女、ラハムだ。彼女たちの中で一番背が低く、卒園間近の保育園児ほどの身長。白銀の髪は外はねの激しいロングヘアで、その色は咲和のものと似ている。白いワンピードレスを着ているが、その背中からは毒々しく太い蛸の脚が二本生えていた。そんな二本の触手よりも、咲和が気になったのは、その瞳だ。深海を思わせる深い青色の瞳。それはどこか母さんを思わせた。

「…………」

 何を言うこともなく、ラハムは咲和のことをじっと見つめる。その視線は新しい獲物を見つけたサメのような危うさを孕んでいた。

 しかし、その危うさに気付かず、自身に向けられる視線に弱い咲和は、そっと視線を逸らした。

「「まだ何かあるかしら?」」

「いんやぁあ。まだ弱いよね?」

 二人の少女の声にラハムは視線をそちらに向けて答える。そこには危うさはすでにない。

「「先も言ったはずよ。目覚めてまだ浅い」」

「だよね。仕方ない仕方ない………。僕たちも生まれたては雑魚雑魚だったからねぇ」

 言い終わると、パタパタと駆けて部屋を出ていった。

 咲和にはラハムの行動がよく理解できなかった。

「「アレのことは気にしなくて結構よ。私達でも手を焼くような問題児だから。さぁ、貴女の部屋に案内するわ」」



******



「「此処が貴女の部屋よ。好きに使ってくれていいわ。内装が気に入らないだとか、足りないものがあるというなら、あの子たちに言いなさい。望んだものを揃えてくれるはずよ」」

 玉座とは違い人間サイズの扉を開けながら、ラフムとラハムは言った。

「…………?」

 部屋を一通り見て思わず首を傾げた。この部屋に不足なんてあるんだろうか。と。

 部屋は学校の教室ほどの広さがある。天井と壁にはシミ一つなく、床には一切の埃もない。壁際に天蓋付きのベッド、中央には大理石―と思われる―で作られたローテーブルとソファが二脚、奥にはグランドピアノまである。本棚には沢山の本が並んでいるが、そのどれもが驚くほど分厚い。インクと羽ペンの置いてある、勉強机のような素朴な木製の机もあった。入ってきた扉と別の扉があり、その先は浴室に繋がっていた。

 咲和が考えうる最高の部屋が目の前に広がっている。これで内装が気に入らないだの、足りないものがあるなどと、口が裂けても言えなかった。

「「何か用があれば、机の上にあるベルを鳴らしなさい。誰かがすぐに現れるわ」」

 勉強机の上に確かに金色の手持ちベルがあった。

「「それと、その服はすぐに着替えなさいね。王がそのような質素な格好は許されないわ。じゃあ、私達は私達でやることがあるから、着替えが済んだらベルを鳴らしなさい」」

 二人はそう言って、咲和を一人残して部屋を出ていった。

(質素? コレが?)

 今一度自分の服装を確認した。

 生前では着たことなどなかった、シンプルな黒いワンピースに身を包んでいる。咲和自身こんなものを着ることになるなんて夢にも思わなかった。しかし、今はそれを着ているし、それを質素と言われてしまった。確かに、他の者の着ているドレスに比べれば、質素に当たるのかもしれない。

 ムシュマッヘの着ていた漆黒のドレスもシンプルではあるが、それの糸は光沢があり艶やかだった。きっと最上級の物が使われているのだろう。ウシュムガルの着るゴシックドレスはドールの着るような華やかさがあったし、ウガルルムの着るバーテン服も一見して奉仕服としては一級品だった。他の者が着ている物も、少なくとも咲和の着るワンピースよりは、華やかで一級品揃いだ。

 思案を終わらせて、巨大なクローゼットの前に立つ。今までの自分には無縁の代物だ。

「………すごい」

 思わず独り言ちた。クローゼットの中は過剰なほどに衣装が詰め込まれていた。その上、どれもが咲和のサイズにピッタリな物だ。

何着かを見繕い、クローゼットの横にあった姿見の前で体にあてがってみた。しかし、どれもが華やか過ぎて、自分には合っていないような気がした。

(学校の制服みたいなものがあれば……)

 と探してみるも、そんなものはあるはずもない。

 結局、元着ていたワンピースに似た、黒のワンピースドレスにすることにした。腰に大きな黒いリボンが付いているが、こればかりは仕方がなかった。先のワンピースで質素と言われてしまったのだから、リボンを外して着替え直しと言われるのはあまりにも馬鹿らしい。



