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7.潜入

 エリザたちは娼館を後にすると、寄り道せずに宿に戻った。そこでサキュバスから詳しい事情を聞くためだ。


「若いサキュバスによくあることよ。満月の夜になると、気が昂ぶって『わたひ、孕みまひゅぅぅぅ』って、ダブルピースしながら受精しちゃうの。まぁそのまま放っておけばサキュバスに、すぐに教会なりで洗礼を受ければ、超人的な力を持った人間になれる――けれど、多くは行きずりか無責任オトコばかりだから、産んで育てるのはサキュバス一人、となれば洗礼の選択がとれなくて、そのまま消え去るのもたまーにいるの」


 ナイマはどうしてサキュバスとのハーフなのか、との説明が始まるが、ジャミルは『どうして自分なのか』と、の疑問は拭えなかった。


「ナイマは産まれてから洗礼を受けずにいたせいで、サキュバスになる道しかないの。最初は人間だけど、男の精を覚えるにつれて淫魔化してゆく――」


 ここからが問題であるらしい。

 それは“悪魔化”と呼ばれ、本来は親が説明しないといけないことだ。しかし捨てられたサキュバスの子は、そのまま知らずに男の精を覚えてしまう。――つまり、悪魔化が始まると問題になるのは、人間としての暮らしの崩壊、本人が混乱して狂ってしまいかねないこと、周囲からも、『悪魔憑きになった』と思われて殺されたりすることだ。

 サキュバスには専門の捜索隊が存在するらしい。

 だが、事情を説明しても……これまで人間として育ったが故に、己が悪魔だとの現実を受け入れられない者も多くいる、と言う。

 ナイマは偶然発見された。まだ男の精を知らない状態で、当人に“悪魔化”について話すと、やはりショックを隠せないでいたらしい。


「じゃあ、僕がその悪魔になるのを後押しする役を……?」

「いいえ、逆。たった一つだけ方法があって、悪魔化する前に坊やがナイマを抱けば、それを阻止することができるの」


 そこで奥方が「あっ!」と声をあげた。


「〈聖剣〉の力ですね!」

「ご名答ー♪」人差し指と親指を立て、奥方に向けた「坊やの〈聖剣〉でずっぽし、()液で濯げばオッケーなのよ」


 ライムは横から、「超お下品であーる」と、合いの手を入れる。

 ジャミルは頭が痛くなってしまったが、どうしてサキュバスのお姉さんが娼館にいたのかなどの話につじつまが合う。

 皆が納得の色に変わる中、ダリアだけは怒りの色を隠さなかった。


「では、元からジャミルを利用する気だったのか!」


 剣こそ握っていないが、血が滴り落ちそうなほど強く握り締めた拳から、それを堪えているのが窺える。


「勘違いしないで。私は元々あの子をサキュバスにして、面倒みてやるつもりだったのよ。だけどあの子に薬を与えたとき、『こんな貴重なものをくれる人って、どんな人たちなの?』って言ったの。そしてそれが、彼女の決心を揺るがし――王子サマと出会って、ときめいちゃったのよ。弱った女はコロっとイクから」

