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3 状況の確認

 そして、中盤以降のダリアは降下の一途だ。

 ダリアの父、ウィードリーフ男爵は魔族に洗脳され、娘をシリウス王子の妃にしようと、ローズマリー暗殺を企む。シリウスの活躍で暗殺者は倒されるが、男爵は犯行がばれて投獄される。

 この際、ダリアは世界を救う任務のため、セイントローズであるローズマリーを庇って、父が寄越した暗殺者(実は昔からの顔なじみ)を射るが、ダリア自身も父との共犯を疑われて投獄の危機にさらされる。

 そこをシリウスの「私はダリアを信じている」というとりなしによって救われるのだが、以降、ダリアはローズマリーに対する数少ない優位性である『家柄』を失い、恋敵としての存在感は一気に霞んだ。


「外見も、もとから差をつけられている感じだったしなぁ。ローズマリーは『春の光のような金髪』とか『紫水晶アメジストの瞳』とか『春の妖精のような可憐さと、輝く笑顔』なんて絶賛されているのに、ダリアは何かというと『赤い瞳が不吉で怖い』だし。絵としては美少女なんだけど」


 とどめは『第五の聖花・ハイドランジェ編』。

 この話の終盤で、ダリアは崖から落ちて、文字どおり戦線離脱してしまう。

 今の私の状況はここだ。

 主人公一行はダリアが死んだと判断して、旅をつづけるのだが。


「いま読み返すと…………ひどい別れ方だったな…………」


 作中では、ダリアとローズマリーが一緒に崖から落ちそうになる。そばにいたシリウスはとっさにローズマリーに手を伸ばして引き戻し、ローズマリーの無事を確認する。

 その間にダリアは崖下の川に落下して、見えなくなってしまう展開だった。


「私が弘史にこんな扱いをうけたら…………生きる気が失せるかも…………」


 私が死にそうなのに、弘史が迷いもせずに、婚約者の彼女を助けたら。

 それは、一度に引き上げられる重さには限界があるし、立場の重要度では聖花を復活させるセイントローズに勝る者はいないし、弘史にしてみれば、シリウスにしてみれば、当然の選択だったろう。

 私自身、昔は「あー…………まあ、しかたないか」で済ませてしまったシーンだ。

 しかし弘史にふられた今なら、この時のダリアがどれほどつらく悲しい思いを味わったか、想像も共感もできる。


「そりゃあ、裏切りたくもなるよね…………」


 ハイドランジェ編で離脱したダリアは、魔王との最終決戦で再登場する。

 実は生きていたダリアは、魔王に拾われて彼に愛と忠誠を誓い、彼のためにローズマリーやシリウス達を殺そうとする『裏切り者』として現れるのだ。


「昔は『ダリアうざい、馬鹿』って思ったけど…………今なら気持ちはわかるし…………シリウスは口に出さなかっただけで、明確にダリアをふってるんだから、新しい人を好きになっても非難される理由はないし。まあ、相手が魔王じゃ、祝福しにくいのは当然だけど」


 けれどこの展開も、けっきょくはヒロインの『ローズマリー上げ』エピソードに終わった感がある。『百の魔物を倒した、少女とは思えぬ弓の名手』であるはずのダリアは主人公一行の誰も倒せなかったばかりか、『彼女の痛みを察した』らしいローズマリーに抱きつかれ、「シリウスを忘れたなんて嘘よ。私は知っている。あなたは心からシリウスを愛していた。その気持ちを忘れてはダメ。誰かを愛する清らかな心を、自分で憎しみで汚してしまわないで」と説得されて戦意を喪失し、ローズマリー達の前から姿を消すのだ。

 このシーンを初めて読んだ時は「うざいダリアにまで優しいなんて、ローズマリーって本当に聖女だ!」と感激したけれど。


「今、同じことを弘史の彼女から言われたら…………」


 殺意がわく。たぶん、わく。


「なにその上から目線。それって、自分が勝者だから言える台詞だよね?」と思うに違いない。


 ダリアはシリウスに恋していた。けれどそのシリウスを奪ったのは、ローズマリーだ。そのローズマリーにこんなことを言われたって、ダリアが救われるとは思えない。「シリウスはもう私のものだけど、あなたは変わらずシリウスへの恋心を貫くべきよ」と言っているようなものではないか。


