第8章 アヴァリードの町を目指して 004 〜 雪音ちゃんとビリビリスパイダー①〜
私達はクゥーを追い掛けるんだけど、クゥーは一刻も早くこの森を抜けたいのか私達との距離が半分ぐらい縮まるとまた1人で先へと進んでしまう。
「もう、クゥー! 1人で先に進んだら危ないよぉ〜」
「がぅ!?」と鳴いてクゥーは急停止し、慌てて私達の方に向かって走り出した!
そんな時、私達が呼び止めなかったら、クゥーが進んでいたであろう進行方向の先の上空から大きな蜘蛛が落ちて来た!
「うぅわ、でっか!? しかも、真っ黒だし! 今が夜じゃなくて良かったよ。ジロジロ」
「あらあらー、おっきースパイダーさんですねー」
「あれはグレイトスパイダーか? いや、牙の色が緑だからヴェノムスパイダーか。あの牙で咬まれると高熱が出て身動きが取れなくなるから注意しろよ?」
「分かったわ!」
「はいなのですー!」
「キューン、キューン!」
クゥーが冷や汗をダラダラ流しながら走って戻って来たかと思えば私の後ろに隠れてしまった!
「クゥー、1人で突っ走るから怖い目に会うんだよ?」
「クゥーン」クゥーは私の足にピトッとくっ付いて離れない。
「あのスパイダーさん、こちらの様子を窺っているだけで、こっちにやって来ませんねー? あっ、ピョンピョン飛び跳ねてますー! なんか可愛いですねー♪」
「えー? あれだけおっきいと可愛く思えないんだけど……」
「がぅがぅ」
「アレは悔しがってるんじゃねえか?」
「そうなんですかー?」
「ああ。ヴェノムスパイダーの上空にキラキラ光ってる紐みたいなのが見えるだろ? 大方、木の枝の上で待機していて、クゥーが下を通り抜けようとしたところをクゥーの上に落下して牙を突き立てて毒を流そうと思っていたんだろうが、クゥーが途中で急停止してこっちに戻って来たせいで、ただの落下になっちまって、獲物を逃しちまって悔しいんじゃねえか?」
「良かったね、クゥー。あのまま突っ走っていたら、あのおっきな蜘蛛さんにガブッて咬みつかれてたみたいだよ?」
「キューン、キューン」クゥーはブルブル震えている。
「あっ、スパイダーさんがお空に帰って行くのですー」
「あの糸、って言うより紐なんだけどさぁ、よく千切れないよね〜。あんなに大きい蜘蛛なのに」
「グレイトスパイダーやヴェノムスパイダーなんかの糸は、強靭で伸縮性や柔軟性に富んでいるからな。しかも、軽い。ギルドに持っていけば高値で売れるぞ? 軽くて強い防具が作れるからな。あと、めったにお目にかかれないが、ビリビリスパイダーって名前のスパイダーがいて、そいつの糸は導雷性に優れている。こいつはかなり高く売れる」
「対雷性じゃなくて、導雷性? 雷を伝えやすいのに高く売れるの?」
「あー、1つ例をあげるなら盾が分かりやすいか? 盾の表側に導雷性の優れた素材を、盾の裏側に対雷性の高い素材を使う。そして盾の底には地面に突き刺せるような杭が導雷性の高い素材で作られているとしよう。その盾を地面にさして魔物の電撃を受け止めれば、どうなると思う?」
「えっとー、盾で受けた電撃が地面に流れて行くってことですかー?」
「そういうことだ。電撃を放つ黒山羊なんかと戦う時には重宝される盾だな。ただ、それゆえに盾の素材となる導雷性に優れた糸を生み出すビリビリスパイダーは乱獲されちまってな。数が激減している。昔はこの森にも結構いたらしいんだがな」
「可哀相なのですー」
「じゃあ、ビリビリスパイダー見つけたら保護してあげないとね!」
「がぅ!?」ご主人様、ウソだよね!? って感じでクゥーがびっくりしてる。