 着替えが終わって、ベルを鳴らす。小気味良い音が部屋に響く。そして、すぐに扉をノックされた。

「サナ様、クサリクが参りました」

その声は、十一の獣が八女、クサリクの物だ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 呼び掛けに、咲和は頭を抱えてしゃがみ込む。

「サナ様? いらっしゃいませんか?」

 二度目の呼び掛けで自分が呼んだことを思い出し、はっと顔を上げた。

「あ、え………」

 駆け寄って扉を開ける。廊下に出ると、クサリクが心配そうに眉を傾けていた。

 黄金色のロングストレートヘアで、側頭部からは牛のような青色の角が生えている。翡翠色の宝石のような瞳の釣り目で、黒いローブを羽織っている。その中はラハムと同様の白いワンピースドレスだ。角や翡翠色の瞳もさることながら、その身長は二メートル近い。成人男性を超える身長だが、咲和に与える印象は決して威圧的なものではなかった。老齢の巨獣のような包容力と静けさが感じられた。

「いらっしゃいましたか。どうぞ、何なりと」

 一度、晴れるような安堵の表情を浮かべて、クサリクは傅く。

「あ、え、あ…………」

 ラフムとラハムに呼べと言われたから呼んだだけであって、特別何か用があったわけではない咲和は困惑する。しかし、ココでは自分のことを皆が王だと思っている。

「「着替えが終わった様ね。良く似合っているわ」」

 廊下の奥から現れたラフムとラハムの言葉に咲和とクサリクは視線を向ける。

「お二人がサナ様を?」

「「そうよ、クサリク。もう下がっていいわ」」

「………かしこまりました。では、失礼いたします」

 立ち上がり、深い礼をしてクサリクは立ち去った。

「「では、行きましょうか」」



******



 そうして咲和が連れてこられたのは、自室と同じ階にあるバルコニーだった。外は濃い影を落とす月夜だ。説明を受けていた通り、城は巨大な、それこそ対岸が霞んで見えないほどの湖の上に浮かんでいた。一本の橋が対岸までかかっていて、それがこの城から出る唯一の道のようだ。

「「この通り、「フィクティ・ムンドゥス」は常夜の世界よ。貴女の元居た世界とは毛色が違うかもしれないけれどね。空には青白い月が常にあり、陽の光なんてものは存在しない。いえ、必要なんてない、そう言った方が適切ね。我々に陽の光なんて必要ない。必要なのは、ただ一つなのだから」」

 赤い帯で覆われているはずの目で、二人は遠くを見据える。それは遠い過去に思いを馳せているようだった。

「………?」

 続きを促すように首を傾げる。しかし、二人が続きを話すことはなかった。

「どうして…………私だったん、です、か?」

 ずっと気になっていたことを問いただす。

 何故、自分が選ばれたのか。

 それは召喚され、話を聞いている間、咲和の中にずっと燻っていた疑問だった。

 別に咲和である必要はないのだ。生前、特別な技能があったわけでもない。魔術の素養があったわけでもない。そう言ったものを目指したことだってない。憧れを持ったことさえない。

 なのに、どうして?


「「母様が愛しいと言ったから」」


 その声はどこか悲しげで、それでいて羨望に満ちていて、母を思う子の様に真摯だった。

(たったそれだけのことで………私を受け入れてくれた?)

 咲和にとってはそれだけのことだった。たったそれだけだと、そう思えるだけの些事だった。しかし、二人にとっては、十一の獣たちにとっては、たったそれだけのことが重要だったのだ。

 それこそ、勇者に復讐しよう、そう考えるほどに。

 目覚めて浅く、この世界の事情にも疎い彼女にはその重要性が理解できなかった。でも、自分を受け入れてくれた人たちの願いを、思いを無下にはしたくなかった。

 だから、咲和は―――

「わ、私―――」

 遠くを見つめていた二人が咲和に向き直る。やはりその両目は赤い帯で覆われている。

 咲和は今から自分が何を言おうとしているのかうまく理解していない。その意味を、それが引き起こすこれからのことを。

 しかし、理解するよりも先に言葉は出た。

「――――や、役に立ちたいです! ラフムさんとラハムさんの言うことは、よくわかってないかもしれないけれど、でも、お二人や、十一の獣の皆さんの、役に立ちたい。役に立って、傍に居たい………私のことを受け入れてくれたから………手を、握ってくれたから」

 こんなことを思ったのは、これで二度目だ。生前、彼女(せんせい)だけが咲和を受け入れて、手を握ってくれた。その人とはもう会うことはできない、楽しく笑い合うことはできない。だからこそ、二度目を手放すわけにはいかなかった。