「あああ。ダリア、ごめんなさい。本当に、ごめんなさいっ」


 その辺の地面を転がりまわりたい気分だった。

 自分は本当に、ダリアというキャラクターを理解していなかった。

 彼女のつらさ、哀しさや苦しみが見えていなかったのだ。

 とにかく、そんな風にダリアはローズマリーと差をつけられつづけて、不遇な扱いのまま退場する。

 おそらく、ヒロインに過剰に自己投影するタイプの作者である花宮愛歌さんにとって、ダリアというキャラクターは目障り以外の何者でもなく、それがそのまま物語に反映されてしまったのだ。

 少女漫画では、ヒロインやヒーローに振られた者同士でくっついたり、新しい相手を見つけたりするのも定番だが、ダリアは崩壊する魔王城に魔王と残るシーンが描かれただけで、しかも魔王がダリアを愛していた描写は見あたらなかった。

 というより、魔王もローズマリーの『逆ハーレム要員』で、彼が世界征服に乗り出した理由の一つ自体が『死んだ人間の恋人、マーガレットの生まれ変わりを探すため』であり、そのマーガレットの転生がローズマリーだったりするのだ。

 まあ、『ダリアが魔王を愛した』設定には魔王の洗脳を匂わす台詞もあるので、彼女が本気で魔王に心変わりしたのかは怪しかったりするのだが、それにしても。


「あああ…………読み返さなければよかった!」


 頭を抱えた。


「ローズマリー…………あざとかった…………泣く時は必ず、男キャラの前だし、男は必ず優しく慰めて…………シリウス…………まだ恋人でないローズマリーに平然とキスして、一緒のベッドで寝るなんて…………なにもなかったけど、でも二人共『セイントローズは処女が条件』って教わっていたのに…………第一、二人して『ダリアの気持ちを知っていた』なら、まずダリアの前で普通にいちゃついて、デキてる会話するの、やめなさいよ!」 


 地面に両手をついて、絶望のポーズをとる。


「ダリア、ごめん。ずっと邪魔者扱いしてきて、ごめんない。あなたは、ただの普通の貴族の令嬢だった。あなたが、普通の女の子だった…………ヒロインのライバルというより、もはや『かませ』…………むしろダリアにとっては、ローズマリーこそ疫病神だったかも…………」


 八年後に見えた、新たな視点。

 本当に、あの時、読み返さなければよかった。そうすれば『セイントローズ』は子供時代の楽しい思い出の一つとして、今も記憶の中で輝きつづけていたはずなのに。

 たかが少女漫画。されど少女漫画。

 美しい記憶が別の色に塗り替えられるのは、なかなかショックなものだった。


「これからどうしよう…………」


 しばらく頭を抱えて苦悩した末に、別の疑問が浮びあがる。


「そもそも私…………本当にダリアに転生したの? 仮にそうだとしたら、理論上、過去に飛んだことになるのよね?」


 記憶がたしかなら、『セイントローズ』は八年前に完結している。つまり、私の魂は死んだ時点より最低八年は時間をさかのぼったということだ。


「転生って…………普通、未来に行くもんじゃないかなぁ? まあ、ネット小説では『お気に入りのゲームや漫画の中に』って、定番だけど…………」


 ついでに、この手の小説のテンプレパターンを思い出してみる。


「ダリアは…………ヒロインのライバルだから、『悪役令嬢』ポジション? 悪役令嬢に転生した場合、『死亡フラグを回避するため、ヒーローやヒロイン達から離れようと試みる』が定番だけど…………」


 考えてみる。仮に、本当に自分がダリア・ウィードリーフに転生して、この先、それはゆるがない現実なのだとして。

 ダリアの立場なら、主人公一行と合流するのが正しい選択だろう。ダリアも世界を救うために旅立った一人には違いないし、それでなくとも世継ぎの王子の護衛官なのだから、生きている以上はシリウスのもとに戻るのが正しい。


「でもなー…………」


 戻ることに意味はあるんだろうか?

