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4.依頼の全容は

 その夜――宿屋に戻った一行は、近くの店で購入した魚の丸揚げを囲んでいた。


「うぅ~、ダリアが機嫌を直してくれませぇん……」

「当たり前です!」


 ダリアさんの怒りは頂点に達していたが、そこは大人として堪えている。

 皿を中心にしてではなく、ジャミルを挟むように並んで座っているため、どちらからも同意を求められたり、耳を通過させて会話しているようなことが続けられる。


「だって、冒険者なら冒険したいじゃないですか。でしょう、ジャミル?」

「奥方は危機感がなさすぎます! なぁ、ジャミル!」

「ご飯食べさせて下さいぃぃ……」


 トマトとレンズ豆のソースがかかってた揚げ魚は美味しいはずだ。

 なのに、味がまったく分からない――。


「まったく……よりにもよって、あんな得体の知れぬ〈アルゴスの鎧〉を身につけた魔物の言葉に耳を貸すなぞ――」

「だって、悪い感じがしませんでしたし〜」

「邪悪な空気をプンプンさせてたじゃないですか!?」

「でも、悪いことするなら会った時にしてるはずですし、天敵であるのにジャミルの力が役立つと言ってました。ジャミルを評価してくれる人に、悪い人はいないですよ」


 それは、ライムと名付けられた者が、別れ際に放った言葉である。


 ――あの連中は戦力にならんが、そのガキんちょは戦力になる


 ジャミルはこれに驚かされた。

 あの人(?)は恐らく、〈剣の作り手〉であることを知っているのだ。

 ダリアさんも同じ考えなのか、一つ唸り、答えに窮した様子を見せる。


「――まぁ確かに、渡りに船でもあります。ゾンビの行動に疑問を感じておりますし、調査で何か分かるかもしれません。しかし、奴も魔物だと言うことを忘れてはなりませんよ。対峙して分かりましたが、あれは私ですら勝てるか危うい奴なのです」

「ふふ、分かってますよ。ね、ジャミル?」

「は、はい!」


 討伐隊の出発は二日後の朝、街の正門のところで集合する、とのことだ。

 場所は、宿屋のおばさんから聞いた通りの東の砦で、ここに戻ってきた時は『成り行きで冒険者になり討伐隊に参加することになった』との旨を伝えた途端、まるで母親のように叱られてしまった――。

 巻き込んだ奥方も叱られたが、この方に説教は柳に風……最後は、おばさんも呆れて何も言えない様子だった。


「んん~っ、このお魚美味しいです♪」なので奥方は、魚料理を堪能している。

「海がすぐ近くで、潮がちょうど混じる場所なので良質な魚が獲れるのです。――ジャミル、それもちゃんと調べてあるか?」

「もちろん……と言いたいのですが、天族側の支配下にあった時、港を整備したからぐらいまでしか……」


 まぁ合格点だ、とダリアさんは目を細めた。

 この街が南部へ攻める足がかりに、経済の拠点としようと考えられていたようだ。

 ……が、完成間近にして、魔族側の襲撃を受け奪還されてしまう。天族側の計画は、皮肉にも魔族側に引き継がれ、敵側の守りを盤石なものにしてしまった。

 その襲撃時に軍を率いていたのが、ライムさんが着ていた鎧の持ち主――魔将・アルゴルなのである。

 天族軍は大敗を喫しただけでなく、ここで軍を率いていた将と人材の多くを失ったことが瓦解する原因に――直後、奴隷が建国した国・マムクートの攻撃により、広げてきた支配地を殆ど失った。


「戦争で負けて取り残された女の人、その子孫が、サリーさんみたいな――」


 ジャミルの言葉に、エリザが顔を引き締めた。


「ジャミル。『みたいな』なんて言葉はいけません。彼女たちは生きるために耐え、子が生きてゆけるための礎を築いたのですから。取り消しなさい」

「あ、す、すみませんっ……! そんなつもりで言ったわけでは……取り消します」

「確かに、娼婦として……身体を売る世界で生まれ、そこから逸せないのは酷だと思います。しかし彼女たちは強く、“女の世界”を築き、無くてはならない存在にまでなったことは敬服に値しますね」


