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7.仕える剣として

 翌朝は早く、ジャミルは寝ぼけ眼を擦りながらエリザを起こした。

 朝食はウサインの家が用意してくれているので、ジャミルができるお勤めは特にない。強いて言えば、洗面時に手ぬぐいを渡すぐらいだ。

 その後、運ばれてきた硬めのパンと山羊バターを頂くとすぐ、追い出されるように屋敷の外に出た。村の関係者と奥方、そしてダリアさんを交え、昨夜の“ゾンビ退治”についての会議が始められるからである。


「はぁ……やっぱり参戦するんだろうなぁ……」


 のんびりと牧草を食む馬を眺めながら、ジャミルは大きなため息を吐いた。

 農地も見てきたが、確かに西のレスカンド、東のスタルクのどちらにしても満足に卸せるほどの広さではない。銅貨一枚でも高く売ったとしても、その利益は微々たるものだ。

 となれば、奥方が出した条件は、村としても願ってもない条件に違いない。

 ジャミルは腰の剣に手をやった。乾いた音を立てて引き抜かれた刃は、ぎらぎらと銀色の光を放っている。


「確かに、対抗する術はあるけれど」


 自分は〈聖剣の作り手〉だ。これらの剣に力を与えれば、聖水がなくても相当の効果が得られるだろう。

 しかし、〈聖剣〉は魔除けなどではない。斬り伏せて初めて真価を発揮するのだ。


「え、えぇっと握り方はこうでいいのかな――?」


 剣は使ったことがない。確かこんな感じだったな、とおぼろげな記憶を頼りに柄を握りしめた。分類で言えばショートソードだろう。しかし柄だけは不自然なほど長く、肉厚な両刃の刃と同じぐらいある。そのため、両手で握っても下が凄く余った。


「えいっ!」勢いよく縦に。「やぁっ!」勢いよく横に振る。


 振るたびに風切り音が起こるが、それは剣とは呼ぶにはほど遠い、か細い音だった。

 言うなれば、()()()がない。不格好に、剣の重みだけで振り続けている。


「せいっ……うわ、っとと……!?」


 そして、柄が長いせいで身体はフラつき、力を入れていないと手首が持っていかれそうになる。おかげで十回も振れば、息があがってしまっていた。


『――形がまったくなっていないぞ、少年』


 横から急に声をかけられ、ジャミルは「え?」と目をやった。

 それはこの国の言葉ではない。生まれ故郷の、懐かしい響きだった。


「剣は腕だけで振るもののではない。地をしっかり踏みしめ、腰を入れて振るもののだ。それとその剣は両手をつけて握るのではなく、左手は柄の尻の方を掴む方がいい」


 そこにいたのは、昨日出会ったエリオさんだった。

 この大陸で着られているワンピース型の服を着ており、同じ白い肌でなかったら、誰かと理解までもう少し時間を要したかもしれない。

 先日の一件ことがあってか、不快感が湧き上がってくる。


「何か、用ですか?」つっけんどんな言葉で訊いた。

「はは、随分と嫌われたものだ。同じ剣を握る者として、忠誠を誓った者として、つい口を挟まずにいられなかった、と言うところかな」


 言葉が出てこないでいると、エリオが続けた。


「いい剣を選んでもらった――いや、いい人に選んでもらったと言うべきか」

「……え?」

「あの婦人の“ゲンコツ”を受けた時、子を守る母の強さを感じたよ。おかげで、私は君たちを置いて去る選択肢を取れず、部下の前で恥までかいてしまった」


 エリオは肩をすくめた。


「その剣は君と同じだ。手を離して握ることで、腕力が弱くても強い力を出せる。……君のことを考えて用意されたものだろう」


 柄の短い槍のようなもの。巻きのスイングや突きがしっかりとしたものとなり、小さく非力な者でも威力が出せ、リーチの短さも克服できるものだと話す。


「しかし、今の君はそれを使いこなせていない」

「それは……剣なんて使ったことがないから……」

「そうだろうな。足下のおぼつかなさ、握り方や構えを見れば一目瞭然だ。私は剣を飾りに、権力を振りかざす者も多く見てきた。君への第一印象は、まずそいつらと同じものだった。使い方を知らぬ、有事では使わぬ道を探す」