(もう、あんな顔を見るのは嫌だ)

 彼女(せんせい)の最後の表情は酷く悲しいものだったから。

「―――?」

 ラフムとラハムが咲和を挟む様に抱擁する。優しく、ぎゅっと。

「「ありがとう」」

「………はい」

 咲和は応えるように、その抱擁を受け入れた。



******



 二人の抱擁を受け入れて以来、咲和はやれることは総てやることにした。

 まず咲和は、クサリクを呼び出して、ムシュマッヘへの言伝を頼んだ。それは今後の世話係の任命と召喚時の態度についての謝罪だった。

 咲和にとって彼女も自分のことを案じてくれている一人なのだ。彼女(せんせい)と同じ一人だ。そんな人に辛い思いをさせたまま過ごすのは、とてもじゃないが咲和には無理だった。

(………怖かった。だけど…………今は)

 もう、悲しませたくないから。


 次いで、咲和は自室の本棚から何冊かを取り出して勉強机に運んだ。「トラウェル・モリス(この世界)」の常識や風土、歴史などを頭に入れておこうと思ったのだ。

 一冊を開く。どれもがアルファベットで書かれ、その文章は英語に近い。しかし、度々、英語とは違う文章の並びや綴りの単語が出てくる。

(英語のようだけど…………ちょっと違う?)

 それも当然だ。ココは元居た世界とは違う異世界だ。言語が同じである方がおかしな話だろう。

 そこで、ベルを鳴らした。

 すぐにドアをノックされる。

「サナ様、ムシュマッヘが参りました」

 パタパタとドアに駆け寄り、ムシュマッヘを部屋に招き入れる。

「どうぞ、何なりとお申し付けください」

 ムシュマッヘは躊躇なく傅いた。

「あ、え………コレを、教えてほしいんですが………」

 先ほど開いた本をムシュマッヘに見せながら咲和は言う。それをムシュマッヘは立ち膝で覗き込んだ。

「「トラウェル・モリス」についての本でございますね。かしこまりました。具体的に、何をお教えすればよろしいでしょうか」

「え、あ、……読めなくて、言語の勉強をしたいです。魔術なしで、皆さんと話ができるようになりたいです……」

「かしこまりました。では、紙をお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」

 今一度傅き、ムシュマッヘは部屋を出ていく。



 ベルを鳴らした時よりも少しだけ時間をかけて、ムシュマッヘは戻ってきた。その手には大量の紙を抱えている。

「お待たせいたしました。では、お勉強を始めましょう」

「……よろしくお願いします」

 こうして、ムシュマッヘによる「トラウェル・モリス」の言語授業が始まった。



******



 ムシュマッヘによる言語授業は一日三時間行われた。マンツーマンの授業であり、他には誰もいない環境が咲和には心地よく、勉強は滞りなく進んだ。授業のほかにも寝る前や、朝食の前などに自習を続けていた。時々、ラフムとラハムに頼んで、魔術を解いて会話をしてみたりしていた。その結果、一カ月に満たない日数で読み書きが問題なくできるようになった。何より、魔術なしで十一の獣たちと会話が可能になったのだ。彼女たちの優しい対応と会話が可能になったことが合わさり、生前からの話しかけられるだけで「謝る」と言う行為は減っていった。

 そして、始めるきっかけになった本を開いた。

 書かれていたのは、「トラウェル・モリス」の創世神話だった。それは「エヌマ・エリシュ」にそっくりだった。

 原初の父と母が存在しそこからさまざまな者たちが生まれ、その子供たちは原初に反旗を翻し、新たなる世界を創った。

 創世神話にしては描写が事細やかだったり、会話が描写されていたりと、小説に近いものだった。

「…………?」

 咲和が何よりも気になったのは、原初の母たる「ティアマト」についてだった。

 白銀の髪を二つに結った少女のような母。と描写されていたその容姿は、玉座の後ろに掛けられていた肖像画に似ている。

(ティアマト、キングゥ、ラフムとラハム、十一の獣………創世)

