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5.流れの騎士団

 ゴブリンと手を振りあってからしばらく、エリザはずっとご機嫌だった。

 言葉が口を衝いて出るのか、あれはどうした、ここはどうした、と延々と武勇語りを続ける。そのせいか、語るにつれ『ゴブリンさんが反撃してきたのを――』と、事実とは異なる出来事まで付け加わってゆく。

 それにジャミルたちは苦笑を浮かべるが、訂正することは一切しなかった。エリザがあまりに嬉しそうに語るからだ。

 ファルスの村に着くまで続けられそうな様子であったが、村まで後半日程度の場所に差し掛かった時、突然ピタりと遮られてしまう。


「奥方、私の後ろへ――」


 ダリアさんに警戒色を強めた声に、奥方はすすっと後ろに回った。

 進行方向を正面にして左斜め前、角度にしてちょうど45度の場所から六騎……いや七騎の騎兵たちの姿があった。

 それはただの遠乗りの最中ではなく、何らかの目的があって近づいてくるのがハッキリと分かる。ごま粒ほどの大きさだったのが、みるみる内に膨らんでゆくのだ。

 奥方との間にジャミルが割り入ったため、自然と理想とするフォーメーションが出来上がっていた。


「天族側の鉄兜に、鎖帷子か」ダリアは不快感を露わにすると、ジャミルは「店で買った、のでしょうか……」と、期待を込めながら訊ねた。


 防具自体は戦場稼(いくさばかせ)ぎが死体から奪ってきた物や、補給物資を強奪したもの等々が市場に出回っている、と本で読んだことがあるからだ。


「そうあって欲しい、との考えしない方がいい」


 希望が打ち砕かれた時、出遅れてしまう――ダリアは冷たく一蹴した。


「ゴブリンに得体の知れぬ天族側の騎士団、か。スタルクの者どもも、(いささ)か平和を味わい過ぎて……ん?」


 ダリアが訝しむ目をした理由に、ジャミルも気づいた。

 地金の鈍色ではなく赤茶色をしている。擦り切れた外套こそ纏っているものの、天族の〈サーコート〉と呼ばれる鎧の上から着るワンピース形式の上着でもないのだ。


「鎧……とかボロボロ、ですよね?」

「うむ……」


 最初は塗装かと思っていたが、じわじわと近づいてくるにつれ、それがハッキリと分かるようになってきた。あの色は、間違いなく“錆び”だ。

 向こうの馬の顔が分かる距離まで近づいて来た時、ダリアさんは間髪入れず「そこで止まれ」と命じた。相手はそれに従い馬の脚を止めた。そして先頭を走っていた者が、すっと前に躍り出た。


「我々に敵意はない」


 三十歳半ばだろうか。若いとは言えないが、壮年とも言うには早い男だった。すっかりと日に焼けているが、ジャミルやエリザと同じ肌持つ者であることが分かる。

 身につけている鎖帷子は、やはりまだらに赤茶色の錆びが広がっていた。長袖を引きちぎって半袖にしたのか、袖口は針金のほつれが目立つ。獅子の彫金が施された首当てだけが、唯一輝きを放っていもののようだ。


「剣に手をやっている内は、我々との距離は縮まらぬ」


 ダリアが厳しく言い放つと、男はしばらく間を置き、仲間に目配せをした。

 全員がゆっくりと腕を垂らしたのを見て、ダリアは少し顎を上げた。


()()からして物取りかと思ったが、そうではなさそうだ」

「我らの誇りは鋼そのものだ。剣を血に染め、鎧を錆びつかせたとしても、輝きを失うことはない」

「ふん。口上はご立派だが、女二人と少年一人の旅路に立ち塞がっていては説得力がない。さあお前たちの目的は何だ。返答次第では、押し通らせもらう」


 物騒な女だ、と男は小さく両手を挙げた。


「少年一人の護衛では心許ないだろう」男はジャミルの顔をチラりと見た。

「そんな貧弱な身体では、お姫様を守るナイトにはなれん。手が必要かと思ってな」


 頼りないと見られていると分かり、ジャミルは顔を伏せ奥歯を噛みしめた。


「そう思っていろ」


 ダリアさんが語気を強めたその時、「まぁまぁ」と、エリザがとりなすように前へと進み出てきた。


「二人とも落ち着いてください。ダリア、敵意を向ければ、相手も向けるのは当然ですよ」

「奥方、お下がりください。こいつらは――」

「ええ、〈キルダー騎士団〉の方でしょう。信頼できる方々ですので、大丈夫ですよ」


 その言葉に、男だけでなく後ろの者たちも動揺を隠せないようだ。

 無論、それはこちら側も同じである。


「奥方のお知り合い、なのですか?」

「いえー? 名前だけですが、キルダー家は誇り高き名家の一つと聞き及んでいます」

「それは、奥方が母国にいた時……ですか?」

「ええ、もちろん」


 にこやかに笑みを返すエリザに、ダリアは困ったように唸った。

 そして、もう一度品定めするように目を向ける。大海原を渡った国の者たちが、こんな場所でボロボロの鎧を纏い、旅人の護衛に身をやつしているのか――それは想像するに容易い。

