男は金と優しさ、女は美貌と器量優しいだけの嘘つき男と、器量だけの不細工女が運命だと突き付けらた。さてさて受け入れたくない神様からのお達しをどうするのか?いや、きっとー、どうしようもないのだ。
私は東京で産まれた。
産まれた家庭は母親だけだった。
母親は当時まだ高校生の年齢。
風俗で年齢を偽り働いていた。
家出だった。
風俗と家出神待ちというサイトで男達の相手をして泊まり歩く。
妊娠は当然だった。
トイレで出産したそうだ。
うんこみたいに流せば良かったと、喧嘩した時に言われた。
不思議と。
そう思われているんだろうなとは思っていたのに。
涙が出た事に驚いた。
ショックを受けている自分にショックだった。
やっぱり愛されてなかったと確認してしまったら、引き返せない事は解っていたのに。
確認してしまった。
やってしまった。
気づいたらかつての母と同じように家出をしていた。
中学2年の秋だった。
取り敢えずは寝カフェにと思ったが、何と予約制だと言う。
ホテルかよって言いたかったが、文句は言えず、じゃ良いですと、後にした。
寒い。
母親が他人の家に入り込んでまで、宿泊する意味が解って私は泣いた。
本当に寒い。
野宿したら多分凍死してしまうだろう。
仕方なく東京駅近くのデパ地下で朝まで時間を潰した。
警察官を見たら隠れた。
逃亡犯の気分だった。
しかし、やはり夜中の子供は目立つ。
通報があったと警察官から言われた。
母親はムスッとした顔で迎えに来た。
風俗で働いてくれないかと母親の新しい男に言われた。
化粧すれば誤魔化せる、大丈夫大丈夫とタバコを吹かす息は臭かった。
私は返事をせずに俯いていた。
そしたらその男はもう、話は通してあるからと明日どこどこの風俗に面接だからと。
良かったな、お前でも仕事があって、世の中の役に立てるんだぞ?風俗が無かったら、世の中大変な暴力で蔓延するんだ、お前は神様に選ばれたんだと言った。
私はまだ黙って震えていた。
最後の言葉で震えが止まった。
だって、そうだろ?高校は無料じゃないんだ、例えお前が頭良くても、お母さんに学費は払えないし、俺だって他人の子供にそこまでする義理はない、だろ?要はさ、施設か、風俗かだ、ああ、でも、施設に入りたきゃDVって事にしないで、身分証全部捨てて、身元を喋んないで、ただの無口な家出少女って事でよろしくな?俺とお母さんで新しい家族を作るから邪魔だけはすんなよ?
で?どうする?まあ、不細工専門店だから心配はない。
私は迷わず、施設と言った。
んじゃと、男は黙って聞いてた母親と寝室へ入って行った。
最後まで母は私を見なかった。
家出と言う事で、最初は警察にお世話になり、事情を話し、施設に入居した。
意外に沢山の子供達が居た。
自分とそう変わらない年齢の子供も4人居た。
いじめは酷かった。
教育とはかくも大事な事なんだなと痛感した。
子供達は俗に言うサイコパスだった。
極端なサイコパスはいなかったが、なりかけの子供達だった。
他人を思いやる優しさは皆無だった。
優しさらしい優しさは全て自分の利益の為の優しさだった。
蜘蛛の赤ちゃん達の巣にかかった哀れな獲物、それが自分だった。
隅っこで私のお父さんという本を読んでいたら、ガラスを床に割った後にそこに突き飛ばされた。
血だらけの床を見たショックで気絶した。