「保護ってお前、魔物をどうやって保護するつもりなんだ?」
「えっ、それはもちろん私の魔法でだよ?」
「あははー。 ( ロウバストさんは、雪音ちゃんが吸血鬼ってことを知りませんから魔法で押し通しちゃうんですねー )」
「クゥーン、クゥーン」と鳴きながら私の足をクゥーが前足でポンポン叩いて来る。
「クゥーちゃん、そんなにスパイダーさんがキライなんですかー?」
「がぅがぅ」うんうんと頷くクゥー。
「い〜い、クゥー。ビリビリスパイダーは数が少ない可哀相な蜘蛛さんなんだよ? お友達になれれば、貴重な糸をいーっぱい貰えるかもしれないでしょ?」
おっちゃんが腰の防具に装着されている鉄の杭みたいなものを取り外して手に取り、私達にそれを見せながら、こう言った。
「もし、そんなことができるなら、俺はコイツの予備を作っておきたいところだな」
「ロウバストさん、なんですか、それー?」
「これはだな、ビリビリスパイダーの糸を素材にして作られた杭だ。電撃を放つ黒山羊と戦う時なんかはコイツを地面に打ち込んでおくと、電撃がコイツに引き寄せられるから、その間に黒山羊を攻撃することが可能になるんだ。ただ、大分使ってるから少しガタが来ててなぁ」
「おっちゃん、ちょっと見せてくれる?」
「見ても面白いもんじゃないぞ? ほれっ」
「ありがと。これを地面に、ね。似たようなこと考える人っているんだね〜」
とりあえず、私は杭に魔法を掛けてから、杭をおっちゃんに返した。
「今、強化と電撃を引き寄せる魔法を掛けておいたから、しばらくは大丈夫じゃないかな?」
「ああ、済まんな。しっかし、電撃を引き寄せる魔法なんてものがあるんだな。もっと多くの魔法使いがその魔法を習得していたらビリビリスパイダーも乱獲なんてされなかっただろうに」
「ロウバストさん、それは無理だと思いますよー。その魔法は多分、雪音ちゃんが作り出した魔法だと思いますのでー、普通の魔法使いさんには使えないと思いますー」
「がぅがぅ」
「……。おい、雪音」
「な、なにかな?」
「アヴァリードの町で目立ちたくないなら、町の中で使う魔法はごく普通の魔法を使うようにするんだぞ?」
私はラピの後ろに隠れ、顔を半分くらい出しながら、こう答えた。
「えっと、雪音ちゃん、そのごく普通の魔法ってのがよく分かんないにゃー」
「にゃーってお前……。ハァー」
おっちゃんはため息をついている。
「ロウバストさん、ごく普通の魔法って、どんな魔法があるんですかー?」
「ぁん? そうだなぁ、初級の魔法使いがよく使っているのは、火の玉を投げるファイアーボールとか、水の玉を投げるウォーターボール、火の矢を放つファイアーアロー、風の刃で敵を切りつけるウィンドカッター、地面に落とし穴を作るピットフォール、怪我を癒すヒールあたりだな」
「じゃあ、そこら辺の魔法を使っておけば問題ないってことだよね?」
「ああ、目立ちたくないんだったらな」
「水の玉って、どんな敵に使うんですかー?」
「がぅがぅ」
「宙に浮かぶ火の玉の魔物ウィル・オ・ウィスプや燃える鳥の魔物ファイアーバードなんかの火属性の魔物と戦う時に必須だな」
「燃える鳥さんなんているんですかー? 鳥さん、燃えて焼き鳥になっちゃわないんですかー?」
「がぅがぅ。じゅるり」
「ゲームの中ならともかく、現実でそんなのがいるなんて流石、異世界だよネー」
と私は小声で呟いた。