「う、うぅむ……」


 ダリアは唸りながら拳を解いた。

 ジャミルも『なるほど、そういう事情だったのか……』と、思ったものの、やはり納得のゆかない。帰りを待つ想い人・ルディナを諦めねばならないことになるのだ。


「そんなに深く考えなくていいわ」お姉さんがそう言うと、「あの子も分かってるし、一発抱いてくれれば、後は奴隷として扱ってくれてもいいわ」と続けた。


 そして奥方の方へ目を向けた。


「その奥様を見れば、そこらの人以上の待遇をしてくれるでしょうし」


 確かにそうだが、と思うが……天邪鬼が気持ちを揺るがす。

 静かな部屋の中で、ジャミルは人知れず拳を握り締めた。

 決心がつかない自分が、酷く情けなく思えたのだ。


「まぁ……それならば――」

「分かりました」ジャミルは決心を固めた声で、エリザの言葉を遮った。


「ナイマさんを、僕のお嫁さんにします」


 ジャミルのその言葉にエリザたちは驚き、ダリアも諫めるように手を宙に浮かべた。


「――ですが、条件があります」


 お姉さんを見据えた。


「僕には心に決めた人がいます。先にその人と結婚してから、ナイマさん――でもいいでしょうか」

「まぁそれで構わないわ。重婚のそれは……サキュバスだし、別に平等じゃなくてもいい、のかしら?」


 ライムさんに訊ねると、


「問題ないんじゃね? 人間でなら別だが、サキュバスの妾ってのもあるし」


 それは、ハーレムや重婚に対しての教えであった。

 社会に出るのは男だけ、女は家にいるべきと定められている。しかし離婚や死別などすると、女はたちまち路頭に迷うという問題が生じる――これを無くすため、男は最大四人まで所帯を持っていいとされている。

 ……が、これだけを聞けば、男にとって楽園なのだが、実際は大きな問題があった。

 この大陸の教えには、“平等”の精神があるため、妻を全員愛さねばならないのだ。

 例えば妻の一人と三十分喋れば、他の妻とも同じ時間を喋らねばならない。また結婚には結納金も当然かかり、妻の生活のレベルも等しくせねばならないため、経済的な問題も非常に大きな負担になってしまう。これが最も厄介な問題だった。

 つまり、ハーレムは夢物語に近いものなのである――。

 ジャミルは収入らしい収入がない(正確にはエリザが忘れている)が、それを覚悟しての発言であった。



◇ ◇ ◇



 町がすっかり寝静まった頃、闇夜の中で灰色の輪郭が動いていた。鈍重な雲がかかる空を見上げ、「よし」と小さく呟いた。知らぬ者が聞けば男に思え、知る者が聞けばそれはダリアの声だと分かる。

 北の外れにある水路まで向かうと、石垣に手足をかけ、ほぼ垂直の斜面を這うようにして進み始めた。その姿はまるでトカゲのようである。胸と股を隠すだけの格好は、とても女には見られないに違いない。

 普段からこの格好で、〈チャードル〉と呼ばれる黒衣で身体を隠している。目の前でそれを脱ぎ落とした時のジャミルの仰天した様子は、思い出しただけでも笑いがこみあげてくる。


 ――知らなかったのか?


 そう訊ねると、ジャミルはどぎまぎしながら、『初めて見ました……』と答え、『そんな引き締まった身体をしてたなんて……』と、続けた。

 以前の素顔を見せた時の反応もそうであったが、ジャミルはひょっとして『動く黒布』を《ダリア》と認識しているのではないか? ――そう思うと、複雑な気持ちにもなってしまう。

 並の男でも持ち得ない筋肉は数少ない自慢の一つだ。こそばゆいジャミルに羨望の眼差しの横で奥方は、『いつ見てもドン引きです~……』と、本気で引いている目で見つめていた。

 いったい何が悪いのか。ダリアは鼻息を鳴らし、目指す建物――この町の領主が棲まう屋敷の真裏まで来ると、腰に巻いているベルトから二本の短刀を取り出し、石壁の隙間に突き刺した。

 ここからは腕の力だけだ。自慢の筋肉を盛り上げながら、そびえ立つ壁を垂直に登ってゆく。


 進入路は事前に調べてあり、ここから三階部分にある倉庫の通風口を目指している。

 常人では考えられない高さではあるが、ダリアにとってはこの程度は朝飯前であり、登りながら今日の出来事をおさらいしていた。

 専ら、考えるのはジャミルのことである。

 青天の霹靂と言うべきか、突然嫁が決まった。喜ばしいことで、大人の男の片鱗まで見せたことは嬉しい。……が、正直な気持ちを言えば、嬉しいとあまり思えなかった。

 弟のように可愛がっていたジャミルの巣立ちについて、考えることを先送りにしていただけに過ぎなかったのだろう。


『ジャミルがいたから考えないようにしていましたが、やっぱり、子供が欲しくなっちゃいますね~……』


 奥方の言葉に何も返せなかった。確かに子を産んで、愛情を注げばいいだろう。

 しかし、その子はジャミルにはならない。自分の子は真逆の、偏屈で可愛げのない子になるだろう。


(まぁ、そもそも産める気がしないが……)


