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3.出発と失敗

 予定通りスタルクの街に三日間滞在し、出発の日の朝を迎えると同時に、儀礼的な別れを交わして街を発った。


 ――本当に行くんですか? 行くんですね?


 あまりの無茶な決断と行動に、出発日まで何度もそう訊ねられてしまっていた。

 周囲の者が予防線を張りたがるのも無理はないだろう。港町の長・マジッドは、できる限りのサポートを申し出てくれたので、ダリアは域内での安全を保障する一筆と、健脚の馬を三頭を要求した。

 出発のおり、ファルスの村までの護衛も申し出てくれたが、それは丁重に断っていた。

 奥方の楽しみを奪うことになるのは分かるが、どうして身の安全を優先しないのか――ジャミルはこれに眉をひそめる。やんわりと訊ねてもみたが、『その時が来れば話す』と、煙に巻かれてから答えはもらえていない。

 村まで奥方を守れるのは二人だけ。ジャミルは馬に揺られながら、腰に携える剣の柄を握った。


「――ジャミル、そこまで神経質になる必要はないぞ」

「で、ですが……」


 キョロキョロと周囲を確かめると、ダリアさんは面覆いの下で笑った。

 それにつられるように、奥方も「あらあら」と口元に手をやって目を細める。


「ジャミルも待ち遠しいのですねぇ。でも、次のファルスの村までは約三日ほどですし、ゴブリンさんが出たと聞いたのは二日ほど進んだ場所。今から肩肘張ってると、いざと言う時に力が出ませんよ?」


 奥方が力こぶを作る仕草をすると、それを見たダリアさんは、


「奥方はもう少し、()()()とすべきかと存じます」

「むう。これでもしてますぅ! この鎧のおかげで、背筋もピンとしてるんですよ!」


 奥方は赤茶色の革鎧をポンと叩くと、腰に下げている護身用の短刀が小さく揺れた。

 ダリアさんは大きく反った剣を携えているが、奥方の武器らしいものはそれしかない。


「しかし、鎧って結構、身体の自由が利かないものなのですねぇ……」


 奥方は少し疲れたような息を吐いた。


「板金鎧より動きやすい、と言う程度ですから。動きやすさで言えばジャミルが身につけている〈レザーベスト〉か、〈ブリガンダイン〉でしょう。奥方であれば〈クロースアーマー〉が最適なのですが、この砂漠地帯では暑すぎますからね」

「うーん、それらだと“冒険者”って感じがしないですねぇ……」


 準備の際、奥方は形から入りたがった。

 確かに、肩当ての着いた胸部全体を守る革鎧は格好良く、一端の冒険者のようにも見えなくもない。

 だが、そんな奥方に対して――


「あの、どうして僕の防具は執事服“風”なのですか……?」


 自分の防具は、襟付きの〈チュニックシャツ〉に黒色の〈レザーベスト〉。

 裏に堅い革の板を張り並べているけれど、もの凄く心元ない見た目なのである。


「執事だからだ」「執事だからですよ~?」


 二人揃って同じ答えが返ってきたので、ジャミルは馬から落ちそうになってしまった。


「男なら立派な鎧を着たい。その気持ちも分かるが、万が一には奥方をつれて逃げねばならんため、素早く動けることが重要になる。お前の体躯では枷になってしまうのだ」


 革鎧も攻撃を一度防げたらいい程度だからな、と続けた。

 身長と体躯――それは、ジャミルが一番頭を悩ませていることであった。エリザと並べば喉元に、ダリアと並べば胸元に頭がくるのだ。(双方とも長身なのもあるが……)

 こればかりは一日、二日で解決する問題ではない。遠い目で短い草が生えそろう平野を眺めながら、重いため息を吐いた。

 するとジャミルは、「そういえば」と言いながら、二人の方へ顔を向けた。


「ファルスの村って、元々は遊牧民が冬営地に使っていたところなんですよね?」

「うむ。その通りだ。先の“天と魔の争い”が起こってから、連中は遊牧を止め、そこに定住するようになった」


 二頭の象が喧嘩すれば、草が迷惑する。元は東の界隈を馳せていたのだが、争いにより牧草地が荒れ、しかも魔物が徘徊するようになったとなれば、彼らの暮らしは困難になる一方だった。

 何より、遊牧民にとって羊や家畜の放牧ができないことは致命的だ。それは資産にもなるため、数を減らすことは死活問題となる。荒らされていない土地を探し回るよりも、根を張った方が得策だと考えたようだ。他の遊牧民も同じ状況と言う。

 昨晩調べただけの付け焼き刃であるが、ジャミルはここで疑問を感じた。


「となると、みんな腕が立つのではないですか? 遊牧民って言うと、『欲しい物は力づくで奪え』って考えをしているって聞きますし。それにその、もし見つかったりしたら――」