 頭の中には疑問ばかりが浮かんでくる。

 次第にページを捲るスピードも上がっていく。しかし、最後のページまで捲ってみても、咲和の疑問が晴れることはなかった。

 立ち上がり、部屋を出ていく。



 コンコンコン。

「あ、あの………」

 とある部屋の前に咲和はやって来ていた。

「「………あら、何かしら?」」

 中からラフムとラハムが出てくる。

「少し、聞きたいことがありまして………」

「「……そう。なら入って」」

 二人は咲和を部屋に招き入れた。

 中は咲和の部屋とは比べ物にならないほど簡素なものだった。

 大きなツインベッドとクローゼットがある以外に何もない。その上、壁も床も天井も、コンクリートが剥き出しだった。廃墟のような冷たさが部屋を満たしている。

「「聞きたいこととは何?」」

 二人はベッドに腰掛けて問う。

「あ、え………創世神話を読んだんです。それで――――」

「「我々はそれに立ち会ったのではないか?」」

 咲和の声を遮る様に二人は続けた。心を読んだかのような二人の言葉に、彼女は言葉を詰まらせた。

「「サナ、貴女の推測は概ね正しいわ。我々は神話の体現であり、神話は我々の忌まわしき過去よ。そして貴女は、その神話に終わりを(もたら)すために召喚された」」

 神話の終わりこそが我々、母様に生み出された者たちの悲願なのだから


 二人の言葉には、憎悪と悲愴と、幾ばくかの憐みが含まれていた。

「じゃ、じゃあ………私は、いつか、誰かを殺す(、、、、、)んですか?」

 咲和の台詞に二人は意表を突かれたとばかりに、小さく口を開けた。そして、クスクスと笑う。

「「貴女、おかしなことを聞くのね。いつか誰かを殺す? 今更何を言っているの? 貴女が殺すのは、誰かなんて個人じゃないわ。貴女が殺すのは――――」」

 その続きを咲和は聞いたはずだった。

 何故ここに召喚されたのか。

 質問の答えはすでに出ていたのだ。

 二人は言っていたではないか。勇者に復讐がしたい、と。

 創世の勇者に対する復讐。それが意味するのは―――

「「――――世界よ」」

 絶句とはまさにこのことだろう。言葉など出るはずもなかった。どうしたら世界を殺すなどと考えることができるのだろうか。

「私にできると、思っているんですか?」

 思わず口に出た言葉だった。

「「ええ。貴女ならできるわ。だって、貴女は母様が唯一愛した子なのだから」」

(それだけのことで………母さんに愛されているってだけで………私が―――)

 ―――――世界を殺せると、そう信じて疑わない。


 それは一人の少女が背負うには余りにも重い期待だった。世界の命運を背負っているのだから当然だ。自分の行動一つで世界の明日が決まる。暮らしている者の尊厳や権利なんて無視して、自分の考えだけでそれを蹂躙し破壊する。それは決して許される行為ではない。

「「貴女は母様に愛された唯一無二の子。そして、私達の愛しい妹。貴女にならなんだってできる。そう信じている。だって、母様が愛し、私達が受け入れたのだから」」

 二人はベッドから腰を上げ、挟む様に咲和を抱きしめる。優しく、ぎゅっと。部屋の冷気から咲和を守るように。貴女ならできると、そう伝えるように。

 咲和はそれだけで(ほだ)される。

「はい………………………………姉さん」

 咲和の中で二人の存在は大きくなりつつあった。まだ出会ってから一ヶ月に満たない期間しか過ごしていない。それでも、この人たちの為なら何でもしてあげたいと、この人たちの為なら世界すら屠ってみせると、そう思うに足る存在になった。

 それは二人にとって同じことだった。咲和の為ならばなんだってしよう、世界すら一緒に屠ってみせる、と二人の中で彼女は大きな存在になっていた。

 その感情は、友愛であり、家族愛であり、姉妹愛であり―――――――――



******



 神話の真実を知った後、咲和は次の行動に移っていた。それは元から考えていたものではなかった。真実を知った後に思いついたことだ。そして、何よりも彼女に欠けていたことでもあった。

「あ、あの………」

「はい、サナ様」

咲和は厨房にいる、クサリクの元へとやって来ていた。調理台の上には、何かの内臓や香草が山のように積まれており、何を作っているのか一見しただけでは理解できなかった。

咲和がクサリクの元へやって来たのは、ラフムとラハムの助言によるものだ。

「………わ、私に………魔術を……魔術を、教えてください………」

 生前の咲和には、当然のように魔術の素養なんてものはなかった。と言うより元の世界では誰もが持っていないことこそが常識だった。一方で「トラウェル・モリス」では魔術は一般的だった。誰もが使えるわけではないが、それでも、日常生活を送っていれば目につくことの方が多い。それは時に家の中だったり、時に街中だったり、時に戦場だったり。実に様々だ。

