2.冒険者登録
ジャミルは周囲を警戒しながら、大通りを足早に歩いていた。
悪い人がいると思うと、全員がそのように見えてしまう。外套のフードを目深に被り、目立たぬよう雑踏の中に紛れ込もうとした。
だが、髪や服装は隠せても、肌の色は隠すことはできない。ましてや、この大陸の北部を占領している者と同じであれば、様々な感情を持ち、興味を引くのも当然だろう。
そんな思い込みのせいか、絶えず誰かの視線を感じずにいられなかった。
宿屋は教えてもらった場所にあった。古めかしく、縦に長い建物を強引に二つ繋げたような外観だ。継ぎ接ぎ部分が、よりいっそうアンバランスさを感じさせる。
「鷹が描かれた看板に、近くに茶屋――よし、ここだ」
入り口は、脇の道に入った所にあった。
掲げられた鷹の絵の看板を二度確かめ、恐々としながら扉に手をかけた。
カラン……と、来客を告げるベルが小さく鳴った。
「……こ、こんにちはー」
外観相応、内装も古く薄ぼけていた。
扉を開いた真っ正面に、木製のカウンターがあった。ベルの音に気づいたのか、カウンター横の通路から黒いスカーフを頭に巻いたおばさんが顔を覗かせた。生え際の辺りがまだらに白い。
「あ、あの、宿泊したいので、部屋の手続きを……」
「……アンタ一人かい?」
接客する気がないような、一本調子な声だった。
「い、いえっ、えっと三人の利用です」
「そうかい。部屋は三人用も四人用、どちらも空いてるよ。使っても使わなくても、相応のお金を貰うからね」
「えっと……じゃあ、四人用でお願いします」
「はいよ。お金はディナル? シューケル? リャル? 肌が白いけど、そっちのお金は応じてないからね」
「あ、リャルです」
「そ。じゃあ中銀貨八枚だよ」
多種多様な人が集まるのだろう、とジャミルは支払いながら思った。
ディナルは大陸の西側、シューケルは東側、リャルは南側で使用されている通貨だ。(尤も、細分化するとこの通りではなく、他に北西ではリーラなど他の通貨も存在する)
「――ほら、これが部屋の鍵だ。無くすんじゃないよ」
おばさんは身を乗り出しながら、真鍮でできた鍵を突き出した。
言葉は素っ気ないが、根はいい人なのかもしれない。
ジャミルはそれを大事そうに鞄にしまうと、ダリアから受け取った地図を広げた。
入って来た門を上に向け、今いる場所から右に指先を動かす。次の目的地〈冒険者ギルド〉は隣のブロックにあり、この街では最も大きな四角が描かれている。
「何だい、ギルドに行くのかい?」
おばさんは地図を覗き見ながらそう言った。
「え、ええ……」
「止めときな、止めときな。アンタみたいなのが冒険者になっても、すぐに魔物の餌になるか、仲間に裏切られておっ死んでしまうのがオチだよ。金が欲しいんなら、うちで下働きさせてやるから、冒険者なんて命の安売りするような仕事するんじゃないよ」
「あ、いえ……その、僕はただのお供で。冒険者になるのは連れの方なのです」
「ふうん」
それならいいけどね、と言うと、
「けれど、“仕事”について行くのは止めとくんだよ。何かにつけて東のゾンビ巣の調査だ、ルムタンの伝染病で死んだ患者の埋葬の仕事だ、でロクでもない仕事ばかりだからね」
「え……」
気になる言葉が続けられ、ジャミルは思わず聞き返してしまった。
「ゾンビの巣と、死んだ患者……?」
「アンタ、ここまでどうやって来たんだい。そりゃ街の近くは小銭稼ぎの冒険者がゾンビ狩りしてるけど、遠くで徘徊しているのを見たはずだよ。街の東にある廃砦からゾンビが出てきている、みたいな話が出て、ギルドで討伐隊を募ろうかって話が出てるのさ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
急いで手帳を取り出し、おばさんの話を書き綴ってゆく。
それを見たおばさんは、「肌の白い子がここの字を書けるなんてね」と、感心したような声をあげた。
「それで――伝染病でって、もしかして北のルムタンって街、ですか?」
「おや、知ってるのかい? 詳しくは知らないけれど、何でも娼婦に病気をうつした奴がいるらしくてね。領主お膝元の色町でそんなのが起こったら商売あがったりだから、治療薬の開発を――」
「ありがとうございますっ! これを奥方に伝えに行ってきます!」
ジャミルは宿屋から飛び出すと、〈冒険者ギルド〉に向かって走った。
おばさんの話が本当であれば、一刻も早く奥方に伝えねばならない情報だ。右に左に流れて行く人の合間をすり抜け、ぶつかった人に謝りながらギルドに向かって走ってゆく。
