2.エンジェルダウン
約二週間後。ついに道が開通し。ジェバリスクに向けて兵士たちが発った。
エリザたちは途中まで一緒に行軍していたが、途中で進路を北北西に変更し隊列を離れた。
『ジェバリスク攻めの指揮はオレ様が執る』
先日の言葉の通り、エリザたち一行に『ジェバリスクを迂回して北北東にある岬を目指せ』、と命じたのだ。流石のエリザも戦争には参加したいと言い出さなかったが、これには驚きを隠せずにいた。
だが、反対する理由もない。一行は行商人に扮し、大荷物を積んだ馬車に乗った。
ライムたち本隊がそれを見届けから、約五日が過ぎた。
まずはエリオが率いるゾンビ兵・〈キルダー騎士団〉を後方の守りにした。山越えしてアシガを強襲、トグサル城への奇襲・もしくはバックアタックへ備えさせる。
次にジェバリスク正面の平原に、アシガ村の長の子・ターヒル率いる〈アシガ軍〉を置く。東側にはライム率いる〈トグサル軍〉を。本城となるトグサル城の守りは、城主・ナーマが担っている。
総兵力は人間が約一万三千、ゾンビが約二千。対するジェバリスクは、三万ほど……と見られ、天族側の最大拠点であることを強く象徴していた。
城攻めには相手の倍近く必要になるが、皆はどうしてかライムの言葉に絶対的な自信を感じ、ダリアも反対を口にしなかった。
「んんー、青い海に青い空。そこに浮かぶイカつい武装船――んんー、イイ眺めだねェ」
ライムは兜から覗く漆黒を海に向けた。
場所は東端にある、崖の上――そこからジェバリスク城と、城下町である港が一望できる。
「海から、来ますかね?」
後ろについている兵士が訊ねた。
白い崖に阻まれた港は天然の要塞に近く、海賊船が攻め込むには無謀な地形なのだ。
「だろうな。連中が取れる効果的な手段はそれしかねェし」
ライムは他人事のように淡々と述べた。
相手の船を大半沈めたと言っても、まだ多くの戦力を残している。軍を動かしたともなれば逃げ足の速い海賊たちとは言え、簡単には後退できないだろう。主力を注いで制海権を奪還してからの側撃――これがジェバリスクに取れる唯一の手段であった。
仕掛けるのはいつか。誰もが相手がしびれを切らすのを待つと思っていたのだが、
「待つのだりぃし、海の連中は突撃ィー」
そこにいた全員が驚愕の声をあげた。
中には止める者もいたが、ライムは無視して合図を送る。
船は慌てた様子もなく、むしろその命を待っていたかのように迅速に動き出し始めた。逆に敵軍・ジェバリスク側は慌てているようにも見えた。
普通の者にはまず考えられない命令である。そのため愚策とも言える行動が、理解できなかったのだろう。
すると、ライムは「左向け左! ぜんたーい、前に、進め!」と言うと、崖に沿ってゆっくりとジェバリスク城の方へと歩を進め始めた。
「すぐに総攻撃始めっからな。城門が開いたら一斉に押し込めるようにしとけ」
そう命じると、兵士たちは慌てて引き下がった。
ライムだけはゆっくりと、海を眺めながら城に向かってゆく。
やはり戦はいい。血湧き肉躍るような活気、一方的に叩き潰す快感。人間の本性が剥き出しになるその瞬間が何よりも楽しい。
ようやっと相手の港から船が出た。船の側面にネズミ返しのような戸板や、無数の棘が飛び出している異様な形をした船だ。弓を構えた兵士たちが海面を覗き込み、徹底した迎撃体勢を取っている。
「おー、おー。半漁人を恐れてんなー」
それを見ながら楽しげな声をあげた。
警戒するのも無理はない。補給等を絶つため、ライムは海賊に半漁人の群れを与えているのだ。
半漁人たちは船底に穴を空けたり、デッキによじ登って奇襲をかける……など、相手に為す術も与えないを攻撃を加え続けた。ただし無抵抗の者や、巻き込まれた商人たちは殺すなと強く命じてある。――守られているかは不明であるが。
だが、相手の本拠地を叩くのに同じ手をいつまでも使うものか。
「奇策は所見殺し。二度目は凡作、三度目は愚策よ」
ライムは歩きながら、右腕をさっと掲げた。「さて」
すると……たちまち、ジェバリスク側の船底に巨大な黒い影が浮かび、水面がムクりと膨れあがる。
「今そこに立っているのは天使じゃねェ、宝石の立ち台をぶち上げろ――バハムート!」
刹那。巨大な水柱が遙か高くまで噴き出すや、そこからカバのような鼻先が飛び出した。
それと同時に、ライムの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ――。
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ジェバリスクの城内に悲鳴や怒号が右往左往していた。
――港に巨大な化け物が、馬みたいな頭をした巨大魚が船を全部沈めた! 水門を破った!
