5.必要な物、足りぬ物
翌朝。エリザとジャミルの二人は、“散策”と称し、アシガ村の内情を探っていた。
村の者に直接聞いて回れば早いのだが、李下に冠を正さず――あちらこちらで監視の目があるため、疑いを招くような行動を避けたのだ。
一方、ダリアはトグサル方面の調査に赴くため、朝早くに村を抜けていた。
「ほとんどの畑が裸んぼですね?……」
「あの豆とか、まだ早いのに収穫してますよ。芽が出ればすぐに収穫しているのでしょうか」
ジャミルはそう言うと、畑の土を手に握った。「土も痩せているようです」
「村の食料も相当困窮しているようですね。狩猟や採取も限界があるでしょうし、かなり節制を強いられてそうです……ダリアの言葉通り、補給どころではありませんね」
「僕もそう思います。一箇所に人が集まっているせいで、一日の消費量も相当なはず。戦争は補給が大事、との言葉が身に染みて実感できます。比較的大きな村ですが、外からの仕入れはどうなっているのでしょうか」
「そうですね。――次は、お店を見に行ってみましょう」
二人は並び立って、店のある区画へと足を向けた。
区画と言っても五つ、六つほど軒を連ねる程度で、その内の半分は表戸が閉じたままになっている。
開いている店もすべて、雑貨屋と化しているらしい。陰鬱とした雰囲気が漂い、エリザが中を覗き込んでも、店主は一瞥すらくれなかった。
「どうやら、我々は客だと思われてないようですねぇ……」
「よそ者や旅人は、ザルとかマスとか買わないでしょうしね」
金貨を掬って数えるなら別ですが、とジャミルは続けた。
今は掬える金貨もなく、油を塗っても張り付くのは埃しかないようだ。
革鎧の修理やメンテナンスの方が儲かるのか、奥からトンチンカンと小さな金属音がしているだけである。
二人はやれやれとそこを離れると、一度、顎を引いて村を一望した。
「やはり、村は曇天に覆われていますね」
エリザの言葉にジャミルは静かにうなずいた。村の者の動きも鉛のように重く緩慢だ。
明るい材料を持ち込まねばならない――そう言いかけた時、道の向こうが少し騒がしくなったように見えた。
穏やかとは言えない身なりをした一団が、入り口に詰めかけているようだ。ラクダに跨がり、その両脇には、膨れ上がったカバンが下げられている。
「あれは……ひょっとして、隊商でしょうか?」
「あら、本当ですね」
「何やら揉めているように見えます」
「行ってみましょう」
エリザが一歩踏み出したのを見て、ジャミルはその肘の後ろに従った。
ラクダを引く一団が視界に広がってくるにつれ、決して楽しげとは言えない声が大きくなってくる。
『高すぎるぞ! 以前は同額で小麦袋が六つ買えたはずだ!』
『この前はこの前だ! 天気だって変わる!』
『それに、袋が一回り小さいんじゃあないか』
『何だとッ、言いがかりをつける気か!』
『こちらは生きるか死ぬかなんだ!』
『我々商人も、売らねば野垂れ死にだ!』
ぎゃあぎゃあと騒ぐところに長の息子・ターヒルが割って入り、ターバンを巻いた隊商のリーダーらしき者と、いくつかの言葉を交わしたかと思うと、
『金が無い者に用はない! 数日内に答えを出さねば、我々は東へ向かう!』
皆に聞こえるような、大きな声で言い捨てて去って行った――。
村の者はその背中に呪詛を吐きかけるが、ラクダに乗った隊商たちは振り返りもせず、逆にその背は楽しんでいるようにも思えた。
そのやり取りに、エリザは頬に手をやり、小さく息を吐いた。
「隊商の方々も、かなり足元を見ているようですねぇ……」
「商魂たくましいですね。守銭奴は死んで役に立つようですが、彼らがいなくなれば、この村の人々は死に絶えてしまいます」
お金の管理をしているからだろうか、ジャミルは怒りよりも感心を覚えていた。
商売には興味がある。川を流れる水も、砂漠では高く売れ、買う側も金貨では乾きを潤すことはできない。望まれるところに望む物を持ってくれば、余程のことがない限り売れる。
