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6.金の切れ目は縁の切れ目

 ここ・ミッディージア大陸にとって、客は“生命”の温もりを運んでくれる者と考えられらている。その客をもてなすのが彼らの至上の喜びであり、死後、神の下に赴くための道である。

 朽ち果てた砦に運び込まれた“生命”の温もりは、彼らにとって至上の喜びであることに違いはない。しかしその喜びが自身のためである内は、神の下に赴けないであろう。


「この人、街で見たことあります……。この人も……」


 エリザは声を震わせた。

 ある者の顔は、羊肉の塊を削ぎながら食す料理・ケバブのように削げ落ち、ある者は血で真っ赤に染まり、またある者は目がなくなっている。ほぼ全員に共通しているのが、『必ずどこかに剣で斬られたか、刺された跡がある』と、言うことだ。

 こちらが知っていれば、向こうも知っている可能性が高い。ライムさんが言っていた通り、死に間際の後悔と渇望――情欲に支配されているのか、彼らの意識は奥方に集中している。

 奥方はこれに怯え、一歩、二歩後ずさりした。

 それを好機と取ったのか、先頭の者が手を伸ばし、地面を蹴った。


「奥方には手を出させませんッ――!」


 ジャミルは躊躇わず剣を抜き、入れ替わるように前に出ると同時に、向かってきたゾンビの腹を斬った。ザンッ……と、生々しい嫌な感触が手に広がったが、葉から朝露が滑り落ちるような手応えがそれに打ち勝った。

 ゾンビは呻き、前のめりに地面に突っ伏した。


「う、ぐぉあぁぁぁぁッあぁァァ――ッ」


 人の名残を残す声をあげながら地面をのたうち回り、そして次第に緩慢になってゆく。血で染めた手を奥方に目一杯手を伸ばし、やがてくたりと力が抜けた。――それが、見守っていた仲間・ゾンビたちへの交戦の合図となったらしい。


「ジャミルッ、奥方を守れッ!」


 ゾンビは一斉に駆けた。

 ダリアは走り、剣を高く構えた。袈裟斬りに一振り、二振り目に左から右に斬り払い、刃を返して下から上に斬りあげる。計三体、一瞬にして斬り伏せた。

 その反対側では、ライムが一太刀でゾンビの頭をハネ落とし、それを思い切り蹴り飛ばす。それは奥にいたゾンビの顔にぶつかり、頭の中身をぶちまけながら大の字になって倒れた。


「ハッハッハァーッ! これがオレ様の剛剣〈スプリット〉よォッ!」


 そして、近くにいたゾンビの頭を左手で掴むや、地面で叩き潰す。

 ダリアが“柔”とするなら、ライムは“剛”そのもの――ジャミルは二人の戦いぶりに見入り、口を半開きにしたまま突っ立っていた。

 二人のおかげで、ゾンビがこちらに襲ってくることはないけれど、彼らの意志はずっとこちらに向いたままだ。

 ジャミルだけでなく、ダリアもこれには疑問を抱かざるを得なかった。


「くそッ、奴らはなぜ奥方を狙い続けるのだッ!」

「ハッハッハ! そろそろ種明かししてやっか! ゾンビの王様は、一体のゾンビを“核”にして動かしてんのよォ!」

「どういうことだッ!」

「旅は道連れ世は情け。こいつらは一時的とは言え“仲間意識”を持って動いてる。その意識を“繰り糸”にして支配してンだ。持ち主に何の権力がなくとも、核の奴だけを懐柔すりゃイイってわけよ!」

「じゃあ、そいつが奥方にご執着というわけかッ!」

「そういうこった!」


 話しながらゾンビを斬ってゆくが、その数はようやく半分になったぐらいだ。

 砦からはまだ、身体を揺らしながらゾロゾロとやって来る。

 ライムさんの話の通りだとすれば、核となるゾンビはこの中の一人――残る十体の中にいるが、これをすべて斬り伏せれば解決する話でもない。次の核となる者が出てくれば、また一から探すことになってしまうのだ。骨が折れるどころではない。

 いったいどうすれば――ジャミルの意識が正面に向いており、後ろから這い寄ってくるゾンビに気づかなかった。


「――ジャミルッ、後ろからもきましたよッ!?」


 エリザの悲鳴に、ジャミルは「しまった!?」と振り返った。

 もう目と鼻の先までやってきており、今にもゾンビが奥方に掴みかかりそうである。

 ジャミルは走ったが、エリザが間に立ち塞がる形なので、どうやってもワンテンポ遅れてしまう――エリザは咄嗟に護身用の短刀を抜き、形も何もなくブンブンと振り回し始めた。


「こ、こないで下さいぃ~ッ……!? えいッ、えいッ!」


 それがたまたま顔を掠め、ゾンビは反射的に距離を取った。

 生前の記憶と経験によるものなのだろうか。そのおかげで奥方との距離が開き、その隙にゾンビの胸に剣を突き刺すことができた。――が、ゾンビは執念深く、倒れてもなお奥方へ這い寄ってゆく。