自分を愛しいと言ってくれた人達の為にも、咲和はそんな日常を手にする必要があった。

「魔術、ですか?」

 そんな咲和の決意とは裏腹にクサリクは素っ頓狂な顔をして、首を傾げる。然も、今更そんなことが必要なんですか? と言わんばかりだ。

「……あ、え、わ、私………変なこと、言いましたか?」

「あ、いえ! そんなことはございません。大変失礼いたしました!」

 クサリクはすぐさま深々と首を垂れる。

「か、顔を、上げてください………」

「は、はい。申し訳ございません。して、何故魔術を?」

 クサリクは顔を上げ、確認するように問う。

「あ、え、……えっと、皆さんは使えるようなので………私も使えるようになりたくて………」

「そうでしたか、かしこまりました。では、準備をいたしますので、少々お部屋にてお待ちください。すぐに準備を終え、向かいますので」

「ありがとうございます」

 クサリクは咲和を一人、自室へ帰して、魔術の授業の準備を始めた。


 咲和が部屋に戻って少し経ってから、クサリクが小さなバスケットを手に部屋へやって来た。

「大変お待たせ致しました。では、修練場にて訓練を始めましょう」

「よろしくお願いします」

 二人は、咲和の召喚された地下ホールのさらに下、地下修練場に移動した。



(広い……)

 辿り着いたそこは、地下と言うには余りにも広い空間だった。

 天井は見えないほど高く、奥行きは闇が覆っていて全く把握できない。その中から何かが襲って来ても不思議ではないほどだ。床は砂地になっていて、どこからか吹く風に粒子の細かい砂が流される。

「では、始めましょう。因みに、魔術の見聞きしたご経験は?」

「……ない、です」

「かしこまりました。では、基本からお教えしましょう――」

 クサリクはニコリと笑んで、説明を始めた。


 魔術とは自身の保有する魔力を用いて行う神秘の総称である。それは例えば、炎を生み出したり、水を操ったり、雷撃を放ったり、体を強化したり、モノを浮かせたり、別の場所に転移させたり、何かを召喚したり。用途はさまざまである。魔術にはランクがあり、最低ランクEから最大ランクのEXまで六ランクがある。

 魔術には適性があり、魔力を保有していても適性がなければ扱うことはできない。また、適性があっても、その適正が低ければ低位の魔術しか扱うことはできない。

 魔術には必ず、魔術陣と呼ばれるサークルと詠唱と呼ばれる祝詞が必要になる。それは扱う魔術によってすべて異なる。魔力保有量の少ないものは、魔術陣をあらかじめ記した場所や道具を使用して魔術を発動させるが、魔力保有量の多いものは、自身の魔力を用いてその場で魔術陣を描くことが多い。クサリクも自身の魔力を用いて魔術陣を描く。魔術陣を描くことも魔術と言われることがあるが、これは単に、指先を絵筆、魔力をインクにして描いているだけで、魔術ではない。ただ、描くスピードが速すぎる故に、魔術に疎いものが見れば魔術に間違われることがあるだけだ。


「基礎知識はこんなところです。では、まずは魔術陣の形成からやっていきましょうか」

クサリクはバスケットの中から、複雑な模様の描かれた水晶と紙を取り出した。

こうして、クサリクによる魔術訓練は開始された。



******



 訓練開始から一ケ月が経った。言語授業とは違い、魔術訓練はスムーズに進まなかった。原因は想像に難くない。言語授業と違い、咲和は魔術に触れるのは初めてだった。それゆえに感覚的にそれを掴むことが難しいのだ。

「難航しているようね」

「あり得ないことだわ」

 修練場の扉が開き、ラフムとラハムが姿を現した。

「お二人……。初めてのことだから仕方がないでしょう」

「「いいえ、魔力保有量と魔術適正は、貴女と同等かそれ以上。いえ、「フィクティ・ムンドゥス」においては保有量と適正だけで言えば、間違いなくトップね。いくら扱うのが初めてでも、この遅延は予想外だわ」」

 咲和にはそれがどれだけのことなのかピンとこなかったが、クサリクの表情を見て、相当なことなのだと悟った。

 事実、クサリクの魔力保有量と魔術適正は十一の獣の中でもトップクラスだった。こと魔術戦においては最強すら自負できるほどだ。また、七人の姉たちも、魔術でクサリクに敵うとは思わないほどだ。そのクサリクに匹敵し、よもや超えるなどあり得ていい話ではなかった。

