第一話「1999年8月1日AM0:05」
初投稿です。不慣れなもので誤字脱字など多々ございますので
随時修正していきたく思いますので、宜しくお願い申し上げます。
「なんだ、なんにも起きなかったじゃん」
誰かが少し落胆しながらそう呟いた。
「いや、みんな信じてなかったし」
誰かが興味なさげにPHSをいじりながら冷静な感想を述べた。
「腹減ったしコンビニ行かない?」
誰かが温くなったダイエットコークを飲み干し提案する。
「じゃあ、俺は部室で残ったゲームやってる」
誰かが先に学校の屋上を後にすると、それに連なりぞろぞろとその場を去っていく。
1999年8月1日日曜日午前0時、東京から150km程離れた半島の端っこのどこにでもありそうな高校の目の間に広がる砂浜。その日、私達は確かにそこにいた。蒸し暑い夏の夜はいつもと変わらず、熱帯夜特有のゆったりとした時間で流れていく。私は肌にまとわりつく潮風と汗をそのままに、ただなんとなしに北極星を見ていた。本当は火星を見たかったけど、あいにく私はどこの方向に惑星があるかだなんてそんな知識を持ち合わせていない。それに引き換え北極星なら無知な私でも知っている。
『1999年7の月空から恐怖の大王が下りてくる。アンゴルモアの大王を復活させるために、その前後、マルスは幸福のために支配に乗り出すだろう 』
今にも消えて無くなりそうな弱々しい光の北極星を眺めながら、誰もが知っている大予言を思い出していた。誰もがみな信じていなかった予言。でもここにいた全員が心のどこかで「実は本当じゃないのか?」だなんて馬鹿な事を思い、集いそして8月1日を区切りに現実へと戻っていった。
北極星を背に私は踵を返す。そうだ、大予言なんて端から私も信じてなんかいなかった。本当はいつものように部員連中と集まり、カップラーメンや飲み物とゲーム機とソフトを持ち寄り馬鹿騒ぎをしたかっただけ。ただただ変わらないであろう日常を享受し、そして新しく訪れるであろう未来に足を向ける。それだけの事。
それでも。
それでも、本当は……
それが嫌で堪らなかったのかも知れない。
-1999年7月地球最後の日と、アンゴルモアと、放送部と、2018年平成最後の夏。-
「あっ……あっつ……」
スマホのアラームを目覚ましに、浅い眠りから私は目を醒ました。寝ぼけ眼にデジタル時計の気温計に目を配ると、室内温度はまだ七時だと言うのに29度を指していた。過去に例が無い程の記録的な猛暑で、夜も温度が下がらず気温は上がる一方だ。冷房を入れれば良いものを地球温暖化だとかオゾンホールだとか、あるいは冷房をつけたまま寝ると体を壊すと耳にタコが出来るほど言われて育ってきた世代なので、ついついタイマーをかけて寝てしまう習慣が身についてしまっている。そんなものだから今年になって、夜半過ぎにはうだる暑さで睡眠も浅く苦悩の日々を送る羽目になってしまった。
「あー……めんどい……」
ベッドから上体を起こし、辺りを見回すと大小様々なダンボールが乱雑に置かれ、朝から私のやる気を削ぎにかかった。明日までにはこのダンボール箱に17年分の生活道具一式を詰め込み引越しに備えなければならないのだ。冷房のリモコンで電源を入れ、意を決してのそのそとベッドから這い出てると同時に、会社を辞めてからほぼ鳴る事の無いスマホに着信が入った。
『おー、おはようさん。今日も暑いね』
電話の向こうから、大して暑そうじゃなさそうな涼しい声が聞こえる。こいつは高校からの友人の佐川。飛脚のマークで有名な某宅配便大手と同じ名字からなのか、周りからは「飛脚」だなんて愛称が付けられ、更にはそれが転じて「ふんどし」だなんて酷い愛称まで与えられてしまった。本人はあまり気に入ってないようで、その名で呼ばれると口少なになってしまう。
「なんだよ……このふんどし。こっちは熱中症になりそうだってのに」
