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6.遊牧民の村

 ファルスの村に辿り着いたのは、ちょうど空が藍色に染まり始めた頃だった。

 村を囲う柵は広く、そのスペースを目一杯使うように黄土色の住居が並んでいる。村の外れの方には畑や家畜の放牧地があり、遊牧民の暮らしをそのまま落とし込んだようなところだ。

 遅い来訪となってしまったにもかかわらず、一行が到着するや、何と村長自らが両手を広げて出迎えてくれた。

「神の祝福あれ」村長はそう言うと、エリザは「あなたにも神の祝福がありますように」と、うやうやしく返す。――これがこの大陸で行われる、挨拶のやり取りである。

 村長はウサインと名乗った。エリザは、スタルクの長・マジッドからの紹介状を差し出すと、ウサインの声のトーンが一段高くなった。


「なんとこれは……改めて、遠路はるばるようこそお越し頂きました! ささ、どうか我が家にお越しください」


 ウサインの家は遊牧民の暮らしを多く残す、簡素な造りをしていた。

 中央は広い空間となっており、西と東の区画はそれぞれの男性、女性用の居住空間となっているようだ。一行は建物の中央の、蝋燭灯りに包まれた部屋に案内された。赤色の絨毯には、大輪の花の刺繍がされている。

 右側がエリザたち、左側にはウサインやその身内が腰を下ろす。互いの顔を合わせる格好である。


「まずはお茶をどうぞ」


 ウサインの妻が折り目正しく、すっとお茶を差し出してくれた。

 甘い柑橘系の香りがする紅茶だった。中にオレンジピールが入っているのだろう。ジャミルは『なるほど』と、思いながらそれを啜った。オレンジピールには、疲労回復などのリラックス効果があるのだ。――遊牧民は“粗野な者”との印象があったが、一杯のお茶でそれが覆された。

 ジャミルはさり気なくウサインの顔を見た。顔の彫りが深く、一見すると強面に見えるが、笑みを浮かべると真逆の印象を与える。(斜め前に座る奥方に、時々いやらしい目線を向けるが)

 一方で、お茶をぐっと飲み干したエリザは、カップを戻しながら小さく息を吐いた。


「キルダー騎士団の団長さんからお話を伺いましたが、何やら村の周囲が大変みたいですねぇ……」

「ええ、まったく。東は死者ども、西は小鬼……後者は討伐も可能でありましたが、必要のない損害を受ける必要もないのが理由です」


 ウサインは肩を小さくあげ、いたずらな笑みを浮かべる。


「しかし、空の荷車を運ぶわけにもゆかないので、西からの来訪者を阻んでくれて逆に助かった部分もありますな。これは内々の話ですが、東のレスカンドの街の方が金払いがよいですから――」

「まぁっ、荷が届かないと伺っていましたが、そう言う理由だったのですね」


 ウサインは「生きるためですから」と言い、ふっと笑みを浮かべた。

 なるほど、この人のよさそうな雰囲気は“したたかさ”からきているようだ。過酷な環境で生きてきた遊牧民ならでは、と言うことか。

 ジャミルはそう思い、エリザの方へ目を向けた。

 なるほど、と尤もらしく頷いているが、早く本題を切り出したくてたまらない様子である。


 ――ゾンビ退治しに行きましょうっ♪


 その言葉を口にしたのは、騎士団からゾンビ出現の話を聞いてすぐのことだ。

 ダリアさんに本気で止められたが、馬の方が話を聞きそうなくらい話を聞かない。おかげでダリアさんは『何を言っても無駄だ!』と、すっかりヘソを曲げ、村に来てから一言も喋っていなかった。


「ですが、西の方も今大変ですよね~?」

「ええ、まぁ……今回の討伐を終えれば、レスカンドの〈冒険者ギルド〉に調査を依頼しようかと考えているのですが、なにぶん連中はガメついですし、それが根絶に繋がるとも言えません」

