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(エピローグ)振り出しにもどる

 一行が帰国してから、三年の歳月が流れた。

 時の流れはあっという間であったが、ブアーラ国は変わらずのんびりとした時間が流れている。

 帰国してからすぐ、ジャミルは執事へと正式に任命された。

 旅によって成長したのか、大きな責任を負えるようになったのか、その働きぶりは誰もが目を瞠ったほどである。


 そして今日も、パリッとした執事服に身を包み、業務に精を出していた。

 昼を少し回った頃。そろそろ奥方にお茶を出さないと、と思って廊下を歩いていると、ふと視線の向こうにメイド服姿の女性が見えた。褐色の肌が美しく、微笑んだ笑顔が可愛い奥さん――ルディナだ。


「ルディナ」


 ジャミルは小さく手を振ると、「あっ」と声をあげてパタパタと駆け寄ってきた。どうやら探していたらしい。


「あなた。トグサルからの使者が来てるみたいよ」

「トグサルから?」


 懐かしい響きと同時に、随分と珍しい、とジャミルは思った。

 しかしすぐ、「もしかして……」と、ルディナと共に眉を寄せてしまう。


「マサカさんの件かしら……」

「かもしれない」


 ジャミルは顔を難しく、眉間を揉んだ。いよいよきたか、と言った様子である。

「とりあえず行ってくるよ」と言ったが、足を進めかけてジャミルは振り返った。


「あんまり無理しないでね」


 そう言うと、ルディナのお腹をさすりながら、(ひたい)にキスをした。

 ルディナは甘い表情で「うん」と答えると、「行ってらっしゃい」と手を振った。


(揉めることはないと思うんだけどなぁ……)


 ジャミルは使者が待っている部屋へ向かいながら、うーんと唸り続けた。

 旅を終えたのは、天族との決着がついてから約一ヶ月後だった。

 ルムタンからレスカンド、ファルスを経由し……と、来た道を帰る予定であったが、旅の疲れがどっと押し寄せてきてしまったため、レスカンドから船に乗って帰ることとなった。(船には、どう言うわけか半漁人も働いていた)

 帰国してから事後処理に奔走している時、ルムタンから移転してきた娼館から、『やりました!』と、の報告が飛び込んだのだ。――何と『トグサルの王・ナーマが抱いた娼婦が妊娠した』と言うのである。

 それから十月……待望の男の子が生まれた。


(トグサルのナーマ先王って、今七十くらいだよね……)


 息子・ハッサースが王座に就いたが、あまりいい話を耳にしない。

 周りが何とか支えているが、如何せん本人が決めるべきところで消極的になり、勢いが空回りしてずっこけることが多いようだ。

 ここにやって来たのは、“王の落とし子”がいると知り、迎えにきたのではないか。

 そのようなことを考えながら、使者が待つ部屋の前に立った。


「お待たせしてすみません――って、ああっ、あなたは!」

「おお、いつぞやの!」


 何と部屋の中にいたのは、アシガにて足止めをされた時、ジャミルたちの書類が確かなものだと証明した青年だったのだ。

 当時の気弱さはなく、立派な口ひげを蓄えている。


「その節はありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそあなた方に感謝せねばなりません。まだわずかな時間しか流れていないのに、まるで何十年も過ぎたような気がしますね」

「私もそう思います。……ところで、今日はいったい、どのような用向きで?」

「ええ、それが……私は今、トグサルの仕入れ管理を任されるようになったのですが、その城内外でちょっと大変なことが……」


 ジャミルは『やはり』と思ったその時だった――


「ジェバリスク再建にあたり、伐採したあの木が、思いのほか売れてしまいまして……」

「え?」


 権利は持っているが、ブアーラからは資金提供だけ行っている。

 なので支配権などは元のまま、トグサル城主が持っているはずなのだ。

 お金に関しても、利益はそのままでいいことにしてあるのだが……。


「額が額で……金貨で30,000枚、なのです」

「えぇ!?」

「しかし、それはあくまで口実。……実際は、天族の隠し資産らしいのです」


 ジャミルはまたも驚きの声をあげた。

 ジェバリスクの城のあちこちで発見され、見つかったのを併せればその額の倍はあると言う。

 捕虜たちに出所を訊けば、それは何と一部は横流しになっていた基金であると言うのである。現場の一存では決めかね、こちらに指示を仰ぎに来た――とのことだった。

 ジャミルは「分かりました」と頷き、追って連絡する旨を伝えた。そして青年と別れるとすぐ、エリザと主人(あるじ)のところへと足を向けた。

 今の時間なら、二人とも謁見室だろう。

 中庭を渡った方が早い。

 そこに向かうと、剣を振っているダリアさんの姿があった。


「――む、おお、ジャミルか!」

「あ、ダリアさん。奥方と旦那様は今、謁見室ですか?」

「そのはずだ。ああそうだ、後で時間があったらアレをしてくれんか?」

「あれ?」


 ジャミルは首を傾げた。


「えぇっと、アーなんたらという、油を塗ったくるやつだ」

「あ、〈アーユルヴェーダ〉ですか!?」

「おお、それだそれだ! あれはなかなかよくてな……って、何だ、二人の嫁を抱いておいて、未だに女の身体見るのが恥ずかしいのか?」

「そ、それは……!」


 それは以前、ダリアが『疲労がとれない』と言い、ジャミルがしたものだ。

 ルムタン医師・ハルン・アラードから存在を教えられていたのだが、娼婦の中に知る人がおり、マッサージとアロマオイルを使った施術方法を教わったのである。

 それを話したところ、『練習台でもいいから是非してくれ』と頼まれたのだ。

 ……が、真っ裸になることに恥じらい持たない人なので、目の前で堂々と裸になっては、『今回は好きなだけ尻を揉んでいいぞ』と、かつての黒歴史のアルバムを紐解いてくるのだ。