もっともそんな事は私の知る事では無いので、遠慮なく嫌味を込めて愛称を呼びながらスマホを片手にブラインドを開く、暑さのあまりにセミは鳴かず通りをダンプが熱風を撒き散らし走り去るのが見えた。
『あーそっちは40度だっけか?言うな言うな。こっちもまぁ似たようなもんだ』
意外にも嫌味をスルーされると「まぁいいか」だなんて気持ちになり、何事も無かったように会話を続けながら、ずっと昔に買った古い冷蔵庫から麦茶を取り出しピッチャーから直接喉に流し込んだ。
「てか、そんな話ならスカチャでも十分じゃないの?」
『それがさ、昨日からネット繋がらないんだよなぁ』
「そうなの?」
『マジマジ。サーバー落ちてる。音声通話は出来るからこうして電話してる』
試しに私は、スリープ状態のPCを立ち上げ音声チャットソフトを開いてみたが彼の言う通りオフライン状態で、円を描いた矢印のアイコンがクルクルと回るだけで反応が無い。
「……サーバーが熱中症でやられた?」
『こんだけ暑けりゃあ、ありえる話だな』
「ふーん」
サーバーの熱中症は冗談だとしてもここ数日の猛暑は比喩表現ではなく殺人的だ、昨日も気象庁が記者会見で『災害的である』と発表したばかりで何が起きても不思議では無い。もっとも、連絡手段が途絶えた訳でも無いので不都合は感じなかった。
『引越しはどうだ?順調か?』
「いいや、全然。ぶっちゃけもう面倒くさい」
『昔からお前さんは片付けダメだもんな』
「うっさいよ」
『でもま、明日なんだろ?』
「明日の午後に出て後はナリかな」
『あいよ、じゃあこっち戻ったら電話よろしく』
「あいあい、んじゃね」
言うが早く、私は無効の返事を待つこと無く電話を切った。このままでは無駄話に花が咲いてしまうだろうし、何よりも眼の前の荷物を片付けなきゃいけない。どうせ向こうに着いたら飲みに行くだろうし無駄話もその時で良いだろう。
「さぁて、片付けるか……」
20001年に高校を卒業してから、私は進学の為に田舎から上京してきた。自分で言うのもなんだが私は至って真面目な学生で自主休講も不可の評価もほとんど無かった。その代り『優』の評価も少なかったし教授から顔を覚えられる事も無く、ただただ目立たない『普通の学生』であったと思う。
就職氷河期もあってかそれなりに就職には苦労したが卒業までには内定も決めていた。それから社会人4年目で一度転職はしたものの、転々としてる訳でもなく今に至る。この狭いワンルームは上京した当時からずっと借りている部屋で、都合17年はここで暮らしていた事になる。いつでも引っ越せる事は出来たのだが、ただただ惰性で暮らしていたので、大きな出来事無い限りはこの部屋から出る事は無かっただろう。
しかしつい先日その「大きな出来事」があった。どうせ来年の4月には平成が終わるのだ、このまま無事平穏に最後の平成をこの部屋で過ごしていたかったが、そうも言ってられない。私は17年間貯めに溜め込んだ思い出の品を一瞥し、しかめっ面をしながら乱雑に仕分けを始めた。
「わ……なついのが出てきた」
作業を始めてから、二時間は経った頃だろうか。カラーボックスの最下段に乱雑に放り込まれた、何でも箱の一番奥から今はもうお目にかかれ無いストレート形状のPHSが出てきた。確かこれは私が高校時代に使っていたPHSだろう。シルバーの塗装が所々剥げ、ストラップには当時流行したマスコットキーホルダーが何個も付けられPHS本体よりも重く嵩張っているのが時代を感じさせた。
「えぇと……確か。あったあった」
私は記憶を手探りに、PHSのバッテリーカバーを外してみる。カバーの裏には当時の友人達と撮ったプリクラが貼られ、印刷面には今よりもずっと若々しい私と同じ部活の友人達が馬鹿丸出しのポーズで大笑いしている姿があった。当時の私達と言ったら、今を生きるのに精一杯で明日の事なんて考える暇もなかった……そう言えば聞こえは良いけど、要はその日が楽しければ後はどうでも良かった。とりあえず授業を受けて、部活でまったりとして帰りにどこかブラブラする毎日だった。所属していた部活は『放送部』で、活動らしい活動と言えば、昼休みに適当にCD屋でレンタルしてきたシングルをMDに録音して垂れ流すぐらいだ。流石に文化祭と体育祭の時期は忙しかったが、それさえこなしてしまえば放課後に各人家から持ち寄ったゲーム機とソフトで夕暮れまで時間を潰すだなんて、他の運動系部活の面々が聞いたら羨ましがれる話だし、現に社会人の今の私が聞いても羨ましい事この上ない。