「分かります、分かりますっ! 大変ですよねえ!」


 絶対、分かっていない。


「向こうでも討伐隊が組まれるでしょうが、それまでは持ちこたえねばなりません。正直……あの騎士団が、死者の群れに加わるのも時間の問題でしょう。食料の備蓄も減り続け、聖水や死体処理の油を用意する余裕がありませんからな。スタルクに羊を売って資金を獲得する道もありますが、こちらの事情を知れば、買い叩くに違いありません。羊は我々にとって財産も同じ、安売りはできません」


 あ、来た――と、ジャミルは“機”を感じ取った。


「では、我々が、どうにか致しましょうっ!」

「は?」奥方の弾む声に、ウサイン様は固まってしまった。「今何と……?」

「ですから、我々・ブアーラ国がご融資致しますっ♪」


 食料の提供、農場や放牧地の拡大、羊さんの追加……必要な物はすべて揃えますよ、と。

 ウサインを始め、他の者たちも予想できなかったらしく、仰天して固まってしまっている。……けれど、そこに“喜”が含まれているのは気のせいではないだろう。


「い、いやはや……」ウサイン様は(ひたい)に浮かぶ汗を拭い、一呼吸を置いた。

「流石はブアーラ国。うちのような村とは、考える規模が違いますな……!」


 ですが、と言葉を付け足した。


「我々の先祖は遊牧で、この過酷な自然の中で生き抜いてまいりました。そこで学んだことは今も教訓として受け継がれています。その内の一つが、『贈物には“意図(こころ)”が包まれている』と言うこと――単刀直入に申し上げますが、ご内儀の目的は?」


 鋭い眼差しに、ジャミルは思わず背筋を伸ばしてしまった。

 対する奥方はまるで動じておらず、逆に『思惑通り』とも受け取れる笑みを浮かべた。


「――ゾンビ退治のお手伝いをさせてくださいっ♪」

「……は?」


 ウサインは呆気にとられ、つい間の抜けた声をあげた。


「私は冒険の旅に出ていまして、是非とも此度の討伐に加わりたいのですっ」

「え、いや、その……ええまぁ、何と言いますか……確かに、猫の手でも借りたいぐらいなのですが……」


 後ろのジャミルたちに『本当か?』と怪訝な目を向けるが、従者は『その通りです』と頷くしかできない。

 難しい顔をするのも当然だ。『ゾンビを討伐して道を拓くこと』、に対する報酬ならば、依頼と報酬が釣り合う。

 だが奥方が出している要求は、『自ら危険に飛び込むこと』であり、リスク・身銭を切ると言う二つの“負債”を抱えようなものなのだ。当然そこに“利”などない。

 ウサイン様はきっと、()があるのではないかと考えているに違いない。


(奥方は絶対、そこまで考えていないと思うんだけど……)


 ジャミルはそう思った。


「うぅむ……ひ、ひとまず、その話はこちらの方で村の者と相談してからにしましょう! ささ、食事の用意ができそうなので、ひとまず旅の疲れを癒やしてください」


 その言葉を待っていたかのように、大皿に乗ったたくさんの料理が運ばれ始めた。

 スタルクの時のように羊までは出なかったけれど、小麦粉を練った生地に、焼いた鶏や炒めた野菜を包んで揚げる“包み揚げ”など、芳ばしい匂いがする料理はどれも美味しそうだ。

 エリザは神に感謝を述べると、すぐ手を伸ばす。……が、ジャミルは立てた膝の上に腕を置いているだけだった。


 ――私の世話は結構ですので、あなたも頂きなさい


 この言葉をかけられるまで、ジャミルは手をつけることができない。

 形式上は奴隷であり、許可がなくば一緒になって食べられないのである。

 そして、何より困ったことは……


「――んん~っ、このお料理美味しいです~♪ こちらの鶏料理も、ぴりっと辛みがきいて絶品ですっ♪」


 エリザは自分が気に入ると、お腹いっぱいになるまで忘れてしまうのである――。

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