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プロローグ

「そうだクラウド。お前ちょっと王都に行って嫁捕まえてきなさい」


 シェイラー辺境伯である父リクイド・フォン・シェイラーからそう言われたのは、私ことクラウドが十五になった成人祝いの狩猟大会から帰ってきた夜の事だった。


「……あー。そっか。そういえばそういう決まりになっていましたっけ」


 大人になったら王都に行って同じ貴族出身の娘と結婚する。


 子供の頃に何度か繰り返し言われていた事だったが、正直ピンとこない。


「面倒だし、どうせこんな僻地なんだし、適当にその辺の子で手を打っちゃダメですか?」


 シェイラ―辺境伯領は面積自体はとても広いが元々魔境と呼ばれていたような、魔獣の類が跳梁跋扈する土地だ。


 お隣の領地とは山やら森やらで途絶されたいわゆる陸の孤島で、外に出るのは非常に面倒で、外の人間が移り住むにはもっと大変だ。


 それこそ魔獣一頭くらいは簡単にあしらえるような、腕っぷしも肝っ玉も必要だ。老若男女問わず。


 しかもそれが最低限の合格ラインなのだから、わざわざ外の人間と結婚して連れてくるなんて、効率が悪いどころの話ではない。


 なので最初からその基準に達してる領内の子女を見繕った方が現実的なのだ。


「駄目だ。私もお前と全く同じことを父上に言ったのだが『シェイラー辺境伯家を認める条件の一つとして王家と取り決めがある』と言われてな」

「これを期に貴族やめるのは?」

「それも聞いた事あるが『爵位を返上すると国から一族郎党全員討伐対象となる取り決めがある』と言われてな。まあ、嫁一人娶ればあとはほぼこの領に引きこもっていられるからと、代々我がシェイラー家嫡男は全員大人しく嫁取りに行ってるようだし、かく言う私もそう思った」

「待ってなにその取り決め!? というか、父上もお祖父様もみな私と同じことを考えていたんですか!?」


 シェイラー辺境伯家の遺伝能力、高すぎないだろうか?


「討伐云々は初代様のやらかし案件らしくてな。貴族としての義務と資格の条件を果たす代わりに、この土地での自由を認めてもらっている状態だな」

「何やったんですか初代様……」

「さてな。私も調べたんだが記録は残ってなかった。王城の書庫には残っているだろうが……まあ、要は爵位は首輪でここでの暮らしは餌。そして定期的に王国貴族の血を受け入れる事で対外的に恭順の意を示す事になっている」


 幼い頃から時々(なんでうちはこんな土地治めてるんだろう?)と思っていたが、なるほど。つまりご先祖様の罰としてこんな危険で厄介な場所に封じられたのか。


「まあ貴族であれば相手は誰でも問題無いからな。そこから選ぶなら自由は認められている」

「うーんこのやんわりとした温情感」

「我が家としても最低限この土地で暮らせる娘であれば特に要望は無い。こんな場所だからな。お前の裁量で連れてきてよいのだぞ?」

「懐深そうに言ってるけどそれってつまり私に丸投げするって事ですよね?」

「そうだな」

「あはは。なんだこのダメ領主は? 面倒くささを隠すつもりすら無いみたいだぞぉ……!」


 我が家のことながらこれは酷い。


「領主と言っても我々は代々先天的に魔力が無くて、本来の領主としての仕事の大半を家宰がこなすのが慣例だからな。そんな矜持なんぞ持てるわけない」

「それはまあそうですが……よくもまあ私の代まで続いていますね。この家」

「私もそう思う。というか、むしろ乗っ取って欲しかったくらいまである」

「何言ってんですかこの馬鹿領主」


 傍に控えていた件の家宰が、呆れた様子で父を叱りつけた。


「おうなんだスタン? 領主様にその言葉遣いは? アレだぞ? アレ……そう、不敬罪! 不敬罪で処断するぞ?」

「どうぞご随意に。私どもが代々シェイラー家にお仕えしてきましたのは、偏に我々民に与えられてきた御恩に報いる為であり、金銭や名誉の為ではありません。お邪魔というならばどうぞこの命を摘み取って頂いて構いません」

「お、おう……どうしよう。家臣の忠誠が重過ぎるのだが……」


 父が嫌そうに家宰であるスタンから少し距離を取った。さすがに不敬罪云々は冗談なのだろうけど、想像以上の忠義にドン引きである。かく言う私もスタンが何故こう忠義を言い切れるのか解せなかった。


 言っては何だがシェイラー家は特に領民の為に働こう、という気概は全くない。ノブレスオブリュージュという考えからは程遠い、私利私欲剥きだしな典型的な駄目貴族だ。

 もっとも、より多くの富や栄光を貪ろうとする悪徳方面ではなく、実害が無い限りひたすら楽をしたがるという、自堕落方面に駄目さが振り切っているので悪意を買う事はそれほど無い……筈だ。


 いずれにせよ、領民に嫌われる理由も無いが好かれる理由も無いと私は考えていた。


「話を戻させていただきますが、シェイラー家に爵位を維持して頂くのは我々領民の総意であり、この土地に封じた王国の意向でもあります。少なくとも領内においてリクイド様から実権を簒奪しようなど思う者はおりませぬ故に、そういった馬鹿げた考えは諦めて頂きたい」