目が覚めたら病院だった。
看護婦さんの包帯を取り替える手が暖かい。
何故か解らなかったが、号泣してしまった。
看護婦さんの家に転がり込む事になった。
まるで犬か、猫だなと看護婦さんに言ったら、厳しく叱られた。
その後に抱き締められた。
叩かれずに叱られたのは初めてだった。
そして抱き締められたのも初めてだった。
号泣してしまった。
半年後。
深夜、お母さんと呼んでも良いですか?と手紙を書いた。
夜の通信制の高校でお弁当を開けたら、モチロンと薄い卵焼きで文字がご飯の上に書かれてあった。
泣いていたら事情をわいわい聞きに生徒達が集まって来た。
全く関係ない私を看護婦さんが引きとってくれた事、お母さんと呼ぶ事を許してくれた事を涙ながらにうざったらしく話したら、女子二人から同時に抱き締められた。
耳元で良かった、良かったねえと泣いてくれた。
教室はお祝いの言葉に溢れた。
良い人達だった。
卒業し、精神病院で働くようになり、2年が過ぎた。
精神病は完全に男女が分けられていた。
男病棟にはダッチワイフ?って言う人形が大量にある事を噂で聞いた。
やあねえと言う女性スタッフ達。
女性病棟には殺菌アルコールとバイブと、電マが山程ある、それはやあねえじゃないんだなと思った。
私はそれほど興味無かった。
月に3回くらいしかオナニーはしなかった。
だから他のスタッフ達の彼氏、バイブ、媚薬ローション、の話しには着いていけなかった。
毎日下ネタしか話さない女性達ばかりで、辟易だった。
精神病院患者のオナニーを途中で辞めさせ風呂に入れたり、食事をさせたり、それが当たり前だった。
廊下を歩けばそこらからブウン、ブブブ、ブインブインと音が聞こえる。
最初は嫌だったが、慣れてしまった。
多分男性病棟の方が静かだし、綺麗なんだろうなと思った。
実際そうらしかった。
3年経過した頃、母親が殺されたと警察から連絡があった。
秋だった。
帰り道、他人の家の小さな紅葉が綺麗で、その赤に見惚れた。
犯人は知らない男性だった。
あの男とは別れたらしかった。
見惚れたているとその家の男の子がボールを持ってじっとこっちを見てきた。
ごめん、紅葉が綺麗だったから、と言うと走って家に飛び込むように帰ってしまった。
私はため息をつき、紅葉にありがとうと言うと帰路に着いた。
婚活地域センターに登録していたが、私の顔では断られるのは当たり前だった。
当時は22歳。
精神病院のスタッフは高給だった為、お金には困らなかったが、スタッフが今度は患者になるケースは珍しくなく、その患者の元同僚達は耐えられず辞めてしまう。
気がつけば私はなかなかの先輩だった。
同僚とは絶対に仲良くなるなと、後輩に教えた。
私は最初は後輩に嫌われる冷たい人だった。
しかし、辞めて行く人は皆私の言う事を聞いておけば良かったと言った。
25歳になった。
長年先輩だった人がとうとう狂った。
突然喚いて、バタバタと床を膝で歩き回り、爪で顔を引っ掻いて廊下を行ったり来たり。
とうとう先輩まで、患者になってしまった。
先輩のオナニーを辞めさせ、食事を食べさせる日々。
流石に手が震えた。
ある日先輩にガッとスプーンごと掴まれた。
先輩は振り絞るような声で、か細く、枯れた声で。
先輩「に・・に・・げ・て」
私はその瞬間職場放棄し、公園に膝を着き、泣いた。
何故?