幸い、大通りを渡ったらすぐに建物が見つかった。
そこは一見、平らな箱型をした大きな酒場だけど、入り口に掲げられた看板には〈冒険ギルド・レスカンド〉と書かれているので間違いない。
まだ真っ昼間だと言うのに、敷地内では顔を赤くした男の人たちが座り込んでいた。例外なく顔はイカつい。
『ここはガキの遊び場じゃねぇぞ』
と、言いたげな睨みに背を丸めながら、壁の開口部から建物内に踏み入れた。
すると、たちまちムッとした熱気に襲われた。酒とタバコと他の臭いが混ざり合っていて、ジャミルは思わず顔をしかめてしまう。
教義には酒が禁じられているが、天も魔もない地域ではそれも薄いのだろう。
店内はおじさんたちが賑やかに話している。木の壁と床がランプ灯りを反射しているからか、全体的に黄色く、輪郭が薄ぼけて見えた。
「――坊や、ここにミルクはないよ」
「わっ!?」
驚き振り返ると、扉の裏にお姉さんが立っていたのである。
クリーム色の肩と胸元を露わにした赤いドレス、足下は太ももまで深くスリットが入っている。
反射的に目を伏せたジャミルの姿に、女は口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「おや可愛いねぇ。よし同じ肌のよしみだ、今日はサービスしてあげるよ」
「え、い、いいいや、それは……っ」あうあうと口を慌てさせると、お姉さんに火が付いてしまったらしい。「心配しなくてもいいよ」と、手首をぐっと掴まれた。
「ぼ、僕はギルドに用事があって、その……!」
「ギルドぉ? 坊やみたいな子が?」
「つ、付き添いで……」
すると、お姉さんは「ああ、ファティマの――」と声をあげた。
「ファ……?」
「ほら、案内してやるからついてきな」
お姉さんに腕を掴まれたまま、店の奥の方に連れてゆかれてゆく。
どうやらギルドへの入り口が違っていたらしい。酒場の方からも向かえるが、本来は建物の裏にあるようだ。
そこに足を踏み入れた時、〈ヒジャブ〉と〈ニカーブ〉をそれぞれ身につけた女性の姿が飛び込んできた。前者は白いローブに手をかけたまま、後者はそれに呆れた目を向けている。
もしかしなくても、奥方とダリアさんだ。
「――裸にならなくていいんですか?」
「もてあそばれているだけです」
いったい何があったのだろうか……。二人のやり取りに眉を寄せていると、
「あら、ジャミル!」
奥方が明るい声をあげ、遅れてダリアさんも目を向けた。
「む、やっと来たか――サリー、すまなかったね」
「いいわよ。新参はいつも酒場の方に顔を出すからね」
やはり二人は知り合いなのか、その穏やかな会話をしている後ろから、粗野な人たちが色めいた声をあげ始めた。
「サリー、今夜ヤらせろよー」
「値引きしねーと、しまいに売れ残っちまうぞー」
などと、下品な笑いを浮かべ、その矛先はお姉さんの前にいる――奥方たちにも向けられた。
「肌の白いご婦人ー、泊まるところがなきゃ俺の所に来いよー」
「その後ろの〈ニカーブ〉の女は俺が預かってやるさ」
「おい、俺も手あげるぜ。二人とも可愛がってやら」
「てめぇのモノで満足させられっかよ」
この場所からなら、表情がよく見えた。
下卑に唇を歪める男たちに、低俗な物言いに困った奥方、ハエが目の前を通過しただけで男たち(正面のカウンターにいるおじさん含む)を、たちまち斬り殺してしまいそうなダリアさんの顔――ジャミルも同様で、胸の奥から沸々と沸き起こるものに、すべてを委ねた。
「今の言――」
「アンタたちッ、誰に向かって物言ってるか分かってんのかいッ! ファティマ、あんたのギルドカード見せてやんな!」
ダリアさんは面倒くさそうに腰のポーチからカードケースを取り出すと、イラ立ちを隠せない様子でカウンターの上に投げ置いた。
そこに立っているおじさんは、ギルドの人だろう。「古い登録証だな――」紺色のガンドゥーラの袖を揺らしながら手に取った途端、息を詰まらせた。あまりの衝撃だったのか、喘ぐような呼吸をしながら、ダリアさんを見つめた。
「あ、あ、あんたが、しゅ、朱印を――……ッ!?」
聞くなり男の人たちが尻を浮かせ、みな同じように息を詰めた。
「朱印?」小首を傾げると、横にいたお姉さんが「ヤバい仕事をたくさんしてきた奴、ってことさ」と説明してくれた。
「依頼を受けた冒険者は何をしてもいいわけじゃない。悪いことをしたら当然、罰を与えないといけない――言わば、賞金首狩りってことよ」
まさか、とジャミルはダリアを見た。
面覆いでよく分からないが、こちらを見るその顔は、『どうだ』と、言っているようだ。