 奥方の言葉にダリアさんが頷く。

 彼女らは長い歳月をかけ、娼婦から独自に情報を集める諜報組織・〈アマゾネス〉として、強く根付いていると言うのだ。これを知るのは一部しかいない。

 ジャミルは、どのような世界なのかと想像してみたが、グールと戦い、斬った――程度の乏しい経験で語ることは難い。

 失礼なくらいお粗末なものになってしまったので、途中で考えるのを止めた。


 食事を終えるとすぐ、奥方たちは風呂に向かった。

 ジャミルはその間にベッドメイキングをし、奥方の枕元には水差しとグラスを置く。水は一度煮沸したのを冷ましたものだ。

 それからしばらく、瞼が重くなり始めた頃に奥方たちが戻ってきた。その瞬間、ジャミルの眠気は一瞬にして吹き飛んでしまった。

 奥方の後ろに、褐色の肌が朱色に染まる、黒い〈アバヤローブ〉姿の女性が立っているのだ。


「――何だ? 私の顔に何か付いてるか?」

「あ、だ、ダリアさんか……」


 低い声と口調でやっと分かった。彫りの深い目はいつも見ているのだが、普段〈ニカーブ〉に覆われている部分――先が尖った大きめの顎や、女性らしい輪郭などが合わさると、まるで別人に見える。


「お、お前まさか……私の顔を忘れていたと言うのか……?」

「い、いえっ!?」


 事実であった。否定するにも言葉が出てこない。


「無理もないですよ~……。私も一瞬分からなくなることがありますし~……」


 奥方の言葉に、ダリアさんは明らかに動揺し、がっくりと肩を落とした。

 これが相当ショックだったのだろう。翌日から出発までの二日間、ダリアさんはことあるごとに『私の顔はこうだぞ!』と、言わんばかりに顔を見せつけてきた――。


 足を止めても時間は流れる。

 討伐の日を迎え、一行は集合場所となる門の近くに立っていた。

 陽はもうすっかりと高くなっている。エリザとダリアは、待てど暮らせど一向にやってこない冒険者に怪訝に思い、〈冒険者ギルド〉の方に足を向けた。

 ほどなくして二人は戻ってきたが、その表情は出発前より険しいことからして、芳しくない結果なのだな、とジャミルは悟った。


「奥方、ダリアさん――いったい、何が起こっているのですか」

「嘘つかれました〜……」


 革鎧を身につけた奥方から、落胆と若干の怒りの色が感じられる。


「嘘?」


 予想だにしない言葉に眉を寄せたその時、道の向こう、人でごった返す大通りの流れが真っ二つに分かれ始めた。

 まるで王様の周遊のように、青い騎士が道の真ん中を歩いている。


「まぁ、ライムさんです!」


 肩で風を切りながら、真っ直ぐこちらに向かってきた。


「よう。暇そうにしてんな」


 重厚な見た目に反して、軽いノリと声がアンバランスだ。

 割れた人の波はまた一つになり、街に雑踏が戻った。


「お前も騙された身か」


 ダリアが顎を小さく上げると、ライムさんは腕を組んで大きく頷いた。


「騙されてやったんだよ。連れていけば、オレ様が全部ぶち壊しちまうからよ」

「……この討伐隊が、嘘の依頼だと知っていたのか?」ダリアは片眉を上げた。

「当然よ。だからこそ乗ったんだ」

「どういうことだ?」


 ライムさんは門の方に顔を向けた。


「以前から度々、二十ほどの冒険者が一度に姿を消し、ゾンビ化した姿で発見されている。調べてみれば、そいつらは揃って東の砦に向かっていたようだ」

「ふむ……ならば、お前と同じ結論のようだ。ゾンビが組織として動いていることは?」

「報酬を得てルムタンに向かうと、ほぼ必ず、ゾンビの襲撃を受ける程度にはな」

「先月、そのルムタンから正式に依頼が出るとの情報を得た。募集は二週間後だ」

「知ってるよ。今回が敵さんの、“最後の補充”ってェこった」


 熟練者の二人だけで話が進む中、ジャミルとエリザは蚊帳の外だった。

 何となく理解できたのは『嘘の依頼を出した者が、冒険者のゾンビを使って悪いことを企んでいる』、と言うことだけである。


「嘘つきは泥棒の始まりですね〜……」


 と言ってから、エリザはしばらく沈黙した……かと思うと突然、「そうだっ」と両手を叩いた。ジャミルは非常に嫌な予感がした。


「その人たちを懲らしめに行きましょうっ!」

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