「何だ、そんなこと心配してたのか」

「い、いえっ、そんなことは……!」

「はははっ、大丈夫だぞ。連中がもしかつての勢いを保っていれば、ゴブリンごときに頭を悩ませることはない。今や、“元”を冠にしているだけの平民に過ぎん」


 ダリアさんも声が弾んでいる。久々の冒険に気持ちが高揚してるようだ。


 心配はいらないとの言葉通り、この日は何も起こらなかった。

 日が暮れると同時に移動するのを止め、手頃な場所でキャンプを張った。

 奥方にとっては初めて野宿である。ずっとテンションが高く、規則正しい寝息を立てるまでしばらく時間を要した――。


「ジャミル。火の番は私がやっておくので、お前も休め」

「ふぁい……そうさせて頂きます……」


 執事が先に眠るわけにゆかない。エリザが寝付いた頃には、ジャミルの目がとろとろになっていた。

 ダリアさんと挨拶を交わし、さっと寝袋に潜り込んだ。この大陸の半分が砂漠である。昼間はとんでもなく暑いが、夜になれば凍えそうなほど冷えるので、厚手の寝袋中は心地よい。

 死にたくないけど草を枕にするのも悪くないな、なんてことを思いながら、ジャミルは睡魔の誘惑に身を委ねた――。



 朝。太陽が昇るにつれ、気温はみるみる上昇してゆく。

 ジャミルは寝ぼけ眼のままパンを齧っていたが、片方の手は自然と腰に武器を携えている武器を確かめていた。

 いよいよ今日、魔物たちが現れた領域に足を踏み入れるのだ。


「うふふ、楽しみですね?」


 目が覚めた時には、奥方はもう既に朝食を摂り終えており、今は日傘を差してクルクル回している。


「奥方、先ほど申した通り――」

「分かってますよ。魔物が現れても、先走っったりしませんから」


 大ケガをさせないためだろう。いくら手練れとは言え、気が逸ると取り返しのつかない結果を招いてしまうのだ。

 ダリアはいつでも剣を抜けるよう、真っ黒な被衣から銀色の柄を覗かせている。馬上から斬りつける用なのか、大きく反った刃が特徴的だ。

 その様子からして、たとえ相手が弱くても気を抜いてはならないと分かる。殺伐とした空気を感じ、ジャミルは顔にぐっと力をこめた。


「あらあら、ジャミルも気合い入ってますね~」

「え、あ、いえっ……」

「うふふ。ジャミルも男の子ですから、冒険にワクワクするのも当然ですよ」


 コロコロと笑う奥方に、ジャミルは言葉に詰まった。

 確かに、胸のどこかに、砂粒くらい小さな高揚感が生まれているを覚えていたのだ。


「ですが、ジャミル」


 すると突然、奥方の柔らかな線が急に濃くなった。


「随伴させられているとは言え、あなたは私の執事なのですよ」

「え……?」


 ジャミルは何のことかと当惑した。

 その糸のような細い目には、厳しい色をたたえているのだ。


「私より遅く起きるとは何ごとです」


 ジャミルは「あっ!」と声をあげた。


「も、申し訳ございません……っ!」


 主人(あるじ)よりも遅く起きるなぞ、あってはならないことなのだ。

 それがたまたま早起きだったとしても、執事は鋭敏に察知せねばならない。

 エリザは基本的に朝が遅い方だが、ジャミルも時々こうして寝坊してしまうのである。


「以後、気をつけます……」


 プロ意識に欠けている。ジャミルはそれを痛感していた。

 ほんの一瞬の沈黙、ダリアは「さて」と声をあげ、話は終わりだと言うかのように立ち上がった。


「説教はそこまでにして、そろそろ出発しましょう。ジャミル、奥方の馬を用意しろ」


 エリザもそれに、「そうですね」と明るい声で応じる。

 話はそこで終わり。……が、ジャミルの()()()()気持ちはまだ尾を引いていた。

 馬に乗る奥方の介助をし終え、自分も馬に乗ろうとしたその時、何か大きなものが頭を鷲掴みにした。


「え?」


 驚き振り返ると、そこにはダリアの姿があった。


「道は遠けれど歩まねば辿り着かん。失敗を活かせば学びとなり、できねば失敗のままだ。奥方は理不尽なことを言っているが、今日ここで言わねば機会を逸すると思ってのことだ」


 だから気落ちするな。わしわしと髪を掻くと、さっと身を翻して馬に飛び乗った。

 失敗した時など、ダリアさんはよくこうして言葉をかけに来てくれる――。

 栗毛の馬にまたがると、背筋を伸ばして平原の向こう望んだ。奥方はすっかり先に進んでおり、それをダリアさんが急いで追いかけているのが見える。


「道は遠けれど、歩まねば辿り着かぬ……か」


 よしっ、と一つ気合いを入れると、ジャミルも馬を前に進ませた。

 胸にわだかまっていた空気は押し流され、今は頭上に広がる空のように晴れ渡っている。

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