(ダリアさんの裸は、何度見ても慣れないんだよね……)


 ルディナと挙式をあげ、それからしばらく間を置いて、ナイマとの式を挙げた。

 あの決戦の数日前にサキュバスのお姉さんが突然現れ、飛翔能力以外の力の殆どを返したらしい。……が、〈聖剣の力〉が弱まっているのか、ナイマを抱いてもその力は剥がれなかった。

 彼女は今、〈サキュバンク・ブアーラ支店〉の店長として、街の金融業を一手をになっている。――思えば、元々からサキュバスの力は剥がせないもので、彼女の生活を安寧のものにするための口実だったのではないか? などの可能性も、考えられなくはない。

 しかし、ジャミルにはどちらでもよかった。

 魔法にかけられても・かけられてなくても、愛することには変わりないのだ。


 そして当然、二人の奥さんを同時に愛さなねばならない。

 そこに持ってきてダリアさんだ。

 二人の柔らかな肌肉とは違う、しっかりした筋肉なのに、しなやかで弾力があるものだから、精神(きもち)が弄ばれてしまうのである。


「まぁ、奥方に用事があるなら先にそっちを優先しろ。……と言うか、何の用事だ?」

「それがその……」


 ダリアも事情を知るため、ジャミルはトグサルからの使者の話を伝えた。


「厄介な状態だな……。奥方がまた変なこと言い出さなければいいが……」

「厄介?」

「先日から、やたらと金が入ってきているのだ。ルムタンの領主から『立て替え費用の半分です! もう半分は今しばらく!』と、金が振り込まれ、同じく病院からは薬代の一部が、〈アマゾネス〉からギルド収益の一部、スタルクの海賊が魔物と一緒に財宝を見つけ、その一部が――」


 ファルスの作物が大豊作。アシガ村でも農場拡大と学校を新設したことで、ルムタンやレスカンドとの交流が増えた。その道中を整備し、〈赤の隊商〉を中心とした商人たちらが宿などの店を構えるようになった。(ルムタンが潤っているのはそのおかげである)

 それらの収益が今、一気にやってきてると言うのだ。


「……トグサル城、家系ごと完全乗っ取り計画も進行してますよね?」

「うむ。ゆくゆくはここの娼館の分家が向こうに渡り、ジェバリスクに新たな〈冒険者ギルド〉設立を目指す、〈アマゾネス〉との連携を強めてゆくつもりらしいな」


 ジャミルとダリアは顔を見合わせ、頷き合った。

 そしてかつてのように、共に奥方たちの待つ謁見室を訊ねた。



 中にはムフタールが玉座に座り、その横に設けた年季の入った椅子にエリザは座って本を読んでいた。


「あら。ジャミルとダリア。二人で仲良くどうしたんですか~?」


 二人の訪問に顔を明るくしたエリザに、ジャミルはこうこうでと説明を始めると……ムフタールは、唇をぶるると震わせながら、玉座からずり落ちていった。


「神よ、我が海はもう一杯です。だからもうこれ以上、雨を降らさないでくださいましぃ……頼むぅぅ……金は、金はもういらないぃ……」


 今にも泣き出しそうなムフタールの声に、エリザは「あらまぁ」と困ったような声をあげた。


「また冒険に出かけたいですね~」


 コロコロと冗談めかして微笑むが、「冒険より、子作りに勤しんで下さい」と、ダリアにキッパリと言われてしまう。ジャミルが調合した“精力剤”のおかげで、エリザの肌艶はよくなっている。心身共に充実している証拠であった。

 その頬をぷくっと膨らませ「む~」と唸ったが、ふと「ああそうだ」と、思い出したように声をあげた。


「あ、冒険で思い出しました。ジャミル宛てに、お手紙が届いていますよ」


 そう言うと、一通の封筒を差し出した。

 赤青白のトリコロールカラーで縁取られた、奇妙なデザインをしている。


「差出人が不明ですが、多分すぐに分かります~」

「え?」


 表書きには【ガキんちょへ】とあり、中央にはでかでかと【不幸の手紙】と綴られている。


「あいつは暇か」


 ダリアさんが代わりに突っ込んでくれた。

 恐る恐る封を切り、頭となる部分を開くとそこには、


【振り出しにもどるのであーる】


 ――とだけ書かれてあり、封筒の中には金貨が一枚入っていた。

 赤い血のついたそれは、まぎれもないジャミルの“財宝”である。

 しかし、


「……ブアーラ国の“金の呪い”は、まだまだ続きそうであーる」


 ジャミルはそう言わずにいられなかった――。

※これにて完結です

 ここまで読んで頂きありがとうございました<(_ _)>

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