1.灰色の街と男色の道
エリザたちは陽の出と共にファルスの村を発った。
馬にはいつもの荷物と、餞別にと頂いた保存食と織物を積まれている。用事を終えたら帰るとの条件だが、どれだけ時間がかかるか分からないので、荷物になりそうなものなどは丁重に断った。
ルムタンの街には、ここからレスカンドを経由して約六日の道のりとなる。街での所用を考慮し、到着は早くて十日後になると予想している。
ゾンビは駆逐したわけではない。まだチラホラと徘徊しているが、見つかっても馬の歩脚にも追いつけず、すぐに目的を忘れて地上を彷徨い続けた。ジャミルはここでやっと、ファルスの村を襲撃したゾンビの異常さに――ダリアが眉を寄せた理由を理解した。
そのジャミルは今、馬に揺られながら『想い人は元気だろうか』と、胸を焦がしていた。
帰ったら何を話そうか……と思ったが、思い返してみたらあまり話せる内容がない。最後はグーラーを倒したことで締められるが、それ以外は叱られたことや反省点が多すぎる――。話を誇張しようかと考えたものの、後で空しくなるだけだ。
恐る恐るダリアの方へと目線を向けた。〈ニカーブ〉の面覆いの上からでも不機嫌だと分かる。
旦那様の用事とあらば無下にはできない。“用事の真相”もまた従わざるを得ないものだ。
その行き場のないストレスが、道を阻むゾンビを冷酷無比に斬り伏せてさせていた――。
レスカンドの街には予定よりも一日早い、四日でたどり着くことができた。
そこは〈灰色の街〉と呼ばれる、天と魔の争いにて、要塞街として建てられた街である。そのため街を囲う四角に壁は、首が痛くなりそうなくらい高い。
相応の大きさの門をくぐり、内部に足を踏み入れれば、どこか故郷を思い出す懐かしさが感じられた。
それもそのはずであり、このレスカンドは争いが勃発した直後に天族側が占領し、彼らが要塞として建造し直したものだからである。
「――なので、この街が〈灰色の街〉と呼ばれているのは、天族が改築した建物などを当時のまま残してあるからなのです」
ジャミルは鼻高々に、奥方やダリアに説明した。……のだが、
「知ってますよ~?」
「――奥方、ジャミルは寝ずに覚えたのですから、ここは知らないフリをするのが優しさと言うものです」
「あうう……」
高くなった鼻を一撃でへし折られ、ジャミルは顔を赤くして俯いた。
ダリアさんの言う通りであり、執事らしく説明できるようにしたのだが……二人の立場や、年期を考慮していなかったのが原因である。
「ですが、勉強したのは偉いです。あとでいい子いい子してあげます」
「奥方、それはジャミルを余計に惨めにさせてしまいます」
「あら、そうなのですか?」
奥方に訊ねられるが、正直に言えるはずがない。
それに、「そんなことはない」と言えば、奥方に慰められてしまう。
ダリアの言葉が正解であり、ジャミルは上手く言葉にできず押し黙ってしまった。
「むぅ……。男の子って難しいですねぇ……」
「それだけ大きくなっている、と言うことです」
いつまでも子供ではないと続けると、エリザは寂しげに息を吐いた。
「でも、ルディナをお嫁さんにするには、もっと頑張らなくちゃいけませんね」
「う……っ!? な、なんで……!?」
「奥方……もう少し、繊細さを学んでください……」
呆れるダリアさんに、奥方は頭に“?”を浮かべた。
「ですが、街に入れば――」
「何度も言わなくても分かってますぅ」奥方が唇を尖らせる。「ギルドに登録したら、それで満足しますぅ〜」
「肝に命じておいてください」
ダリアとエリザのツンケンしたやり取りは、ずっと続いている。これにはジャミルも苦笑するしかなかった。
レスカンドは要塞街と言っても過去の話だ。小康状態の今、町の門は常に開け放たれている。また天族側に多い、肌の白い者の出入りも許されている。(あまり歓迎はされないが)
これは、エリザが口にした『ギルドに登録』が関係していた。
冒険者として活動するには二つの方法がある。今のエリザのように個人で活動するか、組織を経由して活動するどちからだ。