何故なら、十一の獣とは大いなる母、ティアマトが生み出した人類に対する尖兵なのだ。その魔術のトップを超えるなど、生みの親であるティアマト以外にあり得なかった。それが超えているというのだから、クサリクが驚くのも無理はなかった。

「じゃあ、サナ様は本当にティアマト様の―――――」

「「ええ、唯一の子よ」」

 クサリクの言葉をラフムとラハムが続けた。

「あ、あの………なら何で……私はできないのでしょうか?」

 会話に口を挟まないようにしていた咲和が、恐る恐る聞く。

「「魔力が馴染んでいないのよ。そもそも、保有量が魂の許容量を大幅に超えているの。それを器が補っている状況。だから、魂に魔力が馴染むまでに時間がかかっている。それだけのことよ。焦る必要はないわ。ゆっくりやりなさい」」

 咲和の頭を優しく撫でて、二人は修練場を後にした。

ここ二ヶ月余りで咲和は二人が十一の獣のに対しては、冷たく律した態度でいることが分かった。咲和に対しては妹に対する優しい姉と言う態度を徹底しているが、十一の獣に対しては厳しい親のような態度をとっている。

「やっぱり苦手ですね………」

 ボソッとクサリクが溢した。

「姉さん、ですか?」

 自然に二人のことを姉さんと呼ぶようになった咲和。それのことを特に気にすることなく、クサリクは肯定した。

「そうですか………」

 自分には優しい姉であるラフムとラハムが十一の獣たちとも仲良くなれればと、ふと思った。しかし、それが難しいことであることも理解した。母親こそ同じだが、二人と十一の獣では、生まれた理由が違いすぎる。

「始まりの仔」として生まれた二人と、「戦うための()」として生まれた十一の獣とでは、差がありすぎたのだ。自らの子供と兵士では、きっとティアマトからの扱いにも差があったことだろう。その差を埋めることは、今の咲和には到底不可能だ。

 だから、咲和は長い目標として、二人の姉と十一の獣(他の家族たち)との溝を埋めることを思いついた。今は無理でも、いつか、皆で楽しく暮らせたら、と。

「え、あ…………訓練の、訓練の続きをしましょう………」

「そうですね。再開しましょう」

 微妙な空気が流れつつも、訓練は再開された。

 こうしてまた、咲和は指揮者(キングゥ)へと近づく。



******



 魔術訓練を行いつつ、同時に戦闘訓練も始めていた。

これもラフムとラハムの提案によるものだ。「「指揮者なら誰よりも強くならないとね」」とは、二人の弁である。正直咲和には理解できない理論だったが、愛しいと言ってくれた姉たちが言うのだから、と彼女は反論せずに始めていた。

 しかし、戦闘訓練は魔術訓練の合間と言う、極短い時間のみで行われた。訓練に付き合っていたのはムシュマッヘがほとんどだったが、時たま別の者も混ざっていた。

 咲和が一番の恐怖を感じたのは、ラハムとの戦闘訓練だった。ぬるりと光る触手による嫌悪感と、ラハムの戦闘時のぎらついた眼光が恐怖を煽ったのだ。その上、他の者が加減をする中で、彼女だけは加減なしの本気で戦っていた。戦闘経験皆無の咲和からすれば、恐怖以外の何物でもない。

 しかし、そんな傍若無人であるラハムに対して、咲和の好感度は下がることはなかった。むしろ、好感度は上がっていた。自分に対して悪意のないタメ口は新鮮でうれしいものだった。だから、ラハムに対しての咲和の口調も次第に砕けたものになっていった。

「………ラハムちゃんとはもうやりたくありません」

「えぇー、なんでさー。酷いよぉー」

「…………ダメです。絶対にやりません」

「サナが拗ねたー」

 その様子をラフムとラハムは微笑ましく見ていた。

「「貴女が悪いのよ、ラハム」」

「姉さん……帰りましょう」

 二人まで寄って来ていた咲和が二人の手を取って言う。そこには姉を慕う妹のような感情が乗せられている。

「「ええ、そうね。お疲れ様」」

 その表情はまるで、妹の成長を尊ぶ姉のようだ。

「ちょ、僕は置いてきぼりなのぉー!」

 とラハムは修練場を出ていこうとする三人の背中に向かって走った。

 二人の姉と小さな妹と共に咲和は修練場を後にした。

 こうしてまた、咲和は指揮者(キングゥ)へと近づく。




 その感情は、友愛であり、家族愛であり、姉妹愛であり――――――呪いの様だった。誰かを殺す(、、、、、)

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