――敵が進入してるぞ、東側の兵は港を守れ!
――オレ様、最強!
――門を守れ! 敵が来るぞ!
槍や弓を持った甲冑姿の兵士たちは、ガチャガチャと音を立てながら石畳みの上を走る。
街は海に向かってなだらかな円錐状の形をした地形をしており、角度が急な山の部分に目指す城がそびえている。空間を飛んで城壁の向こうにやって来たライムは、目の前に転がる死体を踏みつけながら、デカい街だ、と城を見上げた。
そして城門に向かってゆく。新市街なのか、積まれている石は灰色に統一されている。緩やかな勾配の石畳を歩き、石階段が入り組んだ地帯までやってきた。目的の城門はその中の一番長い階段を下った所にあるようだ。
ぶっちゃけ、城門なんて開けなくても問題はない。ただそうすると、迂回して行ったエリザたちに兵が向かってしまいかねないからだ。これは単なる陽動なのである。
ライムはガチャガチャと音をたてながら階段を下りてゆくと、その先の踊り場にいる兵士が気づいた。
「――む、お、お前、何者だ!」
鈍色の鉄兜を被った兵がそう叫ぶと、周囲の兵士たちは一斉にライムの方を見、ハッと息を呑んだ。
「何者? んなもん、決まってんだろ――」
ライムは正面の兵士に左腕を突き出した。
「てめェらの敵だ」
ごしゅっ……と音が響いた。
あたり一面、水をうったように静まり返った。目の前にいた仲間が、悲鳴もあげる間もなく頭を貫かれ、その場に立ち尽くしている。
ライムの腕が戻ると、貫かれた兜から向こう側を覗き込んだ。
巨大な城門の前に、似たような甲冑姿の連中がぎっしりと押し寄せている。壮絶な光景を目の当たりにし、バイザーの下は、絶句しているに違いない。
ほどなくして、頭を貫かれた兵士の身体が傾き、横に崩れ落ちた。
それが、兵士たちが悲鳴をあげる合図となる。
まさに地獄絵図であった。ライムの高笑いと共に左腕がぐいんと伸び、更にそこから射出された指が、瞬く間に逃げ惑う兵士たちを貫いてゆく。
向かって来る者もいた。がいんっと剣が胴体を叩く音がした直後、ひしゃげた剣を見て「ぁ……」と、絶望と後悔の声を洩らす。ライムの右手はその首を握り潰すと、男は「が、ァ、ァ、……ッ」と苦しみながら死んだ。
「抵抗しなきゃ楽に死ねるのにな」
ライムはそう言うと、近くにあった壁に死体をぶん投げた。
鎧はたちまち金属塊と代わり、肉片が飛び散った。近くで見た者は小便を漏らし、悲鳴をあげて懇願するも、「女が小便チビって命乞いするなら別だがよ」と、直後に頭を貫いた。
そして、伸ばした腕で城門に手をかけた。
黒く長い縄で引かれるように、扉は重い石ずり音あげてゆく。
巨大な扉に白いスリットが入るや――前に控えていたトグサル・アシガの兵士たちが一斉に、雄叫びをあげながら駆け込んできた。
「城の中の兵士たちはすべて殺せ! 同じ褐色の肌の奴はとりあえず殺すな、女は……まぁ大事にしろッ! ああ、子供も殺すんじゃねェぞッ! なに、幼女はどうするのかって? あー……イイ女に育てて嫁にしろ」
ライムは右へ左へ流れてゆく兵士たちに指示を出し、もう一つの、正面の城門を見やった。
そちら側の大きな扉も、既に内側に開かれている。近く遠く、あちらこちらで絶命の声が上がっている。
港も完全に制圧されたようだが、打ち上げられたカバ顔の巨魚が過ぎ去るまで三日以上かかるだろう。
それらを見届けたのち、ライムは身を翻して長い階段を戻り始めた。
だが、しばらく登った所で面倒になったのか、再び目の前の空間が歪んだ――。
