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4.秘められた言葉

 お爺さんはファイサルと名乗り、何とこの村の長だったらしい。

 奥方の来訪を聞き、すぐに受け入れるよう手配したのだが……やはり肌の色の違いから、難色を示す者から、反発する者まで現れ、『ワシ自らが出る!』と、強行手段に出たそうだ。

 尤もこれは、長の影響力・指導力が及んでいないわけではない。

 北の方の部族も多く駐留しているため、それぞれの“従うべき者(リーダー)”がバラバラなのである。もしかすれば宿も危うかったのではないか、とジャミルは肝を冷やした。

 ファイサルの家は長だけあって、村の中でも大きい方だった。形は一般的な藁煉瓦を積んだ、箱型の建物だ。しかし中は多くの人が行き来していて、非常にせせこましく感じられた。

 そして家に入るや、濃い褐色肌の男が血相を変えて出てきた。


「父よ、どうして肌の白い者など連れて参ったのです! ここには他の部族の長も出入りするのですよ!」

「ターヒル! 神から遣わされた客人の前で失礼であろう!」

「何が神の遣いですか! 奴らは悪魔の遣いですぞ!」

「口が過ぎるぞ!」


 客の前だと言うのに、“悪魔の手先”呼ばわりされる――仕方のないことなのだが、剣呑な空気にエリザは申し訳なさでいっぱいになり、『やはり我々は……』と退去を申し出るタイミングを窺がっていた。……が、先々で似た口論を繰り返され、機を逸してしまった。


 ついに客間に招かれると、絨毯の上に座らされた。

 すぐにお茶が運び込まれたが、ジャミルは手をつけるのを躊躇ってしまった。


 ――毒でも盛られたら


 先ほどのやり取りからして、その可能性は否定できない。

 ジャミルは、前に座るエリザの背中をじっと見つめた。その背からは、不安や迷いらしきものは感じられなかった。

 すると突然……エリザは長い息を吐くと、茶碗を掴み、ぐっと茶を飲み干した。


「もう一杯いただけますか」


 これにはダリアやジャミルだけでなく、ファイサルまでも目を瞠っていた。

 エリザの申し出に、再びお茶が出される。

 それを二度繰り返し、計三回お茶を飲んだところで、ようやく次の言葉を発した。


「――我々を証明できましたでしょうか」


 空になった茶碗を手にしたまま、客間の入り口に目を向けた。

 誰もいないが、そこから何らかの気配が、動揺しているのが感じられた。


「……申し訳ありません。我々は客人に毒を盛るまで落ちぶれておりませんが、いらぬ手間をかけさせてしまいました」


 ファイサルは神妙な面持ちで頭を下げると、エリザは


「ふふっ、毒はここに来るまで吐ききったと思ったまで。言いたいことを口に出していなければ、私はお茶をいただきませんでしたよ」

「なんと……」


 ファイサルは唇を震わせうつむいたため、言葉を続けることができなかった。

 つかの間の沈黙が降りたのち、すっと顔を上げた。


「もし、あと十年早くご内儀と会っていれば、息子の嫁にとせがんだでしょうな――」その表情は穏やかな老人の顔に戻っており、口もとに手を添えながら「息子の嫁は気立てが悪くての」とぼそぼそとした声で、いたずらな笑みを浮かべた。エリザはそれに「まあ!」と声をあげた。

 そして入り口に目を向けるや、「これが国を負う者だ」と、厳しい言葉を投げかけた。気配が遠のいたように感じられた。


「まったく……うちの愚息は、視野が狭くて困ります」

「国を守るため、このような事態なのですから神経質になっても仕方ありませんよ。……しかし、形勢は随分と悪いようですね」

「ええ……今は流行り病のおかげで、敵の足が止まっている状態です」

「北は病が酷いと窺いましたが、それほどまで?」

「いえ、確かに広まっていますが、トグサルとアシガの戦力差は歴然なので、進軍を止めるほどではないでしょう」


 指揮を執る者が倒れたのではないかと見ております、と続けた。

 これまでとは違い、随分と消極的なスタンスが、疑いを後押ししているらしい。


「では、こちらから討って出れば――」言いかけると、ダリアは「奥方」と口を挟んだ。

「好機にもかかわらず、アシガも守りに入っていることは、こちらには攻められるほどの力がないということです」

「えっ?」

「こちらの兵力は四千弱と予想されます。トグサルは深い谷を隔てた向こうにあり、渡るための橋は細く、弓で狙いやすいものしか残されていないはずです。……となれば、向こうに辿り着くまでに三分の一の兵が死ぬでしょう」


