エピローグ
エピローグ
勇者の討伐から早数日が過ぎた。ムシュフシュが危惧していた、十一の獣同士の戦闘は咲和が間に入ることで回避された。ムシュフシュは神話の時代の様に、十一の獣の姉妹たちと共に暮らすことが出来た。まだ蟠りはあるだろうが、それが解消されるのも時間の問題だろう。と、咲和は考えた。
そんな昼下がり、城の食堂に介した一同を前に、咲和は溜息交じりに言った。
「これで全員の自己紹介が終わりましたね。まぁ、いいんじゃないですか。うん。家族が増えることに異論はありません。ありませんが…………流石に皆さん順応が速すぎませんか?」
ラフムとラハム、十一の獣、イシュとシュガル、ネガル、そして十一の獣が攫ってきた女性たち。言葉は特に女性たちに向けられていた。
女性たちはそのほとんどが、既に十一の獣に対して好意を抱いていた。敵意を向けられるよりは幾分かいいことだったが、それでも咲和は落ち着かなかった。こんなにも早くに好意を抱かれるとは、家族たちはいったい何をしたのだろうか、と。
「いえ、時間がかかった方かと。本来ならば、攫った翌日には従順になっておらねばなりませんから」
と答えたのはムシュマッヘだ。
「いやいや、そんなことないですからね? あ、もしかして拷問でもやったんですか?」
そんなこと聞いたが城には拷問を行えるような場所はなく、また、そのような道具も一切ない。咲和が知らないだけで、どこかにあるかもしれないが。
「拷問は行っておりません。大いなる母に誓って拷問だけは行っておりません」
「ならいいんですけど……」
「あ、いいんだ」
その声はクルールの物だった。
「え?」
「だって、行ってないのは、拷問だけなんだよ?」
「だから、拷問してないならいいんじゃないかな?」
「でも、拷問以外はヤッてるんだよ? 正確にはヤッてる側もヤられてる側も自覚がないだけだと思うけどね?」
「………………!」
クルールが何を言っているのかようやく気が付いた咲和は耳まで真っ赤にした。茹でられたタコの様に真っ赤に染まる。その頭から煙でも出そうだ。
「あ、ようやく気が付いた?」
「は、はは、は、ハレンチです! 何やってるんですか! てか、それで従順になるって、貴女達も大概ですよ! 全く、皆皆、ハレンチです! あり得ません!」
バン、と机を叩いて立ち上がる咲和。
「自分はやっておりません!」
「わたしもー。てか、わたしいないしね」
「私も行っておりません」
バシュム、クルール、ムシュフシュはそれぞれ抗議した。
「一緒です! 一緒ですよ! 容認していたなら変わりません! もう、皆、不潔です! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ! 皆のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
咲和は逃げ出すように食堂を出ていった。
「「はぁあ、あの子もまだ子供ね」」
「貴様らが教えていないのが悪いんだろうが」
やれやれと言った風のラフムとラハムに、ムシュマッヘが言う。言葉のわりに、そこ声色には棘はない。
「いや、どう考えてもお主らが悪いと思うぞ」
咲和の座っていた席の後ろに控えていたイシュがムシュマッヘに向けて言った。
「拷問を行っていないんだ。別に問題ないだろう?」
「いやいや……年頃の娘に聞かせる話ではないだろうに」
と、言葉を返す。その程度にはイシュもまたこの空気に順応していた。それが人類にとって正解か否か、それはイシュ自身が判断することだろう。
「ふん。貴様に言われずともわかっている。だからワタシは言葉を濁したのだ」
「えー、わたしが悪いんですかー! 姉さ――――あ、サナ様」
クルールは言葉の途中で、扉から覗いている咲和に気が付いた。飛び出したが、誰も追って来てくれなかったので戻って来たのだ。
その食堂の様子は誰が見ても、姦しいだけの女性たちだった。帝国を堕とし、勇者を殺し、世界を屠ろうとする十一の獣とその王とその姉たち、捕虜となっている者たちだと見えないだろう。
しかして、彼女らは世界を屠る、「大いなる母」の娘たち。
その悲願が達成されるその日まで、十一の獣は魔王と共に。