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次に現れた場所は、城内の長い回廊だった。
円筒形の砦に囲われ、それを繋ぐ連絡路の中だろう。そこには弓を構えた兵士もたくさん並んでいたが、ライムがすべて始末した。
外にいる兵に比べると、中の者は鎧などが少し立派だった。……とはいえ、やられ役には変わらないが。
目指していた場所・とある塔のらせん階段に差し掛かったその時、上から駆け下りてくる白い羽を持った者と鉢合わせた。
「おー、おー、偽りの天使さま。何とも神々しいお姿で」
「ぐ――ッ!」
ライムの姿を確認すると、忌々しく睨み付ける。真っ白な肌をした、美しい女天使だった。
「羽をパタパタさせることもできず、空間移動の能力も使えず。ただ高い所から人間を見下し、命令をするだけの天使様はその奥にいるのか? いや、もう逃げたろうな」
「貴様なぞに、誰が答えるものかッ!」
天使は手にしていたメイスを振り上げ、ライムに叩きつけた。
鎧は大きくへこみ、メイスから飛び出している刃がそこに穴を空ける。二発、三発……何度も叩き付けられ、兜や肩当て、胴の部分の形が大きく崩れた。
ライムは攻撃は一切避けず、ただ突っ立ち、天使からの攻撃を受け続ける。
攻撃が通用しないことにたじろいだ瞬間、ライムの右腕が天使の細い首を掴んでいた。
「――カッ……は……ッ」
「ほれ、羽を広げて飛べ。ホンモノを前に、お前らの姿を見せてみろ」
ライムは天使の身体を持ちあげた。天使はその細腕で青い小手を掴み、脚をばたつかせ、もがき苦しむ。
「そりゃそうだろうなぁ。お前らは所詮、紛いもの――天使の格好をしているだけなんだからよ」
ライムの左腕はその白い羽根を掴み、ブチりと音を立ててもぎ落とした。
天使は叫び声をあげるが、締め付けられて声がでない。ライムの右腕に力が込められたその時、最期の力で「い゛あ゛……ぁ゛ァ――ッ」と、か細く叫んだ。
「……ああ、そうだ。やっぱりアレは北の岬にあるんだろ? どうせ元から見捨てられた身分なんだし、教えてくれよ」
ライムは天使の頬を挟み、左右に振りながら訊ねた。
顔が揺らされるたび、だらりと垂れる白い腕が宙を漕ぐ。
「――『ハイ、ソウデス。ハーディ サマ ノ ヌケガラ ハ ソコニアリマス』? おお、そうかそうか」
ご苦労。と、ライムは近くにあった窓から天使の死体を投げ捨てる。
そして、背後から音もなくやって来た者に顔を向けた。
「もう動けるのか?」
「ふふっ、またキャリアーしなきゃなりませんから。と言うか、正門の扉開いたの見てたじゃないですか」
「そうだっけか」ライムは一笑いした。
そこにいたのは、コウモリの羽根を生やした女――〈サキュバンク〉のサキュバス・メリィだった。
「あの嬢ちゃんから、力を返してもらったのか」
「まぁ、半分だけですね。あなた様を運搬出来ればそれでいいですので」
「ふん。悪魔退治に来て、最後まで悪魔の世話になるたァね」
ライムはおもむろに、腰に携えていた剣を引き抜いた。
すると、ライムの腕がぶるぶると震え、白い煙が立ち昇り始めた。
「聖剣・〈ディバイド〉ですか……。難儀な依頼を受けたものですね」
「冒険者ごっこもつれェよ、ったく。……ま、後は頼んだぞ。上手くシメてくれなきゃ台無しだからよ」
「仰せのままに」
「ハッ、ガキんちょの真似事か」
ライムの身体は、鎧ごと崩れ落ちた。