 反発心が生まれたけれど、言い返すことが出来なかった。柵の向こうにいる馬の嘶きが、ハッキリと聞こえる。


「騎士は使える剣を選ぶ。剣もまたそれに応えようとする――君は剣だ。よき主に選んでもらった君は、その期待に応えられているか?」

「うっ……」


 胸に刃を突き立てられたようだった。

 少し間を置くと、話題を変えようとエリオの声が少し高くなる。


「君と僕は同じ、エウロ大陸の生まれだろう?」

「え、ええ……」

「そこにいた時、天族の〈羽を持つ者〉を見たことがあるか?」

「〈羽を持つ者〉……いいえ、話に聞くだけで見たことがありません」


 それは、教会が信仰する〈天使〉と呼ばれる者たちのことで、真っ白な鳥の羽を持った、美しく聡明な神の遣いだ、とジャミルは聞いている。


「私は一度だけ、見たことがある」


 エリオは馬を見ながら言った。


「本当ですか!?」

「子供の頃、遠くからだがな。聞いたままの姿で、美しく空を舞っていた。

 ただそれだけだが、騎士を目指す理由としては充分だった」


 王家直属の家でもあるが、その頃はまだ騎士になる気持ちがなかったらしい。

 誓いを立ててすぐのこと、天と魔の争いが勃発した。エリオの家を始め多くが疲弊し、凋落していったと話す。


「それからここに……?」

「いや、父がこの争いに異を唱えたのだ。目的を見失っている、何のために戦っているのだ、とな。これは皆が思っていたことなので、頷いた者も多かったのだが……民から巻き上げた金で、教会を建てているのを非難したことが致命傷だった」


 タブーに触れた。そうなるともう止まらず、必要なのは偶像ではないと言い放ったそうだ。

 賛同者もこれには目を伏せ、エリオさんの家・キルダー家は左遷と言う形でエウロ大陸から名が消えた。


「大敗を喫し放浪を続けている内に、母国の言葉も殆ど忘れてしまった。同時に、何のために戦ったのか、目的も自分自身も消え去ってしまっていた……。しかしその時だ。あの婦人と対面した時、私は〈羽を持つ者〉を見た時のことを思い出したよ」


 エリオさんは、くるりと身を翻した。


「あ、あの……っ!」ジャミルは思わず手を宙に浮かせた。

「――私はこの地で死ぬ者、君はこの地で生きる者。私の剣は、この地の者にまったく通用しなかった。剣の使い方は、あの黒衣の女から学ぶべきだ」


 土地に合った戦い方を学べ。そう残し、一度も振り返らずそこを去った。

 呼び止めようとしたジャミルの手は、そのまま虚しく宙を掻く。

 住居が並ぶ通りに向かって小さくなってゆく背を見守っていると、横を振り向きジャミルの方を指さし、再び奥へと歩み始めた。

 それが何か。特に気に留めていなかったが、今度はそちらから大きくなってくる黒い塊に、ジャミルは「あっ」と小さく声をあげた。真っ黒な塊がこちらに向かってくる。不機嫌オーラをまといながら――。


「ジャミル、ここにいたのか」

「話し合いはもう終わったのですか?」

「ああ。だが、内容は聞くな」


 聞かずとも想像するに容易い。


「――ったく、この村の奴らも奴らだ。奥方が出した策にまんまとハマりおって!

 何が『天族側の兵をアテにしていることを情けなく思っていた』、だっ!」

「さ、策ってほどではないかと……」

「甘い! 奥方の執事になるのなら覚えておけ。あの方の頭は空だが、ごくまれに中身が詰まる時がある、とな」

「え、えぇ……!?」

「此度のことだってそうだ。奴らは人の下に就くことを極端に嫌う。報酬も欲しい、だが立場はにしたい――と、するなら、我々と共闘するしかないのだ」


 遊牧を捨てたとは言え、貰えるものは全部貰う貪欲さは、まだ失われていないようだ。

 だが、そのせいでブアーラ国との関係が結ばれる――村への“援助”はつまり、『遊牧民を買う』ための口実にすぎない。

 金を使いにきて、資産を増やすとは――と、ダリアさんはボヤき続ける。


「まぁ、そう言うことで、だ」


 言葉に一区切りをつけると、ダリアさんはジャミルに目を向けた。


「戦闘の時は、女子供が身を寄せる蔵の番をするよう言い聞かせた。……が、不満げな様子からして、何かを企みかねん。だからお前は、奥方をしっかり見張っておけ」

「は、はい! ですけど、その……」

「何だ?」


 じろりと目を向けられ、ジャミルは思わず言い澱みかけた。


「あの……剣を……」

「剣?」ダリアが聞き返すと、ジャミルは剣の柄をぐっと握り締めた。「ぼ、僕に剣の使い方を教えてくださいっ!」


 それにダリアは、片眉を上げた。(ように見えた)


「――私の、聞き間違いでなければよいが」

「い、言い間違ったつもりはありませんっ! 守られるのではなく、守るべきものを守る、主君に()()()剣になりたいんです! 僕も戦いたいんですっ!」

「ほう。ふむ……なるほど」


 ダリアは一つ頷くと、大仰に剣を引き抜いた。シャラッ……と音を立てた刃は、大きく湾曲し、恐ろしい輝きを放っている。


「先に言っておくが、私は素人相手に手加減が出来るほど器用ではない。さあ、剣を構えろ」

「そ、その格好のままでやるんですか!?」

「それは、私に服を脱がせるくらい強くなってから言う言葉だ」


 ダリアは〈ニカーブ〉から覗く目を細めた。

 ジャミルも応えるように剣を抜いたが、ダリアの言葉に嘘偽りなしと判明したのは、このすぐ後のことである――。

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