 石垣を登りながら苦笑してしまう。

 ベッドの中で男の腕に抱かれ、熱のこもった息を吐くよりも、こうして暗闇の中で、冷たい息を吐く方が性に合っている。男と寝室に入ったことはもちろんあるが、白いシーツを赤く染めことが殆どだ。そして何より、白いものを赤く染めることは、自身とって何よりの快楽である。

 やっと通風口まで辿りつくと、縁に手をかけ中をよく確かめた。誰もいないのを確認すると、蛇のように身体をくねらせ、いよいよ中へと侵入した。

 奥方と挨拶に同行した際、構造・様子はほぼ把握している。夜警の使用人たちがいないどころか、燭台すら灯していない。真っ暗な廊下は、ど真ん中を歩いても問題ないほど静まりかえっている。


(やはり、屋敷の()()()はまるで違うな)


 ダリアは一階部分に向う道中、ブアーラ国を訪れた日のことを思い出していた。

 特に理由はなかったが、暗殺を生業とする者たちが『あの国王の首は取れない。金がその首を守り、金が我々の首を狩る』と噂していたから、少し興味があっただけだ。

 国にやって来てすぐ、ダリアは呆気にとられた。

 屋敷に潜入するのは容易く、適当な理由をつけるだけで済んだ。さぞ腕のいい護衛がついているのだろうと思えば、その標的もその妻も、誰もが無防備でまるで警戒心がないではないか。使用人たちも呑気なもので、そよ風の如くのんびりと作業している。

 ここでダリアの興が削がれる事態が起きた。その妻――エリザが泣く子を宥めているところに出くわしたのだ。同じ金色の髪・白い肌なので、てっきり我が子と思っていたのだが、そうと違っていたらしい。

 その子はジャミルと言った。普段からべそべそ泣いているので、いい所のお坊ちゃん程度にしか思っていなかった。帰りたい、お父さん、お母さん、と口にすることが多く、なるほど売られたのか、と思っていた。最初はイライラしたものだが、それは昔の自分を見ているようだからと分かったのは、エリザに『どうして奴隷を甘やかすのか』と訊ね時である。


『あの子は運命に選ばれたが故に、過ごせたはずの生活を奪われてしまいました。二度と両親には会えない、温かい食卓は記憶の箱にしまい込むことになるでしょう。私は、その箱に“運命”との言葉で鍵をかけさせたくありません。もう一つの“家族”と言う記憶の箱を作り、思い出が酷なものにならぬようにしてあげたいのです』


 近しい身の上なので、羨ましくあったのだ。それを見透かされたのか、『あなたも家族ですから、あの子のお姉さんになってあげてください。可愛くてたまらなくなりますよ~』と、優しく微笑みかけた。言葉の意味が分かったのは、それから二週間ほどしてからである――。

 また、国王のムフタールも奇妙だった。屋敷に潜り込んでから三ヶ月ほどすると、“標的”に近づく機会が増えだした。『金に守られている』との言葉は本当なのか、頭の中で仕留めるシミュレートしてみたのだが……何とすべて失敗に終わったのである。

 完璧なタイミングで刃を振っているのに、動いた直後にムフタールの懐から金貨が落ち、拾おうとして身を屈めたり、使用人が備品の購入について呼び止めてしまう。

 寝室に忍び込めば、妻のエリザが夫にしがみついたまま眠っており、ムフタールは浅い眠りの中で『金の……金のタコが絡みついて……』と、うなされ続けるのだ――。

 にわかに信じがたいが、噂を信じる他なさそうであった。


 階段を降りながら、ダリアはライムから手渡された指輪を確かめる。魔の者からの施しには些か抵抗があるが、火打ち金など音を出さずに火を熾せるのは便利である。

 一階部分まで降り立ったが、ここでも最低限の灯りしかなかった。油や蝋燭をケチっているのだろうか。見張りもいるが、やる気がまるで感じられない。報酬と勤務内容が釣り合っていないからと、必要以上に頑張るうちの者とは大違いだ。労働はやはり賃金と環境、そしてトップの緩さだな――などと考えながら、目的の品物がある地下室への階段を降りていった。

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