表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/54

1.灰色の街と男色の道

 エリザたちは陽の出と共にファルスの村を発った。

 馬にはいつもの荷物と、餞別にと頂いた保存食と織物を積まれている。用事を終えたら帰るとの条件だが、どれだけ時間がかかるか分からないので、荷物になりそうなものなどは丁重に断った。

 ルムタンの街には、ここからレスカンドを経由して約六日の道のりとなる。街での所用を考慮し、到着は早くて十日後になると予想している。

 ゾンビは駆逐したわけではない。まだチラホラと徘徊しているが、見つかっても馬の歩脚にも追いつけず、すぐに目的を忘れて地上を彷徨い続けた。ジャミルはここでやっと、ファルスの村を襲撃したゾンビの異常さに――ダリアが眉を寄せた理由を理解した。

 そのジャミルは今、馬に揺られながら『想い人は元気だろうか』と、胸を焦がしていた。

 帰ったら何を話そうか……と思ったが、思い返してみたらあまり話せる内容がない。最後はグーラーを倒したことで締められるが、それ以外は叱られたことや反省点が多すぎる――。話を誇張しようかと考えたものの、後で空しくなるだけだ。

 恐る恐るダリアの方へと目線を向けた。〈ニカーブ〉の面覆いの上からでも不機嫌だと分かる。

 旦那様の用事とあらば無下にはできない。“用事の真相”もまた従わざるを得ないものだ。

 その行き場のないストレスが、道を阻むゾンビを冷酷無比に斬り伏せてさせていた――。


 レスカンドの街には予定よりも一日早い、四日でたどり着くことができた。

 そこは〈灰色の街〉と呼ばれる、天と魔の争いにて、要塞街として建てられた街である。そのため街を囲う四角に壁は、首が痛くなりそうなくらい高い。

 相応の大きさの門をくぐり、内部に足を踏み入れれば、どこか故郷を思い出す懐かしさが感じられた。

 それもそのはずであり、このレスカンドは争いが勃発した直後に天族側が占領し、彼らが要塞として建造し直したものだからである。


「――なので、この街が〈灰色の街〉と呼ばれているのは、天族が改築した建物などを当時のまま残してあるからなのです」


 ジャミルは鼻高々に、奥方やダリアに説明した。……のだが、


「知ってますよ~?」

「――奥方、ジャミルは寝ずに覚えたのですから、ここは知らないフリをするのが優しさと言うものです」

「あうう……」


 高くなった鼻を一撃でへし折られ、ジャミルは顔を赤くして俯いた。

 ダリアさんの言う通りであり、執事らしく説明できるようにしたのだが……二人の立場や、年期を考慮していなかったのが原因である。


「ですが、勉強したのは偉いです。あとでいい子いい子してあげます」

「奥方、それはジャミルを余計に惨めにさせてしまいます」

「あら、そうなのですか?」


 奥方に訊ねられるが、正直に言えるはずがない。

 それに、「そんなことはない」と言えば、奥方に慰められてしまう。

 ダリアの言葉が正解であり、ジャミルは上手く言葉にできず押し黙ってしまった。


「むぅ……。男の子って難しいですねぇ……」

「それだけ大きくなっている、と言うことです」


 いつまでも子供ではないと続けると、エリザは寂しげに息を吐いた。


「でも、ルディナをお嫁さんにするには、もっと頑張らなくちゃいけませんね」

「う……っ!? な、なんで……!?」

「奥方……もう少し、繊細さを学んでください……」


 呆れるダリアさんに、奥方は頭に“?”を浮かべた。


「ですが、街に入れば――」

「何度も言わなくても分かってますぅ」奥方が唇を尖らせる。「ギルドに登録したら、それで満足しますぅ〜」

「肝に命じておいてください」


 ダリアとエリザのツンケンしたやり取りは、ずっと続いている。これにはジャミルも苦笑するしかなかった。

 レスカンドは要塞街と言っても過去の話だ。小康状態の今、町の門は常に開け放たれている。また天族側に多い、肌の白い者の出入りも許されている。(あまり歓迎はされないが)

 これは、エリザが口にした『ギルドに登録』が関係していた。

 冒険者として活動するには二つの方法がある。今のエリザのように個人で活動するか、組織を経由して活動するどちからだ。

 前者では、報酬の交渉などはすべて自分でせねばならない。大きく稼げるメリットがあるが、依頼の受注のため流浪せねばならない上、個人が勝手に名乗るため、実績とその信頼の証明が難しい。