 言葉を選んでいるダリアを他所に、エリザは彼らに向き直った。


「ファルスの村まで、護衛をお願いできますか?」

「もちろん。我々もそこを通りますので」


 契約成立でよろしいかな、と手を差し出してくる。


「旅は道連れ世は情けですから。ダリア、ジャミル、よろしいですね?」

「奥方がそう仰るのなら」

「ええ、奥方の仰せのままに」


 エリザは「よろしい」と言うと、ダリアから金貨袋を受け取ると、そこから一掴みの金貨を抜いて手渡した。

 これにもまた、その場にいた全員が目を丸くさせてられてしまう。ほぼすべてを抜いたのだ。


「……なかなか、信用してもらえないようで」

「ふふっ、当然ですよ。ジャミルは我が家に仕える執事。そして我が家族であり、我が子であります。それを侮辱すれば、主人(あるじ)として母として、当然許すわけにはゆきません。この一掴みのお金は、ブアーラ国を統べる長・ムフタール・ハキム・シナンの名の下に、その妻・エリザが下す制裁のゲンコツだと思って下さい」


 奥方が怒っている。それを知ったジャミルは胸が熱くなり、小さく身体を震わせた。


「口は災いの元、と言うことですな」男は肩をすくめると、「母のゲンコツは、いくつになっても恐ろしい」

「ふふ。後の働き次第では、ちゃんと追加報酬も考えていますよ。まぁ頭金です」


 その言葉に薄く笑みを浮かべ、しぼんだ金貨袋をそのまま馬鞍に押し込んだ。

 特に反する姿勢を見せないが、“制裁”を受け入れたわけでもない。彼らに交渉する余地がないからだ、とジャミルは思っていた。

 男たちは馬を返すとゆっくりと、東の方角に向かって歩を進めてゆく。


「ところで、貴殿の名はアルフレッド様ですか?」後を追うエリザが後ろから訊くと、「それは祖父の名です。私はエリオット――エリオット・キルダーと申します。エリオとお呼び下さい」と、仰々しく身を屈めた。


 エリザの横にはダリアがつき、続けて言葉を投げかけた。


「ファルスの村を通ると言うことだが、その先に本隊が駐留しているのか?」

「いや……」


 少し遠い目で前をゆく男たちの背を見やった。


「これが本隊だ」

「魔物どもにやられたか?」

「それもある。支配地の拡大の任を受けて来たのだが、ここに渡ってきたのを激しく後悔したよ」


 灼熱の朝、極寒の夜、昼は熾烈な戦闘……この大陸が“魔”そのものだと言う。


「決定打となったのは、北東のクディスタの兵士に徹底的にやられた時だ……あれで壊滅にまで追いやられた」

「〈死に立ち向かう者たち〉とやりあえば当然だ」


 過酷な環境に気が触れたか、とダリアは嘲るように小さく笑った。


「気が触れた……まさにそうだな。こんな結果になると分かっていれば、串刺しにされた方がまだマシだったかもしれん。〈死に立ち向かう者〉に打ちのめされ、命からがら逃げ出せたかと思えば、今度は“死そのもの”と立ち向かわねばならなくなってしまった……」

「“死そのもの”、とはどういうことだ」

「言葉の通りだ。お前たちの目的地、ファルスの村の先――レスカンド近郊に奴らが徘徊している」


 その言葉に、ダリアが「まさか」と声を震わせた。


屍食鬼(グール)かッ!」

「中にはそれもいる。我々は討伐しているのは、生ける屍・ゾンビどもよ。時おりファルスの村近くまで現れるため、端金のために命を賭けて駆除しにゆく。……しかし、その身を浄化する聖水や、焼き尽くすための油が底をつきかけていてな……鉄の剣で斬られれば絶命する、グールの方が遙かに安上がりだと思う。ファルスの村に何の用事があるか分からんが、長く留まらないことをすすめよう。我々も長くは持たん」

「お前――エリオ、と言ったな」

「そうだが?」


 何だと訝しむ目に、ダリアは憎々しげに言葉を続けた。


「お前はいらぬことを喋りすぎだ……」


 ジャミルは「まさか」と、エリザの方を見た。

 案の定、であった。横にいる奥方の目が、黄金のようにキラキラと光り輝いていたのだ――。

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