「どうして焼き鳥にならねえのかは知らんが、ファイアーバードは厄介だぞ? 燃えながら空を飛んで炎の羽根を飛ばして来たり、燃えている嘴で突っついて来たり、燃えている脚の爪で襲って来るからな。ウォーターボールが当たればただの鳥になるんだが、ウォーターボールは遅いから当てるのが難しいんだ。まあ、組んだことがある魔法使いがひよっ子だったから速度が遅かったのかも知れんがな」
「ウォーターボールは遅いんですかー? 雪音ちゃんが使うと、どうなんですかねー? 雪音ちゃんが使ったら速いんじゃないですかー?」
「普通のウォーターボールの大きさが分からないからなんとも言えないけど、おっきいボールだったら、やっぱりそんなに早くならないと思うよ? それに私だったら水の矢をたくさん同時に展開させて飛ばしちゃうかな? ロックオンして追尾する水の矢を放てば確実に倒せると思うし」
「そっちの方が良さそうですねー♪」
「おい、雪音。水が当たったぐらいで魔物は倒せないだろう?」
「えっ!? じゃあ、水の魔法って敵に水を浴びせる魔法なの?」
「そうだぞ? 雪音の魔法は違うのか?」
「えっと、私の水の魔法だと、水で木を切ることもできちゃうんだけど……」
「水で木は流石に切れないだろう?」
「私、見てみたいのですー♪」
「クゥーン、クゥーン」クゥーは尻尾をお股に挟んで震えている。
「じゃあ、やってみるよぉ〜?」
私は右手をチョキの形を閉じた状態にして、人差し指と中指の先から超圧縮した水を放出することでウォーターレーザーブレイドを作り、近くの大木にザクッ、ザクッと斜めに切り込みを入れ、急いで大木の反対側に回って蹴りを入れた! 横から見れば根元付近をくの字で切り取られた大木が、ミシ、ミシ、ミシと音を立てながら倒れていく!
バサバサバサ、バターーーーン!!!
「ね? ちゃんと切れたでしょ?」
「そ、それは本当に水なのか?」
ラピが倒れた木に近付き、私のウォーターレーザーブレイドで切られた部分を手で触っている。
「切られた所がたくさんの水で濡れているのですー♪ 水で木を切っちゃうなんて雪音ちゃんは凄いのですよー♪」
「マジか……」
「クゥーン、クゥーン」
「だから、水の矢で魔物を倒すことも可能なんだよ? 水の矢が魔物に当たったら破裂して、魔物に水を浴びせるようにしようと思えば、それもできるけどね?」
「とりあえず、その魔法はアヴァリードの町で使わないようにしような?」
ロウバストのおっちゃんが私の頭をポンポンと優しく叩き、私が「う、うん、分かったよ?」って答えると、おっちゃんは困ったような顔をして森の出口を目指して歩き出した。
「うーん、おっちゃんの常識を壊しちゃったみたいだね」
「雪音ちゃんと一緒にいれば仕方のないことだと思いますよー? そのうち慣れるんじゃないですかー?」
「がぉー?」そうかなぁ?ってクゥーは首を傾げてる。
「うぅ、とりあえず、アヴァリードの町に着いたら自重することにするよ。目立ちたくないし……」
「はい、がんばってくださいねー ( 雪音ちゃんには無理だと思うんですけどねー♪ )」
「ラピ、その顔はなーに?」
「えー、にこにこしてるだけですよー?」
「にやにやの間違いだよね?」
「ロウバストさーん、待ってくださいよー」
ラピは走って逃げた!
「むぅー、雪音ちゃんだって、ちゃんと自重しようと思ったら自重できるんだからね? ねぇ、クゥーは私が自重できると思うよね?」
「く、くぅーん」とためらいがちに頷いた後、クゥーもラピの後を追って走っていってしまった……。
「うぅ、みんな酷くない?」
私は若干不機嫌になりながらも、みんなの後を追いかけることにした。