「お前うちを尊んでいるのか蔑んでいるのかどっちなん? あと、さすがに総意は言い過ぎではないのか?」

「我々のボスになれる唯一の方々と考えておりますし、領民で他意を挟むものは調教ないし排除いたしますので総意と考えてもらって問題ありません」

「調教と排除ってなんか物騒だなオイ!? というか私の知らん所で何やってんのお前ら!?」


 目を剥いて父が悲鳴をあげる。とうのスタンは「全てはシェイラー家と我ら領民の平穏の為に必要な事ですので」としれっとした様子で畏まっていた。


 とんでもない部下がいて父も大変だなあと眺めていると、ジトリと父から睨み返される。


「他人事のようだが、お前の王都行きに付ける人間はシド。つまりこの男と瓜二つな息子だからな?」

「えぇ……いやまあ、そうだろうなと思っていましたけど、改めて認識させないでくださいよ」


 スタンの息子シドとは面識がある。というかいわゆる幼馴染で、私の身の回りの世話をするように教育されていた。

 父とスタンも同じなのだが、シェイラー家の直系は先天的に魔力を持たず日常生活に支障が出る為そういった魔力面のお世話係が必須であり、日常に密着できるよう幼い頃から共に育てられる。


 その為、外面上は貴族と雇われた平民という関係だが、プライベートではちょうど目の前で行われたように軽口を叩き合えるくらいには気安い関係になる事が自然で、それは私の代でも変わらない。


「嫁候補として推奨すべき条件については既にシドが心得ておりますし、王都には事前に情報網も敷いておきました。それらを基にクラウド様に自由に決めて頂ければよろしいかと」

「……相変わらず用意周到というか準備が良いな」

「お褒め頂き恐悦至極でございます」


 しかし、自由……自由か。異性に興味が無いわけではないが、生涯の伴侶を(限定範囲内とはいえ)好きに決めても良いと言われても、なかなか難しい。


 それに正直、私は森の中を魔獣狩りで駆け回り飛び回りしていた方が楽しいのだ。所帯を持って色恋沙汰にかまけるよりもまだ身軽なまま遊びたい。自分で言うのも何だがまだ子供なのだろう。

 それが貴族として責務とはいえ、一足飛びに婚活して来いと言われると困るものだ。


 そんな風に少し考えていると、父が少し表情を険しくした。


「不安か? クラウド」

「不安……ではないですね。いつかこの日が来ると聞いていたので戸惑いもありませんが、いざその時が来てみればどのように進めれば勝手が良いのか分からないので。困ってます」

「困る、か……まあ、気持ちは分かる。私も当時は途方に暮れたからな」

「父上も?」

「うむ。まあ、最終的にお前の母親と出会い、私自身の意思で婚姻を決めたからな。なるようになるものだ。悩み迷った上で、自分で納得し、するべき時に必要な行動が取れればそれで良いのだ」


 だからちょっと遊びに行くつもりで王都に行けば良いと言われ、そんなものかと思っているとスタンも頷いた。


「そうですね。最低限避けなければならない“地雷”はありますが……それさえ避けてしまえば、正直シェイラー家としての縁組は平民と同じ感覚で進めても問題ありませんので。残る問題はクラウド様自身の気持ちだけです。こればかりは自然の流れに任せるしかないかと」

「その上でどうしても助言が欲しいのであれば、手紙でも出してグレイシアに聞くと良い」

「母上に?」


 母であるグレイシアは現在シェイラー領を留守にしている。

 母は父や私とは違い王都で生まれ育った生粋のお貴族様育ちで、代々軍の要職を歴任していた侯爵家出身だ。その為マナー儀礼の造詣に深く、専らシェイラー家領主の名代として領外で活動する事が多い。


 もっともシェイラー家自体があまり領外に積極的へ働き掛けを行おうとしないので、多いと言っても他領のソレに比べるとかなり少ないのだが。


「うむ。あいつはこの領の誰よりもまともな貴族だ。加えて女性ならでは視点もあるだろうから、私達に聞くよりも実のある助言が聞けるはずだ」


 そもそもこの嫁取りの話自体、本来は母が主導して行う予定だったらしい。


 ただ、急な視察を行う必要ができた為、私の成人を待たずに出立した上に、帰還も間に合わなかったのだろう。


「あいつは軍閥出身だけあって腕が立つ上に基本的に脳き……いや、男勝りだが、色恋沙汰に対する興味は世の女性並以上にはあるからな。お前の成人や嫁取りの話を一番喜んでいたから、進んで面倒を見ようとするだろう」

「たしかに母上は脳き……男よりも男らしいですが、未だに父上からの狩猟デートの誘いに一々悶絶しているくらいには乙女ですからね。女性視点の意見を聞くならば適任ですね」

「お二人とも。取り繕えているようで取り繕えていないので、グレイシア様についてのお話は控えて頂いた方が身の為かと」


 やんわりとスタンが窘めると、父はコホンと咳払いして最後にこう締めくくった。


「ともかく既にある程度の手配はすましているから、一先ずお前はシドと共に隣領から出ている飛行艇を利用して王都に向かいなさい。その後の生活等の細々とした話は追って通達するので、個人的な荷造りが終了次第すぐに出立するのだ」

「分かりました」


 こうして成人と同時に婚活に入る事になった私だったが、後に数々の面倒ごとに巻き込まれる事になるとは、当然ながらこの時は知る由も無かった。

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