「ア゛ァァァァ……ッ!」

「今は来客をお断りしています……っ!」


 ジャミルは思い切り頭を蹴飛ばしたが、エリザは驚き、尻餅をついてしまった。その衝撃で、ポケットから一枚の金貨が飛び落ちた。

 金貨は近くにあった石に当たり、チリン……と、虫の音ほどの音を立てる。戦闘の喧騒に踏み潰されそうな音だったにも関わらず、ゾンビの意識がそちらに向いた――。


「……ネッ」

「え……っ?」

「かネ、カ、ネェェェ……ッ……カネ、ェ、ェ……ェ……」


 ゾンビは手を伸ばすも、それに届かぬまま息絶えた。出血死だろう。

 ジャミルは一瞬、何が起こったのか分からなかった。しかしすぐ、頭の中であることが繋がった。


 ――冒険者は金と女のために生きる。


 ジャミルは剣を離し、エリザの方を向いた。


「じゃ、ジャミルっ、何をするんですか!?」

「奥方っ、ちょっと()()してもらいます!!」


 言うなり、エリザの腰にぶら下げていた白い袋――金貨袋を奪うように手にすると、


「ゾンビたちッ、報酬を受け取れェェェェッ!!」


 ジャミルは袋をぶん回し、中にあった金貨をぶちまけた。

 朝の強い日差しを浴び、ギラギラと金色の光を反射する。

 チャリン、チャリン、と地面を跳ねるやいなや、ゾンビたちは目の色を変えた。


「カ、ネッ……! アァァァッ!」

「カネッ、カネェェェェッ!」


 予想通り、ゾンビたちは金色の光を求め、地面に這いつくばりだした。

 だけど、その中でたった一体だけ、目をくれないゾンビがいる。


「奥方っ、その短刀を渡してください! 冒険者にとって金は糧、生きるための命! お金が一番で、女の人が二番っ! なのにそれに反応せず奥方を狙い続けるってことは、生前に買収されていて、お金に執着しないで死んだから……それがアイツ、ゾンビの核なんですっ!」


 ゾンビは走った。ダリアさんとライムさんから遠く、剣を振っても届かない場所に立っている。

 自身は剣を手放してしまったため、得物がない――となれば、それを倒せる武器は奥方の短刀しかない。

 だが、エリザは「なるほど~」と言っただけで、すっくと立ち上がると、ゆっくりとした動作で腰の鞄に手を突っ込んだ。


「奥方、何を――ってぇぇぇぇ!?」


 その手には、鉄球がぶら下がる鈍色の棒が握られていた。


「な、何でそれ持ってきてるんですかっ!?」

「気にいったから、頂いてきたんです~♪」


 それは、ファルスの村で手にしていた〈フレイル〉だった。

 愕然とするジャミルをよそに、エリザは得物を振り上げると、


「えーい、やぁぁぁぁぁッ!!」


 凄く鈍い音がした。遅れて、赤い飛沫が宙に舞った。

 断末魔もなにもない。頭にそれがめり込んだゾンビは、短く呻き、ぶん殴られた方向に向かって落ちてゆくだけだった――。


 それからはあっという間だった。

 元々が希薄な繋がりだったのもあってか、核を失ったゾンビは好き好きに動き始め、次々と撃破されていったのだ。……とはいえ、彼らは散らばった金貨しか見えていないので、這いつくばっているところを突き刺す単純な作業である。

 ライムは最後の一体を始末すると、大きな剣を肩に乗せながらやってきた。


「“金の魔力”を使うたぁ考えたな、ガキんちょ」

「金の、魔力……?」


 ダリアも剣を納めながらやってくる。


「独占欲と抜け駆け。金色の輝きを放つものはそれを刺激すると言われているのだ」


 黒い〈アバヤローブ〉の肩口が大きく裂け、褐色の肌が覗いている。怪我は負っていないようだ。


「冒険者たちは、それが原因で殺し合うこともある。それによく気づいたな」

「い、いえっ、僕はただ……奥方と冒険者は住む世界が違う、彼らにとってお金は生命線なんだと考えただけで……」

「ふふっ、そこまで気づいているなら上等だ」


 ダリアさんが笑みを浮かべる横で、ライムさんはうつ伏せになっているゾンビを足で転がした。

 

「見てみろ。どいつも大事そうに金を握り絞めてくたばってる。これが使われる者の最期――バラ撒かれた金を必死に求め、そして支配者に始末される。無様な姿だろ?」

「そんな、この人たちだって……」

「そうだ。こいつらは使われる者として生きている。そして、支配者はこいつらがいなければ成り立たん。力と搾取が支配ではなく、与え、飼い慣らしてコントロールすることにある」