 漫画を読んだ限り、『世界を救う』という目的はダリア抜きでも達成されていた。

 ダリアがいなくても魔王は倒された…………というより、ダリアは魔王の手先となって主人公達の前に立ちはだかるのだから、むしろダリアが死んだままのほうが、主人公側にとっても世界にとっても都合がいいはずだ。


「それに…………今の私が、冬野花純がローズマリー達に会いたいかっていうと…………」


 昔の自分なら、この状況になったら、大喜びでローズマリー達を探していたはずだ。間近に見る本物のローズマリーやシリウス達に感激し、自分はさっさと身を引いて、積極的に二人の仲を応援したに違いない。旅の途中では、ばんばん敵も倒しただろう。

 けれど、今となっては。

 同じ『想いつづけてきた幼なじみに振られた』者同士、ダリアのほうに共感、同情しすぎている自覚はあるが、それを差し引いても、もうあの二人に会いたいとは思えない。


「冬野花純としては、シリウスに恋愛感情は持っていないけど。赤の他人としても、目の前であのいちゃいちゃを見せられるのは、ちょっと…………」


 そう考えると、『悪役令嬢もの』の定番、『ヒーロー達から離れる』選択は正しく思える。ダリアがいなくともフローレンス大陸は救われるし、いないほうが魔王を倒すのがはかどる。少なくとも今は、逃げた方が物語の本来の展開に影響しないはずだ。

 問題は『魔王を愛して、彼の手先として主人公達の前に立ちふさがる』未来だけれど、これはとにかく魔王との接触を避けて、作品の最終回、主人公達が魔王を倒して王都フィレンツェに戻ってくる日までしのぐしかないだろう。それを過ぎれば、あとは自由に生きられるんじゃないだろうか。


「『死亡ルートを回避するために、ヒーロー達から逃げ回ります』か…………定番だけど、それしかないかな?」


 立ちあがる。

 幸い、持ち物を確認してみると、贅沢をしなければ二ヶ月ほどはなんとかなる額の金貨と銀貨を持っていた。


「ダリアは貴族の娘だから、読み書き計算はできるし、行儀作法も身についているし。弓の名手なんだから、『中世ヨーロッパ風世界』なら、街へ行けば、なにか仕事は見つかると思うけど…………実際に暮らして情報を集めて、判断するしかないか」


 本当に、ダリア・ウィードリーフとして生きていかなければならないのか。他に道はないのか。本当に、もう戻ることはできないのか。

 確認したい事柄はいろいろあったけれど、今の自分には、これ以上はどうしようもない。

 とりあえず今からは、今日と明日を生き延びることに集中しよう。さしあたって、どこかで火にでもあたって、着ている服を完全に乾かしたい。

 生乾きの上着を手に持ち、きれいな細工の弓と矢筒を肩に担ぐ。

 ダリア愛用の弓矢だ。川に落ちても、これだけはにぎりしめていたようで、服をしぼっている時に、近くに転がっていたのを見つけたのだ。

 一度だけ、先ほど光の柱が輝いた空を見上げた。


「いろいろ言ったけど…………でも、やっぱり楽しかったよ、『セイントローズ』」


 たしかに、作者の自己投影や願望があからさまな作品ではあった。

 だが、それだけなら十八冊もつづく人気作になるはずがない。

 話自体は多少アレでも、花宮愛歌の画力はすばらしかった。

 バックの花はもちろん、多くのトーンを効果的に使った原稿は『これぞ少女漫画!』と言うべき華やかさ、可憐さで、キャラクター達の服はどれも魅力的なデザインで、特にヒロインのローズマリーは、カバーや表紙イラストで古代の女神風衣装から中世の宮廷衣装まで幅広く着こなし、読者の少女達を虜にした。カラーイラストで発揮された絶妙な色使いは、参考にするアマチュアイラストレーターも少なくないらしい。

 そして次々登場する男性キャラの多彩さは、乙女ゲームにもひけをとらなかった。

 作者の自己投影、願望が反映されているからこそ、作者同様、ヒロインになったつもりで読めば、これほどヒロイン(自分)に都合が良くて楽しい作品はそうそうなかった。


「感想は変わったけど…………でも昔、楽しんだのは事実だし。今だって、残念に思うのは好きだった裏返しだと思うし。だから…………さよなら、『セイントローズ』。ありがとう。六年間、ずっと楽しかったよ」


 空に、自分の目で見える範囲の景色に、この世界そのものにそう告げてから、気持ちを切り替え、歩き出した。

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