1.強者にも弱点はあるが、必ずしも倒せるとは限らない
トグサルが買収されるとすぐ、アシガとの和平が結ばれた。
ジェバリスク攻略にも同意し、トグサル軍とアシガ軍は連合として、行動を共にすることが約束された。それに伴って、城は前線砦として使用されることとなり、先日アシガ軍の入城が果たされた。
しかし、ついさっきまで戦争状態であった国同士。エリザは確執による諍いを憂いていたが、それは杞憂に終わる。――これは、裏でトグサルの城主・ナーマが『敗北を甘受すべし』と、手を回してくれたからだ。そのおかげで、城内はギクシャクした雰囲気だけに留められた。
同時に、森を拓いて道を設ける“大事業”の方も進んでいた。
施工日数は約三ヶ月と見ていたが、潤沢な資金と豊富な食料、そして多くの作業員たち(森を住処にしていたゴブリンもいる)のおかげで、竣工まで二ヶ月もかからぬ見通しとなっている。
……となれば、残すはジェバリスクを攻略するのみである。
時間と共に城の中は慌ただしくなり、どこからか噂を聞きつけた商人・傭兵たちの“売り込み”も、日に日に増えていた。
ある日のこと、エリザは邪魔にならぬよう、ジャミルを伴ってトグサル城の外を散歩していた時――
『ブアーラのご内儀!』
城から少し東に向かった沿岸沿い。二人で海を眺めていると、どこからか名を呼ぶ声がした。城の方からのようだ。並んで視線を向けると、馬に跨がった者がこちらに駆けてくるのが見えた。
見覚えのある赤茶色の鎧――エリザとジャミルは「あっ!」と声を揃えた。
「ご内儀! お久しぶりです!」
「え、エリオさん!? ど、どうしてここに……いえ、いつこちらに!?」
「はははっ! ご内儀が大きな買い物をなさる前からですよ!」
馬から下りたエリオが左手を掲げると、その中指にはまる白い指輪がキラりと光った。
それを見たジャミルは、「その指輪っ!」と、思わず口に出してしまう。
「ジェバリスクからの補給を阻んでいた、死者の群れってまさか……」
「うむ。〈キルダー騎士団〉ここに復活せし、だ!」
蘇った仲間をスタルクからの物資と共に積み込み、こちらまで運んでもらった。
それでも全体の半分ほどしか蘇らなかったが、ジェバリスクの商業ルートを封じるには十分な数であったらしい。護衛についていた敵も勧誘した、と嬉しそうに話した。
「青い甲冑の者の、命令ではありますがね」
「ライムさんが……?」
「ええ。奴は『この指輪を使って軍隊を作れ』と命じました。……まぁ、そのおかげで我が軍は、最後に一花咲かせるられますが。しかし我が騎士団の恩人は奥方です、この命と誇りはブアーラ国のために捧げさせてください」
エリオは片膝をついた。立てた左膝に手を置き、頭を垂れる――騎士の誓いである。
エリザは急いでジャミルの剣を借り、エリオの肩に当てて儀式を始めた。
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そしてその後、エリザたちはトグサル城に戻った。
城内では、武器防具の整備に勤しむ者、物資の確認に走り回る者、賭けに興じる者など、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。また城の外、中庭では訓練に勤しむ者の姿もある。
(ダリアさん、いつ休んでるんだろう……)
その中でも、ダリアはひときわ目立っていた。
ジェバリスク攻略の日が近いせいか、外に出るたび剣を振っている姿を見かけるのだ。
今日は剣の稽古をつけて貰おう。ジャミルは柄の長い剣を腰に下げ、外に向かおうと部屋を出たその時、
「お、ガキんちょ」
「え?」
呼ばれ、振り向くとそこに、青色の鎧・ライムが立っていた。
先ほどのエリクの話を聞いたのもあってか、ジャミルは少し訝しんでしまう。
確かにいつも神出鬼没で、今も何もないところから突然現れたのだ。
「ん? どうした、オレ様がそんなにイケメンか? ショタっ子には興味ねェぞ」
「い、いえその……ライムさんって、何者なのかな、って思って……」
「何者?」
「エリオさんに指輪を渡したりとか、何かいつも先回りしているなと思って」
「以前も言った通り、オレ様は何者でもない。まぁ確かなことを言えるなら、存在はすれど形はない」
「え?」
「ヒトの身体も所詮、ただの容れ物にすぎねェってこった。それにあれだ、先回りつっても、お前らの行動にちょっと手を加えてやってるだけで、そんな大したモンじゃねェよ」
ライムは笑いながら、手をヒラヒラと動かす。