……とはいえ、それが正しいとは一概に言えない。足元を見た商売は信用を切り売りしているのと同様であり、購入する側が選べる立場になった場合、その商売人は相手にされなくなるか、逆に擦り寄るしかないのだ。
この村と商人の行く末はどうなるのか、ジャミルはじっと考えていた。
そんな日が二日ほど続いた日の深夜、別行動していたダリアがやっと戻ってきた。
しかし、報告の内容は予想していた通り、『やはり現在の戦力では勝機は薄い』、とのことである。
この村にも、村長の家にも長く居座ることはできない。
さてどうするべきか、エリザが思案に耽り始めたその時――突然、部屋の入り口の空間が、ぐにゃりと歪み始めた。
ジャミルは思わず身構えたが、ぼんやりと浮かぶ青色の鎧を見るや、すぐに警戒を解いた。
「オレ様のお帰りだ、ボンクラども」
「まぁ、ライムさん! お疲れ様です」
「進捗状況は……まぁこの様子じゃ、聞かずとも分かるな」
「ある程度は調べたのですが、やはりこの兵力では厳しいようです~……」
エリザの力の無い声に、ライムは「だろうな」と腕を組んだ。
「トグサルが面倒だろ?」
ダリアが頷き、それに応じた。
「城主であるナーマが病に臥せっているようだ。息子が代わりに指揮を執っているようだが、これがなかなかの無能で、殻にこもってこちらの自滅を待っているだけだ。……だがここで攻め落としても、だらっとジェバリスクに城を奪還されて終わりだろう」
最悪の場合、トグサル城を乗っ取ることまで考えているかもしれん。と続けた。
同じ組織に身を置いていても、彼らは仲間ではないのか。ジャミルはそう思い、静かに頷く。
「――ではここで、ガキんちょにクエスチョン!」
「え?」突然のことに驚き、ジャミル顔をあげた。ライムは構わず人差し指を立てる。
「この村に必要なもの、足りねェものはなーんだ?」
不意打ちの“なぞなぞ”に、ジャミルは窮した。
なぞなぞ自体は好きだし、答えは何となくであるが浮かんでいる。――しかし出題者が出題者なので、ごく当たり前な答えではないだろう。
ジャミルはライムになったつもりで考え、そして、口を開いた。
「“頭”……でしょうか?」
「ガキんちょがこの村の連中をどう見てるのか。オレ様、分かっちゃったのであーる」
「い、いやっ!? 僕はその、ライムさんになったつもりで――!?」
「そうそう。オレ様も頭ねェから正解――って、うるせェよタコ。暗黒空間にシュートするの見逃してやる代わりに、この村の頭を呼んで来い」
足下が揺らいだのを見たジャミルは、慌ててアシガ村の長・ファイサルを呼びに向かった。
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ファイサルは就寝前であったらしく、寝間着姿のまま強引に部屋につれてこられた。
いったい何だ、不機嫌そうに部屋を覗き込むや……この屋敷にはそぐわないいでたちの者に目を瞠り、そのままエリザを見た。
「よ、よもや、魔族をつれているとは……」
「魔人って言え、魔人って。オレ様の気分は常にハイだが、暇人じゃねーぞ?」
暇は持て余しているがな、とライムは笑った。
「まーあれだ、ここで肩を寄せ合ってブルってる群れの長どもに、近く、トグサルを落とす意志を伝えておけ。今のタイミングで取れなきゃ、百年先はジェバリスクより向こうへ行けねェ」
「し、しかし、トグサルを落としても……!」
「いーよ。ジェバリスクはオレ様が叩き潰してやっから」
まさかの言葉に、全員がライムを見た。
兜のスリットから覗く闇が、もぞりと動く。
「あそこにいる天族の親玉と、その向こうにある岬に用があんだ。もう目前に捉えてんだし、オレ様が全面的に面倒見てやんよ」
「う、うぅむ……トグサルを落とすにしても、多くの物資が必要に……」
その言葉を待っていたように、エリザは顔を明るくして手をパンと叩いた。
「それは我々が、全面的にバックアップいたします♪」
そしてエリザは、「先日の隊商さんに、“戦で役立ちそうな物”を持ってくるよう伝えてください」と、ニコニコ顔で続けた。