 ライムが砦を仰いだその時、エリザが「あれ〜?」と頓狂な声をあげた。


「ライムさん、左手どうしたんですか〜?」


 皆が一斉に目を向けると、ライムの左手首から先が無くなっていた。

 戦闘の時に切り落とされたのか。ジャミルは地面を見渡してみたが、あるのはゾンビのものだけで、重厚な小手らしきものは見当たらなかった。


「ん? ああ、ちょっと()()()をしてんだ――おお、いたいた」


 すると左腕を突き出すと、肘のあたりで右手をくるくると巻き始めた。

 よく見れば手首のところから、細い黒い糸のようなものがみょーんと伸びている。この人は本当に何者なんだろう……。

 黒い糸のようなものの向こうを見ていると、記憶にある服装の人が、悲鳴をあげながら引きずられてくる。


「あの紺色の〈ガンドゥーラ〉ってもしかして、ギルドのおじさん――?」


 それと同時に、ダリアは「やはりな……」とため息を吐いた。


「もしかして、案内中に襲われたのでしょうか~?」

「いいえ、その逆です」

「ふぇ?」

「我々はギルド内で“偽の依頼書”を見ました。まずこの時点で、黒幕がギルドの関係者に繋がっているところまで絞り込めます」


 ギルドの依頼は何でも受け付けているわけではない。

 ましてや、勝手に貼ることなど不可能なのだ。


「そして報酬を得た者が殺害される。私がギルド内で調べた時、死亡した者はすべて同じ者から受け取っていました」

「ああ、職員さんにお金を渡してたのはそれだったんですね」

「かつ私の登録証やライムの力を目の当たりにし、連れてゆく者をコントロールできた者と言えば――」


 ライムの左手が、ギルドの職員の左手首を握っている。

 文字通り引きずり出されてきたため、〈ガンドゥーラ〉はドロドロに汚れており、ところどころに黒い濃い染みが付着していた。


「ひッ……!?」

「ヤド、てめェしかいない」

「ち、違う! お、俺は、俺も捕まっていたんだ……協力しなきゃ、殺すって、い、言われて!」

「ほう。それは誰だ?」

「りょ、領主だっ! ルムタンの、りょ、領主……ハンズールだ!」


 思わぬ名前を挙げたが、ジャミルは呆気にとられた。

 東の砦にゾンビが蔓延っていることに対し、領主が腰を上げたのだ。たとえポーズであったとしても、それを迎え討とうとしたおじさんの行動に矛盾が生じる。

 ライムがぐいと腕を引っ張り上げると、おじさんは顔をしかめた。


「確かに奴は、金で地位を買ったような男だ。そこで病が流行ったのも、奴が原因とも言える。……だがな、そんな奴が“指輪”をみすみす他人に渡すと思うか? 逆ならあり得るがな」

「う゛……っ!?」


 そのおじさんの人差し指には、どこかで見たことのある白い指輪がはめられていた。


「さぞ楽しかっただろう。なんたって死人を操ることができるんだからな。これで旅人を襲って金品を奪い、冒険者どもから金を奪い、時には女も犯す――楽園が目の前に広がっただろう」

「う、ぐ……」

「そこに好機が舞い込んだ。加減を知らずやり過ぎ、その楽園を追放されかねない事態を招いてしまったが、ピンチはチャンス――お前は死者の軍団で返り討ちにし、自分と指輪を売り込めるチャンスだ。武器を売るなら力をアピールするのが一番だからな。そしてお前は、兵隊を増やすため手近な村を襲った……が、あまり言うことを聞かないわ、グールに便乗された挙げ句、集めた兵隊どもまで殲滅されてしまった。さあこうなると、新鮮な冒険者を用意しなければならない――」


 驚愕の言葉を口にしたが、ライムはそのまま続けた。

 右手には幅の広い、大きく反った短刀が握られている。


「だが、そこに手に負えないヤバい連中がやってきた。その中の一人に、自分のと似た指輪をはめている奴がいる」


 手にした刃がすっと手首に添えられたかと思うと、


「オレ様の指輪、返してもらおう――」


 おじさんが悲鳴をあげる暇もなかった。

 誰もが息を呑んだ。肉や骨の抵抗を感じさせず、まるでバターを切るかのように、スッと刃が手首を通り抜けたからだ。そこには恐怖よりも、悪魔的な美が存在していた。

 おじさんが肘から落ちても血は出てこない。それが噴き出したのは恐らく、おじさんが『切り落とされた』と認識したからだろう――。


「あッ、あああッ、あああああああ――ッ!?」

「死者を呼ぶ声――TOOT TOOT 五つ目のラッパが鳴りました。額に印のない人は、地の底の化け物に襲われ、五ヶ月ほど苦しみましょう――ってな、ハハハッ! ……あれ、これ別のやつだっけ?」


 ジャミルはふと思い出していた。

 奥方が倒したゾンビは、〈聖剣〉の力を帯びていない普通の武器で殴っていた、と。


「行くぞ。子供には刺激が強い」


 ダリアに軽く背中を押される。

 ずるり……と背後で何かが這う音がしたが、ジャミルは振り返ることができなかった。


「金の切れ目は()の切れ目、ってか? ま、呉越同舟とも言うし、天からお迎えが来るまで()()でゆっくりしていけ。いつになるか分からねェがな――ハーッハッハァッ!」


 ごう、と風が吹いたせいで音が聞こえなかったが、かすかに悲鳴が混じっていた気がした。

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