「メデューサさんが手も脚も出なかったと言ってましたが、ライムさんには弱点とかあるんですか?」
「弱点か……んー、お前さんにだけ、特別に教えてやっか」
そう言うと、ライムは人差し指と親指を立て、それをジャミルに向けた。
「オレ様を殺せるのは、黄金の弾だけだ」
「黄金のたま、ですか……?」ジャミルが小首を傾げると、「チンタマじゃねーぞ」とライムは立てた中指を下に向け、ゆらゆらと揺らした。
「これ以外はねェ――と言いてェが、今はお前さんの〈力〉もそうだな」
「僕の……」
ジャミルは両手を見た。初めて旅に出たその時と比べると、皮がぶ厚くなった気がする。
「その〈力〉について、お前さんはどこまで知っているんだ?」
「え? 聖なる力を与える、だけなんじゃないですか?」
するとライムは頭を左右に振った。「まったく違う」
「正しく言えば、それは〈分断する力〉だ」
「ぶ、分断……ですか?」ライムは腕を組みながら「そうだ」と頷いた。
「ゾンビに効果てきめんなのは、死者に取り憑いた精霊を剥がすからだ。そして、お前さんの嫁になるナイマって女から、サキュバスの力を除くのは――」
「……ヒトと魔を分ける?」
「そういうこった」
“分かつ力”は色々なことでも作用しているがな、とライムは続ける。
「かつての聖剣、あれは伝わっている呼び名〈ディバイン〉なんざ嘘っぱちだ。あれの本当の名は、〈ディバイド〉だ」
「聖剣の本当の名……そ、それはいったい……!」
「どうしてかって? 英雄は連中の主義・思想を広めるための、いわゆるプロパガンダに格好の媒体なんだよ。存在しないものより、存在するものを信じさせ、この世界を支配しようとしたんだ。分かんだろ? 天族と騙る連中の思想と行動が、まるで真逆だと」
ジャミルは静かに頷いた。思い当たるフシしかないからだ。
もう一度手のひらに目をやり、今度は忌々しげに強く握り締める。
「ハッハッハ! そんなことをしても、連中にダメージはいかねェ。勇者デシーヴはサンドイッチマンとして利用されていただけ。奴は最期にそれに気づいた。そしてそれを悔やみながらくたばった――これが英雄譚の真相であり結末だ。超強くて偉い邪神も、〈聖剣〉の力でやべェことになった、らしいけどな。まぁ思い知らせてェんなら、その力で連中に一泡吹かせてやることだ」
「は、はい……!」
ジャミルは腰に携えている剣の柄を握り締めた。
すると、それを見たライムは「ふむ」と兜の顎の辺りを掻きながら「これから、あのネーちゃんに訓練してもらうのか?」と訊ねた。
それにジャミルは「そのつもりです」と返事し、ライムは「なるほど」と頷いた。
「剣の訓練だけじゃなく、たまには打ち負かしてェなぁって思わねェか? 思うだろ? そう思え」
「え、ええ、まぁ……す、少しだけ……」
あまりの圧に、ジャミルは顎を引いてしまう。
「そうかそうか。よーしよし、オレ様にいい案がある」
ライムは左手を腰にし、右手の人差し指をピンと立てた。
ここで始めて、ライムの兜に“P”が書き足されていることに気づいた。
「女は多種多様で面倒くせェが、タイプ分けすると片手で数えられるようになる単純な生き物だ。あのネーちゃんは、『勝ち気オラオラタイプ』だ。一見無敵に思えるだろ?」
ジャミルは「う、うん」と頷いた。
「ところがどっこい。あの手の女にはデカい弱点がある」
「デカい、弱点?」
「そうだ。何にでも弱点がある。奴のタイプのそれは――ズバリ、ケツだ!」
「お、お尻、ですか!?」
「そうだ、ケツだ。特に穴を突けば、即『んひぃんッ!?』よ。腰砕けよ!」
「でも、そんな、女の人のお尻なんて……」
「ヴァーカ。生きるか死ぬかの戦いで、女の身体がどーのって言ってられっかよ。お前さんは帰ったら嫁もらって、ギシギシやんだろ? いちいち『お尻触らせてください』なんて、言うつもりか?」
男だろ。すれ違う女の尻を鷲掴みにするぐらいの気概を持て。
ライムの熱弁にほだされ、ジャミルはだんだんとその気になり始めていた。
「揉み揉み! ほれ、復唱」
「も、みもみ……」
「声が小さい! 揉み揉み!」
「も、もみもみ!」
「大きな声でもう一度!」
「もみもみ!」
「よォ~ッし! イッてこいッ!」
「はいっ!」
完全に洗脳されたジャミルは鼻息を荒く、肩で空を切りながら廊下を歩いた。
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ジャミルの悲鳴が響いたのは言うまでもない。