前者では、報酬の交渉などはすべて自分でせねばならない。大きく稼げるメリットがあるが、依頼の受注のため流浪せねばならない上、個人が勝手に名乗るため、実績とその信頼の証明が難しい。
対して、それを一括して代行するのが、後者の〈冒険者ギルド〉である。報酬はいくらか少なくなるものの、そこに足を運べば依頼を受け、赴くだけで済むため、結果的には安定した稼ぎとなる。
街が“来る者拒まず”なのは、このギルドの存在があるからだ。
街の維持管理費はギルドの報酬にかかる税金から引かれる。当然ながら受け取り額が減るため、冒険者の滞在期間が長くなる。
一日働いて二日の生活費の場合が多く、冒険者が留まれば留まるほど、街に足を運ぶ者が多ければ多いほど、街が潤ってゆくのである。
「ジャミル。ここに知り合いはいないし、客人の歓迎は期待するな。あっても盗賊まがいのことが多いので、先に宿に向かって手配を済ませておけ」
「わ、分かりました!」
「……と、街の地図を持っているか?」
ジャミルは首を振った。ダリアさんは「待っていろ」と言うと、馬を降り、近くの商店に向かいだした。
食器類を売っている店のようだが、明らかに食卓には不似合いな無骨なナイフなどが並べられている。冒険者用なのだろうか。
ダリアさんは店主と何か話をし、銀貨一枚を渡す。すると店主は現金な笑顔を浮かべ、巻紙を差し出した。
「――これがこの街の地図だ」
戻ってきたダリアさんから受け取ると、「足下を見おって」とブツクサと文句を続けた。
「街の地図一つで、銀貨を払わないといけないんですか?」
エリザが尤もな疑問を投げかける。「銀貨は早く話をつけるためです」とダリアが返す。
「本来はくず銅貨程度ですが、地図に価値があるのは確かです。冒険者だけでなく、街の外に出る者には、地図とコンパスは絶対ですから。あちこち出向くのを活かして、地図を作ることを生業とした冒険者もおります」
地図を広げてみると、真四角の枠を四分する太い白線が十字に走っていた。
そこから更に、大小様々な四角で各ブロックを升目に細分化している。
ダリアは人差し指を伸ばし、左下のブロックの門の近くを指さした。
「今、我々がいるのはこの辺りだ。先の大きな交差路を右に折れ、そこから少し歩けば、鷹が描かれた看板の店がある。近くに茶店があるのですぐに分かるだろう」
「分かりました。……って、もしかして僕一人で行くのですか?」
「その通りだ。私と奥方は先にギルドに向かい、登録手続きをしてくる。ああそれと――宿は一部屋で、三人もしくは四人が使用すると言っておけ」
「えっ!? で、でもそれは……」
「男と女で分けるのは道理だが、その宿は四人一部屋が多い。荒くれ者も多いこの街で、お前一人を別部屋にすると危険だ」
ジャミルは食い下がろうとすると、ダリアはすっと道の向こうを指さした。
そこに目を向けるが、人が多くて指先が何を差しているのか分からない。特別きになるものと言えば、花屋の横の路地の前に、黒い衣を着た少年が立っていることぐらいだった。
「あの少年は、お前とそう変わらない年齢だろう」
「え、ええ……それが何か?」
「あの子の尻の穴は、男のイチモツを知っている。だが、お前はどうだ?」
「へ……? な、ないですっ!? ありませんっ!?」
「そうか」
ダリアさんは一つ間を置いた。
「――なら、今晩はそれを知ることになるだろう」
「え……」
「まだ少年と言える子が、一人で泊まる。まだヒゲがなく、その世界を知らぬ、そそるほど可愛い金髪の肌の白い子と一緒の部屋なら、宿屋の主人は気心が知れているが、金を積まれれば何かしらの配慮をするだろうな」
「い、一緒の部屋にしますっ、しますっ!」
「よろしい」
裏路地に近づかず、大通りを歩けと忠告され、ジャミルは背中に冷たいものを感じてしまう。
すっかり感覚がマヒしていたが、信仰を盾に、奴隷に対してそう言うことをする、させる者がいるのだ。
また少年愛に対しても寛容なので、それに耽る男性も多いと耳にしたことがある。
「ジャミルは今日、大人の階段を上がるのですね~……」
「やりませんからっ!?」
一人だけ、盛大に勘違いしているようであった――。