 対して、それを一括して代行するのが、後者の〈冒険者ギルド〉である。報酬はいくらか少なくなるものの、そこに足を運べば依頼を受け、赴くだけで済むため、結果的には安定した稼ぎとなる。

 街が“来る者拒まず”なのは、このギルドの存在があるからだ。

 街の維持管理費はギルドの報酬にかかる税金から引かれる。当然ながら受け取り額が減るため、冒険者の滞在期間が長くなる。

 一日働いて二日の生活費の場合が多く、冒険者が留まれば留まるほど、街に足を運ぶ者が多ければ多いほど、街が潤ってゆくのである。


「ジャミル。ここに知り合いはいないし、客人の歓迎は期待するな。あっても盗賊まがいのことが多いので、先に宿に向かって手配を済ませておけ」

「わ、分かりました!」

「……と、街の地図を持っているか?」


 ジャミルは首を振った。ダリアさんは「待っていろ」と言うと、馬を降り、近くの商店に向かいだした。

 食器類を売っている店のようだが、明らかに食卓には不似合いな無骨なナイフなどが並べられている。冒険者用なのだろうか。

 ダリアさんは店主と何か話をし、銀貨一枚を渡す。すると店主は現金な笑顔を浮かべ、巻紙を差し出した。


「――これがこの街の地図だ」


 戻ってきたダリアさんから受け取ると、「足下を見おって」とブツクサと文句を続けた。


「街の地図一つで、銀貨を払わないといけないんですか?」


 エリザが尤もな疑問を投げかける。「銀貨は早く話をつけるためです」とダリアが返す。


「本来はくず銅貨程度ですが、地図に価値があるのは確かです。冒険者だけでなく、街の外に出る者には、地図とコンパスは絶対ですから。あちこち出向くのを活かして、地図を作ることを生業とした冒険者もおります」


 地図を広げてみると、真四角の枠を四分する太い白線が十字に走っていた。

 そこから更に、大小様々な四角で各ブロックを升目に細分化している。

 ダリアは人差し指を伸ばし、左下のブロックの門の近くを指さした。


「今、我々がいるのはこの辺りだ。先の大きな交差路を右に折れ、そこから少し歩けば、鷹が描かれた看板の店がある。近くに茶店があるのですぐに分かるだろう」

「分かりました。……って、もしかして僕一人で行くのですか?」

「その通りだ。私と奥方は先にギルドに向かい、登録手続きをしてくる。ああそれと――宿は一部屋で、三人もしくは四人が使用すると言っておけ」

「えっ!? で、でもそれは……」

「男と女で分けるのは道理だが、その宿は四人一部屋が多い。荒くれ者も多いこの街で、お前一人を別部屋にすると危険だ」


 ジャミルは食い下がろうとすると、ダリアはすっと道の向こうを指さした。

 そこに目を向けるが、人が多くて指先が何を差しているのか分からない。特別きになるものと言えば、花屋の横の路地の前に、黒い衣を着た少年が立っていることぐらいだった。


「あの少年は、お前とそう変わらない年齢だろう」

「え、ええ……それが何か?」

「あの子の尻の穴は、男のイチモツを知っている。だが、お前はどうだ?」

「へ……? な、ないですっ!? ありませんっ!?」

「そうか」


 ダリアさんは一つ間を置いた。


「――なら、今晩はそれを知ることになるだろう」

「え……」

「まだ少年と言える子が、一人で泊まる。まだヒゲがなく、()()()()を知らぬ、()()()ほど可愛い金髪の肌の白い子と一緒の部屋なら、宿屋の主人は気心が知れているが、金を積まれれば何かしらの配慮をするだろうな」

「い、一緒の部屋にしますっ、しますっ!」

「よろしい」


 裏路地に近づかず、大通りを歩けと忠告され、ジャミルは背中に冷たいものを感じてしまう。

 すっかり感覚がマヒしていたが、信仰を盾に、奴隷に対して()()()()()()をする、させる者がいるのだ。

 また少年愛に対しても寛容なので、それに耽る男性も多いと耳にしたことがある。


「ジャミルは今日、大人の階段を上がるのですね~……」

「やりませんからっ!?」


 一人だけ、盛大に勘違いしているようであった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