 攻め落としても残存兵力では維持が困難だ、と言う。


「それは、どうしてですか?」エリザの疑問に、ダリアは人差し指を立てた。

「まずは補給の問題です。補給物資は戦争で最も大事であります。しかしアシガの村の様子を見る限り、安定供給どころか制限を強いねばならず、奪還されてしまうのがオチです」


 次に、と中指も立てた。


「次に立ちはだかるのが、トグサル城の北にある森です。そこはゴブリンの巣窟ともなっています。補給もままならない状態で迂回すれば、ジェバリスクからの迎撃部隊に蹂躙されてしまいます」

「――では、北東のジェバリスクへ直接向かうはどうなのです? トグサルが進攻できないのなら、こちらからゆけるのでは?」


 これには、ダリアは首を振った。


「地図上では、東に真っ直ぐ進めばジェバリスクです。しかし実際は険しい山々に囲まれており、越えるだけでも一苦労。――進攻を気取られトグサルが兵を出せば、ここは即座に陥落し、本隊は挟撃されてしまいます」


 エリザは分かったのか分かってないのか、「うーん」と一つ唸る。

 それにファイサルは苦笑し「そういうことです」といい、そこで話を打ち切るかのように「食事をご用意しております」と入り口に目を向けた。するとそこに料理を盛った大皿が運び込まれてきた。

 食事を見れば、そこの情勢が分かるという。大皿には一杯のマンティと呼ばれる、小麦粉を練って、中に羊肉を詰めた蒸し料理が乗っている。本来はそうなのだが、中には野菜を細かく刻んだものが入っている。

 どうしてここに奥方を招いたのか、ジャミルは好物の出来損ないを前に、それが垣間見えた気がした。


 食事会も特に大きなトラブルは起こらなかった。

 それから寝室へと案内され、一息をついたその時、ジャミルは思い切って口を開いた。


「もしかして、この国は相当な食糧難に頭を抱えているのではないしょうか?」

「ほう。ジャミルにもようやく晩餐会が分かるようになったか」


 ダリアは嬉しそうに頷くと、エリザもそれに同調してうんうんと頭を上下に揺らした。


「え?」

「たかが食事と侮ってはなりません。食事には何かしらの隠れたメッセージが含まれている場合があり、それを知らずして口にすれば、相手を失望させたり、また政治的意図(たくらみ)に賛同した、と思われます」


 後で『知らなかった』と言えば、その程度の存在にしか見てもらえなくなると言う。


「年の功、と言うべきか……あの長は随分としたたかだ」


 ダリアが言う。


「では、ジャミルの気づいたことを発表してください~」

「え、えぇっと……羊肉を使わなかったので、実は食料が尽きそうなのを包み隠しています。奥方に融資をお願いしたい……ですか?」

「正解です~」


 エリザは嬉しそうに笑みを浮かべ、パチパチと手を叩いた。


「ですが、包み隠すのはなく、包囲されているので逃げ道はありません、と言うメッセージでもありまぁす♪」

「え、えぇぇっ!?」

「と、言うわけで……明日から調査を始めますので、今日はゆっくり休めるようなお茶を用意してください」


 ジャミルは『これも何かの試験なのかな?』と思ったが、色々と選べるほどの選択肢がない。とりあえず予定通りのものにしようと、使用人の方にお湯を頂いて準備を始めた。

 使用するのは、ハーブの〈タイム〉だ。ここに来る途中、自生しているのを見つけたものである。

 タイムには“(たん)を除去・咳などの症状緩和”などの効能ある。

 また“心身の疲労回復”の効果も見込める――と、医師・ハルンから教わったのだ。

 砂漠ではずっと緊張状態にあったのだ。どこかでリラックスせねば、心まで病になってしまいかねない。奥方にはゆっくり休んで欲しい、そう願いながらハーブを摘んだ。


 ――タイムの花言葉は、【活動と勇気、強さ】です


 ジャミルはお茶を出した際、エリザからそれを教えられた。

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