「馬鹿だねぇ……」
プリクラを見ながら当時を思い出しつい自嘲的に呟いてしまう。何でも箱にはおあつらえ向きに充電器も投げ込まれていたので、私は時間が少ないと知りつつもPHSを充電器に繋ぎ電源を投入してみる。白黒の液晶に機種名が表示されると同時に簡素な時計の画面に切り替わる。『こんなにサクサクだったけ』なんて、当時の単純なシステムを偲びつつ操作を思い出しながらメールボックスを開いてみた。
「あー……やばい泣ける」
メールボックスの日付は携帯に機種変した1999年8月1日までのメールがまだメモリに残っていた。その一件一件は「ゲーム持ち込みヨロ」とか語尾に(藁)とか、恥ずかしげもなくにネットスラングを多用し、この年齢になって改めて見てみると死にたくなるぐらいに恥ずかしいものだ。
私達が青春と呼ばれる時期を過ごした1999年。流行りの音楽と言えば、いわゆるビジュアル系やR&Bもしくはギラギラとしたダンス系が街角のスピーカーから垂れ流され、誰も彼もがみな携帯を片手にポチポチとメールに夢中になっていた。今で言う所の『陰キャラ』と言われる私達放送部と言えば、部活動の内容上流行りの音楽にはそこそこ精通していたが実際にはさしてそんなものには興味がなく、当時でも懐かしいと言われた古いゲームばかりをやっていた。当然、アニメ・ゲームにも興味があり必然的に、当時流行の兆しを見え始めていたインターネットにも興味津々で、学校ではゲーム、家では遅い回線で夜11時から深夜までインターネットが私達にとって時代の最先端であり、陰キャラは陰キャラなりに青春を謳歌していた。そして私達のような暗い日陰者だろうが、元気でヤンチャな若者であろうが共通のブームがあった。
『1999年7の月空から恐怖の大王が下りてくる。アンゴルモアの大王を復活させるために、その前後、マルスは幸福のために支配に乗り出すだろう 』
ノストラダムスの大予言。1999年7月に世界が滅亡するという有名な予言だ。この時代に前後して私達を取り巻く社会情勢は東京のテロ事件や狙撃事件、当時は意味が良く分からなかったバブル崩壊。キレる若者は残虐な事件を起こし、偉い学者様は全部ゲームのせいだと断じていた。そんな時代で私達は育ち、そこかしこに何となく概念のイメージとして『終末思想』がふよふよと浮かび蔓延っていた、そんな閉塞的な時代だからこそ、こんな予言が当時まだま子供だった私達の心を打ちあるいは半ば冷笑気味に事の成り行きを見守っていたのかも知れない。
--ピーピーピピピピー♪
「っ!?」
クーラーの唸りだけが響く狭い部屋で思い出にふけっていると、チープな唐突に甲高い電子音が響き渡り、私は喉から心臓が出るほどに驚き慌てふためいた。私はその電子音を止めようと辺りを見渡すが、それらしい音の発信源は見当たらない。乱れた呼吸を取り戻すため一呼吸置くと、鳴り止まない音の発信源が今手元にあるPHSから発せられている事に気づくと、不気味な現象に変な汗が背筋を流れるのを感じた。
私は恐る恐るPHSの液晶を確認すると、液晶には無機質に「Eメール受信」とだけ表示されいる。
緊張した面持ちで受話キーを押すと電子音は鳴り止むと再び部屋には静寂が訪れた。
「……」
たった今目の前で起こった出来事に、私は言葉と思考能力を失い機械的にメールボックスを開いてみる。
『受信;1999年8月1日AM0:05
題名:無題 本文;私はアンゴルモアになりたかった。でも私はアンゴルモアになれなかった』