何故なんだと泣いた。
泣き疲れたから、帰った。
電話だけで退職した。
保証人無しのアパートを借り、そこに住み始めた。
近くの図書館に毎日通った。
元々本はあまり読まない方だったが、地下鉄の広告に本を読めば人生が変わると書かれていたからだ。
何故かその広告が頭から離れなかった。
初めて大きな図書館に足を運んだ。
綺麗な場所だと思った。
私は子供用の本ばかり読んだ。
大人用の本は暴力と性欲の塊だったから吐き気がして止めた。
スピリチュアルの本も読んだが、この作者もアノ環境に10年耐えられるのか試したかった。
私は子供用の本と昔話と、ガーデニングの本ばかり読んだ。
癒された。
図書館横のカフェのコーヒーとサンドイッチは高かったが、美味しかった。
29歳の秋。
いつものように図書館の後にカフェでサンドイッチを食べていたら、普通より背が低く、普通より貧乏そうな、普通より顔が不細工な男性がカラランと入店してきた。
空いてる席は私の机しかなく、私の隣の席は空いていた。
挨拶してきたから、お辞儀だけして、私はサンドイッチを食べ続けていた。
引っ越して来たばかりで、まだ右も左も解らないんです、しかし、良い雰囲気の図書館とお店ですねー。
そう言ってきたが、私はお辞儀をし、また食べ続けていた。
その男性とはたまに図書館ですれ違うようになった、カフェでもすれ違いになるように。
しかし、お互いあの日以来話す事はなく、黙々と私はサンドイッチを食べ、彼は別の席で一人サンドイッチを食べているようだった。
一人暮らしなのかな?とは思ったが、どうせ私なんか不細工って思ってるんでしょ?性格とアイロンと、料理なら誰にも負けないのに、あ~あ、馬鹿な世の中の男達!という風に立派に駄目な思想を掲げ、話し掛ける事もしなかった。
アルバイトをしながら、悠々自適に暮らしている日々は輝いていた。
貯金も700万近くあったし、アルバイトで稼ぐお金も余っていたから、どんどんお金は貯まっていくばかりだった。
男がある日声を掛けてきた。
後ろで男性店員が頑張れと小声で言ったのが聞こえた。
席が余ってる中恐縮ですが、あなたの隣座って良いですか?
まあ、どうでも良かったから、はいと一回返事した。
男は嬉しそうに顔を真っ赤にしながら少し距離を置いて座ってきた。
あの、どうして子供用の本ばかり読んでるんですか?
その一言から会話が始まった。
気がついたら男と知り合いになって3年が経過していた。
その間、手も繋がなかった。
友達として、旅行に一緒に行った。
手も繋がず、だけど、笑った、楽しかった。
男は貧乏だと自分で言った。
私は無関心だったからふうんとだけ答えた。
食事や、旅費は綺麗に折半だった。
私はただ、気がねなく楽しみたかっただけだったから。
一人では旅行にいく気にもなれなかったから、都合の良い口実作りの友人を失いたくなかった。
34歳の時、クリスマスイブの前日に男から電話がかかった。
予定はあるか?と聞かれ、アルバイト終われば特にはと答えた。
じゃあと、ある場所に呼び出された。
誰でも行ける夜景が綺麗な安いフランス料理店だった。
ドレスなんか着なくて良いからと言われたのだが、本当にカジュアルで良かった。
ほっとした。
男もカジュアルだった。
綺麗だね。
美味しいね。
当たり前の会話をした。
僕達さあ、と男はソワソワし始めた。
あ、ヤバい、まずい、そう思った。
男「いや、待って、ゴホン、あー、あの、その、えっと、・・あなたが好きです、付き合ってくれませんか?」
えーーと萎えた。
私の相手がこんなチンケな男?えーやだあ。
ハッとした。
やあねえ。
あの時代のスタッフ達の声と同じ種類のやあねえ、を今自分が言った事に。
何が違うというのか?
男の病棟より、不潔で、性欲もあったあの女性病棟と今の自分と何が違うというのか?
やあねえ、そういう自分達の姿を鏡で見る勇気はない癖に。
顔を上げ、男の顔を初めて正面から見つめた。
なかなかの不細工だ。
デブで、歯並び悪くて、禿げている。
では自分はどうだ?
外見という点に置いて、そんなに違いはあるだろうか?
では内面は?
自分はどうしてこの男の誘いを楽しみに予定を立て、鞄の準備をしたのだろう?
自分は内面を見て欲しいと願い、外面しか見ない世の中の男達に意義を心の中で唱えていた。
では、自分は?
内面を見ていたのだろうか?
・・。
見ていた。
私は内面を見ていたのだ。
だから楽しみに予定を立てたのだ。
だからー。
男「あ、な、泣かせちゃう程嫌だった?あ、ご、ごめん、い、嫌なら良いんだ、勿論友達も止めてもらって良い、とても残念だけど、は、ははは、うく、は、はは、ぐぐう、ご、ごめ、ごめんね、友達のままで良かったよね、本当に、ご、ごめ、〈ガタッ〉」 席を立とうとした男の腕をガッと掴んだ。
だからー、今嬉し泣きをしているのだと。
私はたった一言、逃げるな、馬鹿と言った。
男編に続く。